第234話 独裁者の泪
「おいちゃん、すき♡」
「俺もだよ」
令和4(2022)年5月29日(土曜日)夜。
煉は、レベッカと
肉体関係はこれまで通り、結んでいない。
同衾と
・司
・皐月
・シャロン
・オリビア
・ライカ
・シャルロット
・スヴェン
・ナタリー
・エレーナ
・シーラ
も同じベッドなので、「同衾」というよりも「修学旅行生」感が強いかもしれないが。
2人と、ナタリー、シーラ以外は、アイマスクに耳栓をして、熟睡している。
この状態なのだから、恐らく滅多な事では起きないだろう。
煉の胴体には、シーラが丸太を扱うかの如く、跨っていた。
「♡ ♡ ♡」
愛が爆発しているのか、それとも欲求不満なのか。
ほぼ5分毎にキスをしている。
よくも飽きないものだ、と煉は内心で苦笑いしきりだ。
ナタリーとは、握手している。
シーラとキスをする度に手の甲を爪で引っ掻く為、痕が痛々しい。
「すき♡」
「応」
何度も耳元で囁くレベッカは、左腕を枕にしている。
オリビアと姉妹(義理だが)だけあって、その感情表現は姉譲りだ。
煉が答えるのが面倒になっても、告白を止めず、確認を止めない。
正直重いが、想いは嬉しいので、煉もそれ程苦ではない。
「すき?」
「好きだよ」
「やった♡」
笑顔のレベッカは、煉の
長年、隠していた恋心を爆発させている為、何でもありだ。
その後、シーラ同様、キス魔と化す。
シーラの約5分毎に対抗して、レベッカは、約2分毎だ。
この状態だと、レベッカの5回目の時、シーラと
それを防ぐのが、夫の務めだ。
「もう遅いから寝ようよ。明日は―――今日は、休みだからさ」
デジタル時計を見ると、既に時刻は、午前0時過ぎ。
令和4(2022)年5月29日(日曜日)。
昨日は、残務処理と中野学校の講師をした為、久々に8時間以上働いた。
その分、今日は、1日休みだ。
「きょーもあいしてくれる?」
「いつも愛してるよ」
「ならよし♡」
煉の眉間にキスすると、レベッカは、彼の胸筋に頭を預けた。
枕と違って硬くて寝辛い筈なのだが、それでも気持ち良さそうに眠る。
『少佐、この娘と本気なの?』
「そうだよ」
眠り姫の髪を撫でる。
お転婆過ぎるレベッカは、恐らく、貰い手が少ない。
又、この状態では、尚更、男性王族(或いは、貴族)からは、忌避されるだろう。
その点、どれ程、我儘でも煉は広い心で受け止める為、一生独身、という事は防ぐ事が出来る。
『……』
ナタリーは、嫉妬で手の甲に爪を立てる。
食い込み、少し皮膚が裂かれ、出血するも、煉は表情を歪める事は無い。
『同情と恋愛感情は違うわよ?』
「知ってるよ」
首肯しつつ、煉はシーラの頭を撫でる。
「♡ ♡ ♡」
嬉しくなったシーラは、愛おしい気持ちが決壊したのか、煉の頬や首筋を犬の様に舐め回す。
煉はそれさえも嫌がらず、優しく受け止める。
「好きなのは、事実だ。ナタリーもな?」
『! ……ふん』
目を逸らし、更にナタリーは、握力を強くする。
『……私を
「はいよ」
破顔一笑で煉は、ナタリーの額にキスするのであった。
トルコが事実上の内戦になった。
トルコ政府を支持するのは、イスラム主義を重んじるサウジアラビアやイラン、そして、エルトゥールル号遭難事故以来、良好な関係の日本、同じトルコ系のアゼルバイジャンだ。
一方、ギリシャやアルメニア、キプロスは秘密裏に祖国平和協議会を支援。
この3か国は、歴史的な経緯から反土感情が強く、この様な事から内戦の長期化が予想された。
これに対し、
・統一マケドニア
・マケドニア名称問題
等でギリシャと対立関係にあった。
敵の敵は味方理論の下、反希主義を掲げる与党は、トルコとの連帯を表明。
マケドニアは、欧州に位置するが、国民の一部には、イスラム教徒が居る。
同じイスラム教国であるトルコを救いたい、という同胞意識も働いた結果であった。
マケドニアの参戦により、逆にマケドニアとトルコから挟撃に遭う可能性が出てきたギリシャは、軟化。
トルコと敵対する意思は無い、と表明し、同時に祖国平和協議会への支援を打ち切った。
ギリシャ系住民が多いキプロスも、本国、ギリシャの軟化に従い、対土強硬路線を破棄。
祖国平和協議会側は、アルメニアのみとなるも、アゼルバイジャンとの再戦の可能性が出てきた為、祖国平和協議会を支援する暇は無くなり、アルメニアもまた離脱。
これにて、祖国平和協議会を表向きに支持する国、或いは秘密裏に支援する国は一つもなくなった。
後は、クルド人過激派のみだ。
ギュルセルは、国営放送で、唾を飛ばしつつ演説する。
『大義名分は、我が国にある! 国民の皆様、是非とも愛国者である我が軍を応援して頂きたい』
圧倒的劣勢から一転、勝利の兆しが見えてきた事で、トルコ軍の士気は高まり、多くの国民も高揚した
「裏切者共が!」
北キプロスの隠れ家で、イルハンは、椅子を蹴飛ばした。
支援者であるアルメニア等、多くの国々が早々と裏切ったからだ。
こっちは、『
部下が、緊張した面持ちで口を開く。
「閣下、ヨルダンやスイスが仲介を―――」
「ならん!」
感情のままにグロックでその部下を撃ち殺す。
「「「!」」」
その衝撃的な行動にその場に居た部下達は、戦々恐々だ。
関ヶ原合戦の際、騎乗したまま本陣に報告しに来た家臣を、徳川家康が斬殺した逸話が残されている様に、戦争というのは、常に敵か味方だ。
家康の場合は、感情が高ぶっている時に部下が下馬しなかった事が理由であるが、今回のイルハンの行動も、彼の心情を察知出来なかった部下に非があるだろう。
部下達の中で厭戦気分が漂う。
(終わりだな)
(この人に付き従ったのが、運の尽きだな)
(建国の父が居れば……この人では駄目だ)
祖国平和協議会は、世俗派で構成されているのだが、イルハンが進めた自爆テロ攻撃には内心、否定的な者が多かった。
何故なら、自爆テロを行うとイスラム過激派と同じになってしまうからだ。
神風同様、戦闘員と民間人の区別を行っているが、どうしても誤認は防ぐ事は難しい。
一部のテロでは、女性や子供が犠牲になっている。
事前の調べで、居ない時間帯を狙ったのだが、情報が間違っていたのが、標的側で予定変更があったのか、時々、巻き添えに遭っていた。
これが、良心を責めていた。
多くの構成員は、自分達が愛国者であって、テロリストではない事を自負している。
然し、犠牲者が出れば出る程、又、自爆テロを行えば行う程、テロリストと同一視されてしまう。
祖国平和協議会の精神的支柱であったスレイマンが拘束されて以降、空中分解が加速していた。
頼みの綱であるクルド人過激派も、トルコ軍の大規模な攻撃により弱体化。
「(内部告発者になろう)」
「(そうだな。その方が良い)」
トップがこの状態なので、末端の部下の忠誠心は、薄れに薄れていくのであった。
スレイマンを尋問し、又、構成員が続々と投降、或いは内部告発者になった為、内戦は、政府側の勝利が確実視された。
『この程、多くの裏切者達が投降し、跪いた。我々の勝利は、近い。だが、「蟻の穴から堤も崩れる」という諺がある様に、油断大敵だ』
連戦連勝であったナチスと大日本帝国は、それぞれ、スターリングラードとミッドウェーで敗れて形勢逆転され、敗北した。
軍人出身のギュルセルは、前例から学び、その恐ろしさを十二分に知っている。
最初こそ感情的であったが、時間が経つにつれ、冷静沈着になり、笑顔こそ多いものの、内心では、恐ろしい程冷めていた。
定例の記者会見を終えた後、執務室に戻る。
支持率は、現在90%。
戦前よりも高い数字だ。
内戦に突入させてしまった、というのは、失策であるが、それでも最後には勝てば良い。
国民の多くもそれを望んでいる。
「……」
スマートフォンを操作し、トルコと北キプロスの国家である
愛国者の心の浄化には、国歌が必要不可欠だ。
(そうだ。少佐に共和国勲章を贈ろう)
共和国勲章は、トルコ共和国国家勲章(対象者:トルコとの友好関係の強化に寄与した功績を認められた外国国家元首)に次ぐ高位の勲章だ。
対象者は、「トルコ共和国との友好関係の発展に尽力した人物(例:外国首相・大臣・外交代表団)」となっている為、外交官である煉には、相応しいものである。
尤も、トランシルヴァニア王国は、公式には、この問題に関与していない為、表立っての授与式は、難しいだろうが。
「失礼します」
部下が、敬礼して入室する。
「スレイマン元長官が、自殺しました」
「……自殺?」
我が耳を疑った。
自殺を教義で禁じているトルコでは、自殺は日本と比べると、非常に少ない。
例 人口10万人中の粗自殺率(*1)
日本 トルコ
合計 (男:女) 合計 (男 :女)
2019年 12・2(17・5:6・91) 2・34(3・54:1・19)
2015年 14・8(21・3:8・4) 2・26(3・37:1・26)
2010年 18・8(27・3:10・2) 2・47(3・47:1・32)
2005年 18・8(27・8:9・9) 2・96(4・56:1・54)
2000年 18 (26・7:9・63) 4・21(6・7 :1・9)
日本は1億2622万6568人(*2 世界11位)、トルコは8433万9067人(*3 世界18位)と日本の方が人口が多いの為、一概に比較は難しいのだが、それを差し引いても、トルコの方が、格段と自殺率が低い事が判るだろう。
「……分かった。下がっていい」
「は」
「……」
政敵の呆気ない死に、ギュルセルは、動けない。
死後硬直の様に固まったままだ。
世間的に独裁者のイメージが強いが、人である以上、感情が無い訳ではない。
あのスターリンも長男、ヤーコフ(1907~1943)がナチスの収容所で壮絶な死を遂げた時は、普段、辛くあったいたが、この時ばかりは動揺した、とされているのだから。
逆に、ここでも冷淡な反応だと、スターリン以上に心が無い人物であろう。
ギュルセルとスレイマンは、親族ではないが、一応は国の為に尽くした同士だ。
「……馬鹿が」
小さく呟くと、暫く盟友との思い出に浸る為、筆を置くギュルセルであった。
[参考文献・出典]
*1:
*2:総務省統計局(2020年) 令和2年度国勢調査
*3:世界銀行 2021年
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます