第3章 王立軍学校3号生徒

第24話 毎日が夏休み


 座学の成績不良により魔術大学付属校を放校処分となってしまったキーンにとって、夏休みというのもおかしな話だが、キーンは自宅にいてもアイヴィーのお手伝いくらいしかすることも無いので王都内を歩き回っていた。


 今の王都の日中の気温は三十度を超えるが、身体強化を使えばさして暑さを感じることも無く、従って汗もほとんどかくことはない。昼食はどこかでとるとアイヴィーに告げて、今日もキーンは自宅を出ていった。



 ところで、キーンは自宅を出て何をしているかというと、王国中央図書館というサルダナ王国随一の図書館を散策の途中で見つけたため、ここのところもっぱらそこの閲覧室で本を読んでいる。


 キーンは夏休みの期間、今後の身の振り方についてちゃんと考えておくとアイヴィーには告げていたのに、どうもそういったことを考えたくない気持ちがあるようで、読書に逃避していたフシもある。


 キーンが読んでいる本は全て冒険小説のたぐい。物語の手に汗握る展開に魅了されたのか、一心に読みふけり、読みあさっていた。


 キーンの読む冒険小説の中の主人公は本の中で圧倒的なまでの強さで敵をたおしていく。そうなのだが、その主人公たちの強さはキーンから見てそこまですごいとは思えない。敵役かたきやくが異常に弱いのだ。そこは不満ではあった。


 それでも物語の展開に魅せられたキーンは一心不乱に本を読み続けていった。昼食はどこかでとるとアイヴィーに告げて自宅うちを出てきていたのだが、いつも昼食を食べずに夕方まで本を読み続けている。




 とうとう女性司書たちのうわさ話にものぼるようになってしまった。


「また今日もあの子きてるわね」


「毎日5冊ほど借り出して、お昼も食べずに一心不乱に読んでるものね。あの集中力はすごいわ。でも読んでいる本は冒険小説だからそんなに勉強熱心ってわけじゃないのかしら?」


 クリスが聞けば納得のキーンに対する評価のようだ。



 小説を読んでいると、主人公がたまに悪人を前にしてポーズをとるのだが、キーンも真似て、手足を動かすことがある。


「見て見て、また手足を動かしてる。主人公になり切っているのね」


「なんだかカワイイー」


 本人が聞けば赤面間違いなしの会話が司書たちの間で繰り広げられていた。



「この図書館有料なのに、あの子良くお金が続くよね」


「きっと、お金持ちのご子息さまなのよ。いつも高そうな服を着てるし」


「もう10歳、歳をとってたらわたしが奥さんに立候補したのに」


「「わたしも」」


 どうもキーンは年上の女性に人気があるようだ。




 こちらは、キーンを送り出したアイヴィー。


 今日もアイヴィーは、洗濯などを終えたあと庭の手入れをしていた。ここに住み始めてすぐに種から植えた草花もつぼみが膨らみ花も咲き始めている。



『お邪魔します!』


 玄関先に誰か来たようだ。


「はーい。少々お待ちください」


 庭にある井戸のポンプから水を汲み土で汚れた手を洗ったアイヴィーは素早くタオルで手をぬぐい玄関に急いだ。


 扉を開けると、そこには初老の紳士が立っていた。その紳士の後ろには屈強な男が二名控えており、門の外には黒塗りの箱馬車が停まっていた。


「失礼します。こちらは、キーン・アービス殿とアイヴィー殿のお住まいでしょうか?」


「そうですが、どちらさまでしょう?」


「私は王国宮内省のサイモンと申します」


「これはどうも、狭いですがどうぞお入りください」


「お邪魔します」




 アイヴィーがサイモンを家の中に招き入れ、応接室は無いので居間に通した。


「どうぞお掛けください」


「失礼します」


「今お茶の用意をしてきますので、少々お待ちください」


「いえ、お構いなく。

 さっそくですが、アイヴィー殿。陛下が、恩師テンダロス・アービス師の義理の子息であるキーン殿について心配されておられます」


「そう言えば、テンダロスは陛下が王太子時代一時期個人教授を務めていたこともありました。それで?」


「はい。陛下はこのたびキーン殿が魔術大学付属校を退学されたことを奇貨きかとして軍学校への転入を勧めておられます。キーン・アービス殿を軍学校に編入させてはどうでしょうか? 転入手続きはこちらで済ませます。ちょうど9月から軍学校の新学期ですので良いタイミングではないでしょうか?」


「ありがとうございます。いちおうキーンには伝えておきますが、おそらく本人も了承すると思います」


「それでは、この話を進めてもよろしいですね?」


「はい。よろしくお願いします」



 こうして、キーンの軍学校編入が決まった。もちろんこの話を王都散策としょかんから帰ってきてアイヴィーから聞いたキーンは、軍学校編入を二つ返事で了承している。




 それから数日経ったある日。こちらはクリス・ソーン。


 彼女はキーンが自分に何も告げずに学校を去ったことにかなりショックを受けていたが、キーンの性格から言ってあまりそういったことに考えが及ばないだろうと思い直し、夏休み期間中に一度キーンの家を訪ねてみようと思っていた。


 そう思っていたのだが、別荘のある避暑地のローム湖の湖畔に家族で避暑に出かけたため、キーンの家を訪ねたのは、休み期間の終盤だった。


 その日は夏休みの終盤だったこともあり、図書館の冒険小説をほとんど読み切ってしまっていたキーンはたまたま家にいて、邪魔にならない程度アイヴィーの仕事を手伝ったりしていた。



『こんにちはー』


「はーい」


 アイヴィーが玄関の扉を開けると見たことのある少女が立っていた。


「これはこれは、ソーンさん」


「覚えていてくださりありがとうございます」


「どうぞ、中にお入りください」


「おじゃましまーす」


「キーン、ソーンさんがお見えですよ!」


『えっ! クリスが?』


 ばたばた走って奥の方からキーンが現れた。鼻の頭に白い粉を付けているところをみると、何かの料理の手伝いをしていたようだ。



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