女王と王配

第281話 新女王の企み

 8月は日本でもそうだが、ロック・フェスティバルの季節だ。

 北欧でも、


 ウェイ・アウト・ウェスト(スウェーデン 毎年8月第2週の3日間)

 フロー・フェスティバル(フィンランド 毎年8月前半)

 

 等、日本同様、或いはそれ以上の盛り上がりを見せている。

 トランシルヴァニア王国でもそれは同じで、この時期、他国同様、国内各地でロック・フェスティバルが開かれている。

「……凄いな」

 山の向こうから、山彦やまびこのようにとどろく歌声と歓声に、ブラウンシュヴァイクの屋敷に居た煉は、感心しきりだ。

 北欧人のメタル好きは噂で聞いていたものの、トランシルヴァニア人もその例に漏れないようである。

「旦那様は、メタル、お好みですか?」

 紅茶を置いたシャルロットが、そう尋ねた。

 その様は、メイド服である。

 燕尾服の煉と一緒に居ると、執事とメイドと言った所だろうか。

「あんまり」

「では、ラップは?」

「聴くけど、大好きってほどではないな」

「何故です?」

 トランシルヴァニアで生まれ育ったシャルロットは、自国の音楽が否定されたように感じたらしく、少し不機嫌だ。

「メタルは、悪魔主義サタニズムのイメージがあって怖いから」

 煉が言及しているのは、1990年代、欧州中を震撼させた、ノルウェーのブラックメタル・バンドとその関係者が起こしたブラックメタル・インナーサークル事件が

原因だ。

 1992年6月6日、礼拝堂放火事件

 1992年8月21日、同性愛者殺人事件

 1993年8月10日、歌手殺人事件(*1)

 当然、健全なバンドも居るが、どうしても煉には、事件のイメージが強過ぎるが為に忌避感が強いのだった。

「ラップも東と西の海岸の抗争や薬物の事件があるから、余り好きじゃないんだ。曲自体は時々、聴くけどね。ラッパーは詳しくないよ」

 前世で色んな戦場に行っては、薬物で壊れていった人々を多く見て来た分、煉は薬物に関して非常に厳しい姿勢を採っている。

 もし、国家元首になったら、フィリピンの大統領のように反麻薬政策を行う事だろう。

「そうですか……」

 シャルロットは、項垂れた。

 そんな愛妾を、煉は抱っこして慰める。

「御免ね。でも、聴くのは否定しないよ。好き嫌いは人それぞれだから」

「……はい」

 不機嫌ながらも、シャルロットは、煉のキスに応じるのであった。


 音楽というのは、サッカーのフーリガンと同じで、度が過ぎると、犯罪やテロの現場になることがある。

 その例が2021年にヒューストンで大きな事故だろう。

 ―――

『【音楽フェスで8人死亡、ステージに聴衆殺到し混乱と当局 米ヒューストン】』(*2)

『【米音楽フェス8人死亡事故、警備員らが薬物打たれた疑いも】』(*3)

 ―――

 このような事件が約1年前に起きたのだから、当然、煉は私領で行われている音楽祭には厳しい目を光らせていた。

 入場者、出演者は全員、所持品検査を義務付け、前科者は入らせない。

 会場内での酒の売買も制限し、暴れたら即逮捕、という厳しいものであった。

・飲酒不可

・目当ての歌手が不参加

 という事で、既存のファンからは非難の的になったのだが、その分、安全を評価した新規のファンや家族連れが多く来場し、結果的には利益が出た。

 主催者が売上の一部を納めに来た。

「今回のです」

 煉の前にジュラルミンケースが置かれ、主催者が開く。

 ドル札がぎっしり。

 日本円で1億円くらいはあるだろう。

 税金を引いてのこの額だ。

 ドル箱とは、まさに言ったものである。

「有難う」

 お金には困っていないし、職業が国家公務員なので、受け取る事は本来出来ないのだが、私領での行事なので、拒否する事も難しい。

「殿下の御判断の御蔭で、今回は始まって以来、初めて死傷者を出す事無く無事に終える事が出来ました。有難う御座います」

「……つまり、毎回、死傷者が?」

「はい。去年までは、痴漢等の性犯罪や薬物事件、乱闘等があり、毎年必ず1人以上は死亡していたので」

「……」

 毎年、それだけの被害が出ても尚、運営の仕方を変えなかったのは、それだけ変化が難しかったのだろう。

「では、失礼しました」

 頭を下げて、主催者は出ていく。

 上納金を納めるのが、目的であって、それ以上の交流は無い。

「……」

 お金を眺めていると。

「たっくん」

 ナース服の司がやって来た。

「あ、それが例の?」

「そうだよ」

「幾らくらいあるの?」

「分からない。でも、半分は、母さんに渡すよ」

「残りは私達で山分け?」

「そうなるな。俺は要らんけど。―――シャルロット、計算頼む」

「は」

 メイド服のシャルロットが、ジュラルミンケースを受け取り、隣の机で、紙幣計数機に投入する。

『私にも分け前あるよね?』

 ナタリーがずいっと、顔を寄せて来た。

 彼女もメイド服だ。

 女性陣の多くが、こんな格好なのは、司の提案である。

 曰く、「貴族にはメイドが必須」とのこと。

 少女漫画の影響か。

 強要は犯罪なのだが、女性陣が拒否していない所を見ると、評判が良いのだろう。

「勿論だよ。気になるなら、シャルロットの手伝いを頼む」

『分かったわ』

 ナタリーは、シャルロットと共同作業を始めた。

「……?」

 私は? と、義妹が首を傾げる。

「手伝って欲しいけれど、もう足りてるからね」

「……」

 ずーん、と目に見えてシーラは凹む。

 本当はもう少し人でが欲しい所だが、ミスが多い彼女には、大事なお金を扱わせたくないのが本音だ。

「シーラは、こっちを頼む」

「?」

 煉が見せたのは、報告書であった。

「議会が送ってくれたんだが、修正箇所が多くてな。シーラも気になる所があれば、書いてくれ」

 私で良いの? と、シーラは、自らを指差す。

「俺だけじゃ気付かない点もあるだろうからな。第三者の目が必要なんだ」

「……」

 仕事が貰えたことで、シーラはにんまわり。

 最敬礼で報告書を受け取った。


 煉が仕事中、オリビアとシャロンは、会食していた。

 机上に並ぶのは、フランスや日本、イタリアのコース料理。

 傍から見れば豪華な食事会であるが、雰囲気は、ピリピリとしたものだ。

「……陛下は、パパ―――父をどうするのですか?」

「勇者様―――殿下は、王配ですわよ」

 オリビアの左右には、BIG4。

 背後には、ライカが立っている。

 対して、シャロンは1人。

 数的には、非常に劣勢である。

 こうなったのも全て煉の地位が原因だ。

・外国人

・仕事上、素顔や名前を曝け出す事が不可能

 な王配を国民は、受け入れ難い。

 報道では、

・アメリカ系日本人

・「ジョン・スミス」

 と通しているが、何処まで隠し通せるかは不透明だ。

「もし、王配を優先されるのであれば、国家公務員を返上し、素顔を出せばいいのでは?」

「それも考えましたが、仕事は殿下の生き甲斐です。わたくしの口からは、到底、言えませんわ」

「ですが、国民が現状、納得出来るとでも?」

「その辺については、政府が御説明して頂いています」

「それで十分と?」

「理解力に個人差があります。御納得頂ければ、誠心誠意、説明を続けていくつもりですわ」

 オリビアは、わらって洋酒ワインあおる。

(……この人は、やっぱり嫌いだ)

 シャロンも負けじと、洋酒を一気飲みするのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:CNN 2921年11月6日 一部改定

*3:シネマトゥデイ 2021年11月8日 一部改定


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