第317話 愛の薬

 トランシルヴァニア王国に不敬罪はあっても、日本には不敬罪が存在しない。

 その為、オリビアの動向は週刊誌などで報じられる。

 例えばこのように。

 

『【オリビア女王、進学先は王立大学に決定か?】

 来年以降、戴冠式を迎えるトランシルヴァニア王国の女王にして現役の女子高生であるオリビア女王の進学先が判明した。

 当初は、日本国内の皇族が多数、卒業生に居られる大学が確実視されていたが、ここに来て祖国に戻る御決断をされたようだ(長年の友好国であるイギリスでは、サンドハースト王立陸軍士官学校が予想されていた)。

 御決断の背景には、日本人の王配・K氏の下意かいもあったものと思われる。

 K氏は、女王陛下が猛アプローチの末、御成婚となった高校生で、政界に強い影響力を持つ名家の御子息とされている。


 日本人男性が外国の王室に入るのは、サローテ・トゥポウ3世(1900~1965 在位:1918~1965)の姪の殿下と御結婚された実業家(*1)以来と思われる。

 実業家は、1920年代初頭、オーストラリアで真珠発掘の潜水士をされていたが、第一次世界大戦が勃発すると失業してしまい、職を求めてトンガ王国に移住し、そこで理髪店やガソリンスタンド、輸出業を始めた(*1)。

 その後、殿下と出逢い、駆け落ち同然のまま結婚された(*1)。

 恐らくだが、日本人の外国の王室入りは、これが現在まで確認されている唯一の事例と思われる。


 それを突破し、玉の輿に乗る事に成功したK氏というのは、どのような御人柄なのか。

 元同級生によれば、

「見た目は不良っぽいが、温厚誠実で、陛下をよく支えている」

 との事だ。

 外務省もK氏が今後、トランシルヴァニア王国との懸け橋になる、として全面的にバックアップする事を想定している―――』


「……」

 シャルロットは、記事を机上に叩きつけた。

 そして、焼却炉入きのゴミ箱に放り投げる。

 煉には、見せない非常に感情的な行動だ。

 シャルロットが激怒しているのは、煉に心酔している為である。

 それから、精神安定剤の瓶を見た。

 精神的に不安定な所があるシャルロットは、皐月指導の下、1日数錠服用していた。

 1日、数十種類数百錠を飲んでいた時よりも減った方だ。

 断薬も目の前、と思われているが、流石に自己判断は不味い。

「……」

 周囲に誰も居ない事を確認後、瓶に手を伸ばす。

 人気ひとけを気にしたのは、ストレスを一気に減らしたいが為に多めの服用をしたかったからだ。

 蓋を開け、それを逆さまにしようとした時、

「はい、ストップ~」

「!」

 瓶が手繰たくられた。

 驚いてみると、煉が蓋をも奪い取り、再び閉める。

「減薬に成功しているのに、過剰摂取オーバードースは、死の危険がある」

「……済みません」

 シャルロットは、自省する。

「君の薬はアメリカ製だ。日本製よりも効果が強い。分かってるね?」

「……はい」

 態々わざわざ、アメリカから輸入しているのは、シャルロットが日本製の薬に余り効果が認められなかったからだ。

 その為、主治医の皐月はシャルロットと相談し、薬剤師や専門家などと相談した上で、より効果が期待出来るアメリカ製を処方する決断に至った。

 当然、厚生労働省や入国管理局への申請などがある為、通常の処方よりも、手間暇がかかるが、これも全て人命の為だ。

 煉は、それ以上は責めず、その体を抱き締める。

「薬に頼る前に俺か皐月に相談してくれ。力になるから」

「……はい」

 しゅん、と項垂れるシャルロット。

 自省と恥ずかしさで、いっぱいのようだ。 

 前世がアメリカ人なので煉は、アメリカ製の薬の強さを知っている。

 その理由の一つが、『裁判対策』だ。

 訴訟大国であるアメリカでは、効果が薄いと、直ぐに裁判になりやすい。

 そういった事を回避する為に製薬会社は、敢えて強めに作っているのだ。

 その結果、依存症患者を増やす一因にもなっている。


 過剰摂取が原因で死亡した有名人の例

 マリリン・モンロー (1926~1962 都市伝説だが、謀殺説もあり)

 エルヴィス・プレスリー(1935~1977)

 など


 歴史的には、モルヒネが挙げられるだろう。

 当初、鎮痛薬として使用されていたモルヒネだが、南北戦争や普仏戦争では、沢山の依存症患者を生んだ。

 それを克服する為にヘロインが誕生した訳だが、ヘロインも危険な薬物であり、1920年代、各国で麻薬に指定され、非合法化されるも根絶には至らず。

 日本では戦後の一時期に大流行し、最盛期の1961年には、4万人もの患者が居たが、罰則の強化により減少したとされる(*2)。

 アメリカでは1960年代に大流行し、


 1969年末 推定31万5千人

 1971年  推定56万人


 もの患者が発生した事により、同年6月17日、ニクソン大統領はこの状況を『麻薬戦争』と表現し、薬物取締の強化に至った(*3)。


 前世の軍人時代、戦場の精神的苦痛から病み、沢山の戦友がモルヒネなどに手を出し、依存症になった例を直接見ているのが、煉だ。

 シャルロットを人一倍、気にするのは当然の事である。

 落涙する彼女を更に抱き締める。

「落ち着いた?」

「……はい」

「良かった」

 それでも煉は、離さない。

 めかけであっても愛情深い。

 その優しさと真っ直ぐな愛にシャルロットは、更に嬉しくなるのであった。

(本当に……好き♡)

 

 500mlの水を一気飲みした後、シャルロットは、煉にしな垂れかかった。

「……心配で来て下さったんですか?」

「そうだよ。ああいう記事が出たからな。まさかとは思って一応な」

「……恥ずかしいです」

 真っ赤になるシャルロット。

 煉は、抱き寄せて囁く。

「(可愛いな)」

「!」

 ギョッとすると、煉は口づけし、そのまま押し倒す。

「殿、下?」

「可愛いシャルロットが悪い」

「―――!」

 嬉しさと恥ずかしさの中、シャルロットの体温は、体感40度並に沸騰するのであった。


[参考文献・出典]

*1:『ありえへん∞世界』 テレビ東京系 2014年9月9日

*2:『A review of drug abuse and counter measures in Japan since World War II』

   Nagahama Masamutsu 1968年

*3:アルフレッド・W・マッコイ『ヘロイン―東南アジアの麻薬政治学 上下巻』

  訳・堀たお子 サイマル出版会 1974年

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