第282話 未接触部族

 現在のトランシルヴァニア王国の序列は、以下の通り。

①女王:オリビア

②王配:煉

③シャロン(煉の実子の為。身分は、平民)

 ……

 然し、上位陣がほぼ未成年である為、実質国家元首は、オリビアが成人するまで空位である。

 その間、公務は、他の成年王族が担う。

 但し、全て委任される事は無く、やはり、一部は煉に回って来るものだ。

「……先住民族への挨拶?」

「はいですわ。アメリカの先住民族、オーストラリアのアボリジニ等のように我が国にも先住民族が居ますわ」

「……」

 ライカが地図を広げた。

 ブラウンシュヴァイクの近くの小島を指示棒で示す。

「ここです。喜びの島マグ・メルと申します」

「ふむ……」

 喜びの島は、ケルト神話に登場する島の名前だ。

 ライカは、続ける。

「名前は神話の島と同じですが、実際に島民は、未接触部族です」

「ほう……」

 煉は、膝の上のシーラの頭を撫でつつ、考える。

 未接触部族と言えば、センチネル族が有名だろう。


 未接触部族は、自らの選択又は周囲の状況によって他人種や文化との接触がほぼ無い部族だ。

 世界化グローバリゼーションが進む現代、そのような部族は、日本にはほぼ居ないが、世界には、2013年時点で100以上存在する、とされている(*1)。

 先述したインド洋のセンチネル族は、その筆頭であり、自然災害の被害に遭っても、その援助を断るくらい排他性が高い。

 又、上陸した他人種への攻撃する事も多く、漂流民や宣教師が殺害されている。


 煉は、シーラの頭部に顎を乗せて、尋ねた。

「未接触部族なのに挨拶を?」

「彼等が心を開いているのは、王室だけなんです」

「何故?」

「王室は、先住民族に同情的で、権利を保護しています。ですので、王族、或いは王室関係者しか上陸できません」

「……俺は、王室関係者?」

「王配ですからね。歴代の国王、皇后、女王、王配は挨拶に行くのが慣習です」

「……」

 一般的には、先住民族が挨拶に来るのが筋だろうが、この国では、逆なようだ。

「保護は分かるが、挨拶に出向くほどの民族なのか?」

「王室の祭祀に際の呪術師シャーマンですから」

 王族(皇族含む)と宗教は、密接な関係だ。

 日本の天皇は宮司の頂点に位置し、英国王室も《庶子王》ウィリアム1世(1027~1087)以来、エドワード5世(1470~1483)とエドワード8世(1894~1972)を除く歴代国王が、ウェストミンスター寺院で戴冠式を行っている(*2)。

「呪術の効果は、高いので王族も気を遣っているんですよ」

「本物なのか?」

「物的証拠はありませんが、冷戦期、彼等の祈祷の御蔭で、スターリンとゴットワルトを病死させたことを彼等は、誇りに感じています」

 スターリンの死因は、脳卒中(*3)。

 チェコスロバキアの独裁者、ゴットワルトは、肺炎で亡くなった(*4)。

 どちらも1953年のことだ。

 然も、ゴットワルトは、スターリンの死(3月5日)から2週間も経たない内の出来事(3月14日)であった。

 2人の同時期の死は偶然なのだが、呪術師はそうは解釈しなかったようだ。

「他にもキューバ危機を回避させたり、ソ連のアフガニスタン侵攻を失敗させたり、東欧革命成功を祈祷しました」

「……」

 結果論である為、言ったもの勝ち感が否めない。

 煉はジト目を向けるも、ライカは気にしない。

「恨まれる前に上陸をお勧めします」

「……分かった。上陸は俺の他は?」

「殿下だけです」

「は?」

「殿下だけです」

 ライカは、綺麗な瞳で告げるのであった。


 結論から言うと、喜びの島は、女人禁制の島であった。

 男女同権主義思想が高い現代において、女人禁制は、一部のフェミニストからは「悪習」と評判が悪いが、実際には、世界中に多く残っている。

 例

・アトス自治修道士共和国

・ローマ教皇の私室(現在は、厳密には遵守されていない、とされる)

・沖ノ島(福岡県宗像市)

 等

 それらの多くが、宗教上等の理由で女性の立ち入りを制限しているのだが、喜びの島も同様であった。

 港にて。

「……その恰好は?」

「あそこには、嫉妬深い女神様が居らっしゃるからです」

 応えたシャルロットは、珍しくスーツだ。

 スヴェン、シーラ、ウルスラ、キーガンも同様である。

「女性が入るには、男装が必要不可欠なんですよ」

「……女人禁制、と聞いたが?」

「はい」

「……良いのか?」

「流石に王配1人は危険ですので、今回は、族長の許可を得て、このような運びになりました。文献によれば、男装をした女性が上陸した例もあります。その時は、女神様に敬意を払った為、事なきを得ましたが」

「……つまり、無礼をすれば、神罰が下る、と?」

「そうですね。以前、新宗教の女性宗教家が上陸し、その帰り道、嵐に遭い、鮫に食われた、とのお話もあります」

「……」

 シャルロットの話を要約すると、


・島の女神は嫉妬深い

・但し、規則を守り、礼節を欠かなければ問題無い

・規則を破り、無礼を働いた場合は、容赦しない


 ということのようだ。

 大挙しての上陸は、受け入れ側の島民にも迷惑がかかる可能性が高い。

 なので、煉達は少人数であった。

 日帰りなので、オリビア達はそれほど心配していない。

 来たがっていた彼女達であったが、

 オリビア →公務

 レベッカ →同上

 ライカ  →オリビアの警護

 ナタリー →出不精でぶしょう

 エレーナ →屋敷の警備及び整備

 シャロン →駐留米軍司令官との会食

 皐月   →王立病院での講演会&指導

 司    →皐月の補助

 チェルシー→実家に帰省中

 エマ   →同上

 フェリシア→同上

 で比較的、暇なこのメンバーになったのである。

「師匠♡」

「少佐♡」

 スヴェン、ウルスラは、いつも通り、左右から挟む。

「暑いぞ」

 挟み撃ちからすり抜け、煉は馬子にも衣裳なシーラを抱っこし、船に乗り込む。

 何処までもクールな感じだが、「暑い」という割にシーラを離さない当たり、彼女への愛情は日々、高まっているのは、事実だ。

(いいなぁ)

 全員が乗船し、最後に乗り込んだキーガンは羨ましく感じつつ、いかりを外すのであった。


 本土がナチスやソ連の侵攻に遭ったにも関わらず、喜びの島がそれを受けなかったのは、その海域が原因だ。

 この海域では、

台風ハリケーン

・竜巻

 が多く、空域でも空間識失調バーティゴで墜落する航空機が相次ぎ、両国は、それを恐れて、スルーしたのだ。

 当初は、両国とも侵攻作戦を計画したのだが、独ソ戦(大祖国戦争)が開戦すると、こんな小島よりも相手の方を優先し、侵攻作戦は破談に。

 戦後、ソ連の従属国であるトランシルヴァニア共産党は、戦時中に出来なかったことを実行に移したのだが、攻めても攻めても、軍隊が自然災害に遭った。

 その間、スターリンが死去し、フルシチョフによるスターリン批判や西側諸国の睨みもあって、結局、それも中止に追い込まれ、島は過酷な冷戦下でも殆ど被害を受ける事無く生き延びることが出来た、という訳である。

 先住民族を日本人がイメージすると、その多くは、やはり褐色人種だろう。

 然し、この島は北欧に位置する事と、その排他性が相まって、他民族との交流がほぼ無い事から、島民の100%が白人だ。

 もっとも、地理的に本土と離れている為、伝統的な風習は、島独自なものである。

 高速艇で砂浜に上陸すると、藁で作られたパンツを穿いた女性達が山林から続々と出て来た。

 上半身も藁のブラジャーだ。

 露出度が高い為、宣教師が見たら、卒倒するレベルだろう。

「「「……」」」

 事前に王室とやり取りしていた為、敵意は感じられない。

 だが、その目は、何処か期待に満ち満ちていた。

「……」

 煉はその真意を訝しみつつ、島を見渡した。

 漁港もコンクリート・ジャングルも無い。

 自動販売機も車も無い。

 文明とかけ離れた生活様式だ。

(『紀元前百万年』の世界、か)

 余り凝視するのも失礼、と判断し、煉は、先住民族を見回す。

「……ん?」

「旦那様―――陛下、如何しました?」

「いや、皆、若過ぎないか?」

 目の前に居る先住民族の年齢層は、最も大人でも20代前半。

 若くても、小学校高学年くらいだ。

 然も、全員、女性。

「男性は?」

「死ンダ。居ナイ」

 片言の英語で、最高齢(大学生並?)の女性が、長い黒髪をなびかせて答えた。

「英語、喋れるのか?」

「舐メルナ。俺、窓口」

「王室の?」

アアダー

 未接触部族、と聞いていたが、言語は、英語やロシア語と意外に国際的だ。

「(勘違いしないで下さい)」 

 シャルロットが囁く。

「(英語以外は、全て方言ですから)」

「……分かった」

 発音はロシア語でも、ロシア語ではないとは。

 言語学者なら、研究の対象にしたい所だろう。

「……オ前、王配?」

 王配に対しての言葉遣いではないが、煉は怒らない。

 事情が事情なだけに、スヴェン達も静観の構えだ。

「そうだ」

「来イ。歓迎スル」

 まるで獲物を見付けたかのように女性は、煉の手を握り、山林に誘うのであった。


[参考文献・出典]

*1:先住民族保護団体・サバイバル・インターナショナル

*1:ユネスコ世界遺産センター監修『ユネスコ世界遺産 8 西ヨーロッパ』講談社

  1996年

*2:『ソビエト報道の最新要約』英訳版

*3:フランソワ・フェイト『スターリン以後の東欧』訳・熊田亨訳 岩波書店

   1970年

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