第228話 Middle East Crisis
2022年5月20日(金曜日)。
スイスのチューリッヒで、スイス政府仲介の下、イスラエルとシリアの交渉が始まった。
5月15日、レバノン総選挙
同日 攻撃を受け、イスラエルが北進開始。
5月16日 シリア、南進開始。
で、20日には、これだ。
すぐに交渉になったのは、米露がそれぞれ、イスラエルとシリアに交渉の席に着くよう、説得したからである。
イスラエルとシリアが本格的に武力衝突すれば、中東戦争に拡大しかねない。
シリア内戦が一段落した後、この地域での政情不安定は、米露共に望んでいない。
そんな中、祖国平和協議会が次の一手を繰り出す。
今度は、トルコの反政府系メディアに、「イスラエル国防軍を攻撃したのは、トルコ軍兵士」と流した。
同時にキプロス島のエピスコピ駐屯地にRPGが撃ち込まれた。
真夜中の事であり、英軍は虚を突かれた形だ。
寝ていた英軍キプロス駐留部隊司令官は、飛び起きて、夜着のまま、報告を受ける。
「被害は?」
「人的被害はありません。土嚢が吹き飛んだだけです」
「何処から飛んできた?」
「北キプロスからです。攻撃地点には、御丁寧にも新月旗が残され、武装勢力は、防犯カメラで確認した所、トルコ軍の軍服を着ていました」
「……トルコ?」
状況証拠が揃い過ぎている。
何か裏を感じないのであれば、それは素人だろう。
「……分析が必要だな。一応、本国にも伝えろ」
「は」
英土間の戦闘は、WWI中のガリポリの戦い(1915年2月19日~1916年1月9日)以来の事だろう。
この時は、オスマン帝国が勝利したのだが、イギリスとしては、この時の
WWIに勝ったし、何よりWWIを経験した兵士は、全員この世に居ない。
2011年に最後の生存者である元英兵が110歳で亡くなり(*1)、記録上、WWIを知る者は全員、鬼籍に入った。
その為、イギリスはこの敗戦の復讐する気は更々無いのだが、攻撃を受けた以上、やり返さなければ、国民の怒りを買う事になるし、何より周辺諸国から軽視されてしまう。
又、《鉄の女》、サッチャーの時代には、本土から1万km以上、最も近い軍の基地でも6千km以上離れたフォークランド諸島に派兵し、アルゼンチンと戦い、見事、勝利した。
所謂、フォークランド紛争(1982年3月19日~6月14日)である。
フォークランド諸島より、キプロス島の方が断然近い為、イギリスは、すぐにでも本土から増援部隊を送る事が出来るだろう。
司令官は、ベッドに腰かけては首を傾げた。
(キプロス紛争中の1974年にこの地を避けて進軍を停止させたトルコ軍が、
司令官がこれ程冷静沈着でいられるのは、被害が軽微で、何より人的被害が出なかった為だろう。
もし、被害が甚大で、犠牲者が多数出ていたらこれ程冷静沈着に考える事は出来なかった筈だ。
(狼の皮を被っているのか?)
トルコ軍と思しき兵士達が、キプロス島の英軍基地を攻撃したのは、すぐに英土間で外交問題に発展した。
レバノンに続いてこれだ。
当然、国際社会のトルコを見る目は、厳しくなっていく。
2022年5月20日(金曜日)。
午後11時。
駐日トランシルヴァニア王国大使館の執務室にて、煉は首相のウラソフとテレビ会議を行っていた。
『少佐、君の意見を聞きたい。両国での事案は、トルコ政府が関与していると思うかね?』
「あくまでも分析ですが」
そう前置きした上で煉は、眉毛を掻いた後、言う。
「自分は、これはトルコ政府は無関係だと考えています」
『根拠は?』
「トルコは、現在、│YPG《クルド人民防衛隊》、シリアと現在、戦闘状態にあり、又、アルメニア、ギリシャとも緊張状態を抱えています」
YPGとは設立された2011年から。
シリアとは、内戦中にトルコが反体制派を支援した事で戦闘状態に入った。
現在は、シリアの北部の一部をトルコが占領している状況だ。
又、アルメニアとは、2020年のナゴルノ・カラバフ紛争でアルメニアの敵国であるアゼルバイジャンを支援している事から。
ギリシャとは、長年、続くキプロス問題から、それぞれ緊張状態になっている。
そんな状況下で
幾ら感情的なギュルセルもそこまで馬鹿では無い筈だ。
『ふむ……』
「事実上、四面楚歌な状況で、軍事大国であるイスラエルとイギリスを同時に敵に回すのは、可能性は低いかと」
『……なら、オザル大統領の暗殺疑惑はどう考える?』
「以前、調べましたが、ギュルセルは当時、クルド人過激派掃討作戦に忙しかった為、暗殺事件に関与する暇はありませんでした。真犯人は別に居ると思います」
『……では、この
「消去法で行くと、祖国平和協議会かと」
『! 同じトルコ人?』
「恐らく。クルド人過激派の可能性もあるでしょうが、流石にイスラエルを攻撃するのは長年の友好関係から考えると、可能性は限りなく0に近いかと」
イラク北部に位置するクルド人自治区は、イスラエルと友好関係にあり、自治区が独立を果たした場合、イスラエルは支持する構えを見せている。
そんな歴史がある為、クルド人過激派説は、薄いだろう。
「祖国平和協議会の残党は、世界中に離散しています。トルコ政府が執拗に追っていますが、全員、拘束するのは困難でしょう」
2016年7月16日、祖国平和協議会に属した8人の兵士が、ギリシャに渡り、そこで亡命申請を行った。
8人は自分達の政変未遂への関与を否定したのだが、トルコの外務大臣は、「裏切者」と非難し、ギリシャに身柄引き渡しを要請した(*2)。
この様な事例がある為、報道されていないだけで、ギリシャ以外の国々にも沢山の兵士が亡命した可能性がある。
『では、今回の黒幕は、祖国平和協議会であると?』
「確実な証拠が無い以上、全て推論ですから、余り鵜呑みにするのは、危険かと」
『いや。案ずるな』
ウラソフは、眼鏡を拭きつつ、
『これまで聞いた中で最も説得力があった。有意義な意見だよ。今後は、情報機関に再確認させる』
1人だけの意見を聞くのは、他の見方が遮断されてしまう為、非常に危険な事だ。
2016年、韓国では
この事件は最後、韓国大統領史上初めて弾劾で幕を閉じた。
ウラソフも煉の有能さは分かっているが、この様な前例がある以上、彼を必要以上に厚遇は出来ない。
『少佐、遅くまで有難う。残業手当、振り込んでおくよ』
「有難う御座います」
ウラソフがテレビを切った。
「ふぅ……」
その時機で、煉は首をポキポキと鳴らす。
首には脊髄がある為、
なので、余り褒められた行為ではない。
「馬鹿」
バシッと、雑誌で頭を叩かれた。
振り返ると、夜着の皐月が、欠伸を漏らしている。
「仕事終わったんでしょ?」
「ああ。珍しいな。勝手に入って来るなんて」
執務室に入退室出来るのは、関係者に限られる。
皐月は、煉の養母であり、側室だが、関係者ではない。
その為、不法侵入に問われてもおかしくない。
「ライカから許可を得たわよ」
皐月が顎で示す先には、扉が。
今日の立哨はライカの様だ。
恐らく、許可を出す前に少し開けて、中を確認し、テレビ会議が行われていなかったので、入室を許可したのだろう。
(もう少し確認してほしかったな)
頭を振って、痛みを散らすと、煉は立ち上がった。
「外交官への暴行は、国際問題だよ?」
「妻を1人寂しくさせるのも重罪よ」
ぐうの音も出ない正論で返すと、皐月は、煉を抱き締める。
「勤労が美徳とされたのは、昭和の頃までよ。深夜業は、親として認めない」
法律上では、18歳以上の場合は、合法だ。
―――
『[労働基準法]
第61条(深夜業)
1、
使用者は、満18才に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない。
但し、交替制によつて使用する満16才以上の男性については、この限りでない。
2、
厚生労働大臣は、必要であると認める場合においては、前項の時刻を、地域又は期間を限つて、午後11時及び午前6時とする事が出来る。
3、
交替制によつて労働させる事業については、行政官庁の許可を受けて、第1項の規定に関わらず午後10時30分まで労働させ、又は前項の規定に関わらず午前5時30分から労働させる事が出来る。
4、
前3項の規定は、第33条第1項の規定によつて労働時間を延長し、若しくは休日に労働させる場合又は別表第1第6号、第7号若しくは第13号に掲げる事業若しくは電話交換の業務については、適用しない。
5、
第1項及び第2項の時刻は、第56条第2項の規定によつて使用する児童については、第1項の時刻は、午後8時及び午前5時とし、第2項の時刻は、午後9時及び午前6時とする』(*3)
―――
中身は、皐月の年上のおじさんなのだが、中身が別人格だろうとも息子であり、夫だ。
「夜型は、短命なのよ」
アメリカのノースウェスタン大学の研究チームが調べた結果、イギリスの一般市民43万3268人(平均年齢56・5歳、55・7%が女性)を、
・明らかな朝型 27・1%←高齢者、女性、非喫煙者が多い
・やや朝型 33・5%
・やや夜型 28・5%
・明らかな夜型 9%
に分類し、平均6・5年追跡調査した(*4)。
その結果、明らかな夜型は、明らかな朝型と比べると、病気に成り易い事が判った。
精神疾患 1・94倍(*4)
糖尿病 1・3倍 (*4)
神経疾患 1・25倍(*4)
消化器疾患 1・23倍(*4)
腹部疾患 1・23倍(*4)
呼吸器疾患 1・22倍(*4)
死亡リスク 1・1倍 (*4)
循環器疾患 統計学的に余り差異見られず(*4)。
この原因について、研究チームは、「夜型の人に見られる死亡リスクの上昇には、体内時計に基づく生理的な時間と、仕事や社会生活によって強いられる活動時間帯の慢性的なずれに刺激される、健康を脅かす行動(喫煙や過食、カフェインやアルコールの過剰摂取等)や、精神疾患(抑鬱や気分障害等)等が関係している」としている(*4)。
この論文が掲載された『Chronobiology International』誌電子版(2018年4月11日付)を皐月は当然、読んでいる為、医師としても夜型生活に否定的なのであった。
「わかったよ。もう寝る」
「そうそう」
聞き分けの良い夫の頭を撫でると、皐月は、その手を恋人繋ぎ。
早くに夫を亡くした手前、人一倍、煉の健康には、気にしいなのだ。
煉も指を絡めて、その想いに応じる。
執務室を出ると、
「ライカ、お疲れ。今日は終わりだ」
「有難うございま―――ええ?」
言い終える事が出来ずに素っ頓狂な声を上げたのは、煉が手を握ってきたからだ。
それも、皐月と同じ様に恋人繋ぎで。
「立哨してくれた御蔭で、安心して仕事が出来たよ。だから、一緒に寝よう」
「で、でも……」
ライカの視線は、皐月へ。
嬉しいけれど良いのだろうか? という思いのようだ。
皐月は、苦笑いで首肯した。
「良いのよ。仲間が1人でも居た方が心強いしからね。この人の夜伽の場合は特に」
「……はい」
皐月の許可が出た為、ライカは戸惑いつつも意を決した。
その晩、外交官は寡婦と男装の麗人を相手にするのであった。
[参考文献・出典]
*1:AFP 2011年5月6日
タイム誌(2012年2月8日)等では、2012年に110歳で亡くなった女性を「WWI兵士最後の生存者」としている。
*2:時事通信 2016年7月17日
*3:労働基準法の関連施行規則 HP 一部改定
*4:日経Gooday 30+ 2018年7月2日
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