第247話 大公候補の秘密

 一旦、仕事をウルスラ、スヴェンに任せた煉はBIG4と夕食を共にする。

 平民出身の煉は、当然ながら、生まれながらの王侯貴族と比べると、礼儀作法には、疎い。

 その為、御世辞にも礼儀作法は、上手いとは言い難いのだが、BIG4は、それを指摘、或いは問題視する事は無い。

「「「「……」」」」

「緊張なさらないで下さいよ。取って食べる気はありませんから」

 にこやかに対応する煉だが、無意識に発せられる歴戦の軍人としての雰囲気がBIG4を圧倒させていた。

 着席して数分後、ようやく、BIG4の中で活発系女子、チェルシーが口を開く。

「……少佐は、何か運動されているのですか?」

「そうですね。テニスや野球を少々」

 野球は前世時代から。

 テニスは、オリビアと交際してから行うようになった。

 最近では、訓練の息抜きに採用するくらいに好んでいる。

「野球?」

「ああ、クリケットと似た様なものです。クリケットのアメリカ、東洋版の様な物です」

 世界的には、野球よりもクリケットの方が競技人口が多く、有名なので、チェルシーも余り、野球には詳しくない。

 ざっくりとした説明であったが、意図ニュアンスは伝わって様で、

「成程」

 と、関心した様子でチェルシーは、首肯している。

 未知のスポーツ、野球に興味を抱いた様子だ。

 そして、自分の得意分野を出して尋ねる。

「バスケはどうでしょうか?」

「しなくは無いですが、どちらかというと観る専ですね」

 それにエマが反応した。

「観る専は、わたくしと同じですね。贔屓のチームはありますか?」

「特定のチームは、ありませんが、挙げるのであれば、ドリーム・チームは又、観たいですね」

 ドリーム・チームは、1992年、バルセロナ五輪オリンピックで驚異的な強さを見せたバスケットボール男子アメリカ代表の愛称ニックネームである(*1)。

 現役のNBAの選手が初参加し、選出された12人の内、11人がバスケットボール殿堂入りを果たしている(*1)時点で、バスケットボールに詳しくない人でもその凄さが分かるだろう。

 予選を6連勝(6戦平均121得点69失点51点差 *2)で本選進出を果たし、本選も8連勝(8戦平均117得点73失点43点差 *2)で、見事、金メダルを獲得した。

 相手を一切寄せ付けないこの強さこそアメリカのスポーツ精神を体現した最高の例と言えるだろう。

「成程ですね」

 しっかりとメモをする。

 将来、夫になるかもしれない男の嗜好を分かっておきたい、という行動の様だ。

 2人共、スポーツという点で、煉との関係が縮まった。

 問題は、大本命のフェリシアだ。

「……」

 琥珀色の瞳で、煉を失礼にならない程度で、見詰めている。

「……フェリシアさんは、スポーツの方は、如何でしょう?」

「……余り詳しくはありません」

 会話を閉ざす回答にチェルシーとエマは、内心、舌打ちするも、流石にそれを表に出す事は無い。

「では、御趣味はなんですか?」

「趣味はその……」

 どんどん縮こまる。

 折角、煉が話しかけているのに、この態度は当然無い。

 見物人の王侯貴族や商人等は、「それは無いだろう?」と露骨に顔を顰める。

「困らせては申し訳御座いません」

 無い、と判断した煉はすぐに撤退した。

 

 BIG4の社交界デビューの結果は、以下の通り。

 チェルシー→可もなく不可もなく

 エマ   →可もなく不可もなく

 フェリシア→大失敗

 キーガン →やや失敗

 と言った感じだ。

 キーガンは、「やや失敗」なのは、煉に話しかけられた際につい、職業病で「少佐」「~であります」と答えてしまい、王侯貴族の失笑を買った為だ。

 先述通り、キーガンは煉以外の評価を気にしていない為、どう思われようがノーダメージである。

 その点、BIG4の中で最右翼であったフェリシアの評価は、非常に芳しくない。

 大公であるクロフォードの看板を背負っていたのに、このざまだ。

 用意された部屋でフェリシアは、分かり易く項垂うなだれていた。

(……バレたかな?)

 びっしょりと汗を掻いた脇と掌を見る。

 下着が濡れる程、脇汗は酷く、掌も水滴が出来る程だ。

 彼女の病名は、『多汗症』。

 その種類の内、

手掌しゅしょう多汗症

腋窩えきか多汗症

 になる。

 特に酷いのが、てのひらの方で、


 レベル1:湿っている程度。

      見た目には分かり難いが、触ると汗ばんでいる事が分かる。

      水滴が出来る程ではないが、汗がキラキラと光って見える。

 レベル2:水滴が出来ているのが見た目にもはっきりと分かる。

      常に濡れている状態だが、汗が流れ落ちる所まではいかない。

 レベル3:水滴が出来て、汗が滴り落ちる。

      汗溜まりが出来る(*1)


 フェリシアは、最高のレベル3に当たる。

 発症の理由は、大別して先天性と後天性になるのだが、フェリシアの場合は、後天性だ。

 幼少期から、注目を浴びる事がストレスに感じ、それが多汗症になって表れた。

 名家である為、当然、クロフォードは早くから治療をさせているのだが、完治しては再発を繰り返し、今は飲み薬でこれでも症状を抑えている方である。

 汗なので当然、臭気もあるのだが、これについては強力な香水で抑えている為、他人が気分を害す程ではない。

「……」

 浴室に入り、汗を流す。

 シャワーを行水の様に受けつつ、フェリシアは目に見えて、落ち込む。

 噂では、煉は、部屋にちり一つ許さぬ程の潔癖症だという。

 もし、この秘密が露見すれば、潔癖症の彼の事だ。

 態度には出さずとも、側室候補からは外すと思われる。

 今回、クロフォードの意向で来日したフェリシアだが、これは個人的な事情も大きく影響している。

 煉に嫁げば、名医・皐月との縁故コネクションも出来る。

 数々の難手術を成功に導いた東洋一の名医であれば、この症状を完全に完治させる事が出来るかもしれないのだ。

 無論、医者は神様では無い為、100%治療や手術が成功するとは限らないのだが、それでもフェリシアは、一縷の望みに賭けたのである。

 然し、初舞台は見事に玉砕した。

 恐らくだが、キーガンよりも評価は悪いだろう。

(……私は、未婚かな)

 貴族社会では、独身は、余り好まれていない。

 現代では別に独身も良いのだが、貴族である以上、家の事情が優先される場合があり、独身者は性的不能者等に見られ、貴族社会では爪弾きに遭うのが現実であう。

 超絶美少女なフェリシアは未婚だと、当然、他家は勘繰り、ある事無い事を噂し合い、クロフォード家の失墜にも成り得る。

 その為、フェリシアは、

・個人的事情

・家の事情

 の二つから結婚を急がざるを得ない状況であった。

(……死にたい)

 鬱状態に陥っていると、インターホンが鳴った。

「!」

 慌ててバスローブを羽織り、覗き穴で訪問者を確認。

『フェリシア様。夜分遅くに失礼致します』

 訪問者はライカであった。

『少佐が夜会を主催しています』

「! 夜会?」

『はい。強制参加では無いのですが、いかがでしょうか?』

「……参加します」

 煉が主催な以上、事実上の強制参加である。

 拒否する事は、ほぼ不可能だ。

 意気消沈であったフェリシアであったが、二度目の好機にすぐに動くのであった。


 夜会の開催地は、中庭であった。

 招待されていた王侯貴族や外交官、商人等は全て帰宅しており、内輪だけの宴会である。

 又、皐月、司、シャロン、シーラも帰っている。

 これは、先程の歓迎会の時点でもう疲れていた事を、オリビアが気付き、敢えて招待しなかったのだ。

 この為、BIG4以外の参加者は、

・煉(主催者)

・オリビア(同席)

・シャルロット(同席)

・レベッカ(同席)

・ライカ (東屋あずまやで指揮を執っている)

・ナタリー(東屋で後方支援)

・エレーナ(立哨中)

・スヴェン(立哨中)

・ウルスラ(立哨中)

 という状況だ。

 愛人が正室や婚約者と同席しているのは、奇妙な状態であるが、これは主催者である煉の指示であり、その正室オリビアが問題視していない為、BIG4が口出しする権利は無い。

 ライカ達は軍服であるが、オリビア達は宮廷礼服マント・ド・クールで威厳を保ち、煉は軍服であるが正装ver.と歓迎会とは違った雰囲気だ。

 トルコ等、沢山の国家から贈られた勲章を胸や肩に装着したその様は、若いながらも将軍の様である。

 一方、BIG4は、背中部分が大きく露出したバックレス・ドレスを着ていた。

 オリビアの居る前で露骨に煉を誘惑している感じは否めないが、これは、そのオリビアからの贈り物である為、BIG4に罪は無い。

 夜に屋外でこの様な衣服を着るのは、トランシルヴァニア王国では中々無いが、温暖化が激しい東京では、熱帯夜でも珍しくない事から、逆にこの衣装でも涼しさを感じられる程だ。

 もう一つ、夏に問題になるのが、人類最大の敵とも言える蚊であるが、こちらも飛んでいない。

 蚊帳を設置している訳でもないのに居ないのは、トランシルヴァニア王国が東京ディズニーランドの水質管理を模範にしているからだ。

 東京ディズニーランドには、実しやかに蚊が存在しない、と噂されている。

 これについては、運営側が、


『自主的に排水の浄化処理を行うと共に、水資源のリサイクルに取り組んでおり、テーマパークの水域や水を利用したアトラクションには、濾過装置を設置し、水を効果的に循環させる事で、その水質を維持管理している』(*3)


 という対策を採っており、広報担当者の見解でも、


『水の浄化・リサイクルシステムはデング熱等の対策として導入した施設ではありませんが、結果的に蚊を発生し難くしているのではないかと思います。又、蚊が完全に発生しない訳でありません』(*4)


 との事だ。

 この様な対策が、都市伝説化しているのだが、それはさておいて。

 蚊というのは、年間72万人もの人間を殺している生物である(*5)。


【生物別殺人ランキング】

 1位、蚊  72万5千人(→神奈川県相模原市の72万780人並。*6)

 2位、人間 47万5千人(→岡山県倉敷市の47万7118人並。*6)

 3位、蛇   5万人 (→福岡県那珂川市の5万4人並。*6)

 4位、犬  2万5千人(→秋田県にかほ市の2万5324人並。*6)

 5位、はえ刺亀虫サシガメ蝸牛カタツムリ 1万人(→北海道三笠市の9076人並。*6)

 8位、回虫 2500人

 9位、サナダムシ 2千人

 10位、鰐  1千人

 11位、河馬かば 500人

 12位、象、獅子 100人

 13位、鮫、狼 10人(*5)


 この様な現実から、対策に努めている企業は多く、日本製の蚊取り線香は、蚊が媒介する感染症で多数の被害者を出している東南アジアでは、売れ行きは、好調な程だ。

 トランシルヴァニア王国では、寒い為、蚊が日本程存在していないのだが、日本に駐在している外交官には難敵で、嫌う者も多い。

 その為、東京ディズニーランドの成功例を模範に導入し、対策に講じている訳だ。

 なので、BIG4が、蚊に刺される可能性は低い。

「皆、綺麗よ」

 歓迎会とは違って、砕けた口調でオリビアは、話す。

 威厳もあるにはあるが、柔和な表情も相まって、歓迎会程、BIG4が緊張する事は無い。

「「「「……」」」」

 4人は、一礼する。

 オリビアに悪いが、4人の意識は、煉に向けられ、余り彼女の言葉は入ってこない。

 勿論、王族としてのカリスマ性は、オリビアの方が断然あるのだが、それが見えなくなる程、煉が眩しく見えるのだ。

 続いて、煉が口を開く。

「この度、疲れているにも関わらず、自分の勝手な夜会に御出席して下さり、大変、有難う御座います。歓迎会と違い、私的な場ですので、どうぞごゆっくりお過ごし下さい」

「「「「有難う御座います」」」」

 主催者に礼だけで済ますのは、流石に無礼なので、4人は、御礼を述べた。

 意図せず重なったのに煉は微笑む。

「おいちゃん」

「うん?」

「抱っこ♡」

「はいよ」

 歓迎会で我慢していたレベッカが、遂に甘え、煉はそれを受け入れた。

 言われた通り、抱っこする煉に、見慣れたキーガン以外の3人は、内心で驚いた。

(レベッカ殿下があれ程懐いておられるとは……)

(レベッカ殿下にも御機嫌を取る必要があるね)

(いいなぁ。あのポジション)

 夜会、という事であり、ジュースと御摘まみ程度で歓迎会の時の様な豪華な食事は運ばれてこない。

 レベッカがハムスターの様に、カリカリとクッキーを食べる姿に、BIG4の緊張は解け、癒されるのであった。

 

[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

 *2:小数点以下切り捨て

 *3:オリエンタルランド HP 一部改定

 *4:日経ビジネス 2019年5月31日

 *5:秒刊 2014年9月6日

 *6:令和3(2021)年10月1日現在 法定人口

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