第280話 退位式

『「老兵は死なず、単に消え去るのみOld soldiers never die, they simply fade away


 即位から短い間となりましたが、朕の役目は、この日で終わりです。

 即位以来、支えて下さった国民の皆様には、感謝してもしきれません。

 今後は、上皇として余生を過ごします。

 隠居となる身ではありますが、皆様の記憶に一片いっぺんでも残して頂ければ、これ以上勝る喜びは何一つ御座いません。

 明日からは、新時代の幕開けでは御座いますが、新女王のことを宜しくお願い申し上げます。

 重ね重ねこれまで有難う御座いました。

 では、さようならチュース

 笑顔でアドルフは、手巾を振るう。


「「「う……う……」」」

 出席者の多くは、号泣していた。

 在位期間は短かったものの、その治世は、とても安定していた。

 歴代天皇を模範し、自らも国内各地に行幸し、国民と積極的に交流を図り。

 一緒に田植えを行ったり。

 運動会に飛び入り参加をし、泥だらけになったり。

 果ては、テロ組織に指定されている共和派の団体を訪問し、意見を聞いたり。

 国民と共に汗を流し、意見を交わしたのである。

 最後は流石に共和派の方から気を遣われ、丁重な扱いを受けたが、トランシルヴァニア王国史上、これほど行動力のある国王は居なかった。

 それ故、国民の人気は高い。

 そんな国王が、自分の罪でもないのに国民に謝罪し、退位を決断し、実行したのだから国民には衝撃が大きかった。

 不敬罪に抵触する可能性がある為、表立っては言えないが、多くの国民は、譲位に対して反対の立場である。

 血筋は確かに問題ではあるが、それは不運なだけであって、アドルフ自身に全く非が無い。

 穿うがった見方をすれば、「血を理由に職場放棄した」とも言えるだろう。

 然し、アドルフが退位しても優秀な部下が居る為、王制には悪影響は無い、と思われている。

 実際、その部下はこれまで不祥事を起こさなかったし、度重なる外敵に悩まされたものの、忠臣が撃退し、王制は守られたのだから。

 今後、国力が衰退する可能性は低いだろう。

 だから、事実上の職場放棄であっても、アドルフにそれほど不満が高まることはないのだ。

「……」

 チェルシーと舞踏する煉を見て、壇上のアドルフは、微笑んでいた。

「陛下、何か可笑しいことでも?」

「そうだよ、オリビア。新世代に国を任すんだから。あと、陛下は余計だよ」

「でも上皇だと―――」

「肩書はそうだけど、王族だよ。んで、君が『陛下』だ」

 上皇には、一切の権力が無い。

 権力があると、二重権力の構造になる為、王室は、分裂し易い。

 最悪、内戦だ。

 それを防ぐ為にも、アドルフは、一切の権力を放棄し、国王からただの王族に成り下がったのである。

 鉄仮面の舞踏は、余り上手いとは言い難いが、誰も嘲笑うことはしない。

 相手が王配であり、駐在武官として勤務している軍人なのだ。

 華やかな舞踏など、縁遠いことは明白であった。

「今後、陛―――殿下は、どちらに?」

別荘ダーチャで過ごしつつ、農業をしたいね。後は保護猫、保護犬を多頭飼いしたいね」

 今まで激務だった分、折角、得た自由な時間だ。

 アドルフは、嬉しそうに続ける。

「時々、お忍びだろうけども巡行もするかもね。国民との絆を断ち切りたくないから」

「……分かりました」

 アドルフが余りにも国民からの人気が高い為、巡行は致しかたないだろう。

 問題は、彼を担ぎ上げる勢力が存在することだ。

 彼の下で甘い汁を吸っていた既得権益の人々は、オリビアの改革次第では、減収する可能性がある為、彼女の御代みよに不安な筈である。

 舞踏が終わり、煉とチェルシーが上皇と女王に向かって腰を曲げた。

 アドルフは、笑顔で手を振る。

 煉の舞踏会デビューは、恙無く終わった。


 生中継が終わった後、会場には沢山の料理が運び込まれ、立食形式ビュッフェが行われる。

・和食

・中華料理

・フランス料理

 等、世界各地の美食が集う中、出席者の関心は、煉に注がれていた。

 オリビアは、新女王として挨拶回りに忙しい為、この間、煉は、BIG4を連れて、練り歩く。

 関係者として参加している司達と合流したい所だが、生憎、彼女達は、今回ばかりは、煉よりも料理の方に興味があるようで、皐月に至っては、数百種類にも及ぶ高級なお酒を吟味しており、とても彼と構う暇は無い。

 司も王国の医師会の高官と挨拶しており、忙しい。

 シャルロットとレベッカは、こちらに来てくれたが、シャルロットは愛人なので、従者扱い。

 レベッカは王族なのだが、既に退行のことが広まっており、王族でありながら、後継ぎ候補から外され、王侯貴族には無関心だ。

 もっとも彼女自身、煉同様、権力には興味が無い為、その方は無難ではあるが。

「おいちゃん♡ ふぃあんせ♡」

「そうだな」

 左腕に絡み、レベッカは、上機嫌だ。

 義姉等の恋敵が居ない今、まさに鬼の居ぬ間に洗濯、という訳である。

 右腕に絡んでいるのは、エマ。

 BIG4の中で明らかに後れをとっている彼女だが、今回は煉の指名を受け、この位置を獲得した。

「……」

 緊張しているようで、引きった笑みを浮かべ、手足が同時に動いている。

 それを見た煉は、敢えて抱き寄せた。

「!」

 密着され、思わずエマは目を剥くも、煉に囁かれる。

『(これで注目は半減された筈だよ)』

「!」

 見ると、出席者の多くと視線が合わない。

 彼等は、煉の一挙手一投足に注目しているのだ。

 残念ながら、今回の主役はオリビア、次に煉であり、他の女性は皆、おまけに過ぎない。

 気負い過ぎていたことにエマは気付く。

「(御配慮下さり有難う御座います♡)」

『(だからな)」

 何気ない言葉にレベッカとBIG4は反応した。

「おいちゃん、わたしもふーふ?」

「将来的にはな? 今は、婚約者だから」

「……ふぃあんせでもたすけてくれる?」

「勿論」

「……ふふ♡」

 100%満足の行く回答だったらしく、レベッカのいつもの明るさは、鳴りを潜め、ニヤニヤが止まらない。

 BIG4の中で1番近くで聞いていたエマも、

「……」

 顔から煙が出そうなほど、真っ赤だ。

 チェルシー達に至っては、目を逸らしている。

 全員が、喜色に満ちていた。


 引退試合のプロ野球選手のように会場全体を1周した煉は、指定席に腰を据える。

 思いの外、質問攻めに遭う事は無かった。

・偽名

・鉄仮面

 と、個性が強過ぎる為、てっきり、ぶら下がり取材を想定していたのだが、意外にも出席者の多くは常識人なようで、煉を脇役と認識し、意識をオリビアに注目しているようだ。

「「「御疲れ様です」」」

 スヴェン、ウルスラ、シャルロットが甲斐甲斐しく、肩を揉んだり、水を用意したり、内輪で仰ぐ。

 少々、肌寒いくらいに涼しいのだが、それでも鉄仮面の所為で暑い為、このサービスは、素直に嬉しい。

「失礼します」

 隣にフェリシアが座った。

 キーガンは、用心棒でもある為、基本的に半径5m以上離れることはないのだが、チェルシーとエマは、家族も来ているので、その対応に忙しい。

「おお。どった?」

「先程は有難う御座います」

「ああ、何の何の」

 煉は、一切、気にしていないようだ。

「先程、御時間を頂き、洗って来ました」

「苦労するな?」

「そうですね。ただ、今は、公爵様の方が苦労されているかと」

「かもな」

 鉄仮面は、目立つし、暑い。

 ある意味、フェリシアより大変だ。

「……御疲れ様です」

 ゴロンと、首に頭部を傾ける。

 オリビアが近くに居る癖にこれは、不敬とも解釈出来る危険な行為だが、フェリシアは、それでも甘えられずにはいられない。

「……そうだな」

 煉もその気持ちに応え、密着する。

 視線が合わないのは、その先がオリビアやチェルシー達に固定化されている為だ。

 独占したいが、一夫多妻なので、こればかりは、致しかない。

 それでも、フェリシアは、『恋は盲目』状態で、汗を塗りたくる。

 犬のマーキングのように。

(いつか、この人が私に夢中になればいいのにな)

 少しの嫉妬と少しの羨望をオリビアに向けつつ、フェリシアはフェロモンを塗りたくるのであった。

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