第235話 平和と戦争
『―――本日未明、政変を主導した、とされる情報機関のスレイマン元長官が、自殺していた事が判明しました。
死因は、服毒自殺であり、反乱軍には、動揺が広がっているもの、と見られます。
政府軍は反乱軍に対し投降を呼びかけ、各地では武装解除が進められており、数日中に終戦が予想されています。以上、アンカラからの生中継でした』
トルコでの祖国平和協議会掃討作戦が首尾よく行く中、日本は、いつも通り平和だ。
令和4(2022)年5月29日(日曜日)。
北大路家の一行は、近くのショッピングモールに来ていた。
「パパ、この服買って♡」
「あいよ」
「たっくん、この化粧品もお願い♡」
「了解」
「おいちゃん、たこやきたべたい♡」
「へいへい」
遊興費は、全て煉持ち。
基本的に煉は、女性陣に払わさせない主義だ。
男女平等の思想が根付いている現代の欧米では、余り好まれない事だが、あくまでも女性側が拒否し、自分で払ってもらっても構わない。
その為、必ずしも男尊女卑という訳でもないのである。
「もう払い過ぎ」
家長・皐月は、苦笑いだ。
事実婚の夫とはいえ、養子でもある。
そんな養子に遊興費を払わされるのは、家長としての自尊心が許されない。
「良いんだよ。皐月には、幸せを貰っているからその対価だ」
「……言ってくれるじゃない?」
赤くなった皐月は、司と煉の握手を解除させ、自分が握る。
「あ、お母さん?」
「ふふふ♡ 寝取った♡」
母娘では笑えない冗談だ。
もう片方の手は、オリビアが占領している為、司は溢れた形である。
「たっ君、外してよ」
「そうしたいけど……」
煉は、びくびくしていた。
何故なら、皐月が、メスを背中に押し当てていたから。
名医である皐月は、切開しても、患者が気付かない程の腕を持っている。
その為、医師でありながら極論、安楽死も可能だ。
「司、良い男を掴むには、良い女になる事よ」
「私の夫なのに?」
「私の夫よ」
笑顔で皐月は、煉の頬にキス。
公衆の面前でも、これだ。
まさに『恋は盲目』である。
「も~……」
司の恨めし気な視線が、煉にメスの様に突き刺さるのであった。
午前中は、買い物に終始し、正午、回転寿司屋に入る。
日本全国にあるその店は、1皿100円(税抜き)で、寿司を堪能する事が出来る為、北大路家行きつけのチェーン店であった。
高収入な皐月や煉が安価なこの店を好むのは、味もさることながら、単純に高級店だと、礼儀作法や服装規定、時間がかかる等する事から余り好まないのだ。
又、客層も理由の一つである。
高級店だと、同じ業界人や弁護士、政治家、芸能人等と遭遇する可能性がある。
それらの中には当然、患者も居る為、勤務時間外に遭うのは、日頃、激務な皐月が嫌うのは、当然だろう。
奥の個室に入る。
大人数なのでカウンター席だと、他の客に迷惑がかかり易いからだ。
余談だが、キーガンを頭とした親衛隊も付いてきている。
休日、買い物に仕事で付き合わされるのは、可哀想だが、親衛隊からは、仕事中に交代制で買い物が出来る為、意外と評判も良い。
又、普段の軍服ではなく、私服で警備が出来る事もあり、自分の
これで休日出勤手当も出るので、至れり尽くせり、とも言えるだろう。
キーガン達、親衛隊も煉達の個室の左右を取る。
予約していた為、全員、すんなり入室する事が出来た。
「少佐、このパフェ、一緒に食べよう」
エレーナがメニュー表に掲載されていた、総重量5㎏はあろう、超巨大なパフェを指さす。
「分かった」
タブレット端末にそれを入力する。
寿司屋に来て、初手がパフェだと、老舗や高級店では、あるまじき行為だろう。
そもそもそんな店では、この様な商品は置いていないかもしれないが。
北大路家では、
医学的には、
①野菜、海鮮
例:
②蛋白質
例:鶏肉、鮭、
③炭水化物
例:ご飯、パン等(*1)
の順番が良いのだが、皐月も釘を刺す事は無い。
「……」
ウルスラは、真剣にタブレット端末と睨めっこしていた。
世界の多くの宗教には、食の
一般的には、
・豚肉(豚由来の食品、添加物含む)
・血液
・酒類
・イスラム法に則って食肉処理されていないもの
等がそれに当たる(*2)。
昨今の
この為、文化の衝突の一因に成り得るのだが、最近、日本では、イスラム圏のハラール認証制度に倣い、飲食店等でこの制度が導入される事が多くなりつつある。
この制度は、イスラム教の戒律に則って、調理・製造された商品であることを証する(*2)ものだ。
これがあれば、ちゃんと検査に通過した証拠なので、イスラム教徒側も安心し易い。
「……」
目を皿の様にして、ウルスラは、ハラール認証の物ばかりを選んでいく。
この手の話で、イランでの話がある。
昔、イランでは、シーア派の教義で、鱗の無い魚とその卵も禁忌の対象であった。
この為、
然し、その後、鱘に鱗がある事が判明し、
もし、この発見が無ければ、今尚、イランでは、鱘を食べる事が出来なかったかもしれない。
イスラム教に縁遠い多くの日本人からすると、違和感を覚えるだろうが、飛鳥時代から明治時代の初めまで、仏教の価値観から肉食が禁止されていたのだから、それと同じ様なものだ。
「おいちゃん、これなに?」
「これは、『
「まっちゃ?」
「緑茶の一種だよ」
箱から緑の粉を匙で掬い、湯飲みに入れ、備え付けの
「熱いから気を付けて」
「ふーして♡」
「あいよ」
指示通り、冷ましてから渡す。
「勇者様、
「玉子かな? でも、コーラで辛さ、抑えられるよ」
「! 本当ですか?」
多くの外国人に人気な寿司だが、中には、
それの助けになるのが、意外にもコーラなのだ。
「コーラであの辛さが?」
ライカも興味津々だ。
「炭酸が、喉や鼻に付着した成分を洗い流し、糖分を保護してくれるんだそうだ」(*3)
皐月が補足説明を行う。
「これは、山葵に限った話だから、唐辛子等には、効果が期待できないわよ?」(*3)
「「「「「おおー!」」」」」
オリビア、ライカ、シャロン、シャルロット、エレーナは感動した様子だ。
寿司とコーラは、邪道な感じが否めず、保守派の大将だと、大目玉だろう。
然し、この店は、伝統をそれ程重んじていない。
飲み物は、何を飲もうが客の自由だ。
水でもタピオカでもオレンジジュースでも良い。
不文律が無いのは、非常に過ごし易い。
物は試しとして、皆コーラを選んでいく。
シーラ、スヴェン、レベッカも。
机上には、コーラが並べられていく。
寿司の皿より、そっちの方が多くなっているが、これも一興であろう。
煉達の個室にどんどんコーラを持った店員が入る為、左右の親衛隊の部屋でも、模倣される。
恐らく、開店以来、最もコーラが注文された日になるだろう。
「かんぱ~い♡」
司の音頭で、乾杯がなされる。
それから、コーラを片手に寿司を摘まんでいく。
「全然、辛くないですわ」
「本当! 本当!」
「コーラ、おいちい♡」
オリビア、シャロン、レベッカは大興奮だ。
否、レベッカは、寿司よりコーラの方に夢中な感じであるが、それも又、自由である。
鮪、鮭、玉子が多く注文され、店側も大忙しだ。
やがて、接客する店員が、アルバイトの大学生から正社員、店長へと変わっていく。
注文を始めて30分後には、
・
・社外取締役
・専務執行役
・常務執行役員
・上席執行役員
・執行役員
が、次々と返礼品を持って挨拶にやってきた。
日曜日なのに役員総出でこれは、恐らく、「王族と外交官の一家が来店している」との情報が出回り、慌てて来たのだろう。
一部の役員は、髪型が乱れ、スーツも
「この度、弊社に御来店下さり誠に有難う御座います。粗品では御座いますが、御受取下されば幸いです」
オリビアと煉は、そっとしておいて欲しかったが、情報が回ってきた以上、上場企業として見過ごす訳には、いかない事情もある様だ。
万が一、事が露見した場合、会社側の不手際として株が暴落する可能性がある。
株主も怒りかねない。
株式会社として適当な行動と言えるだろう。
「有難う御座います。今後も楽しませて頂きます」
オリビアも深々と頭を下げた。
日曜日でも公務の様だ。
王族も又、気の抜けない激務なのである。
煉達が楽しんでいる間、キーガンは、隣室で食事もそこそこに聞き耳を立てていた。
「……」
同僚が軽口を叩く。
「キーガンも御執心ね」
「……いけない?」
「いけなくはないけど、側室になるなら、段階を踏むのが筋だと思うよ。いきなりアタックしても殿下の御怒りを買うだけだから」
「……そうね」
首肯しつつも、キーガンは、盗み聞きを止めない。
オリビアの会話も聞こえる為、不敬である事は間違い無いのだが、それでも気になってしまうのが、乙女の
キーガンが煉に拘るのは、恋心―――ではなく、個人的事情の要素が大きい。
その為には、煉が必要不可欠なのであった。
(……絶対に、娶る)
その目は、獅子のそれをしていた。
[参考文献・出典]
*1:GYM SHERPA HP 2020年3月23日
*2:知恵袋mini 朝日新聞出版
*3:野菜大図鑑 HP 2020年6月26日
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