第236話 共和国勲章

 寿司屋から帰ると、郵便受けにトルコ大使館から親展が届けられていた。

「煉、貴方宛てよ」

「はいよ」

 内国郵便は、一部を除いて令和3(2021)年10月から、

・土曜日

・日曜日

・休日

 のサービスを休止(*1)しているのだが、大使館同士だけあって、郵便局が配慮したのだろう。

「シャルロット」

「開けていいの?」

 鋏を用意してシャルロットが、おずおずと尋ねた。

「もう準備万端だからな」

 通常、この手は、信書開封罪に抵触する可能性がある。

 ―――

『[信書開封罪](刑法第133条)

 正当な理由がないのに、封をしてある信書を開けた者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する』

 ―――

 正当な理由というのは、定まっていないし、信書開封罪自体、親告罪の為、黙っていたり、本人の許可があれば基本的に犯罪にはなり難い(*2)。

 但し、発送人が告訴する可能性がある為(*2)、結局の所、しない方が身の為だ。

 今回の場合も発送したトルコ大使館が告訴した場合、犯罪に成り得るだろう。

「……」

 慎重にシャルロットが、鋏を入れていく。

 親衛隊の検査を受けたものなので、当然、爆発物や薬物等の危険物は入っていない筈だ。

 それでも、外交官は狙われ易い職業の一つでもある為、慎重に慎重を期しても問題無いだろう。

 開封すると、新月旗にも見えれる、三日月と星のエンブレムが刻印された国章(因みに日本では、十六弁八重表菊紋)が印字された表彰状が3枚。

 それぞれ、トルコ語、英語、日本語で書かれた物が入っていた。

 シャロンが綺麗な英語で読む。

「The Order of the Republic―――共和国勲章?」

 エレーナがメダルを取り出す。

「これがそれ?」

「らしいな」

 メダルには、角が16ある大きな星と、その周囲に配置された小さな星が16個、意匠計画デザインされていた。

「勇者様、16ってのは、何か意味あるんですか?」

「トルコの伝統的な16州を表しているんだよ」

「成程」

 オリビアは、興味津々だ。

「たっ君、かけてあげる」

「有難う」

 五輪オリンピックの授与式の様に、司がメダルを首にかける。

「うん。凛々しい♡」

 自慢の夫、とばかりに破顔一笑だ。

 共和国勲章受章者は、

・2010年 パキスタン   首相

・2012年 イギリス    庶民院議員

・2013年 オランダ    政治家

・2013年 パキスタン   首相(2010年の時とは別人)

・2014年 ウクライナ   最高議会ヴェルホーヴナ・ラーダ議員

・2014年 イタリア    元在アンカラ伊大使

・2016年 サウジアラビア 皇太子兼内務大臣兼第二副首相

・2019年 マレーシア   首相

 ……

 と、首相クラスが多い。

 この為、煉は不適当と言える。

 煉に最も階級的に近い大使が2014年に受章しているが、それでもトルコの首都で勤務していたので、アンカラはおろか、トルコで働いた事が無い煉には、これも又、不適当と言えるだろう。

・階級的に格下

・トルコでの勤務歴無し

 というのに、受章するのは、異例中の異例だ。

「旦那様、授与式は無いんですか?」

「そうだろうな。添え状には、そんな事、1文字も書いてないし。トルコとしては、非公式、という事なんじゃないかな?」

 大々的に宣伝する事も出来なくは無いが、煉は、

・日本

・トランシルヴァニア王国

・ロシア

・アメリカ

・イスラエル

 と様々な国々が絡む人物だ。

 正直、扱う時には、非常に面倒臭い。

 トルコ内戦に積極的に関与したくない日本やトランシルヴァニア王国に配慮しての事だろう。

「おいちゃん、ちょーだい♡」

「! こら、レベッカ―――」

 オリビアが叱るも、煉は穏やかだ。

「そう言うな。噛むよりましだ」

 笑顔でレベッカの首にかける。

「きんめだる♡」

「そうだな」

 基本的に全肯定の為、レベッカは、べったりだ。

 案の定、シャロンが嫉妬し、煉に抱き着く。

「私の方が、愛されているんだけど?」

「実子だから?」

「それもある」

「知ってるよ」

 シャロンには、副賞の新月旗が刻まれた指輪を渡す。

「良いの?」

「いいよ。こういうのは、しょうに合わないから」

「有難いけれど、私、トルコとは無関係だしね」

 苦笑いしたシャロンは、ウルスラを見た。

「え?」

「貴女は要る?」

「……」

 少し考えた後、ウルスラが、結論を出す。

「……不要です。お気遣い有難う御座います」

 祖国は祖国だが、帰れなくなった以上、想いは薄れてきている。


 昔は喉から手が出る程、欲していたが、今はもう全然だ。

「少佐」

 煉の前にひざまずく。

「少佐の物ですから大事に扱って下さい」

「……そうするよ」

 指輪を受け取って、めてみる。

 トランシルヴァニア王国の外交官なので、少し後ろめたい気持ちはあるが、勲章は勲章だ。

「皐月」

「何?」

「今晩は、飲み会で」

「記念の?」

「ああ」

 皐月は指を鳴らしては、煉を抱き寄せた。

「皆、おごりってよ?」


 その日の晩は、宅配祭だ。

・寿司

・ピザ

・中華料理

 等、全てバイクや自転車で運ばれてくる。

 宅配配達員には、駐日トランシルヴァニア王国大使館は、非常にお得意様だ。

 何しろ、チップを弾んでくれるから。

 親衛隊の分も煉持ちだ。

 飲めや歌えやの大騒ぎ。

 司達は、子供ビールで大人気分を味わう。

「あら、たっ君は?」

「パパ? さっき、皐月にヘッドロックされて寝室に連れていかれてたよ」

「また? お母さんも病気だね」

 司は大きな溜息を吐く。

 皐月は、飲酒後、酔った勢いで、よく煉を襲う悪癖がある。

 煉も抵抗すればいいもの、簡単に受け入れている所を見ると、相当な愛妻家だろう。

「私が見てきましょうか?」

「いいや、シャルロットちゃんも一緒に楽しめばいいよ」

「……?」

「シーラちゃんもここに居て」

 司はシーラを抱っこする。

「……」

 煉が居ない事に、レベッカは不機嫌だ。

「後で来ますから。どうぞ」

 ライカが飴を差し出すと、素直に受け取る。

「……おいちい」

 エレーナは、既に出来上がっていた。

「……美味♡」

 水で薄めたウォッカをチビチビと飲んでいる。

 普段は、酒嫌いの夫に配慮して、家では余り飲まないのだが、この時ばかりは別だ。

 それでも薄めているのは、夫と長生きしたいからである。

『……』

「「……」」

 ナタリー、スヴェン、ウルスラの3人は、そーっと、宴会場を後にする。

 示し合わせた訳ではないが、偶然、時機タイミングが合ってしまった。

 然し、今、争ってもお互いに利益は無い。

 3人は目配せし合い、見えない握手をする。

 ドイツ、イスラエル、トルコの三国同盟の結成だ。

 抜き足差し足忍び足で寝室に向かう。

 嬌声が聞こえる、と思いきや、意外にも部屋の前は静かだ。

 ただ一つ、予想外な事を除いて。

「……何故、貴方が居るの?」

「最側近ですから」

 寝室の前では、キーガンがバッキンガム宮殿の近衛兵の様に立哨していた。

 3人を見て、嗤う。

「夜這いですか?」

「何、死にたいの?」

 スヴェンが睨む。

 ウルスラも指の関節をポキポキと鳴らす。

「貴様、上官に対して無礼だぞ?」

「私の上官は、ライカ隊長と少佐のみですが?」

「「……」」

 直情的な2人は、見る見る内に殺意を高めていく。

 一方、ナタリーは、冷静沈着だ。

『少佐は?』

「答える権限を持っていませんが?」

『そう……分かったわ』

 すぐに諦めた、と思いきや、ナタリーは、スマートフォンを取り出すと、あろうことか煉に電話をかけた。

『……あ、少佐? 今、大丈夫?』

『大丈夫だ』

「!」

 スマートフォンから聞こえる煉の声に、キーガンは、直立不動になる。

『どった?』

『キーガンが開けてくれないの』

『キーガン、そこに居るか?』

「……はい」

『聞こえたろ? 開けろ』

「……は」

 蚊の鳴く様な声で返事後、キーガンは、真横にずれた。

 直後、扉が開く。

 瞬間、独特の臭いが全員の鼻孔を突く。

 男女が獣になり、愛し合った時に発せられるそれだ。

 直前まで思う存分、枕を交わしていたのだろう。

「おお、ウルスラとスヴェンも来ていたのか?」

 煉の体には、皐月が蛇の様に巻き付いていた。

 足を腰に絡ませ、髪を振り乱し、荒い息で抱き着いている。

 2人共、夜着を着ているが、今にも再戦しそうな勢いだ。

「……」

 赤くなったキーガンは目を逸らし、

『……』

 ナタリーは嫉妬の視線を送り、

「「……♡」」

 ウルスラ、スヴェンのコンビは、興味津々である。

 呆れた顔でナタリーは、苦言を呈す。

『貴方のパーティーなのに、貴方は、そっちで愉しんでいる訳?』

「申し訳無い。皐月にそのまま襲われてな? なし崩し的にこうなった」

『言い訳?』

「御免」

 皐月を抱き締めたまま、煉は頭を下げた。

 その一挙手一投足に、ナタリーの苛々は、止まらない。

 暗器を持っていたら、そのまま2人を殺していただろう。

 皐月が、上気した顔で振り返る。

「嫉妬? 可愛いわね?」

『!』

 明らかな挑発だ。

 煉の頬を撫でつつ、皐月は、笑顔で言う。

「嫉妬する位なら、もっと情熱的になりなさい。それが、私からこのを奪う唯一無二の手段よ」

『……独占する気?』

「そうは言ってないわ。だけども、側室が多いからね。そこは、家長である私が線引きしないと思うの」

「……!」

 続いて、キーガンが動揺する。

 この時機で皐月が側室を選定するのは、キーガン外し、とも解釈出来るからだ。

 煉も寝耳に水であった。

「皐月、本気なのか?」

「貴方は英雄なのよ。だからこそ、私が守らなきゃいけないの。『悪妻は百年の不作』、よ」

「……そうだが」

 煉の人選が良いのか、将又はたまた、女性陣の人格が総じて良いのか。

 煉の妻になった者達は、現時点では、コンスタンツェ・モーツァルト(1762~1842 モーツァルトの妻。悪妻説あり)の様な悪妻とは言い難い者達ばかりだ。

 それでも、今までは幸運なだけで、これが続くとは限らない。

 親心で皐月が介入しても、何ら不思議ではないだろう。

「ナタリー、貴女は、良妻?」

『良妻よ』

 ふん、と鼻息を荒くさせ、ナタリーは、煉の右手を下から掌で包み込む。

「ん?」

『前言ったよね? 「貴方は、私の心を盗んだ窃盗犯」って』

「……そうだな」

『もう一度言うわ。人生かけて償わせてもらうから』

 そういって、煉の右手を握り、背伸び。

「!」

 スヴェン達が居る前で、口づけを交わすのであった。


[参考文献・出典]

 *1:郵便局 HP

 *2:はてな備忘録と雑記 HP 2018年6月16日

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