第344話 思案の王配

 令和4(2022)年11月6日(日曜日)深夜。

 女性陣が寝静まった頃、煉は、

「……」

 1人、パソコンの画面を眺めていた。

「……お仕事ですか?」

「シャルロット?」

「はい」

 シャルロットは、欠伸あくび混じりに隣に座った。

「寝てていいよ」

「上官がお仕事中なのに、秘書官は寝れませんよ」

「……済まんな」

 煉は、パソコンの画面を見せる。

 

『【アレハンドロ外務大臣 摂政就任を発表】

教授プロフェソーア》の愛称ニックネームで知られる外務大臣のアレハンドロ氏がこの度、摂政就任を発表した。

 今夏、即位したオリビア女王は未成年であることが、国民の多くから疑問視されていた為、それを受けて成人するまでの代理となった。

 アレハンドロ氏は、スペイン帝室の末裔で、前国王のアドルフ氏の義弟に当たる。

 趣味は歴史研究で、主にスペイン帝国史が専門だ』(国営紙電子版)


「遂に摂政のお披露目ですね?」

「そうだな。本人は権力に無欲なのが良かったよ」

「それが1番の理由ですか?」

「ああ」

 シャルロットは、煉の手を握る。

「《教授》は、王党派だからな。マクシミリアン1世のようになりたくはないのだろう」


 メキシコ皇帝(在:1864~1867)のマクシミリアン1世(1832~1867)は、仏墨戦争(1861~1867)でフランスの支援を受けるも、最後は見捨てられ、メキシコの共和派に殺害された。

 その最期はフランスの画家、エドゥアール・マネ(1832~1883)によって『皇帝マキシミリアンの処刑』(1869年)の名前で製作されている。

「私は全ての人を許そう! お願いだ、みなも私を許してくれたまえ! 今流される血が、この国の幸福に繋がらんことを望む! メキシコ万歳! 独立万歳!」(*1)

 が最期の言葉で処刑がオーストリア皇帝である、兄のフランツ・ヨーゼフ1世(1830~1916 在:1848~1916)に知らされたのは、オーストリア=ハンガリー帝国が成立したことを祝う、ブダペストでの祝賀行事の最中だった(*2)。


 ビスマルクは『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と言ったが、まさにアレハンドロは歴史から学び、自分に火の粉が飛んでこないように危機対策をしていたのだ。

「陛下が正式に復帰したら、《教授》はお払い箱ですか?」

「言い方」

 煉は笑うと、シャルロットに寄りかかる。

「本人は学者がしたいんだよ。外交も世界中で飛び回れるからある種、趣味だね」

 シャルロットは、おずおずと尋ねる。

「《教授》のきずってなんだったんです?」

「研究熱が凄すぎて、私有地に入っていたのに気づかず、発掘していたことがあるんだよ」

「あー……」

 事故とはいえ、不法侵入であることは変わりない。

「所有者は気づいていないようだが、情報部の調査で分かった。今回、調査した王族の中では1番の微罪だな」

「……他の王族は、もっと大罪と?」

「そうだね。児童買春とか賭博とばく、後は性犯罪とかだね」

「……反吐へどが出ますね」

 あからさまにシャルロットは、嫌悪感を露わにする。

 今にも吐きそうなくらいだ。

「大丈夫。ああいうのは全部、自然淘汰しぜんとうたされていくから」

「え?」

 シャルロットが訊き返すと、煉は微笑み返す。

「大丈夫だから」

 と。


 同時刻。

 脛に傷を持つが、次々に死んでいく。

「……う!」

「あ、貴方?」

 ある王族は食事中に泡を吹いて倒れ。

「……」

「お、おい! 前! 前ってば!」

 ある王族は運転中に呆然自失となり、そのまま柵に突っ込み、谷に落ちて行く。

「……」

 別の王族に至っては、就寝中に心臓発作で死亡する。

 何しろ王族は総勢数千人。

 そんなに多ければ、中には病死や事故死は、当然出てくるだろう。

 しかし、死亡者には全員、共通点があった。

 ———摂政候補。

 誰もが最低1回は、秘密裡であるが、候補に挙がった者達であった。


『———王室に悲劇です。

 この数日間で十数名もの王族が病死、あるいは事故死しました。

 王立警察によれば、「全員、事件性は無い」とのことです。

 この悲劇に摂政のアレハンドロ氏は、弔意を表し、各所で記帳所を設けることを発表しました』

 政府が認めれなければ、それは非公式ノン・オフィシャル

 つまり、事実ではないないのだ。

 国民も死者が全員、脛に傷を負う者とは知らない。

 こうして、闇は葬り去れるのであった。


[参考文献・出典]

*1:『イカロスの失墜 悲劇のメキシコ皇帝マクシミリアン一世伝』菊池良生 新人物往来社 1994年

*2:アンドリュー・ウィートクロフツ 訳:著瀬原義生『ハプスブルク家の皇帝たち 帝国の体現者』文理閣 2009年

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る