第337話 宇ト臨時同盟

 ルーシの獅子―――それは、ウクライナで極右派である。

 ロシアへの復讐と征服を訴える極右政党(ウクライナでは、泡沫政党)だ。

 独自の自警団を持ち、戦争中はヘルソン奪還作戦などを行った。

「何故、駐日大使館に?」

「というより、殿下が標的なのでは?」

「俺?」

 オルガは、大きく首肯した。

「我が国のSNS上では、殿下が親露派との話があるんです」

 流れ弾が煉の頭上を通過していく。

 ライカ、スヴェンが必死に迎撃しているが、5人は戦争経験者らしく動きが素早い。

 百戦錬磨の2人でさえ苦戦を強いられているほどだから、5人の強さがわかるだろう。

「はい。殿下の奥方に御一人、ロシア系がいらっしゃいますよね?」

「ああ」

 エレーナのことに煉は、真剣な目になる。

「『ロシア人を娶った。だから、ロシアの手先』との話です」

「何でだよ」

「事実を並べて作り上げられた幻想ファンタジーでしょう。あと、難民受入を厳格した逆恨みもあるかと」

「……良い迷惑だな」

 煉は、面倒臭そうに呟くとベレッタを握った。

「殿下?」

3を危険に晒した代償だ。償ってもらわなきゃ困る」

「「「!」」」

 ライカ、スヴェンは、同時に振り向く。

余所見よそみするな。二流が」

 2人の首根っこを掴み、引きずり倒した後、煉は電柱を遮蔽物しゃへいぶつにし、覗き見る。

 屋上に居るのが、狙撃手スナイパー観測手スポッター

 大破した車の影に隠れてRPGを装填しているのが、1人。

 ウクライナ大使館の駐在武官や警官隊と撃ち合っているのが2人。

 合計5人だ。

(他にいないな)

 煉は、深呼吸後、

「スヴェン、ライカ。屋上を行けるか? 2人を背後からけ」

「!」

「ですが、殿下の護衛は?」

「要らん。今はこの状況を打開するのが最優先だ」

 地上から屋上に居る狙撃手などを撃つことは難しい。

 また、見上げて射撃体勢に入った場合、狙撃手からの恰好の狙い撃ちになり得るし、地上の3人からも狙われやすい。

 2人を抱き寄せてその唇に塞ぐ。

「「「……」」」

 数秒間、キスした後、煉は離れた。

「俺だって、2人と離れたくない。でも、現状打破には、これしか考えられん。増援部隊もいつ来るかわからないしな」

「「……」」

 付近一帯は、規制線が張られているだろうから、警察車両以外の進入は困難の筈だ。

 万一、許可が出てもこれほどの小道なのだから、どちらにしろ、近づくのが難しい。

 煉の考えに2人は渋々、納得する。

「師匠の御命令とならば……」

「ですが、危なくなったらすぐに飛んできますね?」

「ああ。ただ、2人も無理するな。死なせたくない」

「師匠♡」

「殿下♡」

 2人は、笑顔で煉と再度キスする。

 銃弾が飛んでくる中でこれほどイチャイチャ出来るのは、並の神経ではない。

 十数秒間の長いキスを終えた後、2人は名残惜しそうに離れていく。

 煉も小さく手を振った後、

「さてと」

 再び軍人の顔になった。

「オルガ、戦えるか?」

「は、はい……」

「じゃあ、2人1組ツー・マンセルだ。頼むぞ?」

「は!」

 王配と他国の駐在武官の即興アドリブが始まった。


「「……」」

 スヴェン、ライカのコンビは燃えていた。

 愛する人を危険に晒された怒り。

 重要な任務を任された喜び。

 2人1組を外された嫉妬心。

 様々な感情が交錯しながら、それを闘争心に変えていた。

 2人は、狙撃手らが潜む屋上のビルに入る。

 そして、警戒しつつ、非常階段を上り、屋上に到達する。

「「……」」

 扉をゆっくりと開き、2人は手話ハンドサインを送り合う。


『私は、観測手を撃ちます』

『では、私は、狙撃手を』


 ほぼ初めての即席コンビだが、2人はドイツ系なので波長が合い、日頃から馬が合う仲だ。

 そして、スヴェンが扉を蹴り倒す。

「「!」」

 狙撃手と観測手は同時に振り向く。

 2人は、左右に分かれ、地面を回転しながら撃つ。

 その素早さに狙撃手は額を、観測手は胸を撃ち抜かれた。

 2人は、すぐに体勢を立て直し、狙撃手と観測手の手から離れた銃を蹴り飛ばす。

 直後、念の為、もう1発ずつ憎悪を込めて頭に撃ち込む。

「「制圧クリア」」


 屋上が制圧された途端、銃声が無くなった為、残りの3人は、戸惑う。

「おい、上はどうした?」

「無線が通じん!」

「くそ!」

 制空権を奪われた地上部隊は、簡単な的だ。

 ライカが観測手、スヴェンが狙撃手になり、屋上から狙う。

「3時の方向」

「了解」

 死んだ狙撃手が持っていたドラグノフ狙撃銃で、標的を確認する。

 引き金を引く前に無線が入った。

『スヴェン?』

「師匠、どうしました?」

『屋上は制圧したんだよな?』

「はい」

『じゃあ、RPGを始末後は、警官隊の援護に徹しろ。警官が殉職しそうだ』

「は」

 言葉から察するに残りの2人は、煉がオルガと始末するのだろう。

 護衛として煉が直々に動くのは不安だが、屋上から見守っている為、万が一危なくなれば分かる。

「では、6時の方向でお願いします」

「了解」

 標的を変え、煉に向かってRPGを構えている男の頭に狙撃眼鏡スコープを合わせた。

 

 斜めに落ちていく7・62x54mmR弾は、RPGに被弾。

「!」

 直後、ドーン! という爆発音と共にRPGを担いでいた男は、吹き飛んだ。

「「!」」

 残りの2人は、爆風によって、大使館の重厚な壁に叩き付けられる。

「ぐへ!」

「が!」

 臓器を損傷したのか、2人は、吐血しながら倒れた。

 煉は叫んだ。

「スヴェン、援護を! オルガ! 行くぞ!」

『は!』

「はい!」

 屋上から身を乗り出して、スヴェンは警戒に当たる。

 初見では5人だったが、よく見るともっと居た、という可能性を踏まえてのことだ。

 オルガと共に警戒しつつ、煉は、ベレッタを構える。

「「……」」

 じわりじわりと、2人に近づく。

 そして、気絶しているのを確認すると、2人の銃を拾い、装填されていた弾倉マガジンを遠くに放る。

「……制圧クリア

 オルガが確認した直後、一斉に駐在武官と警官隊が集まってた。

「オルガ、無事か?」

「はい。閣下」

 慌てた顔で白髪の東洋系の男性がオルガを抱き締めた。

 それから煉を見た。

「失礼ですが、貴方は?」

「トランシルヴァニア王国の駐在武官―――」

「オリビア女王の王配殿下です」

「! なんと」

 男性は、ひざまずく。

「駐日大使のヤンです。この度は、我が国の馬鹿共が申し訳御座いませんでした」

 ヤンという名前から多くの日本人は、中国系を連想するだろう。


 例

ヤン

ヤン

 など


 しかし、実際には欧州にも同じような人名が存在している。


 例

 ヤン・フス   (1369頃~1415)チェコの宗教思想家 宗教改革の先駆者

 ヤン・ジュシカ (1374~1424)フス戦争(1419~1434)の英雄

 ヤン・レンツマン(1881~1939)ラトビア人革命家  ラトビア共産党創設者

 ヤン・スィロヴィ(1888~1970)チェコ人軍人  チェコスロバキア11代首相

 ヤン・ベルジン (1889~1938)ラトビア人革命家  大粛清で処刑

 ヤン・ゴリアン (1906~1945)スロバキアの軍人 民衆蜂起指導者の1人

 ヤン・オプレタル(1915~1939)チェコ人医学生   反ナチ運動中に射殺

 ヤン・ズムバッハ(1915~1986)ポーランド人撃墜王 公認撃墜記録13(*1)

 ヤン・パラフ  (1948~1969)チェコスロバキアの学生 反蘇運動で焼身自殺


 ……

 アジアの『ヤン』と欧州の『ヤン』の語源は、無関係(*1)なのだが、


・顔立ちが東洋系

・名前が「ヤン」


 だと、やはり東洋系と誤認するだろう。

 駐日大使のヤンは、最近、任命されたばかりで煉も知らなかった。

 応接室で改めて挨拶する。

「ヤン・ウエノスキーです。祖父がお世話になりました」

「ああ、あの市長の……」

 煉は納得した。

 孫に容姿が遺伝するの」だから、相当、ウエノスキーの遺伝子は強いのだろう(隔世遺伝の可能性もあるが)

「大使自らも軍人なんですね?」

「祖父が大日本帝国の軍人ですからね。先の戦争でも、ハリコフなどで戦いました」

 胸を張るヤン。

 ウクライナは、日本と違い徴兵制のである。

 元々は導入していなかったのだが、ロシア脅威論に基づいて2014年に復活した(*2)。

「娘が貴国でお世話になりました」

 オルガを横に座らせて、頭を下げさせる。

 親として近場の方が良いのだろう。

「いえいえ。テロリストの内、片割れは貰って頂いても?」

「はい。我が国も1人貰えて嬉しい限りです」

 両国は、警視庁に死体だけ預けて、生存者は、それぞれ尋問の為に回収していた。

「ありがとうございます」

 煉は手を出して、ヤンと固い握手を交わすのであった。


[参考文献・出展]

*1:ウィキペディア

*2:日本経済新聞 2014年5月2日

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