第298話 笑顔の裏の殺意

 2022年8月14日(日曜日)。

 トランシルヴァニア王国王室夏季休暇最終日である。

 昨日は1日中、プールで遊んだ為、今日は朝からゆったりモードだ。

 定時の起床時刻を過ぎても、殆ど誰も起きない。

「……」

 否、煉を除いて。

 どれほど夜更ししても、基本的には定時に起きるような仕様になっている為、正直寝不足だが、二度寝は難しい。

(……起きるか)

 ベッドから起き上がる。

 同衾どうきんしているのは、全女性陣だ。

・司

・皐月

・オリビア

・ライカ

・シャロン

・シャルロット

・レベッカ

・ミア

・ヨナ

・スヴェン

・ウルスラ

・ナタリー

・エレーナ

・キーガン

・フェリシア

・エマ

・チェルシー

・シーラ

 の計18人。

 定員が10人のベッドでは、当然定員オーバーで、一部は折り重なっている。

 それでも全員熟睡しているのは、昨日の疲労が響いているのだろう。

 皆を起こさぬよう、こっそり部屋を出る。

 寝室を後にした煉は、まだ肌寒いながらも屋上に行く。

 1千万人の都市を一望出来るその場所は、煉お気に入りの場所だ。

 手摺てすりを肘置きにして、大都市を眺める。

 煙草を吸いたい所だが、シーラの忠告を遵守している手前、再開は出来ない。

「……」

 王配の為、オリビアほどの権限は有していないが、やはり、巨大都市メガシティの統治者としては、責任感を有しているのは事実だ。

(前世は傭兵で……今は、王配か)

 誰が予想出来ただろうか。

「……」

 日本で買った紙巻き煙草の玩具おもちゃくわえる。

 煙が出るだけで、無味無臭の代物だ。

 その精巧な作りから、知らない人が見たら本物と誤認するだろう。

 ザッと、足音がする。

 振り返る事もせず、煉は特定した。

「……チェルシーか?」

「よくわかりましたね」

 驚いたチェルシーは、煉の横に並ぶ。

「……喫煙者なんですか?」

「玩具だよ」

「吸っても?」

「ああ」

 未使用のもう1本を出そうするも、チェルシーは、煉のを奪い取り、咥えた。

 言わずもがな、間接キスだ。

「……おいおい?」

「疑っている訳では無いですが、配偶者の健康管理は、妻の義務かと」

「……そうだな」

 ふわぁ、とチェルシーは、大あくび。

「二度寝したら?」

「お気遣いなく。これでも、殿下同様、訓練していますので」

「……そういえば、軍人の家系だったな?」

「はい」

 先祖にイギリスの王立婦人海軍等の兵士が居たように、チェルシーの実家は代々、軍人家系だ。

「チェルシーは、軍人にならなかったのか?」

「予備兵ですわ」

「貴族が予備兵とは珍しいな?」

 基本的にトランシルヴァニア王国の貴族は、軍事の仕事をやりたがらない。

・きつい

・動きたくない

・楽したい

 が本音だからだ。

 そんな貴族が大多数の中で、予備兵でも軍人を輩出しているのは、非常に珍しい。

 王室がチェルシーの家を厚遇するのも分からないではない話だ。

「御両親に挨拶出来なくて済まんな?」

「いえいえ。殿下は、お忙しいのですから。お手紙だけでも、大喜びでしたわよ」

「そいつは良かった」

「はい♡」

 ごく自然に、チェルシーは、煉と腕を組む。

 煉も嫌がらない。

「……殿下、ここからは真面目な話をしたいのですが」

「なんだ?」

「殿下は、陰謀論の類を信じますか?」

「急だな」

 陰謀論は、いつの時代にもある。

 古くは、シオン賢者の議定書(1903年)等。

 直近では、


・新型コロナウイルス米軍伝染陰謀説(*1)

・新型コロナウイルス中国人民解放軍生物兵器陰謀説(*2)


 がそれに当たる。

「その中の一つにMI6が関わっているものがありまして」

ウェールズ公妃プリンセス・オブ・ウェールズ?」

「! 知ってましたの?」

「もうすぐ命日だからね。時機タイミング的にその話かと」

 1997年8月31日。

 公妃は、パリで交通事故死した。

 猛追するパパラッチを避ける為に速度超過した所、運転を誤り、アルマ広場下のトンネルの中央分離帯のコンクリートに正面衝突した結果であった。

 当時、トランシルヴァニア王国でも絶大な人気を誇っていた元皇太子妃の死は、衝撃を持って伝えられ、イギリス大使館前に設置された献花台には、沢山のお供え物が集まったほどである。

「……非常に申し上げ難いのですが、ある信頼出来る筋からの情報として、軍部が殿下の御命を狙っていると」

「婚約者のように?」

 公妃と同乗し、亡くなったのが、サウジアラビア系イングランド人の映画製作者。

 彼の父親は、イギリスの高級デパートの所有者であり、1990年代から公妃との交際が始まった(*3)。

 婚約者が外国人であることから、イギリス政府は国家機密漏洩対策及び英国王室を守る為に2人を暗殺した、というのが、陰謀論の内容である(*3)。

 日本でもこれを下地にして、漫画が作られている(*4)。

「はい。軍部は、殿下を非常に危険視しています」

「……権力欲は無いんだがな」

「殿下がそうであっても、子供が……その言い難いのですが、異なる血が入るのが、好ましくない、と思っているようです」

「……まぁ、そうだろうな」

 近隣の英国王室が、1936年にエドワード8世が、2020年には公妃の次男が、アメリカ人との結婚で退位や王室から離脱しているのを見ると、王室が過敏になるのは、当然の話だろう。

 どこの国の軍部にも言える事だが、軍部というのは、保守派の集合体と言えるだろう。

 例えばトルコは、ケマル・アタチュルク以来の政教分離の原則を遵守し、戦前の大日本帝国も国体護持の為に紛争している。

 その為、トランシルヴァニア王国の軍部は、王室のを守りたいが為に、煉のような外国に出自を持つ王族を敵視するのは、目に見えたことであった。

「……驚かないんですね?」

「多分、将来的には、『カストロ以来の世界で最も命を狙われた男』になるだろうからな。一々いちいち、反応してたら寿命が縮むよ」

「……」

 煉の言葉にショックを受けたのか、チェルシーは、更に密着した。

「……なんだ?」

「殿下に死なれて困ります」

「有難う」

 煉も寄る。

「……私には、夢があります」

「……」

「それは、ボンド・ガールになることです」

「……あれは、映画の中の話だぞ?」

「それでも、夢なんですよ」

 ぐっと力を込める。

「それを殿下は、叶えて下さいました。有難う御座います」

「……」

 灰被り姫シンデレラに憧れる女の子は、多いが、チェルシーは、それだったのだろう。

「でも、側室だぞ?」

「それでも良いんです。殿下の御傍に居るだけでも幸せですから♡」

「……分かった」

 オリビア等と違って、BIG4は、法的に正妻になる事は難しい。

 それでも、事情はどうであれ、側室という地位に甘んじてくれるのだから、煉は感謝しかない。

(……監視されてるな)

 遠くの方に不審な車を見付けた煉は、チェルシーを抱き寄せると、

「殿―――!」

 その唇を奪った。

 濃厚なそれに、一気にチェルシーは文字通り、腰抜けになる。

(チェルシーには悪いが、になってもらおう)

 監視されていることを承知で、煉は、愛を見せ付ける。

「「……」」

 罰が悪くなったのか、それとも気付かれたことに対し気付いたのか。

 停まっていた車は、急発進し、去っていく。

 チェルシーとキスしたまま、煉は考える。

(向こうが動くのであれば、相応の対処をしないといけないな)

 外国出身の王配であるが、煉はこの国に愛国心を持っていた。

 駐在武官としてオリビアに忠誠を誓い、アドルフの治世の下、大いに国に貢献したのもその為だ。

(軍を再編しないと駄目かもな。新時代に感覚が追い付いていない)

 この国を乗っ取る気は更々無いのだが、軍部が敵視する以上、対抗せねば殺られるのは、こちら側だ。

 それに暗殺計画も練られている、という。

「……♡」

 酸欠状態になったチェルシーが体勢を崩す。

 地面に衝突する前に抱き支える。

「……殿下♡」

「ああ、愛してるよ」

 チェルシーを抱擁しつつ、煉は作り笑顔の下、殺意を膨らますのであった。


 煉とラウルが密かに対立する中、外交も火花を散らしていた。

 北欧版NATOに反対するロシアと、その親玉であるアメリカとの新冷戦である。

『大統領、新年の声明をお忘れか? 我々は、核戦争回避を世界に公表しましたが?』

 イゴールが言及したのは、2022年1月3日に米英仏露中の核保有国5か国が、『核戦争に勝者は無い』と共同声明した件である(*5)。

 核戦争回避を目指す物であり、現実問題は別として、核なき世界に一歩近づいた瞬間であった。

 然し、北欧版NATOは、アメリカの軍事的影響力が北欧に強まる事であり、実際、その盟主たるトランシルヴァニア王国には、米軍基地が存在している。

 基地内は、当然、米領であり、核兵器が配備されている、と考えるのは妥当だろう。

 このまま、スウェーデン等に米軍基地が出来れば、ロシアの緊張感はどんどん増すばかりだ。

 ただでさえ、日本が2月に非核三原則を放棄し、核実験に成功しているのだから、その辺は、警戒するのは、当たり前だろう。

 直通電話ホットラインの相手、カミラはわらう。

「回避には同意しましたが、我が国は貴国のカザフスタン問題介入に憂慮した友好国の救援要請を手助けしたまでですよ」

『あの件は、CSTO集団安全保障条約の下、カザフスタン政府の要請に応じて派兵したまでですが?』

「あったことにしたのでは?」

 核心を突く質問だが、イゴールは、表情一つ変えずに返す。

『我が国は、貴国同様、ですよ? ソ連時代とは違います』

「記者が不審死する国が、民主主義国?」

『ホワイトハウスが簡単に占拠される国には敵いませんよ』

 ニクソンとフルシチョフの米蘇漫談以来の漫談だ。

 米露の溝は、深まるばかりであった。


[参考文献・出典]

*1:日本経済新聞 2020年3月13日

*2:ビジネス・インサイダー・ジャパン 2020年3月24日

*3:ウィキペディア

*4:『ゴルゴ13』第369話「イングリッシュ・ローズ」 1997年11月

*5:日テレニュース 2022年1月4日

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