第297話 熱と涙

 煉が作った島民専用の自治国に、日本人総合建設業者ゼネコン社員が、続々と入っていく。


・島民の住居(現在、島民は王室が用意した公的賃貸住宅に入居中)

・学校

・就労支援施設


 を完成工事高上位5社スーパーゼネコンが同時に作るのだ。

 1社だと、同時は難しいだろうが、5社も集まれば『三人寄れば文殊の知恵』とはまさにこのことで、契約料も高額ということもあり、安全性重視の上で、仕事が早い。

「……早いな」

「福岡の陥没を1週間で修復した民族だからな。安全最優先だし、あのスピード感は、我が民族も学ばなければならない」

 そう話し合っているのは、王立建設業者達だ。

 彼等が言及しているのは、博多駅前道路陥没事故(2016年11月8日)の事である。


・犠牲者0

・事故発生後、復旧工事が僅か1週間で完了


 が世界から注目され、世界でも有名なCNN(*1)やガーディアン紙(*2)では、驚きを持って報道された。

 トランシルヴァニア王国は、マレーシアが進めた東方ルック・イースト政策を採用し、日本を近代化の手本としている。

 その結果、現在、《北欧の優等生》と称されるほど、目覚ましいほどの成長を遂げている。

 親日家が多い国民には、日本人の技術力に興味津々であった。


 2022年8月13日。

 予期せぬハプニングで4日間ある夏季休暇は、実質2日となってしまったが、それでも無いよりはマシだ。

「……」

 煉は、した疲れを日焼けで癒していた。

 燦燦さんさんと陽が降り注ぐ中、サマー・ベッドで焼く。

 日焼け用ベッドを使用しないのは、それが、


・WHOが癌の発症リスク、最高レベルに引き上げていること(*3)

・熱傷事故の例(*4)


 の事例がある為、危機管理の見地から利用しないのだ。

「パパが焼くなんて珍しい?」

 星条旗柄のビキニを披露したシャロンが抱き着く。

「プールは良いのか?」

「疲れっちった♡」

 猫のようにシャロンは、舌を出す。

 司が昔、言ってた「てへぺろ」というポーズだ。

 プールでは、女性陣が仲良く泳いでいた。

「コウ、コウ」

「成程。島に伝わる古式泳法ですか」

「成程」

 水中に突き立てられた棒を伝っていくミアに、ライカとキーガンは、感心しきりだ。

 レベッカとBIG3は、へりで足湯のようにして女子トーク。

 エレーナ、ナタリーは、浮き輪に乗って読書中。

 シーラは、シャルロットからビート板を使って水泳の練習中だ。

 皐月、司は、オリビア、スヴェンと共に人工的な波で大はしゃぎである。

「わぷ!」

「きゃあ!」

「ひゃあ!」

「わぁ!」

 キャッキャウフフと楽しんでいた。

「今だけは、パパを独り占め~♡」

 腰部にまたがり、煉の胸部に額を押し付ける。

「パパは、仕事中毒者ワーカホリックだよ」

「やっぱり?」

「自覚してんじゃん」

「完全週休2日制が崩れているからな。働くのは、週5で良い」

「そうだよ」

 学業に本業(駐在武官)に親衛隊教官、更には王配と、煉は目まぐるしく忙しい。

 幾ら超人であっても、煉は人間だ。

 疲労は蓄積されることは目に見えている。

「だからさ、短くなった分、この2日間は、甘えて良いよ」

「甘える?」

「うん。何もしなくていいよ。のんびり過ごそうよ。今日と明日は」

「……了解」

 シャロンの背中に手を回し、その体温を感じる。

 太陽の下、2人は長時間、抱き合うのであった。


 発汗し始めた頃、2人はようやく離れて、一緒にプールの水を桶でみ、汗を流す。

 そのまま、飛び込みたい気分だが、流石に衛生的にも倫理的にも好ましくは無い。

 風呂の掛け湯のようであるが、兎にも角にも、2人は、プールに入った。

 その大きさは、非公式ながら世界一だ。

 公式な世界記録は、チリの首都サンチアゴの西100kmに在る『サン・アルフォンソ・デル・マル』が持つ(*5)。

 その具体的な記録は(*5)、


・長さ 1013m

・面積 8万㎡=東京ドーム約2個分

 一方、ブラウンシュヴァイク城地下にあるプールは、これよりも大きい。

・長さ 2千m

・面積 16万㎡


 チリのほぼ2倍だ。

 北海油田の利益で、これほど贅沢な使い道があるのだ。

 多くの国民も裕福なので、王族が湯水の如く贅の限りを尽くしても、問題視する者は少ない。

「殿下」

 チェルシーが、進み出た。

「以前、背負って頂き有難う御座いました」

 前震発生時、チェルシーは腰が抜け、立つ事がままならなかった。

 その時、煉がぶって運んだのである。

「ああ、気にするな」

「私は地震に対し、無知だったことを恥じ、起震車きしんしゃを国民に寄付する事を決定しました」

「おお、それは素晴らしい事だな」

「はい♡」

 チェルシーは、煉の手を取り、密着する。

「我が家は、王配の忠臣ですから」

「……わたしは?」

 今の発言に、オリビアは眉をひそめた。

「チェルシー、気持ちは有難いが、夫婦を分裂させないでくれ」

「あ、申し訳御座いません」

 チェルシーがすぐに謝ったことで、オリビアは怒りの矛を収める。

 煉の支持者が増えるのは、=忠臣の増加に繋がり易い為、オリビアも万々歳なのだが、他方で行き過ぎると、「王配を王位に」という声になる可能性も否定出来ない。

 煉は、王位に興味が無く王位簒奪にも否定派なので、その点についても信頼しているのだが、西郷隆盛のように野心家ではないものの、忠臣の暴走により結果的に祭り上げられる可能性も無くは無い。

 オリビアと司が煉を引っ張る。

「勇者様♡」

「たっくん♡」

 2人は、胸部を押し付け誘惑する。

 男には無い感触に、煉は改めて感心する一方、チェルシーに目配せ。

『背中に来い』と。

「!」

 両腕は正妻優先だが、煉は妻に上下を極力、作らない。

 チェルシーは、背中に回り抱き着いた。

「ああ、もう、そこ狙っていたのに~」

「前があるけど?」

「そう? やった!」

 高々とガッツポーズを決めると、シャロンは前から抱き着く。

 これで前後左右、囲まれた形だ。

 歩き難いが、仕方ない。

「ダー!」

 ミアが肩に飛び乗った。

「元気だな?」

「ウン。プール、初メテ♡」

 島にはプールが無い為、ヨナ、ミアの母娘には、初体験だ。

 海はしょっぱいが、プールの水は飲んでも問題無い為、最初は飲料水と勘違いして飲んでいたほどだ。

 その後、シャルロットから水中毒の危険性について学び、震えていたのは余談である。

 ミアは、煉の頭部に抱き着き、頬擦り。

 そして、毛繕いグルーミングを始めた。

「有難う。でも、大丈夫だよ」

」 

 止めないミアに、ヨナは、困り顔だ。

「殿下、申シ訳御座イマセン」

「気にするな。子供のすることだから―――」

「子供ジャナイ。妻」

つま?」

ツマ!」

 ワシャワシャと、煉の髪の毛を掻きむしる。

 意地悪な兄と、それに怒る妹のようなやり取りだ。

 義妹のシーラは、それが面白くない。

「……」

 ミアを睨んでいると、彼女もそれに気付き、睨み返す。

「「……」」

 新妻VS.義妹の抗争に発展しかけた時、

「駄目ですよ」

 シャルロットがシーラを抱っこした。

「シーラ様、ミア様は奥様なのです。敬意を払いませんと」

「うう……」

 ミアは、勝ち誇った顔だ。

レン♡ 好キ♡」

 それから、額に猛烈なキスを浴びせかけるのであった。


 プールは、人工波施設ウェーブ・プールでもある為、人工的な波も楽しむ事が出来る。

「ヒャッハー!」

 世紀末な歓声を上げるのは、エレーナだ。

 文字通り、波に乗ってサーフィンを楽しんでいる。

 島の出身者である、ヨナ、ミア、そして皐月、司の母娘2組は、サーフボードで泳いでいる。

「上手いなぁ」

 5人の動きに、煉は感心しきりだ。

「勇者様は、出来ませんの?」

「波乗りは、余りな」

 泳げるのだが、5人のような華麗さは無い。

 フェリシアが、囁いた。

わたくしがお教えしましょうか?」

「泳げるのか?」

「はい♡」

 背中に双丘そうきゅうを押し付けて、無言の誘惑を行う。

 それに対し、オリビアも負けじと左側から密着し、無言の牽制だ。

「私も出来ますわよ」

 チェルシーが参戦し、右側に配置する。

 溢れたエマは、オリビアの反応を伺いつつ、前から抱き着いた。

 当然、オリビアの眉は、震えた。

「……皆様?」

「陛下」

 作り笑顔で応戦するのは、チェルシーである。

「今までは、陛下が独占してきました。残り少ない夏季休暇、忠臣にも殿下を貸し出すのが、名君ではありませんか?」

 言葉を選んでいるが、要は「夏季休暇は残り少ない為、独り占めせずに譲れ」と言っているのだ。

恩賜おんし、ということですか?」

「はい。陛下が側室に寛容な所を見せて下されば、新女王の御人柄おひとがらが、全国民にも浸透するかと」

「……」

 オリビアは、考える。

 王配を束縛する女王と、時に寛容さを示す女王。

 国民は、どちらを支持するだろうか。

 答えは明白である。

 されど、

「……嫌ですわ」

 ギュッと、力を込める。

「『悪女』『悪妻』と言われましても、わたくしは、勇者様を短時間でも離すことはありませんわ」

「「「……」」」

 明確な拒否に3人は、白けた表情だ。

 それから煉を見た。

 一縷の望みを持って。

「そうだな」

 煉は、オリビアの手を握り返し、愛には愛で示す。

 オリビアにキスした後、チェルシーを見た。

「チェルシー、君の言う事は一理あるよ。でも、夫婦関係の事をが介入するのは、良くは無いな」

「……」

 はっきりと、「側室」と言われると、自覚しているチェルシーであるが、やはり、ショックを受けた。

 その頬を撫でつつ、煉はフォローする。

「気持ちは有難いけどね。身分不相応だよ。以後、気を付ける様に」

 厳しい言葉で注意しつつ、煉はチェルシーの涙をキスで吸い取る。

 愛してる、という無言のメッセージだ。

「……はい♡」

 嬉し涙となったチェルシーは、御前でもあるにも関わらず、煉に抱き着き、濃厚なキスをするのであった。


 プールで楽しんだ後は、プールサイドで食事だ。

・かき氷

氷菓アイスクリーム

・綿菓子

 等、日本の夏祭りの出店でみせで見るようなものが、多数、見受けられる。

 これらは全て、王室御用達の日系企業によるものだ。

 王室は、文化盗用にならないよう、異文化には、気を配っている。

 日系企業は、その辺の所は気にしていないし、多くの日本人も、ハリウッドスターが和服を着ようが、概ね好意的に受け止めることが多いように気にしては無いのだが、王室は万が一に備え、過敏症なのだ。

 出店の従業員は、煉が表には出さないものの、嫉妬深いことを把握している為、全員、女性で統一されていた。

「女王陛下、どうぞ」

 事前に調査している為、オリビアの下には、抹茶系のスイーツが集まる。

「有難う♡」

 オリビアの満面の笑みに従業員も内心安堵だ。

 一応は、司法国家であるが、オリビアの裁量が大きい分、人治国家な一面があるトランシルヴァニア王国では、不敬罪と解釈されれば、斬捨御免は有り得る事である。

 王配が日本人なので、執り成しがあれば、最悪の事態は避けられるだろうが。

 それでも、高位者に平民が接するのは、非常に精神的に疲れるものがある。

 オリビアがレベッカ、ヨナ、皐月、司、シャロン、シャルロット、ライカと女子会を行う中、煉はそれ以外の女性陣と交流していた。

「「♡」」

 膝の上では、ミアとシーラの冷戦が繰り広げられている。

 ミアが、煉の左頬にキスをすれば、負けじとシーラが右頬にする形だ。

「少佐はモテモテですね」

 意地悪な笑みを浮かべるエレーナは、かき氷を頬張っていた。

「笑う前に助けてくれよ」

『自業自得』

 ばっさりと切り捨てたのは、ナタリー。

 煉の背中に凭れ掛かり、読書をしていた。

 読んでいるのは、江戸川乱歩の短編小説の『芋虫』。

「……ナタリーって若しかしてドS?」

『だったら何よ?』

「ぐふ」

 背中に頭突きを食らい、煉は舌を噛んだ。

『うふふふ♡』

 煉の苦しむ様子を見て、ナタリーは、嬉しそうに笑う。

 やはり、加虐性欲サディズムの気があるようだ。

「少佐、大丈夫ですか?」

 キーガンが慌てて飛んできた。

 圧迫止血の準備を始めようとするが、

「あー、大丈夫」

「え―――!」

 いきなり腕を掴まれ、そのままキスされる。

「……!」

 数秒後、煉は離れた。

 キーガンは、驚愕するしかない。

 オリビアを見ると、彼女は苦笑いだが、何も言わない。

 不問なのは、満足している為であろう。

 先程、煉がチェルシーとキスした後、彼はその勢いのまま彼女とオリビアを別室に連れ込み抱いたのだ。

 それもいつも以上に。

 急なことであったが、オリビアは受け入れ、満足したのだ。

 同じく被害者のチェルシーは、美肌になったものの、疲れたようで、煉の近くで横になっている。

 女王が寛容でBIG4の内、チェルシーとキーガンが腰砕きになった今、フェリシアとエマの出番だ。

「「♡」」

 2人は、左右から煉を挟む。

 近くにオリビアが居る手前、チェルシーのような露骨な正妻面せいさいづらはしないが、それでも実家を背負っている為、接近アプローチは忘れない。

 フェリシアは、少し汗の臭い。

 常人だと不快感だろうが、煉は気にしない。

 フェリシアを抱き寄せて、その体臭フェロモンを嗅ぐ。

「……うん、健康だな」

 まるで臭気判定士のような物言いだ。

「……」

 エマは沈黙の中、『ロミオとジュリエット』を読み始めた。

 元々、エマは会話を余り好まない性格だ。

 嫁入り前後、頑張って話していたが、夫婦になった今は、落ち着き始めている。

「「……」」

 エマと煉、無言でも心では、繋がり合っている熟年夫婦のようだ。

駄目プローハ

 煉の顔を掴んで、無理矢理、ミアは自分の方へ向けさせる。

レン

「ん?」

ワタシツマ貴方アナタオット

「知ってるよ」

 日本語なのは、司、皐月辺りが教えたのだろう。

 今月一杯は、ここで過ごすが、来月は日本だ。

 ヨナ、ミアも恐らく、付いてくるだろう。

 その為には、日本語が必須だ。

 後は学校等、諸問題が出て来るが、そこは、皐月辺りに任せれば良い話である。

「……見ルノハ、私ト母ト陛下ダケ。後ハ見チャ嫌」

「それは無理だな」

 笑顔で煉は、ミアの頭を撫でる。

「想ってくれるのは、有難いけど、全員、平等だよ」

「……シーラ、モ?」

「そうだよ」

 シーラの顎に手を添える。

 猫のように、シーラは、スリスリ。

「♡」

 煉からの接近アプローチに幸せ顔だ。

「……コノ女モ?」

「そうだよ」

「……弱イノニ?」

「弱さは関係無いよ。島では、そうだったかもしれんが、ここでは感情次第だ」

「……」

 ミアの顎にも手を伸ばす。

「若し、相手を軽視するのであれば、離縁も考えざるを得ないよ」

「! 御免ゴメン……」

 すぐにシーラに謝った。

「……」

 シーラも怒っていないようで、すぐに受け入れた。

 気を取り直して、煉は違う話題を振る。

「それでミア、日本には来るのか?」

日本ジャパン?」

「ああ。俺はそこで学生なんだよ。だから、今月末には、帰国しなきゃならん」

「……私ハ?」

「ここで冬休みまで留守番か、日本に来るかだ」

「……レンハ、ドウシテ欲シイ?」

「ヨナと一緒に付いてきて欲しいな」

「ン。分カッタ。一緒ニ帰ル」

 即断即決だ。

「分かった。じゃあ、その方向で」

 一家は全員、日本に帰る予定なので、ミア達だけが残るのは、正直心配であったが2人が帰国の決断をしてくれるのは、煉にとっては渡りに船だ。

(学校は、どうしようかな? シャルロットと同じで通信制の方が良いかな?)

 学制が無い島で育ったミアには、必要最低限の知識が無い。

 シーラにも攻撃的なように、自分より弱者と認めれたらとことん攻撃するタイプだ。

 島では、それで良かったかもしれないが、法治国家・日本では、それは通用しない。

 により、たちまち逮捕され、社会的な制裁を受ける事になるだろう。

 煉が外交官兼王配になった為、で揉み消すことも出来なくは無いが、国際問題は、極力避けたい。

(新妻に寂しい思いはさせたくないな)

 ミアの頭を撫でつつ、煉は、彼女とヨナのことを特に気にするのであった。


 地下のプールで楽しむ煉達であるが、軍部の監視は、続いていた。

 流石に城の中には、行けない為、城の外の森からの監視だ。

「……異状無し、か」

 双眼鏡を覗き込む若い諜報員は、呟いた。

 古典的な監視方法だが、流石に王族の私有地内にドローンを飛ばすことは出来ない。


 平成27(2015)年4月22日。

 日本で首相官邸無人機落下事件が起きた。


 その時、トランシルヴァニア王国はその危険性をすぐに問題視し、翌年、小型無人機等飛行禁忌法ドローン規制法を成立し施行させた。

 この為、城等、重要施設の上空でドローンを飛ばした場合、即座に対空砲で撃墜され、操縦者は拘束の上、処罰される。

 なので、これくらいしか監視方法が無いのだ。

「……島長しまおさを篭絡させ、その娘もめとった王配に、陛下はメロメロだ。クソったれ。あんな男に王室を乗っ取られてたまるか!」

 もう1人が、吸っていた煙草を乱暴に灰皿に押し付けた。

「……」

「それに奴は、島を救った英雄だが、本来、あれは部下に任せるべきことであった! 奴はじきに内政に介入するぞ!」

「……かもしれませんね」

「こうなれば、我々は、奴が暴走する前にウェールズ公妃プリンセス・オブ・ウェールズのように、葬らなければならん」

「! あれは、陰謀論では?」

「外国人が未来の英国王の異父兄弟になる可能性があったんだぞ? 政府の命を受けたMI6が動くのは、当然の話だ」

 若い諜報員は、尋ねた。

「王配を……暗殺するのですか?」

「それしかない。王室に異なる血は、必要無いからな」

 王配暗殺。

 後に軍部は、その結論を受け入れ、動き始めるのであった。


 軍部と王室の関係史は深い。

 現在の王朝との関係が強化されたのが、冷戦期のことだ。

 イギリスに亡命した両者は、そこで絆を深めた。

 そして、1989年の革命で貢献したのが、将軍のラウルである。

 深く刻まれた皺と黒い染みが、老将感を醸し出している。

(敬愛する王室の危機だ……)

 オリビアの御成婚と即位を報じる新聞記事に、そのような感想を抱く。

 御年65歳。

 この年で定年を迎える将軍は、自分の引退の時機で王室が新時代を迎えるのは、納得が行かなかった。

 イギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校を卒業後、英軍に入り、そこで経験値を積んだ後、当時、共産政権であったトランシルヴァニアに密入国し、地下組織と共に武装闘争をした愛国者は、を気に入らなかったのである。

 部下からの情報によれば、非常に優秀な軍人、とのことだ。

 報告書を見る限り、その評価は、『S』。

 沢山の言語を流暢に操り、その上、徒手格闘や武器の扱いにも長け、更に駐在武官としての働きぶりも欠点が無い。

(……何て野郎だ)

 嫌悪感はあれど、その才能に嫉妬し、舌を巻く。

 ラウルが若ければ、一戦手合わせに願い出ただろう。

(殺すのには惜しい存在だが、東洋のことわざに『泣いて馬謖ばしょくを斬る』、というのがある。国家100年の計には、排除しなければならない存在だ)

 それから報告書の煉の顔写真を煙草の火でり潰す。

 憎悪と嫉妬を込めて。


[参考文献・出典]

*1:CNN 2016年11月15日

*2:ガーディアン 2016年11月15日

*3:AFP 2009年7月29日

*4:エキサイト・ニュース 2020年3月25日

*5:水夢王国 HP

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る