第266話 復活、黒い楽団

 ミュンヘン放送―――その名の通り、ミュンヘンに拠点を置くドイツの民間放送民放である。

 開局は1923年、ミュンヘン一揆の年だ。

 ドイツには、これ以外にも沢山のテレビ局が存在するが、いずれも、

 ―――

 テレビ局      :開局

 中部放送      :1924年

 北部放送      :1924年

 ミュンヘン公共放送 :1948年

 フランクフルト放送 :1948年

 ブランデンブルク放送:1953年

 西部放送      :1955年

 第3テレビ      :1963年

 ケルン放送     :1984年

 プロフィーア    :1989年

 独仏共同放送    :1992年

 南西部放送     :1998年

 ……

 なので、ドイツ最古の放送局と言える。

 余談だが、日本の国営放送の開局が大正13(1924)年。

 なので、民間と国営という違いはあるが、日本人には、意味合いニュアンスとしては、そのくらいの古さである事が分かるだろう。

 そのトップであり、欧州一のメディア王である、アインハルトは、白髪で覆われた頭を抱えていた。

「……」

 目の前にあるのは、DNA検査の結果を伝える用紙であった。

 はっきりと、

『positivität』―――陽性、と書かれている。

 彼こそ、トランシルヴァニア王国、イスラエル、ロシアの共同調査で判明した『100人のヒトラー』の内の1人だ。

 欧州全体のテレビ業界に多大なる影響力を持っている為、公表した場合、自前のテレビ局は勿論、名義のあるテレビ局も又、廃止に追い込まれるかもしれない。

 それだけ、ヒトラーの心象が悪いのだ。

 更に悪い事に、アインハルトは、ディートリッヒの支援者の1人であった。

 合邦後、トランシルヴァニア王国の北海油田を独占し、石油王になる事を目論んでいた。

 現実問題、七姉妹セブン・シスターズや民族資本等、石油関連企業が絡んでいる為、独力では難しいのだが、王家の方につけば、色々と有利なのは言うまでもない。

(……狩人の気配がするな)

 決意後、アインハルトは、鷲と髑髏ドクロがあしらわれたSS親衛隊の制帽を被るのであった。


 オデッサは映画にもなった通り、ナチスの秘密結社である。

 正式名称は、『Organisation der ehemaligen SS-Angehörigen』―――『元SSの為の組織』と言い、ナチ・ハンターの1人、サイモン・ヴィーゼンタール(1908~2005)によれば、この組織は1946年頃、ナチスの残党支援の為に結成されたとされる(*1)。

 そのオデッサは2022年、結成から76年目を迎えていた。

 当然、第二次世界大戦を知る第一世代は年々、少なくなっているが、その後をネオナチがしっかり受け継ぎでいた。

 勢力を盛り返したのは、2015年、欧州難民危機である。

 同年、ドイツは100万人もの移民、難民を受け入れ(*2)、更にソーシャルメディアと反移民発言の検閲を実施した(*3)。

 然し、同年末、ケルン大晦日集団性暴行事件が起きると、翌年1月には難民施設爆破テロ未遂事件(*4)が起きる等、一部のドイツ人は激しく反発している。

 それに付け込んだのがオデッサであった。

 丁度、構成員の1人であるアインハルトがメディア王であった為、巧みに反移民・反難民の番組を多数制作し、国民の支持が右派、極右政党に向かう様に情報操作しているのであった。

 そのオデッサは、チリ共和国マウレ州リナレス県パラル―――通称『バイエルン州風ビラビジャ・バビエラ』を本拠地としている。

 この場所はヒトラー崇拝者で、子供への暴行からドイツを追われたカルト教団指導者、パウル・シェーファー(1921~2010)が管理した場所だ。

 当時の彼の悪行は、2015年に映画化されている。


 アインハルトがリモートで参加すると、既に他のメンバーが、待っていた。

『遅いぞ?』

「済まん。皆、早いな?」

『緊急事態だからな』

 メンバーは、アインハルト合わせて10人と数こそ少ないが、個々の力は凄い。

 実業家、政治家等、誰しもが経済誌に掲載された事がある大金持ちである。

 恐らく、欧州の富の90%は、彼等が保有しているだろう。

 オデッサの長、ブルンナーが口を開く。

『皆も知っての通り、総統の子孫が発覚した』

 アロイス・ブルンナー―――アイヒマンの副官で、ホロコーストに関与したナチス残党の最後の大物である。

 公式では2001年、或いは2010年に死亡した、と伝わっているが、それはシリアの総合情報部イダラート・アル=アムン・アル=アンムが流した虚偽情報であった。

 その証拠に今年、110歳を迎えるブルンナーの命のともしびはまだまだ消えていない。

 1961年と1980年にイスラエルからの暗殺未遂でそれぞれ片目と指を失った事(*5)から激しく、イスラエルを敵視し、その思いだけで生きているのだ。

 もっとも、根っからの反ユダヤ主義者であるブルンナーだが、

・黒髪

・少し曲がった鼻

 という外見から、SS親衛隊時代、同僚から「ユダヤ人」と陰口を叩かれていた逸話がある(*6)。

『そこでだ。諸君に資金援助を頼みたい。第四帝国の為にな?』

 別の参加者が問う。

総統ヒューラーの子孫が皇帝カイザーに?』

『そうだ。アインハルト、その中でアーリア人的な美しい容姿をした者を探せ』

「は。その点なのですが、ディートリッヒはどうでしょうか?」

『国王の後継者候補か? あの者は陰性な筈では?』

 オデッサ特有の情報の速さだ。

「ここだけの話、あの方は、国王と腹違いの弟であります」

『『『!』』』

 参加者にどよめきが広がる。

「その為、陰性という事はあり得ません」

『……王室が嘘を吐いている、と?』

「その可能性が高いかと」

 王室が隠蔽工作、これは大醜聞だ。

『ふふふ。油田を元手にも出来るな』

 ブルンナーの邪悪な笑みは、会員全体にも感染していくのであった。


 煉の下には、続々とオデッサの情報が届いていた。

「これで仲違なかたがいするな?」

『性格、悪いわね?』

 ナタリーは、呆れ顔だ。

 煉は、満足気に微笑むと、ナタリーが提出した決算書に押印する。

 ディートリッヒがアドルフと腹違いの弟、という話は根っからの嘘だ。

 が有名だろう。

 今回の発案者は、ウルスラであった。

 煉の隣に座り、本国に送る報告書を打っている。

「……送信出来ました」

「第一段階は終わったな」

 ヒトラー暗殺未遂事件の主犯である、黒い楽団オーケストラを英雄視している様に、トランシルヴァニア王国はドイツ系主体の国だが、=ナチス支持者、という訳ではない。

 どちらかというと、帝政復活の好機を握り潰したナチスに対し、深い恨みを抱いている。

 その様な背景から、ナチスを選挙で支配政党にしたドイツ国民に対しても、警戒しており、出自である本国に対し、不信感を抱いている者も数多い。

 その為、ドイツ本国と繋がったディートリッヒが即位した場合、国民と対立する可能性が高い。

 合邦など、もってのほかだ。

 煉がもたらした情報は、王室と政府に衝撃を与え、反ディートリッヒ派が増えている事だろう。

「ウルスラ、シリアがブルンナーを保護している理由は何だ?」

「恐らくですが、イスラエルに対して交渉材料としてでしょう」

 イスラエルとシリアは、様々な政治的問題から、非常に仲が悪い。

 その支援者である、米露も冷戦時代から犬猿の仲だ。

「来年、皇寿こうじゅ(111歳)になる死にぞこないですが、やはり、利用価値は高いのでしょう。彼の御蔭で政治情報部は、中東屈指の情報機関に成長しました。その恩もありますし、イスラエルが彼の暗殺を実行する度に反イスラエル宣伝プロパガンダになります」

「……」

 2020年11月27日。

 イランで核科学者が自動車で移動中、AI人工知能を備えた高性能ロボット兵器の銃撃に遭い、殺害された(*7)。

 イランは、この事件の黒幕をイスラエルと名指ししたが、イスラエルの情報相は自国の関与を否定した(*7)。

 然し、イスラエルの高官が、


『核兵器製造を目指して核化学者が推進してきたイランの計画は、途轍も無い脅威だったので、世界はイスラエルに感謝すべきだ』


 と発言している(*7)事から、報道が事実であった場合、イスラエルの関与が濃厚である。

 シリアの本心は分からないが、説得力はある。

「……スヴェン」

「は」

 紅茶をれていたスヴェンが振り返る。

「……暗殺は、可能か?」

「恐らく、難しいかと。2回行って2回とも失敗したので、向こうも厳戒態勢であり、実行しても返り討ちに遭う可能性が高く、失敗した場合、反以運動に利用される事が考えられる為」

「……分かった」

 煉の予想通りの答えが返って来た為、彼も頷くしかない。

「……老衰を待つしかないのは、被害者や遺族には、耐え難いだろうな」

「そうですね。百歩譲って出廷させる事が出来ても、高齢なので、刑罰に耐え得る体力はまず無いかと」

「……」

「また、高齢者を出廷させるのは、人権派が騒ぐ可能性があります」

「それは知らない話だな。年齢で判決や刑罰が左右されるのは、法の下の平等ではないだろう?」

「師匠と同感です」

 ナチスの戦犯に年齢制限は無い。

 ―――

『【94歳の元ナチス親衛隊員の公判始まる、法廷で涙も ドイツ】』(*8)

 ―――

 日本では終末期ターミナルを受けていても可笑しくは無い珍寿ちんじゅ(112歳以上)前の高齢者が、公判を受けるのだ。

 高齢を理由にするのは被害者、そして、遺族の感情からすると、「知らんがな」と言った感じだろう。

「分かった。オデッサのメンバーは、全員、判ったか?」

「はい。後は、公表の時機タイミングを伺っています」

「この件は、我が国と米英露以の合計5か国が、情報共有している観点から同時に発表しなければ、今後の信頼関係に関わる」

「そうですね。調整が必要かと思いますが、師匠は何月何日を御希望ですか?」

「今月の20日だ」

「「!」」

 スヴェンとナタリーが目を合わせた。

 ウルスラが首を傾げた。

「少佐、その日は?」

「ヴァルキューレ作戦実行日だよ」

「!」


 1944年7月20日午後0時20分。

 狼の巣ヴォルフスシャンツェの会議室で爆弾入りの鞄が炸裂した。

 その結果、

・死者は、以下の4人(*1)。

 肝心のヒトラーだが、彼は打撲と火傷、鼓膜を損傷したのみで症状としては軽症(*1)で、計画自体は失敗となった。

 暗殺未遂事件ほどではないが、公表日には、これ以上に無い日であろう。

「ウルスラ、ナタリー、スヴェン、関係各国に通達しろ」

「「は」」

『は』

 77年越しのヴァルキューレ作戦が、発動される。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

 *2:AP 2016年1月6日

 *3:ロイター通信 2015年12月15日

 *4:産経新聞 2016年1月16日

 *5:『イスラエル諜報機関 暗殺作戦全史 上: 血塗られた諜報三機関』早川書房

    2020年6月4日

 *6:ディーター・ヴィスリツェニー(1912~1948)SS大尉の証言

 *7:BBC 2020年12月1日

 *8:AFP 2018年11月7日



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る