第3話 キーン6歳、短剣を習うもコレジャナイ


 キーンは6歳の誕生日を迎えた。もちろんキーンの誕生日は亡くなったキーンの母親の腹からテンダロスがキーンを取りあげた日である。



 朝食を終え、片付けの終わったアイヴィーも交えてしばらく居間でくつろいでいたところで、テンダロスが、


「キーン、誕生日おめでとうさん。お祝いにこの短剣をやろう。おまえの体に合わせて小さいのを選んだんじゃがの」


「ありがとう、じいちゃん」


「使い方は、儂よりアイヴィーの方が詳しいから、これからはアイヴィーに短剣の使い方を習って体を鍛えればよかろうて」


「わかった。

 アイヴィー、よろしくね」


「キーンはまだ体ができていませんから、軽くですね」


「わかったー」


「短剣の練習ですが、まだキーンには刃物の扱いは危ないので、最初のうちは木剣で練習しましょう。少し待っていてください、私が木剣を作ってきます」


 そういって、アイヴィーは屋敷の居間から出ていき、しばらくしてかなり小ぶりの木剣を二本持って戻ってきた。


「丈夫そうな木で作ってみました。一本はキーンの練習用で、もう一本はわたし用です。表に出てさっそく練習を始めましょう」


「はーい」




 魔術の練習でかなり広くなった屋敷の前の空き地で、キーンとアイヴィーが向かい合っている。玄関口には、テンダロスが居間からわざわざ椅子を運んで、そこに座って二人を眺めている。



「いいですか、キーン」


「うん」


「まず、両手に木剣を持って構えてみてください」


 アイヴィーが木剣を構えて手本を示す。それを見てキーンがまねをする。


「こんな感じかな?」


「なかなかいい感じです。そうしたら、右足をもうすこし前に出して、やや腰を落として、ひざと足首はあくまで柔らかく」


「こうかな? あっ! そうだ、アイヴィーちょっとまってて。

 えーと、『つよくなれ!』」


 一瞬キーンの体が白く輝いたあと、赤、紫、黄、緑、青と順に輝いた。


 その変化に目をみはるテンダロス。


「アイヴィー、何やらキーンは強化魔術を使ったようじゃぞ。キーンを甘く見るなよ」


「マスター、素振りの練習をするだけですから大丈夫です。

 それでは、キーン、もう一度木剣を構えて、まっすぐに振り下ろして」


「うん」


 ビュン!


 6歳になったばかりの子どもが振ったとは思えないような風切り音がした。もちろん視覚強化を行っていないテンダロスにはその動きは全く見えなかった。


 とはいえ、アイヴィーにはちゃんと見えていたようで、


「少し刃先がぶれていました。もう一度構えて、はい」


 ビュン!


「良くなりました。今度はいまの動作を10回続けてみましょう」


「はーい。1」


 ビュン!


「2」


 ビュン!


 ……


「10」


 ビュン!


「いいでしょう。それでは、次は突きの練習をしてみましょう。目の前の一点を突きます。これも先ほどと同じように木剣の切っ先はあくまでもまっすぐ。

 構えて、はい」


 シュッ!


 ……


 1時間ほど、型どおり八方向からの振りと突きの素振りを繰り返したところで、


「アイヴィー、相手は小さな子供じゃ、ちとやりすぎではないか?」


「キーンが全く疲れを見せませんので、ついやりすぎてしまったようです。

 キーン、疲れていないかもしれませんが、少し休憩しましょう。厨房から水を持ってきますから待っていなさい」


「水なら自分で作れるからいいよ。ほら」


 キーンは自分の目の前に握りこぶしほどの水の球を作り出してそれをその場に浮かべたまま口を付けてゴクゴクと飲んでしまった。


「キーンには何でもありじゃのー」


「ねえ、アイヴィー、この短剣じゃどうもしっくりこないんだけど、もっと大きな剣とかないの?」


「たしかに、身体強化中のキーンには物足りないかもしれませんね。しかし、キーンの強化はいつまでもつのです?」


「さあ?『もどれ!』ってしないとずーとこのままだと思う」


「キーン、おまえの魔力はどうなっちょるんじゃ? 普通の魔術師なら、強化魔術を二つも重ね掛けしたら五分も持たんぞ。おまえの今の状態は、ひい、ふー、みー、……、な、なんと強化魔術6種類全部じゃと! それも強度が半端ない。まあいいわい。深く考えても仕方がない。アイヴィー、キーンの背丈にあった大剣を木で作ってやってくれ」


「わかりました。

 キーン、ちょっと待っていなさい」


「はーい」


 アイヴィーはキーンにそう言うと、森の中に入って行きしばらくして木でできた大剣を持ってきた。


「キーン、これでどうです?」


 キーンはアイヴィーが作った木の大剣を受け取り、両手で振り回し、


「うーん、すごくいい。ありがと、アイヴィー」


「どういたしまして。それじゃあ、その大剣でさっきの素振りの練習をしましょう」


「はーい。1」


 ビュン!


「2」


 ビュン!


 ……


「10」


 ビュン!


 ……


「キーン、そろそろ私は昼食の支度があるので、今日の練習はここまでにしましょう」


「うん、ありがとう、アイヴィー」


「どういたしまして」


「しかし、キーンはいくら強化魔術を使っているといっても汗一つかかんのか。まさにマキナドールのアイヴィーなみじゃな。

 ところでキーン」


「なに? じいちゃん」


「おまえの強化魔術はいちどしか呪文のようなものを唱えんかったが六つも重ねがけしておるだろ? あれはどういう仕組みなんじゃ?」


「えーとね、強くするのはどれもやってることはほとんど一緒で、ちょっとだけ違ってるところがあるの」


「そういわれれば、そうじゃの」


「それでね、おんなじのところは一つだけにしてあと違うところをくっつけちゃった」


「くっつけちゃったのか。そういったことができるとは儂もこの歳になるまで知らんかった」


「どんなまじゅつもそんなのがいっぱいつまってるから、いらないところは取っちゃうんだ」


「取ってしまうのか? もう、そこいらはキーンにしか分からん世界じゃな」


「えへへ、すごいでしょ?」


「すごい!」


「じいちゃんに、ほめられちゃったー、イエーイ!」



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