第238話 帰化

『[国籍法] 

(帰化)

 第4条

 日本国民でない者(以下「外国人」という)は、帰化によつて、日本の国籍を取得する事が出来る。


 2

 帰化をするには、法務大臣の許可を得なければならない。


 第5条

 法務大臣は、次の条件を備える外国人でなければ、その帰化を許可する事が出来ない。

 1

 引き続き5年以上日本に住所を有する事。

 2

 20歳以上で本国法によつて行為能力を有する事。

 3

 素行が善良である事。

 4

 自己又は生計を1にする配偶者その他の親族の資産又は技能によつて生計を営む事が出来る事。

 5

 国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべき事。

 6

 日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊する事を企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入した事が無い事。

 

 2

 法務大臣は、外国人がその意思に関わらずその国籍を失う事が出来ない場合において、日本国民との親族関係又は境遇につき特別の事情があると認める時は、その者が前項第5号に掲げる条件を備えない時でも、帰化を許可する事が出来る』(*1)

 ―――

 外国人が日本国籍を取得するには、以上の手続きが、必要不可欠となっている。

 この為、待機時間が長時間かかる事も多く、ある外国出身の芸能人が帰化するのにも、日本で半世紀以上住んでいるにも関わらず、1年以上かかった(*2)。

 一方、アメリカではアメリカで生まれた者には、無条件で米国籍が取得出来る方針を採っている為、日本と比べると簡単に取得する事が出来る。

 この様な制度を『出世地主義』、日本の様な場合は、『血統主義』と区別されている。

 トランシルヴァニア王国も日本と同じ血統主義を採用している。

 出生地主義の方が簡単に人口増加出来るのだが、「外国系が増加し易い」面がある。

 ただでさえ、ドイツ系、フランス系、ロシア系等の民族対立が激しいのに、これ以上、外国系が増えるのは、トランシルヴァニア王国としては、受け入れる事が出来ない。

 最悪の例がユーゴスラビア社会主義連邦共和国(1943~1992)だ。

・七つの国境

 イタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、アルバニア

・六つの共和国

 スロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニア

・五つの民族

 スロベニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、マケドニア人

・四つの言語

 スロベニア語、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語

・三つの宗教

 正教、カトリック、イスラム教

・二つの文字

 ラテン文字、キリル文字

・一つの連邦国家(又は1人のチトー)

 と評される程、多様性を内包したこの国は、チトーの下で平和を維持出来ていた。

 然し、チトーが1980年に病死すると、彼が弾圧していた民族主義ナショナリズムが台頭。

 その僅か12年後には、国が無くなってしまった。

 トランシルヴァニア王国もまた、王室の下で平和が保たれている(この点は、ベルギーも近しい)。

 無意味な民族対立を煽る事を防ぐ為にも血統主義は、当然の事だろう。

 今回、帰化を望んだのは、

・シャロン(アメリカ人)

・ウルスラ(トルコ人)

・ナタリー(ドイツ人)

・スヴェン(ユダヤ系イスラエル人)

・エレーナ(ロシア系日本人)

 の計5人。

 帰化には、

・出生証明書

・帰化の動機書

 等、約100種類の書類が必要の為、5人で単純計算で約500枚。

 それを受け取った煉は、さばく事になる。

「……多いな」

 机上に積み上げられた書類の山に、煉は、嫌気がさす。

 電子化すれば簡単なのだが、個人情報の為、漏洩した場合、国の責任になりかねない。

 他国は分からないが、トランシルヴァニア王国では、漏洩対策の為に、この手は、紙を採用しているのである。

 当然、記入漏れや誤字脱字の確認もしなければならない為、とても1日では処理出来ないだろう。

「……」

 ペラペラ捲っては、深い溜息を吐く。

「手伝いましょうか?」

「……?」

 シャルロットとシーラが、そう提案する。

「じゃあ、シャルロット、頼む」

「はいです♡」

 シーラは、「私は?」と自分を指さす。

「勿論、あるよ。おいで」

 抱っこされ、膝に座られる。

「?」

「見るのもまた、勉強だ」

 遠回しに仕事を外されたが、シーラは然程さほど、ショックを受けた様子は無い。

 煉の意見も一理あるし、何より、排他的に遭っていない為、素直に嬉しいのだ。

 煉の膝の上を独占出来るのも良い。

「……」

 邪魔にならない様に、その場で余り動かない様にしつつ、時折、見上げては愛しい人の真剣な表情に熱い視線を送る。

(事務する所も格好いいなぁ)

 煉は、1枚ずつ校正しつつ、シーラの頭を撫でる。

 忘れてないぞ、と言いたげに。

 

 1時間位経っただろうか。

 50枚位、処理した2人は、げっそりしつつ、小休憩に入る。

 集中力には持続時間があり、

 子供→30分(*3)

 大人→45~50分 最長90分(*3)

 とされている。

 その為、この時機タイミングでの休憩は、妥当だろう。

 お茶を差し出しつつ、シャルロットが問う。

「旦那様、ウルスラは帰化出来そうですかね?」

 5人居る中で、唯一、名指しされたのは、やはり、ウルスラが不本意ながら、追放刑に遭ったからだろう。

 トルコの処置には、北大路家でも、理解を示すものの、反対意見が多数派で、その分、同情論となり、ウルスラの味方になっている。

 煉を拉致しようした過去はまるで無かったかの様な扱いだ。

「実績と能力が良いからな。大丈夫だろう。後は、移民局アイスの判断だ」

 一外交官に、帰化を許す権限は無い。

 日本同様、最終的な決定者は、法務相だ。

 無論、法務相が一々、申請書を見る訳では無い為、トランシルヴァニア王国では、移民局が法務相の名の下に判断を下す。

 本来であるならば、公私混同対策の為に煉以外の人物が確認した方が良いのだろうが、大使館員の中で最も事務作業が少ないのが、彼である為、必然的に回って来た形である。

 もっとも、先述した通り、最終的には、移民局次第なので、極論、煉でも良い、との考えも出来るだろうが。

「そういえば、旦那様はどうやって御取得を?」

「オリビアと結婚した時に自動的に貰ったよ」

 日本国籍を放棄していない為、煉は現在、二重国籍だ。

 ただ、確認していないので分からないが、トルコ人(ウルスラ)やドイツ人(ナタリー)、シャロン(アメリカ人)と結婚している為、その分、それぞれの国籍を持っている可能性もある。

 日本同様、血統主義を採用している為、いずれは、一つの国籍を選ぶ必要が来る事は言うまでもない。

「……異例ですね? すぐに貰えるのは」

「『無欲の勝利』ってやつだろうな」

 野心家ではないのが、その辺が、王室や政府の信頼を勝ち得た要因だろう。

 王配おうはいが妻の権力を悪用する例―――皇位簒奪こういさんだつを画策する悪者が後を絶たない。

嫪毐ろうあい(? ~紀元前238) 秦

・道鏡(700? ~772) 日本

・ラスプーチン(1869~1916) ロシア帝国

 この様な例がある以上、王室、政府が王配を選定する際、必要以上に警戒するのは、当然の話だ。

 煉の場合は、それ以外にも前世での功績がある為、異例の速度で認めらたのである。

・外国人

・民間人

・異教徒

 という、王族とは全く違う人間にオリビアを託すのは、非常に決断力が要る話だ。

 トランシルヴァニア王国の期待通り、煉は全く政治に介入する気は更々無い。

 人選が合っていた、という事である。

「……」

 ごっきゅごっきゅ、とシーラがオレンジジュースを飲む音が室内に響く。

「可愛いなぁ。シーラは」

 その頭を優しく撫でると、義妹は、白い歯を見せる。

 それから、囁いた。

「(少佐も格好良いですよ)」

 と。

「フフフ。有難う」

 シーラに褒められた事で、煉はやる気を取り戻す。

 抱き枕の様に抱き締めると、その頬に口づけした。

「!」

 直後、シーラは、林檎の様に赤くなっていく。

「♡ ♡ ♡」

 愛を抑えきれなくなった様で、振り返ると、煉の胸元に思いっきり頬擦りするのであった。


 夕方5時過ぎ。

 終業時刻となった煉は、シーラ、シャルロットを左右で握手しつつ、執務室を出ていく。

「「お疲れ様です」」

 部屋の前には、ライカとキーガンが立哨していた。

 2人は、煉と目が合うと、最敬礼で応える。

「今日は、隊長と副隊長のコンビか」

「はい。キーガンの訓練が早めに終わった為、ここに呼んだ次第です」

 臨機応変に対応出来る様にする為に親衛隊員は、訓練以外にも立哨や炊事等に回される事がある。

 その裁量は、ライカ次第なので、煉が口出しする事は無い。

「分かった。今日はもう終わりだ。キーガン、休め」

「は……えっと隊長は?」

「引き続きだよ」

 キーガンは察する。

 今晩、煉はライカとしとねを共にする事を。

 ライカも真意を汲み取った様で、赤くなっている。

「その……宜しくお願いします」

「ああ、頼んだ」

 煉とライカの関係は、公私混同対策の為に親衛隊には伏せられている。

 然し、ライカの態度を見れば、一目瞭然だ。

 公然の秘密、と言えるだろう。

 申し訳なさそうにキーガンは、口を開く。

「その……お言葉ですが、少佐」

「うん?」

「隊長と余り親密になるのは、組織の士気に関わる事かと」

「!」

 ライカは動揺し、

「……と、言うと?」

 煉は、冷静沈着に聞き返す。

「その……公私混同の御指摘を受けるかと」

「!」

 冷や汗を垂らすライカ。

 それでも、煉は、無表情ポーカーフェイスを崩さない。

「シャルロット。シーラを頼む」

「は、はい」

 シャルロットにシーラを託すと、煉は、

「あのな。キーガン」

「は……」

 低い声で釘を刺す。

「それは間違いだ―――」

「きゃ!」

 強く否定した後、ライカを抱き寄せる。

「俺が一度でも、優遇した事があるか?」

「それは……」

「公務員の給料は、硝子張り。昇進させた事もない」

「……」

「陰謀論を妄信する馬鹿並の知能だな? キーガン、見損なったぞ?」

「……」

「じゃあ、解散だ」

「あ♡」

 キーガンに見せ付ける様に、煉はライカの首筋にキスをするのであった。


[参考文献・出典]

 *1:e-Gov 一部改定

 *2:TBS 『爆報! THE フライデー』 2017年6月2日放送

 *3:vivre HP 2020年6月30日

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