第336話 暴走の三叉槍
退院したオルガは、ライカが運転する公用車で、大使館を去る。
同乗するのは、スヴェンと、
「ライカ、ゆっくりで良いからな?」
「は」
王配・煉だ。
久々に単独での護衛ということもあって、スヴェンは、上機嫌だ。
「師匠♡ 帰りに何処か寄りましょうよ~」
「直行直帰が基本だぞ?」
「でも、最近、相手して下さらないじゃないですか?」
「正妻優先だよ」
「分かっていますが、寂しいですよ~」
唇を尖らせて、スヴェンは抗議する。
「じゃあ、今晩な?」
「本当ですか!?」
目を輝かせてスヴェンは抱き着く。
「……」
その様子にオルガは、目をぱちくり。
英雄色を好む、というが、まさかここまで堂々としているとは思わなかった。
同様の事例がある
インドネシアの大統領のスカルノは、相当な好色家で、ある時、それに目を付けた
しかし、スカルノは、その証拠を欲しがり、逆にKGBを困らせたという(*1)。
このことが影響しているかどうかは定かではないが、インドネシアは、共産圏に属すことはなかった為、結果的にスカルノは体を張ってインドネシアを守ったことになる。
「護衛と……仲良しなんですね?」
「そうだな?」
「はい♡」
スヴェンは喜色を浮かべて、煉の手を握った。
王配が移動中にもかかわらず、護衛が1人しかいないのは、非常に珍しい光景である。
雰囲気から察するに、2人に肉体関係があるのは、誰でもわかるだろう。
「師匠、帰化って時間かかります?」
「らしいな」
「早く帰化して禁軍で貢献したいですね♡」
そういって、スヴェンは煉の頬にキス。
車内でもお構いなしな雰囲気だ。
思わずライカが急停止。
「スヴェン、不敬よ」
「あら、ライカ。欲求不満なの?」
「な!」
「図星みたい。師匠、ライカにも愛を―――」
「スヴェン!」
どやされるも、スヴェンは、ケタケタと笑い煉の後ろに隠れる。
「申し訳ございません。殿下」
「全然。今のはスヴェンが悪い。スヴェン、今晩は、ライカと交代な?」
「な!」
スヴェンは、ショックを受け、
「いいんですか?」
ライカは勝ち誇った顔になる。
形勢逆転だ。
「師匠、そんな~」
「ライカに意地悪した罰だ」
シートベルトを外し、煉は、身を乗り出す。
「ライカ」
「殿下♡」
そして、2人は唇を重ねるのであった。
ウクライナ大使館は、港区西麻布に在る。
両国の正式な外交関係は、浅い。
1991年8月24日、ウクライナ、ソ連から離脱し、独立。
この為、ウクライナではこの日が独立記念日。
1991年12月28日、日本、ウクライナを国家承認。
1992年1月26日、日宇外交関係樹立。
1994年9月、大使館開設(*2)。
政府間レベルでは20世紀末からだが、非公式には、古い関係性だ。
『
日露戦争ではロシア軍の中にウクライナ人兵士も居り、日本軍と交戦した。
が、両民族の関係が戦争を通して悪化することはなく、むしろ日本は極東にウクライナ人国家の『緑ウクライナ共和国』(1920~1922)成立を後押しするなど、戦略的とはいえ肯定的な感情を抱いていた。
民間レベルでは、ウクライナ系ロシア人のマルキャン・ボリシコ(1885/1888~1960)が樺太で実業家として成功し、日本人(正確には、白系ロシア人も)を雇い、樺太での日本人の雇用を生んだ(*3)。
そして、日本人女性との間に子供を作るのだが、その内の
昭和の大横綱・大鵬である。
樺太の戦い後、マルキャンは、強制収容所送りになるなど、不遇な人生を送るも、死後、ゴルバチョフの時代に名誉回復され、更に2001年には歴史家によってその生涯が明らかになった(*3)。
両国の距離は、約8千㎞あるが、それを微塵も感じさせない距離感でろう。
「……ん?」
ライカが大使館近くで停車させる。
「ありゃあなんだ?」
煉も眉を
大使館前で2人の警察官と大柄なスキンヘッドの白人男性が押し問答していたのだ。
「……殿下」
オルガが異変に気付き、戦闘態勢に入る。
スヴェンもベレッタに手を伸ばす。
次の瞬間、男性が懐からナイフを取り出し、警察官の腹部に突き刺す。
「「「「!」」」」
警察官は倒れ、もう1人の警察官が驚いていると、
ズキューン!
銃声が鳴り、首元を手で押さえた。
スキンヘッドの男は、ニヤリと嗤った後、大き目の鞄から何かを取り出す。
煉が叫んだ。
「RPG!」
ライカは、慌ててバックし始める。
しかし、焦った
弾頭は風を切り裂いて真っすぐ飛ぶ。
近距離であった為、数秒の内に車に着弾するのであった。
ウクライナ大使館前でのテロ事件に、SNSは大盛り上がりだ。
『【速報】ウクライナ大使館前で車が爆発』
『ウクライナ大使館前でテロか?』
……
野次馬が集まるも、銃声や爆音で蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
大使館前は、小道であり、SATのような特殊部隊が持つ大型車両は入りにくい。
また、住宅街ということもあり、周辺住宅の壁には、銃弾や破片が次々と刺突していく。
トランシルヴァニア王国公用車の燃え盛る炎をドローンが撮影していた。
『―――え~。今、入ってきた情報によりますと、最初に警戒していた警視庁麻布警察所の警察官2人が、ナイフで刺され、その後、銃撃に遭った模様です』
ドローンから送られてくる映像と共に、アナウンサーが緊張した面持ちで説明する。
路上に倒れた2人は、相当な出血量があるらしく、一切動かない。
何とか救命救急医療班がその場で処置をしているが、現場では、銃弾が飛び交い、非常に危険な状況だ。
やがては被弾し、ドローンは、操作を失い墜落していく。
落下と共に映像は、砂嵐になった。
現場では、スヴェンがライカと共に住宅の物陰から隠れて、応戦していた。
「殿下、大丈夫ですか?」
ライカが振り返る。
「ああ、止まったよ」
肩の出血部分をタオルで抑えていた煉は、首肯した。
その傍らには、オルガが心配そうな顔で見つめていた。
RPGを撃ち込まれた際、被弾の直前、煉は、オルガを抱き締めて外に飛び出た。
直後、公用車は爆発し、その車窓の一部が肩に刺突し、重傷を負わせていたのだ。
「申し訳御座いません。私のせいで……」
目に見えて落ち込むオルガ。
「気にするな。それよりそっちは大丈夫か?」
「はい……」
自分の不甲斐なさにオルガは、意気消沈だ。
オルガを抱き締めつつ、煉は問う。
「ライカ、敵兵は?」
「5人です」
「オルガ、心当たりは?」
「分かりません。ただ、強硬派かもしれません。一部の
国土の大半を焦土とされたことで、ウクライナの一部の極右派は、モスクワ占領を訴えている。
当然、ウクライナ政府はその気はない。
「そいつらの名は?」
「『ルーシの獅子』」
[参考文献・出典]
*1:エキサイト・ニュース 2015年9月6日
*2:外務省 HP
*3:ウィキペディア
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます