第314話 21回目の9・11

 令和4(2022)年9月11日(日曜日)。

 今日は、2001年の同時多発テロ事件から21回目の日だ。

 アメリカ出身の煉やシャロンもこの日ばかりは、神妙な面持ちを隠せない。

「……パパ、参加したかったね?」

「まぁな」

 ソファに座る2人は、煉の部屋でアメリカ大使館からの招待状を見詰めていた。

 2人が招待されたのは、親戚に9・11の犠牲者が居るからだ。

 その為、大使館で開催される追悼行事には参加出来るのだが、オリビアが女王になった以上、警備等の問題から簡単に参加する事は困難になっていた。

「……そう言えば帰化申請はどうなった?」

「まだみたい。シャルロットに聞いたら、結構、今年は申請者が多いみたいだからその分、時間がかかるらしい」

「今年、多いのか?」

「うん。2月にロシアがウクライナに侵攻したでしょ? それから一気に増えたみたい。

・フィンランド

ラトビア、リトアニア、エストニアバルト三国

・モルドバ

・ウクライナ

・ポーランド

・ジョージア

 から」

「あー……」

 その多くはロシアと国境を接したり、過去に戦争を起こした国々ばかりだ。

 ロシア脅威論から、その反動でトランシルヴァニア王国への帰化申請が増加しているのだろう。

「あ、あとロシアからも増えているみたいよ。債務不履行デフォルトで」

 2022年3月16日。

 ロシアは、ソブリン債(国債等)の支払期限を迎えた。

 そして、同月中には、約7・3億ドル(約840億円)、4月4日には21・3億ドル(約2400億円)ものドル建て元本返済払いの期限を迎え、同日、債務不履行デフォルトとなった。

 ロシアが経済危機になったのは、


・1998年8月17日 90日間の対外債務の支払停止→債務不履行

・2008~2009年 →世界経済危機

・2014年    →クリミア併合による経済制裁


 以来、4回目の事だが、債務不履行は、24年振り2回目の事だ。

 軍事大国であれど、経済大国とは言い難いロシアは、それに耐え得る力は無く、一気にソ連の時代に戻った祖国に対し、自由を知る一部の国民は、我先に避難を開始。

 経済移民として世界各国に散らばった。

 その行先がイスラエル等、歴史的にロシアと繋がりが深い国々なのだが、当然、ロシアとも歴史的に縁が深いトランシルヴァニア王国にもロシア人の移民は殺到している。

 元々、帰化に厳しいトランシルヴァニア王国でこれ程殺到すれば、当然、いつも以上に審査が長引く。

 シャロン等の帰化申請が長期化するのは、その可能性が考えられた。

「王族になったから特例ですんなり行くと思ったけれど」

「『法の下の平等』だからな。法の下では、貴賤は無いよ。なぁ、シャルロット?」

「はい」

 声を掛けられたシャルロットは、嬉しそうにお茶をカップに注ぐ。

「どうぞ」

「「有難う」」

 2人は受け取り、煉は隣のスペースを叩く。

「給仕はその辺で良いよ。ゆっくりな?」

「はい♡」

 暇を貰ったシャルロットは、そのスペースに座る。

 これからは、侍女メイドから愛人モードだ。

「シャロン様、今晩、大丈夫ですか?」

「今晩?」

「はい。深夜、全米オープンがありますが?」

「あ、そうだった」

 シャロンは思い出したように呟くと、テレビを点けて、録画を行う。

「生では観ない?」

「観るよ」

「じゃあ、何で?」

「保存用だよ。うんしょ」

 シャロンは、煉の膝に座る。

「だから、ここで仮眠するの」

「……1個も分からんな」

「そういう時期なの」

「成人女性なのに?」

?」

 作り笑顔のシャロンは、散弾銃ショットガンを煉の米神に押し当てる。

冗談ジョークだよ」

「なら良いよ」

 首肯後、シャロンは、煉に口付けし目を閉じる。

 本当にここで寝るようだ。

 シャロンに聴こえないようにシャルロットが囁く。

「(大きな子供ですね?)」

「(そうだな)」

 幼少期、甘えられなかった分、今、こうして甘えているのだろう。

 煉もその負い目がある為、叱るに𠮟れない。

「動けないでしょうから、お世話しますよ」

「有難う。でも、シーラ、スヴェン、ウルスラと分担な?」

「はい♡」

 分担制だと、1人当たりの仕事量が減る為、シャルロットとしては若干の不満があるのだが、疲労を考慮してくれるのも嬉しい。

 シャロンの頭上で2人はキスし、シャルロットは給仕を再開するのであった。


 大使館の敷地内には、職員の福利厚生の為にテニスコートがある。

 ここでは、不定期に大使主催の大会が行われ、優勝者には、賞与ボーナス増額等の特典がある為、参加者は多い。

 福利厚生でスポーツがあるのは、トランシルヴァニア王国の食事情が関係している。

 極寒のこの国では、その寒さを凌ぐ為、肉や塩分が使用された食料が多く、消費されるのだが、栄養過多によっては糖尿病等に成り易い。

 この手の患者が増えれば増えるほど、国民の平均寿命は伸び悩み、医療費も圧迫される。

 その為、トランシルヴァニア王国では早くから、その対策にスポーツに目を付けていたのだ。

 スポーツで国民は健康に繋がり、五輪オリンピック等の国際大会で高成績を出せば国威発揚にもなる。

 こういった事から、トランシルヴァニア王国は、スポーツ大国の一面を持ち合わせていた。

 そんな中で国民的娯楽の一つに数えられているのが、テニスである。

 トランシルヴァニア王国にテニスが伝わったのは、18~19世紀(1701~1900年)の事で、当時、欧州ヨーロッパの貴族の間で流行っていたものが、島に伝わったのだ。

 その後、1877年にイギリスで第1回全英オープンが開催されると、トランシルヴァニア王国でもナショナルチームが作られて以降、日本でいう相撲の様に、トランシルヴァニア王国ではテニスが国技になったのであった。

「そ~れ」

「あー!」

 打ち合う司とエマ。

 その隣のコートでは、

「負けませんわよ!」

「私だって!」

「キーガン様、覚悟!」

「チェルシー様も!」

 BIG4がエマ、キーガン組とチェルシー、フェリシア組に分かれてダブルスを行っていた。

 規則が分からないヨナとミアは、

「「……」」

 飛んでいくボールを目で追うばかりだ。

 丁度、今日は、全米オープンの決勝の日。

 日本時間の深夜に開催されるのだが、シャロンが数日前からしていた御蔭で、北大路家では、空前のテニスブームが起きていた。

 家長・皐月は、優雅にベランダからの様子を眺めていた。

「元気ねぇ。皆」

 それから振り返る。

「貴女達は参加しないの?」

「給仕ですから」

 シャルロットは、皐月の肩を揉みつつ答えた。

『何で私まで?』

「いいじゃない」

 文句たらたらのナタリーとノリノリのエレーナは、御菓子を作っている。

 給仕は、全員、メイド服であった。

 それも太腿が露わになり、かがめば下着が見えるくらいの超ミニスカートだ。

 皐月恒例のパワハラである。

「済まんな」

 煉が代わりに謝る。

 その世話をするスヴェン、ウルスラも例に漏れずメイド服だ。

 一応、ウルスラの場合は、信仰宗教の教義に従ってタイツで素足を隠しているが。

 兎にも角にも、メイドが沢山居るのが、北大路家の日常だ。

「パパ、駄目。私だけ見て」

「はいよ」

 依然、シャロンが膝に居る手前、煉は動くに動けない。

 左右に座るスヴェン、ウルスラは手持無沙汰であるが、それでもしな垂れかかっては離れない。

「師匠♡」

「少佐♡」

「師匠♡」

「少佐♡」

 この繰り返しだ。

(ゲシュタルト崩壊起きそうだな)

 苦笑いしつつ、煉は2人を抱き寄せるのであった。

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