第296話 アトランティス

 2022年8月12日。

 1万人の避難民が、本土に上陸する。

 生まれて初めて見る本土に避難民は、言葉が出ない。

「「「……」」」

・高いビル

・初めて見る王族以外の人間

・島には無かった自動車

 等に興味津々だ。

 島民は、本土との人々とのいさかい防止の為に護送車に乗っている。

「「「……」」」

 何百台も連なる護送車に、人々は凝視しかない。

 沢山の視線を浴びつつ、島民は煉が用意した山間部の地域に連れて行かれるのであった。


 避難が進む中、煉達はブラウンシュヴァイク城に戻っていた。

「ヨナ、全員の体調は?」

「元気デス」

「良かった。もし、体調不良等があれば、遠慮なく報告してくれ」

「分カリマシタ」

「おいちゃん!」

レン!」

 レベッカとミアが飛びついた。

 そして、頬擦り。

 2人を抱っこしつつ、オリビア、皐月、司の順にキスしていく。

「勇者様、どうでした?」

「そろそろだよ」

「そろそろとは?」

 オリビアが聞き返した途端、床が揺れ始めた。

「「「!」」」

 女性陣は、直ぐに机の下に隠れた。

 煉も2人を覆い被さった。

 幸い城は、日本企業が耐震補強工事を行っている為、大地震で無い限り、殆ど崩れる可能性は低い。

(……4くらいか)

 地震は、30秒ほど続き、やがて静まる。

 緊急地震速報が来たのは、その直後のことであった。


 煉の予想通り、喜びの島の近くにある本土で山体崩落を起こす。

 それによって氷塊や土砂が、喜びの島を津波となって襲う。

 その高さは、500m。

 リツヤ湾大津波(1958年7月9日)の時が約524mであった為、その推定値が事実であった場合、史上2番目の記録であろう。

 元々海抜が低く、ツバル等と同様、水没の危機に瀕していた喜びの島は、そんな大津波に耐え得ることは出来ず、一気に飲み込まれていく。

 島民が慣れ親しんだ神殿は、巨大な氷塊を正面から食らい、あっという間に倒されていく。

 人間が築き上げたものを、自然はいとも簡単に壊していく。

 事実上、生物界の盟主に君臨している人間であるが、それは奢りであって、自然に敵うことはない、との証左であろう。

 沈みゆく島の姿は、ドローンによって生中継されていた。

「「「……」」」

 島民達は、それを茫然と新居で、見詰めていた。

 自然崇拝の傾向が強い為、島民は津波等の自然災害に対し、嫌悪感はそれほど無い。

 それでも、生まれ故郷が飲み込まれていく様は、見ていられない。

「……♪」

 耐え切れなくなった島民の1人が、島に伝わる民謡を歌い出す。

 島の海や森等を歌った自然のそれは、島民から非常に愛されているものであるのだが、今では鎮魂歌レクイエムのようになっていた。

「……♪」

 続々と他の島民も釣られるように歌い始めた。

 老若男女、皆、涙を浮かべて、島の最期を見届ける為に。


「ギリギリでしたわね」

 城で島の最期を観ていたオリビアは、そう評すと、煉の肩を揉んだ。

「……そうだな」

 1人も犠牲者は出ていないのだが、煉に安堵は無い。

 島への敬意から、逆に寂しさを感じているのだ。

 部屋には、ヨナ、ミアの母娘も居た。

「「……」」

 生まれ故郷の沈みゆく姿を2人は、しっかりと目に焼き付けていた。

「煉」

 皐月が珈琲を淹れ、差し出す。

「有難う」

 一口飲むと、甘さが口内に広がる。

「……レン

 振り向いたミアは、涙目であった。

「……御出で」

 島では、《虎娘》と畏怖される戦士だが、煉の前では、まだまだ精神的に脆い少女だ。

 ミアは、抱き着くと煉の胸の中ですすり泣く。

「……」

 ヨナは気丈に振舞っているが、やはり動揺を隠せないようで、小刻みに体が震えていた。

「たっくん」

「ああ。―――ヨナ」

「!」

 ヨナが見た。

 やはり、その目尻には、涙が溜まっている。

 島長として、取り乱すことは出来ないのだろうが、それでも、この程度で自制しているのは、流石だ。

(俺だったら……泣き叫んでいたかもな)

「……?」

「御出で」

 その手を握り、ミア同様抱き締める。

 辛かったらしく、ヨナは泣き始めた。

 映像から目を背けて、一切、観ない。

 気を遣って煉は、テレビを消そうとリモコンに手を伸ばすと、

「……駄目ノー

 泣き顔でミアが、首を振った。

「ん?」

現実リアル運命ディステニーオレル」

 そして、振り返って観始めた。

(……強いな)

 感心した煉は、その手をしっかりと握り、敬意を払うのであった。


 喜びの島は、海に沈んだ。

 本土の方は、海抜が高いこともあり、それほどの被害は無かったが、それでも島が一つ沈んだのは、衝撃的に報じられた。

『―――え~。今、入って来た情報によりますと、先程起きた地震によって起きた津波で、喜びの島が水没した模様です。

 現地は、王室属領の為、一般人が立ち入ることは出来ませんが、王室報道官が、後程、記者会見で説明を行う模様です』

 一方、島民は時間の経過と共に煉を見直し始める。

「王配の御配慮が無ければ、我等も死んでいたな?」

「全くだ」

「元々は、平民の御出身だそうだが、今後も我等と仲良く出来そうだ」

「御礼に銅像を作って献上するのは、どうか?」

「いや、島長の話によれば、何でも、御自身が崇拝されるのは、余り御好みではないらしい」

「珍しい御仁だな?」

 独裁者は時に個人崇拝に走る傾向がある。

 煉が個人崇拝に否定的なのは、それが国を強くする一方、失敗すれば、国内が混乱する諸刃の剣だからだ。

 フルシチョフは、スターリン批判の際、大粛清の原因を「個人崇拝の蔓延」(*2)とし、中国でも過剰な毛沢東崇拝が文化大革命を起こす結果となり、後に鄧小平が個人崇拝を禁じたほどである。

 然し、成功体験は簡単に手放せないのが、人間の性だ。

 結局、ブレジネフ(*4)等は、国を建て直す一環に個人崇拝を再開させている。

 麻薬同様、一度知った旨味を忘れ難い、ということなのだろう。

 島民の話は、煉にも伝わっていた。

「旦那様、一部の島民が銅像を御提案していますが?」

「却下だ。要らん」

「理由は?」

「俺は王配。関係無いよ」

 否定する煉だが、個人崇拝に否定的なのは、その危険性だけが理由ではない。

 煉が個人的に支持している共産主義者であるカストロやホー・チミンが、個人崇拝否定派だからだ。

 2人は共産政権にしては珍しく、自身が崇拝されることを拒み、キューバやベトナムでは、少なくとも2人の存命中、両国では崇拝されている場合が少なかった。

 キューバでは現在も尚、その方針だが、ベトナムではホー・チミンの死後、彼の意向は無視され、崇拝の対象になっている(*3)が。

 それでも煉は王党派であり、資本主義者でありながら、敵対関係にある筈の共産主義の2人に関しては個人的にではあるが、評価していた。

 然し、トランシルヴァニア王国には、世界屈指の反共法が存在している。

 その為、法律的にも立場的にも2人を肯定的に評価することは口が裂けても言えないのが、実情だ。

「……分かりました」

 煉を敬愛して止まないシャルロットは、不満げであるが、上官の決定を覆すことは出来ない。

「それで、企業は決まったか?」

「まだですが、総合建設業者ゼネコンは、日本の完成工事高上位5社スーパーゼネコンが名乗り出ています」

 スーパーゼネコンは、日本の建設業のトップ5社だ。

 トランシルヴァニア王国にこの5社が自薦しているのは、王室がその5社の技術力を評価し、顧客になっているからである。

「5社の営業は凄まじく、入札も時間がかかるかと」

「……だろうな。住民の生活もある。全社に依頼しよう」

「……高くなりますが?」

「仕方ない。目先の金より100年先だよ」

「……は」

 先住民族の為に私費を投じる煉に対し、シャルロットは先住民族の代わりに深々と頭を下げるのであった。

 

 その日の夜、煉は、大浴場で疲れを癒していた。

 混浴の相手は、ヨナ、ミアの母娘とBIG4だ。

「「♡」」

 母娘は、島民を救ってくれた恩人に対し、御礼の意味を込めて、一緒に背中を流していた。

 糸瓜束子へちまたわしの感触が気持ち良い。

「―――」

「―――」

「―――」

「―――」

 BIG4は、その近くで、各々、会話を楽しんでいた。

「……レン、次、胸」

「あいよ」

 煉が向き直り、母娘は、胸板を今度は洗い始める。

 島では貧弱な男性が多かったが、煉の体は、彫刻のように完成されていた。

「「……」」

 2人は、凝視しつつ、洗う。

「……気になる?」

「「!」」

「後でな?」

 煉は笑って受け流し、2人の額にキスした。

「「……」」

 2人は、今にも茹で上がりそうなほど赤くなっていく。

 この状態での入浴は、危険かもしれない。

「休憩な?」

 2人の頬を撫でた後、煉はそう言うと、2人をその場で寝かせた。

「「……」」

 母娘は、向かい合い、見詰め合う。

 島では、1人の男を巡って母娘での殺し合いもあったが、2人には、そんなギクシャクした関係性は無い。

 それ所か、統一感さえある。

「……幸セダネ?」

「ウン♡」

 母娘は微笑み合い、煉の背中を視線で追うのであった。


[参考文献・出典]

*1:AFP 2019年2月24日

*2:日本大百科事典 小学館

*3:ウィキペディア

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