第295話 王配と私

 トランシルヴァニア王国版ソロモン作戦オペレーション・ソロモンは、粛々と進む。

 島民の殆どが、身軽で且つ現実主義者リアリストな者ばかりであった為、説得は滞りなく終わった。

 島民の最大の気掛かりは、神殿であったが、最高神・フレイヤの御神託ということもあり、又、避難先でも神殿の建設が認められている為、信仰への不安は殆ど無い。

 混乱無く非常に平和的な先住民族大移動であった。

 高齢者が尋ねる。

「長よ、我等の歓迎者は、どのような人物なのか?」

 ヨナ、ミア以外の島民は煉を遠目から見たことあれど、話した事は無い。

 質問に他の島民も興味津々だ。

 特に子供達は。

「どんなひと~?」

「こわい~?」

「やさしい~?」

 子供達の頭を撫でつつ、ヨナは答える。

「我々に敬意を払い、風習をも尊重して下さいます」

「「「ふむ……」」」

 島民の反応は、余り宜しくない。

 これほど好意的だと、「裏があるのでは?」と勘繰っているのだ。

「抱かれたのかい?」

「はい」

 ミアの肩を抱く。

 ミアは、

「えへへへ♡」

 と心底、幸せそうな顔を見せた。

「煉はね。私よりも強いんだよ」

「なんと! 《虎娘》よりも?」

 島では、戦士を決める風習があり、現在の戦士がミアだ。

 そのミアよりも強い煉となると、島民も畏敬の念を抱かざるを得ない。

「煉はね。私の義父兼夫なの♡」

 親しい子供が首を傾げた。

「いいひと?」

「うん♡」

 ミアの両目が♡なことに、島民の煉に対する疑心が薄れていくのであった。


 島では女性が多数派なので、男女比の均衡バランスが崩れ、時に男性を取り合う為に女性同士で殺人事件が起きることもある。

 歴史的には、


・バウンティ号の反乱事件(1789)後のピトケアン島における殺し合い

・アナタハン島事件(1945~1951)


 等、離島で異性を巡る殺し合いは、後を絶たない。

 それを防ぐのも煉の仕事だ。


 2022年8月11日夜。

 高台にある東屋で、煉は唸っていた。

「う~ん……」

「旦那様?」

 シャルロットが、覗き込んだ。

 煉の手元にあるのは、島民の男女比であった。

「……凄いですね」

「全くだ」

 男女比1:9。

島が一夫多妻になるのは、当然の話だろう。

「ヨナの話によれば、時に姉妹、母娘でも殺し合いになることもあるそうだ」

「……ヨナとミアは?」

「母娘仲は良いよ。見る限りだがな」

「……2例目ですね?」

「何が?」

「母娘と結婚するのは」

「あー……そうなるな」

「失礼します」

 シャルロットが、膝に乗る。

 そして、向かい合った。

「……どった?」

「愛して下さるのは、嬉しいのですが、最近、働きづめでは?」

「……やっぱり?」

「今回だって部下に任せたら良いのでは?」

「そうしたいが、島民と友好関係を構築するには、母娘と仲良しな俺が適任者だと思うんだ」

「それは……分かりますが」

 頬を膨らませるシャルロット。

「……若しかして、嫉妬?」

「はい……」

 シャルロットは、首肯した。

「BIG4に続いて、あの美人母娘なので……私の立ち位置が危うくなるかと」

「それは無いよ」

 きっぱりと否定した後、煉は、その首筋にキスをする。

「あ……♡」

「若し、興味を失くしていたら、秘書官を解いているよ」

「そう、ですか?」

「ああ」

 満月の下、2人は熱いキスを交わし合い、そのまま愛し合うのであった。


「……」

 天幕てんまく越しに様子を伺っていたキーガンは、2人に配慮し、一旦、離れる。

 本当は、その状況下でも用心棒をこなすのが、真の玄人プロフェッショナルだろうが、キーガンとて大人であり、女性だ。

 覗く趣味は無く、配慮が出来る人間である。

 最も割合としては、愛する煉が自分とは違う女性と愛し合う姿が苦痛なのが大きいのだが。

 詰所として使用している展望台の広間ロビーに行くと、そこでは、BIG3がそれぞれ、長椅子に横になって寝ていた。

「「「zzz……」」」

 時刻は、午後11時過ぎ。

 規則正しい生活を送る淑女には、もう深夜の時間帯だ。

「……」

 起こさないように、キーガンは、展望台に上がる。

『あ、御疲れ』

「御疲れ様」

「……」

 北海を見下ろすそこには、ナタリー、エレーナ、シーラが居た。

 彼女達は、寝袋を尻に敷き、夜食のカップラーメンを啜っていた。

「少佐は、御愉しみ中?」

「はい。よくわかりましたね?」

「夫婦だからね」

 エレーナは、笑って、最後の汁を一気飲みした。

 流石、元自衛官だ。

 豪快である。

「座っても?」

『どうぞ』

 ナタリーが、寝袋をずらし、空間を作った。

「有難う御座います」

 そこに腰を下ろすと、キーガンは体育座り。

「……」

 気を遣ったシーラが、未開封のカップラーメンを差し出し、「食べる?」と視線で問うた。

「有難う御座います。でも、先程、食べたばかりですので」

「……」

 分かった、とシーラは直す。

 余所余所よそよそしい会話なのは、キーガンが、3人とそれほど交流が無いからだ。

 煉の妻の中であるのは、ライカくらいだろう。

『キーガン』

「は」

 突如、ナタリーに呼ばれ、キーガンは緊張した。

 癖が強い女性陣の中でもナタリーは、1番だろう。

 男性嫌悪で失声症で、音声合成。

 それでいて、煉が全幅の信頼を寄せる情報将校なのである。

『少佐は、疲れている?』

「……そのように見えます」

『やっぱりね。休日返上で働いてるからね。あの馬鹿は』

 部下の癖に王配を「馬鹿」と罵倒出来るのは、ナタリーくらいなものだろう。

「……」

 呆気に取られていると、ナタリーは、距離を詰めた。

『勤労なのは良いけど、あんまり働き過ぎると、死期を早めるわ。その為に私達が緩衝材にならないといけないの。貴女ももう少し積極的に動きなさい』

「……と、言いますと?」

『簡単な話。甘えなさい』

「!」

『あの人に甘えたら良い。それだけの話よ』

「そーそー」

「……」

 ナタリーの言葉に、他の2人も同意する。

「……」

「あ、終わったみたい」

 エレーナが東屋に向かって双眼鏡で覗き込む。

「……」

 キーガンも気になって、支給品の双眼鏡を使うと、

「!」

 シャルロットと思われる影絵シルエットが、煉と思われる影絵にぐったりとしがみ付き、肩で息をしていた。

「さ、仕事再開よ。キーガン、用心棒なんでしょ? 御行きなさい」

「! は、はい」

 エレーナに後押しされ、キーガンは、東屋に戻るのであった。


「失礼します」

 東屋に入ると、煉が手を挙げた。

「応、御疲れ」

 その腕の中には、眠るシャルロットが。

 特有のは無い。

 むしろ、香ばしい匂いだ。

 潔癖症の気がある煉の事である。

 ことを終えた後、消臭スプレーで臭いを弱め、お香を焚いたようだ。

「……少佐」

「うん?」

 |シャルロットの背中を撫でつつ、煉は見た。

 その表情にキーガンは、察する。

(あ、疲れてる……)

「どうした?」

「その……シャルロット様をお預かり致しましょうか?」

「展望台で休憩?」

「はい」

「だそうだ。シャルロット、どう?」

「……嫌です♡」

 断った後、シャルロットは、煉の胸元に顔を埋める。

 普段は、秘書官として凛々しくのだが、今は幼児のように甘えていた。

「だそうだ」

「……ですが、殿下の御休みの邪魔になるのでは?」

「良いよ。このままでも」

 シャルロットの髪の毛を嗅ぎつつ、煉は穏やかな笑みを浮かべる。

「キーガンも休め。睡眠は大事だ」

「分かりますが、立哨は―――」

「キーガンに守られるほど、俺は弱くないよ」

「……」

 反論したいが、否定しようのない事実だ。

 ミアとの戦闘でも見せたように、煉は、王配になっても尚強い。

「……では、どうすれば殿下を超えられますか?」

 その質問に煉は、目を細めた。

「……超えたい?」

「はい。殿下をお守りする為に」

「……良い心構えだ」

 煉は、手招きする。

「……失礼します」

 近付いては、横に座る。

「……そういえば、シャロン様は?」

「呼んだ?」

 振り返ると、メイド服を着たシャロンが東屋に入って来る所であった。

 夏とはいえ、夜は寒い。

 然も、外なので、特に太腿や膝等の部分は、相当、寒い筈だ。

「……その御姿は?」

「シャルロットがダウンしたから、その代替要員だよ」

「……」

 意外にメイド好き? とキーガンは、ジト目を向ける。

 シャルロット、シーラにその制服ユニフォームを着させることが多いのだ。

「パパ♡」

「シャロン♡」

 煉とシャロンがイチャイチャしだすと、

「……もう」

 シャルロットが不機嫌顔になる。

 そして、煉の体を鯖折さばおりの如く抱き締めた。

「……シャルロット?」

「私の時間なのに~」

「分かってるって」

 疲労困憊を一切見せず、煉は、シャルロットの頭を撫で、頬にキスした。

「パパ、私は?」

「後な。キーガンも参加しろ」

「え?」

 突如の指名だ。

 戸惑っていると、煉は、シャルロットのうなじにキスした後、

「良いから」

 強引に手を引っ張られ、唇を奪われた。

 その時、キーガンは、無意識に悟る。

(……なんだ)

 オリビアや司が居ない分、煉はその寂しさを紛らわす為にシャルロットとしていたのだろう。

 その時にシャロンとキーガンが来た。

 その巻き添えを食ったのである。

 キーガンは、自分から行く事は少ない為、その分、渡りに船なのだが、代わりなのは、寂しい気持ちもある。

(……陛下を裏切る気は無いけど、今は、殿下の為に1番になろう)

 そして、煉の求愛に応え、服を脱ぐのであった。


「あー……始まったね」

 その様子を望遠鏡で見ていたエレーナは、したり顔だ。

 横で情報を集めていたナタリーが問う。

『嫉妬しないの?』

「嫉妬はするよ。夫婦だもの」

『……じゃあ、何故、寛容なの?』

「夫婦だから」

 笑ってエレーナは、船を漕ぐシーラを抱っこする。

「余り束縛すると、人心は、離れるものなのよ」

『……』

「だから、私は、少佐を必要以上に束縛しない。不倫しなければ、誰と寝ても良いわ」

『……』

 トランシルヴァニア王国は、欧州唯一の複婚制導入国。

 日本も改憲により、複婚制が合法化した。

 その為、エレーナが言う「不倫」とは婚姻関係を結んでいない者との不適切な関係の事を指す。

 煉と寝ているのは、いずれも、正妻や側室、婚約者である。

 婚約者とのそれは、正確には、不倫とも解釈出来るが、そこら辺は、エレーナは寛容だ。

 彼女が問題視するのは、見ず知らずとの女性との交際であり、婚約者は、黙認状態である。

 シーラの顎をタプタプしつつ、

「貴女も妻なら、もっと積極的に行きなさいよ?」

『分かってるって』

 ぷいっと、そっぽを向く。

 素直になれないナタリーに、エレーナは義妹を見るかの如く微笑むのであった。

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