第4話 キーン、大剣を習得す


 キーンはアイヴィーに作ってもらった木の大剣がよほど気に入ったようで、その日の午後は一人で玄関先の空き地で大剣を振り回して走り回っていた。


 玄関先に出していた椅子をアイヴィーに片付けてもらい、居間で寛いでいたテンダロスの耳に、屋敷の表の方から、カーン、カーンとキーンが大剣を木々に打ち付ける音が響いてくる。テンダロスは脇に立つアイヴィーに向かって、


「やっておるのう。どうじゃ、キーンの剣の素養の方は?」


「私には身体強化魔術の効果がどの程度あるのかはわかりませんが、癖がない上、体幹もブレることなく正確に剣を振っていますので、このままどこまでも強くなっていくのではないでしょうか」


「そうか。天は二物にぶつを与えずとかよくいうが、キーンは魔術だけではなく剣術の才能も与えられていたわけじゃな」


「マスター、キーンの才能はその二つだけとは限らないような気がします」


「確かに、アイヴィーのいう通りじゃ。あやつは、わしから見ても底が知れんからのう」


「キーンは6歳になりましたが、学校の方はどうしますか?」


「そうじゃのー、読み書きと算数はわしとおまえで教えればそれで済むじゃろうから急いで学校に通わせる必要はなかろうが、この先キーンに年頃の友達の一人もおらんのはかわいそうじゃし、いずれ学校に通わせる必要があろうな。

 そうじゃのー、いちおう儂が名誉理事長をしておる魔術大学の付属校にでも行かせてみるか? あそこは十二歳からじゃと思うから、それまではここで読み書き算数を教えておけばよかろう」


「付属校は確か王都にしかなかったはずですが、そうすると寂しくなりますね」


「そうじゃな、いっそのこと、王都にまた屋敷を買って儂らも移り住むか?」


「それも、おもしろそうですね」


「そしたら、こんどバーロムに出た時にでもキーンのためにできることをやっておこうかの。コホ、コホ」


「マスター、そのせきががとれませんが、お体の具合はいかがですか?」


わしも歳じゃからな。良くもなければ悪くもないといったところかの。ようーし、体がまだしっかりしておるうちに、バーロムに行くとするか。アイヴィー、明日にでも出かけよう」


「かしこまりました。そろそろ私は夕食の支度を始めます」


「今日はキーンの誕生日じゃし、明日は街まで遠出とおでじゃから、うまいものを頼むぞい」


「おまかせください」



 その日の夕食はアイヴィーがいつも以上によりをかけた豪勢な夕食だったのは言うもでもない。ちなみに、アイヴィーは機械人形、マキナドールではあるが普通に食事することができる。




 翌日早朝。テンダロスとアイヴィーは、バーロムに出かけて行った。


 二人が出かけるときはいつもキーンはお留守番で、キーンはこれまで一度もバーロムに行ったことはない。本人は特に都会には興味がないようだ。というか、本人の認識上都会という物は存在しないので、取り立てて二人について行こうとも思っていなかったようだ。一人で遊んでいても飽きない性格も良かったのかもしれない。


 キーンがまだ幼児だったころは、屋敷にキーンを一人で置いておくため、テンダロスは屋敷全体を封鎖して防御魔法で囲み、周辺には魔術で作り出したガードミニオンを数体放っていたが、いまでは屋敷には防御魔法はかけず、ガードミニオンとパトロールミニオンが放たれている。もちろん現在それらのミニオンを作り出しているのはキーンである。



 二人が出かけてしまって何もすることのないキーンは、今日も木でできた大剣を持って屋敷の前の空き地に飛び出して振り回す。キーンの手にした木の大剣は昨日いろいろなものに打ち付けていた関係で刃に相当する部分がかなり丸くなっているがおかまいなしだ。



 恐るべき剣速で振るわれるキーンの正確無比な斬撃は見る人が見れば恐怖するほどのものだった。もちろん当の本人はそんなことは気にしていない。ただ、自分の頭の中で描く目の前の敵に向かって斬撃を繰り出しているだけである。



 ひとしきり大剣を振り回し、すこし考え始めるキーン。


「たいけんはおもしろいけれど、この木のけんだと本気であいてのけんとぶつかったらこわれてしまうだろうな。そしたらアイヴィーにおこられる。もうちょっとじょうぶになってくれないかなー。

 あっ、そうだ!」


「『つよくなれ』

 うん? ちょっとうまくいかないな。じぶんじゃなきゃきょうかはできないのかな? まてよ、『なにが』つよくなるのかなにも考えていなかった。それじゃあなにもおこるわけないな。

 まずは名まえからだ。おまえの名まえは、……、名まえは? なんてつけようか?

 大きな剣だからといって、おおけんはないし、きもちはなんでも切れるけんだから、……、おまえの名まえは、『アイヴィーのほうちょう』だ!

『つよくなれ、アイヴィーのほうちょう』」


 自分の体に強化を行った時と同じように大剣『アイヴィーのほうちょう』が白く輝き、順に赤、紫、黄、緑、青と輝いた。


「やったー。これで、じょうぶになったはずだ」




 念のため自分自身に強化を行ったキーンが『アイヴィーのほうちょう』を振り回す。その斬撃の軌跡はもはや剣の達人ですら目視出来ないほどのスピードになっている。キーンの体の表面には強化による6色の光が波打っているのでキーンの動きに合わせて流れるその光は幻想的ですらある。


 キーンは数回動きながら素振りをした後、試しに大剣『アイヴィーのほうちょう』で道のわきに寄せてあった丸石を切りつけてみたら、


 ゴドッ! とにぶい音を立てて丸石は真っ二つになってしまった。木剣で刃こぼれとは言わないのかもしれないが『アイヴィーのほうちょう』は元から丸くなっていたところを除いて刃こぼれ一つしていなかった。







[あとがき]

ミニオン:使い魔(ファミリア)に近いが基本形状はドッジボール大の球形。空中を浮遊して移動する。製作者の込めた魔力を使い果たすと消滅する。


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