第316話 王妹と漢字

 進路が王立大学になった事で移住計画が進む。

 折角、手に入れた日本家屋であるが、今後は、大使館に管理権が移る事になった。

 もっとも引き渡しは、来年3月以降の話になるが。

 朝食の席で司が尋ねる。

「たっくん、王立大学の入学って9月?」

「みたいだな」


・白御飯

・味噌汁

・焼き魚

・卵焼き

 ……


 王族の食事とは思えない質素なものが並んでいる。

「じゃあ、半年は暇になる?」

「そうなるな」

 学校年度は、国によって違う。

 アメリカ等の国々では、9月入学だ。

「その分、島内を周れたら良いね?」

「丁度、夏の時期もあるから泳げるかも」

「では、水着を新調しなくてなりませんわね」

 オリビアが綺麗なはしさばきで卵焼きを切り分け、一部を煉の口元に運ぶ。

「どうぞ♡」

「食事介助は必要無いよ」

「早く早く♡」

「……分かったよ」

 パクリと咀嚼そしゃく

 塩胡椒がよく効いている。

「どうです?」

「美味しいよ」

「えへへへ♡ ライカとレベッカと一緒に焼きましたの。ねぇ?」

「はい♡」

「うん!」

 2人は、大きく首肯した。

「私も作ってみました。食べてみて下さい」

 シャルロットがアピールする。

「うん……?」

 一口食べて煉は、違和感に気付く。

「牛乳使ってる?」

「! よくお気付きで」

「甘いからな」

 一部を切り取って、煉は甘えたがりなレベッカにあ~ん。

「おいちゃん♡ 全部ちょ~だい♡」

「全部は駄目だな。折角、シャルロットが作ってくれたんだから」

「じゃあ、シャルロット、つくって~」

かしこまりました」

 自分の食事もそこそこに、シャルロットは、再び台所に向かうのであった。


 時間が出来た分は、有効活用しなければならない。

「は!」

 10mも垂らされたロープを上半身裸の煉は、腕力だけで登っていく。

「すっご……」

「王配は衰え知らずだな」

「多分、世界で1番のムキムキな王配だな」

 親衛隊員と突撃隊員は、口々に誉めそやす。

 眼前で起きている現実に目を見張るばかりだ。

 同じ時機タイミングで登ったライカ、キーガン、スヴェン、ウルスラよりも速いのである。

 着痩せするタイプの煉だが、脱げばその肉体は消耗品軍団エクスペンダブルズに選ばれそうなくらいムキムキだ。

 頂上まで到達した煉は、地上の部下達を見下ろした。

「速度も大事だが、怪我には気を付けろ。安全第一だからな?」

「「「は!」」」

 軍事訓練なのだが、煉は安全対策を重視している。

 これは軍全体にも浸透しており、年間の軍内部での労働事故は、他国の正規軍のそれと比べると、非常に少ない。

 恐らく世界一、安全を重視している正規軍と言えるだろう。

 派閥主義セクショナリズムで対立していた旧親衛隊、旧突撃隊は今や煉の部下だ。

 煉に反発していた一部の突撃隊員であったが、目の前で起きている現実を受け入れるしかない。

 ロープをつたって、煉は降りて来る。

「はい、じゃあ訓練開始」

「「「は!」」」

 王配の積極的な行動に士気を高めた軍人達は、大きな声を出して訓練を始める。

「……」

 その様子を煉は、満足そうに見詰めた後、シャルロットからタオルを貰う。

「御疲れ様です」

「有難う」

 顔の汗を拭きとりつつ、椅子に座った。

 本当は全力で軍人と共に汗を流したい所だが、如何せん王配である以上、無理は出来ない。

 それから気付いた点を一つずつ述べていく。

「ウルスラ、登る時、少しの握力しか出していないだろ?」

「はい」

「もう少し出せ。自分を過信するな」

「は」

「スヴェンは、ウルスラに集中し過ぎだ」

「は」

 こういうのは自分が気付いていない場合がある為、極力他人が指摘した方が良い。

 勿論、褒める事も忘れない。

「キーガン。速度もさることながら、安全最優先は良い事だ」

「有難う御座います♡」

「ライカも良かったよ。今後もオリビアを宜しくな?」

「はい!」

 褒める所は褒め、注意すべき点は注意する。

 それが煉のやり方だ。

 防弾ベストとヘルメットを着用したレベッカがやって来た。

「おいちゃん、まだ~?」

「ん? ……あー宿題?」

「うん。かんじ、わかんない」

 漢字ドリルを見せる。

「司は?」

「今、ねーさまと、れぽーとちゅう~」

 となると、皐月を頼るしかないが、彼女は仕事中だ。

 他にBIG3やヨナ、ミアが居るが、彼女達は、非漢字圏育ちであり、漢字は未だ慣れていない。

「ナタリー、シーラ、エレーナは?」

「なたりーは、えれーなとおひるねちゅう~。しーらは、おさらあらい」

「分かったよ」

 シーラは元々、侍女なので仕方ないが、他の2人は、巻き込まれるのを恐れて狸寝入りを決めた、と思われる。

 直感だが、2人には、そんな感じがした。

「ライカとキーガンは、ここで残って指導を」

「「は」」

 2人は、敬礼後、部下達の指導に行く。

「シャルロット、済まんが、ちょっと汗流して行くからレベッカを頼む」

「は」

 シャルロットは、レベッカの手を引いて、訓練場を出ていく。

 非戦闘員には、ここは、正直、危険地帯だ。

 煉は、嘆息後、ウルスラとスヴェンを侍らせつつ、シャワー室に向かうのであった。


 シャワー室で2人と愛し合った後、煉は腰砕けになった2人を放置して、レベッカの部屋に向かう。

「おいちゃん!」

 扉を開けると、レベッカがすぐに駆け寄った。

 勉強のストレスからか、顔色が悪い。

「勉強、いや?」

「うん」

「わかった。じゃあ、休んどき」

「抱っこ♡」

「はいよ」

 レベッカを抱っこしてから座る。

「……ん?」

「どった?」

「すヴぇん、と、うるすら、の、においがする」

 レベッカは、眉を顰めた。

 どうやらシャワーで愛し合ったのは、お見通しのようだ。

「うわきもの~」

「宿題手伝わないよ?」

「てつだって~♡」

 すぐに手の平返し。

 本当に困っているようで、レベッカは、甘えに甘える。

「殿下」

 シャルロットが苦言を呈そうとするも、

「良いよ」

 煉は、気にせずレベッカがしていた漢字ドリルを開く。

 彼女が勉強中なのは、『一』『二』『三』など小学校1年生で習う教育漢字80個だ。

 80個と聞くと、大変なイメージを持たれるかもしれないが、画数が少ないものばかりで、教育漢字の中でも最も数が少ない為、早めに覚えやすい筈だ。

 地頭が良いのか、ヨナ、ミアの母娘や元々、高等な教育を受けているBIG3は既に6年生の191字(例:『革』『危』『糖 』など)に挑んでいる。

 話すのには体力やストレスを使うが、字や読みを覚えるのには、それほど体力を使わないのかもしれない。

「おいちゃん、漢字、おしえて♡」

「分かったよ、じゃあ……」

うつ』を書いて見せる。

「……」

 瞬間、レベッカは、無表情と化した。

「ごめんごめん」

「おいちゃんのいじわる!」

 ふんと、へそを曲げたレベッカの顎をタプタプしつつ、煉はなぐさめるのであった。

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