第248話 GIANT KILLING
オリビアが居る手前、BIG4は目立った
王侯貴族に側室や愛妾はつきものなので、別にオリビアに彼女達を邪魔する権利は無いのだが、やはり正室を前には、
「
ふふふ、と微笑むオリビアに対し、BIG4は引き
脇役と言っても、煉の左側に陣取っている為、煉と右側に座った時、如何しても視界に入ってしまうのだ。
それでも事実上のお見合いなので、BIG4は家の為、そして自分の人生の為にも弱気を見せる事は出来ない。
貴族社会は弱肉強食。
今は流石に無いが、約18世紀までは、
幸いこのBIG4(キーガン家が帰化するまでは、御三家)は、
栄華を極めても最終的には、滅亡する多くの他家を見ている以上、BIG4も身が引き締まる訳である。
レベッカを抱っこした煉は、チェルシーを右に座らせ、会話を楽しむ。
「バスケが御趣味と聞いていますが、今後、復帰する御予定はあるのでしょうか?」
「今は、婿探しの真っ最中ですので、一段落すれば、又、したいですね」
ぎこちなく作り笑顔を浮かべる。
今迄、熱中していたのに、家の事情で婚期が早まり、泣く泣く引退せざるを得なかった為、礼儀作法は御世辞にも上手いとは言い難いレベルの様だ。
「成程」
オリビアの視線を気にしつつ、煉は頷く。
一応、寛大な姿勢であるが、それは国益の為に譲歩したのであって、決して、1人の女性として言えば、反対なオリビアは常に煉の左手を握り締め、離そうとしていない。
それは、BIG4も当然、気付いているのだが、見ると、怒りを買う可能性が高い為、
チェルシーは、1番気になっていた質問をぶつけてみる。
「少佐は、スポーツを行う女性についてどう思われますか?」
「どう、と言うと?」
答えに困った煉の反応に、チェルシーは、緊張しつつ、更に踏み込む。
「端的に言えば、賛成か反対かです」
「あー、そういう事ですね」
煉は、オリビアの手を握り返しつつ、納得する。
レベッカが見上げた。
「どゆこと?」
「男性の中には、女性がスポーツを行う事を嫌う場合があるんだよ」
「どうちて?」
「人によっては、理由が様々だけど、やっぱり、肌を露出するのが1番の理由かな? はしたない、等の理由で」
今でこそ、問題無いが、嘗ての日本―――戦前では、「女性が
五輪のメダリスト、人見絹江(1907~1931)もその様な理由で叩かれ、切磋琢磨していた知り合いの姉妹の選手に至っては、「婚期が遅れる」との理由で無理矢理、引退に追い込まれた程だ。
「ふ~ん」
聞いて癖に余り興味が無い様で、レベッカはパフェに興味を移す。
「少佐、どうでしょう?」
食い入る様に、チェルシーは尋ねる。
結婚相手がその様な保守派だと、結婚後、問題になる為、若しそうであったら、結婚前に突き詰め様、というスタンスの様だ。
「全然、構わないよ。下着でアメフトをするのは、ちょっと賛成しかねるがね」
煉が言うのは、ユニフォームが下着風の女子アメリカンフットボールの事だ。
2009年に旗揚げされ、2012年時点で45か国以上の国々で放送(*1)されている。
煉自身、前世の時に視聴者であったが、自分の妻や愛人が選手になるのは、流石に賛成するのは、難しい。
夫としては、当然の感情だろう。
煉の回答は、合格だった様で、チェルシーは、安堵の表情を浮かべる。
「それでしたら、大丈夫ですわ。
「テニス?」
「はい。少佐とは、今後も友好な関係を維持していたいので、テニスを始めようかと」
明らかな誘いだが、煉は、愛想笑いで受け流す。
「それでしたら、いつかは殿下と共にプレーしたいですね」
「そうですわね」
オリビアが笑顔で首肯する。
チェルシーなりに
チェルシーが退席し、今度は、エマが座る。
「少佐は、女子の格闘技やアメフト等、身体接触の多いスポーツは、お好きですか?」
会話の糸口は、スポーツだ。
チェルシー同様、エマはスポーツの愛好家である。
チェルシーは実戦派で、エマは観戦派と明確な違いがあるが。
「観るのは好きですよ。ですが、妻や婚約者が出るのは、怪我の観点からは、応援し辛いです」
格闘技には、リング
特に多いのが、ボクシングとプロレスでこれまで多くの選手が試合や練習中の傷が元で亡くなっている。
国技である相撲も、髷で頭部が守られているのだが、2021年の3月場所で力士が負傷し、翌月、死亡(*2)した為、当たり所にもよるだろうが、決して安全とは言い難い。
その為、この手の競技者の家族の多くはリング禍の事例がある以上、現役生活の間は生きた心地がしないだろう。
煉も応援したいが、心配が勝る為、先程とは違った意味で、全面的に賛成し難い。
「では、テニスは観れますよね?」
「勿論」
テニスは、英国王室が好むスポーツだけあって、トランシルヴァニア王国でも人気だ。
ウィンブルドン選手権を模範にした王室主催の国際大会を開催する程である。
歴史が深まり、王室の権威が高まれば、四大国際大会が五大国際大会になるかもしれない。
「では、御提案なのですが、今夏、我が居城に殿下と共に来て頂いて、観戦するのは、如何でしょうか?」
「「「!」」」
その言葉にチェルシー、フェリシア、キーガンがびくっとした。
殿下と共に、という予防線を張ったのは、オリビアに配慮している証拠だ。
「……」
煉は、愛妻を見た。
判断は任す、と。
「……
「! 有難う御座います!」
深々とエマは、頭を下げた。
オリビアの言質が取れた。
これは、後に破談しても、エマやその実家にとっても良い収穫な事は言う迄も無い。
エマが狙ったのは、ウィンブルドン選手権の日程である。
四大大会の内、1月に行われる全豪オープン以外の三つの開催地は、夏に行われる。
全仏オープン →5~6月
ウィンブルドン選手権→6~7月
全米オープン →8~9月
この内、全仏オープンは既に終わり、残りはウィンブルドン選手権か全米オープンのみ。
その内、全米オープンは、9月に終わる為、学生の煉には、日程的に厳しい。
なので、消去法でウィンブルドン選手権しかないのだ。
ウィンブルドン選手権は、原則、6月の最終月曜日から2週間、行われる。
直近では、2017年に7月第1週の月曜日が開始日になったが、今夏は、6月27日(月曜日)~7月10日(日曜日)がその予定だ。
日程的には、2016年と同じである。
日本人には、同じく2週間かけて行われる相撲が、連想されるだろう。
シャルロットが手帳を持ってやってきた。
「殿下、今大会は、7月10日が最終日となっています」
「ギリギリ夏休みに間に合わないわね」
「!」
その言葉にエマは、ショックを受けた様子で、
「「「……」」」
御三家は、必死に笑顔を隠す。
BIG4は、お互い険悪な関係ではないが、かといって、親友ではない。
貴族同士、足の引っ張り合いは、常である。
「勇者様、どうします?」
「大丈夫だよ。その時期だと、もう3年分の授業は消化している筈だろうし、『社会見学』を理由にすれば、学校も公欠扱いしてくれるだろう」
「!」
「「「……」」」
今度はエマが笑顔になり、御三家は必死にショックを隠す。
煉が言うのは、事実だ。
学校によっては差異があるだろうが、明神学院では高校3年生の大体1学期末に高校3年間の学習が修了する。
後は受験対策、或いは、新卒者の為の就職活動の開始である。
7月に終わり、3月までの最大8か月、それなのだから、3年生は十分に進路を考え、或いは受験勉強し、進路を決定する事が出来るのは、「子供に考える時間を与える」という意味でも、保護者からの評判は悪くない。
パン!
と、エマは、大きく手を叩いた。
「では、日程の調整が出来ましたら是非、お願いしますわ」
エマの瞳に不可視の勝利の2文字が表示されているのであった。
3人目のフェリシアは、緊張していた。
シャワーで洗い流し、又、香水を振りまいた為、大丈夫な筈だが、それでも怖いのは、事実だ。
「……大丈夫ですか?」
心配そうに煉は尋ねた。
外見上、フェリシアは挙動不審で、とても元気には見えない。
体調不良と誤認されても可笑しくは無い話だ。
「……はい」
「そうですか……」
「zzz……」
何時まで経っても会食が終わらない為、飽きたお嬢様は、既に眠り姫になっていた。
煉の胸部に抱き着き、頬擦りしつつ、熟睡している。
そんな婚約者を、煉は右手だけで支えていた。
「「……」」
煉とフェリシアの間に沈黙が作られる。
熟年離婚を控えた夫婦並の暗さだ。
オリビア達は、助け船を出さない。
舞台は用意したが、それを料理するのは、本人次第だ。
最後まで面倒を看る程、聖職者ではない。
1分程、経った後、煉が再び口を開いた。
「フェリシア様、今回の返礼に、今夏、時機が合えば、大公に御挨拶に伺いたいのですが、宜しいでしょうか?」
「!」
ぎょっとしたフェリシアは、オリビアを見た。
オリビアは、煉の手を握っているだけで、口を出さない。
王女として、クロフォードへの挨拶は当然、と考えているのだろう。
「えっと……」
「勿論、無理にとは言いません。高齢者に沢山の人々がいきなり詰めかけて、御心労をかけるのは、本意ではありませんので」
「……はい」
小さくフェリシアは、返事をした。
分かってはいたが、流石に煉1人で、という訳ではなさそうだ。
「……かけあって、みます」
「有難う御座います」
煉は、深々と頭を下げ、フェリシアの時間は終わった。
最後のキーガンもフェリシア同様、緊張していた。
いつもは、正室が座る
御三家よりも関係が長い為、煉も話し易い様で、
「済まんな。時間をかけて」
御三家の時よりも明らかに自然な笑顔が多い。
「いえいえ……その少佐」
「うん?」
「……その……後見人の件、有難う御座いました」
「「「!」」」
御三家が耳を
キーガンの初めての先制だ。
この話は、後に公表される為、国家機密、という程ではない。
「気にするな」
笑顔で答えた煉は、右手でレベッカを強く抱き締めつつ、
「困った時はお互い様だ。今後は、助けてくれ」
「……はい♡」
部下として信頼されている発言なのだが、キーガンの心は既に夢中であった。
あの英雄に厚遇されている。
実家の所為で改易の可能性もあったが、自分の能力を高く評価した煉は、先手を打ち、その可能性を無くした。
この恩義には、どんな形であっても報いたい。
キーガンは、ドレスが汚れるのにも関わらず、跪く。
贈ったオリビアに対する不敬、とも解釈出来る危険な行為だが、それでもキーガンは、その忠義を示したかった。
「少佐は、私の
「ああ」
「キーガン」
そこで初めて、オリビアが口を挟む。
「貴女は、有能な軍人です。今回、勇者様が助けて下さった恩は、忘れず、王室にも貢献して下されば幸いです」
「はい」
「ですので、今後は、勇者様の専属
「「「「!」」」」
BIG4は、固まった。
シャルロットも目を
そして、ライカを見た。
「……」
彼女は、首肯し、内内で決まっていた事を認める。
思えば、スヴェンやウルスラ等が用心棒を務める事はあったが、彼女達は優秀な工作員でもある為、常に用心棒という訳にはいかない。
ライカはオリビアの専属なので、疲労度を考慮すると、2人同時に就く事も難しい。
その点、キーガンは、ウルスラの拉致を未遂にさせる程の有能な親衛隊員だ。
彼女を人事異動させ、煉の専属にさせる事は、何も問題無い。
「……」
「どう? キーガン?」
「は! 謹んで御受け致します!」
ドレスを着飾った軍人は、叫ぶ様にして色よい返答を行うのであった。
[参考文献・出典]
*1:ファミ通 2012年6月15日
*2:日刊スポーツ 2021年4月29日
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