第240話 世代交代

 土日は、中野学校で教鞭を執る煉は、令和4(2022)年6月4(土曜日)、5日(日曜日)も出勤し、授業を行った。

 この仕事には、煉のみ請け負っているのだが、経験の為に、

・シャロン

・スヴェン

・ウルスラ

・ナタリー

・エレーナ

・シーラ

 が、又、の為にシャルロットも帯同している。

「「「……」」」

 男子生徒は、邪な感情を抱くも、煉は、日本人でありながら、外交官だ。

 万が一、手を出した場合の危険が大き過ぎる為、流石に馬鹿な真似はしない。

 5日(日曜日)の帰り道。

 煉は、スヴェンが運転する外交官ナンバーの車に乗っていた。

 膝にシーラとナタリーを乗っけて。

「♡」

『……』

 2人は、好対照な反応だ。

 それでも、離れないのは、やはり、好意が大前提であろう。

「パパ、もうすぐ夏休みだね?」

「そうだな」

 シャロンが、寄りかかる。

 今は6月初め。

 夏休みは、7月中旬から8月下旬まで約1か月半ある。

 野球部員等、夏の大会を最後にしている部員は、今夏、最後の戦いに挑む。

「避暑地?」

「多分な。城の様子も気になる」

 トランシルヴァニア王国では、貴族の煉は、現地では、城主だ。

 代理の領主を置いているが、ずーっと任せる訳にはいかない。

 それに領民から不満が出かねない。

 反乱は起きないが、暴動が起きれば、鎮圧するにして経済的損失になる。 

 貴族としての役割も一定数熟す必要があるだろう。

「……ん?」

 背後に同じ様な外交官ナンバーの車が鼻孔している。

「……キーガンか?」

「はい」

 肯定したのは、シャルロット。

 追われているのは、気持ち悪いらしく、余り笑顔ではない。

 それは煉も同じだ。

「ストーカーだな」

「新貴族ですので、旦那様を色々、政治利用したいのでしょう」

「俺も新貴族なんだけど?」

「旦那様は、別ですから」

 何てたって、煉は革命の英雄。

 王政復古が成功した影の功労者である。

 新貴族に分類されているが、旧貴族からは、嫌われている事は少ない。

「有難う」

 シャルロットを抱き寄せては、感謝を述べた。

「師匠、夏休みは、一時帰国という事で?」

「そうだな。暑いのは、嫌だ」

 夏は好きだが、酷暑までは求めていない煉だ。

 今夏は、私領でゆっくり涼むのも良いだろう。

 幸い、プライベート・ビーチもある為、避暑地に困る事は無い。

「じゃあ、私は、水着を新調しようかな」

「おお、エレーナの楽しみだな」

 夏の楽しみは、最大の楽しみと言えば、海か夏祭りが大体の相場だ。

「少佐、私も新調します」

 ウルスラも続き、

「……!」

 私も、とシーラは、無い胸を張る。

「楽しみにしてるよ」

 シーラの頭を撫でつつ、愛を深めるのであった。


 煉の部屋には、トルコ共和国勲章が飾られている。

「……」

 それをレベッカは、笑顔で見上げていた。

「レベッカ、勇者様の誇らしい?」

「うん!」

 2人は、ベッドに寝転んで、夫の帰りを待っていた。

 隣には、ライカも居る。

「殿下、その良いんですか? 私も一緒で」

 王族と軍人が、一緒の時間を過ごす。

 文化上、身分制が色濃く残るトランシルヴァニア王国では、余り褒められた行為ではない。

 黙認されているのは、外国出身で貴族になった煉位だろう。

「良いのよ。わたくしが許しているんだし」

「有難う御座います……」

 嬉しい反面、まだ緊張は解けない。

「ライカは通算何回抱かれた?」

「え……?」

 急な質問に目に見えてライカは戸惑う。

「おいちゃん?」

 レベッカは、目を剥き、興味津々だ。

 未経験だから、気にはなる話だろう。

「……全部、避妊で100回位です」

 流石に臣下が上官より先に妊娠するのは、望ましくない。

 ライカもその辺は、心得ており、又、日頃の業務もある。

「凄いわね」

「おいちゃん、すごい!」

 2人は、鼻息を荒くし、大興奮。

 煉の性欲に耐え得るライカも又、異常者だろう。

 それに一度も避妊に失敗していないのも素晴らしい。

 コンドームでの避妊失敗率は、2%との資料がある(*1)。

 計算上、100回行って2回失敗する計算だ。

 ライカの経験値も100回の為、確率的には、2回、失敗している事になるのだが、生憎、検査でも日々でも妊娠の兆候は、一切、見られていない。

 運が良いのか、精度が良いのかは分からないが、兎にも角にも、現状、ライカが妊娠している可能性は低い。

「司もそれ位抱かれているのかな?」

「さぁ。分かりません。ただ、最近、司様は、大学受験や看護助手に忙しい為、余り、少佐とは交流していない、と思われます」

「正妻の司より先に妊娠しないよう、気を付けなければね?」

 この国では、司が煉の正妻だ。

 日本以外では、国によっては正妻が違う。

 それでも、その影響力は大きい。

 煉は北大路家の事実上の入り婿であり、皐月と司に恩義を感じ、尽くしている。

 2人が反対すれば、外交官も辞任し、貴族の身分も返上し、司を支える為に北大路家を支える筈だ。

 そうなった場合、1番割を食うのが、オリビア達である。

 煉が日本に留まれば、オリビア達が今まで努めてきた事が無駄になる可能性が高い。

 言い方が悪いが、煉はだ。

 本人は無自覚だが、ユダヤ系という事で、イスラエルとの関係が構築し易く、日本人でもある事から、日本政府とも関係が持てる。

 又、前世時代に培った経験から、イスラム圏とも深い付き合いがある。

 エレーナを娶った事から、ロシアとの関係コネクションも出来た。

 この上、政治には、殆ど介入しない姿勢スタンスなので、まさに全方位外交だ。

 敵を作らない、というのは、難しい事だが、それを柔軟に熟しているのが、煉という男である。

「は。その点なんですが、殿下。最近、新貴族が怪しい動きを見せていまして」

「と、いうと?」

「はい。少佐を担ぎ上げようとするものです」

「勇者様を?」

「おいちゃん?」

 よからぬ話にレベッカも心配そうな顔になる。

「担ぎ出してどうするの?」

「それは、情報部が調べている最中ですので、分かりませんが、恐らく、旧貴族に対する逆転ではないでしょうか?」

 権力闘争(或いは、内部での対立)は、何処の世界でもある。

 例

・旧日本軍

 陸軍 海軍

・大日本帝国

 長州閥 薩摩閥

・パレスチナ

 イスラム抵抗運動ハマス 征服ファタハ

 等

 これが、左翼になると、内部ゲバルト内ゲバに発展する事が多くなり、暴力団の抗争事件並に激しい殺人事件が行われる事もある。

 今の所、武力衝突は無いが、これに民族対立も孕んでいる為、何が契機で暴発してもおかしくは無い話だ。

「新貴族の中で指導者格がキーガンです」

「キーガン? あの娘が?」

 殆ど歳が変わらない同世代なのだが、身分が違う為、ごく自然にオリビアは、上から目線になってしまう。

 職業病の様な類だろう。

 だが、身分制度が撤廃された日本人には、異質に見えても、身分制度が残る国々では、当たり前の話なので、王族である彼女が人を見下しても、何も問題無い。

「何故?」

「革命の際、彼女の先祖が秘密裏に活躍した為、新貴族からは、少佐に次ぐ人気がある様です」

「ふ~ん……」

 王族のオリビアには、貴族の権力争いが余り、ピンとこない。

 王族でも民族対立を発端とする、内部抗争はあるのだが、貴族のそれ程表面化しておらず、又、ドイツ系が多数派なので、起きてもすぐに沈静化する事が多い。

 その点、旧貴族は、冷戦期にイギリスに亡命した為、弱体化。

 逆に、平民や王位請求者、軍人等で構成される新貴族は、革命成功の立役者として王族や国民から人気が高い。

 指を咥えて、革命を見る事しか出来なかった旧貴族が嫉妬で新貴族を嫌い、新貴族は旧貴族の無能さを蔑視している。

 両者が和解するのは、並大抵ではない道程だろう。

「……勇者様を担ぎ上げた新貴族の狙いは何?」

「それは、王位請求ではないでしょうか?」

「あー……」

 オリビアは、レベッカを抱き締めつつ、妙に納得する。

 新貴族の中には、欧州の旧王国の関係者も多い。

・スコットランド王国(843~1707)

・イングランド王国(927~1707)

・ポルトガル王国(1139~1910)

・ハンガリー王国(1526~1918)

・アイルランド王国(1541~1800)

・ポーランド王国及びリトアニア大公国(1569~1795)

・オーストリア帝国(1804~1867)

・フランス王国(1814~1815、1815~1830)

・セルビア王国(1828~1918)

・ギリシャ王国(1832~1924、1935~1941、1944~1973)

・フランス帝国(1852~1870)

・イタリア王国(1861~1946)

・ドイツ帝国(1871~1918)

・ルーマニア王国(1871~1947)

・ブルガリア王国(1908~1946)

・モンテネグロ王国(1910~1918)

・フィンランド王国(1917~1918)

・リトアニア王国(1918)

・ユーゴスラビア王国(1918~1941)

・アルバニア王国(1928~1941)

・クロアチア独立国(1941~1945)

 等がそれだ。

 その多くがWWIとWWIIを契機に成立したり、滅亡したりとしている。

 それに比べて日本の皇室は、建国以来(学術的には、実在した可能性があるのは、第10代の崇神天皇(*2)512/513~631(*3))、脈々と続いている為、欧州の王室の興亡史を見ると、奇跡と言えるだろう。

 見事、貴族の地位を得た王位請求者の中には、当然、王族の地位を狙う者も居るだろう。

 最終的には、トランシルヴァニア王国で王族になり、北海油田を交渉材料に祖国で王政復古を計画するかもしれない。

「……キーガンの監視を強めて」

「は。もし、危険行動が認められたら?」

「処断しなさい。残念だけれども」

「は」

 オリビアは、唇を噛んだ。

(政争に巻き込まれるのは、御免よ)

 

[参考文献・出典]

 *1:MEDLEY HP 2020年5月11日

 *2:井上光貞『日本の歴史1 神話から歴史へ』中央公論社〈中公文庫〉 1973年

 *3:『日本書紀』

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