第219話 Game&Politics

 令和4(2022)年5月4日(水曜日)。

 この日も、みどりの日なので、休みだ。

 俺達はホテルで朝食を摂った後、熱海観光を勤しむ。

 未だに復興途中の地域はあれど、それでも、活気はある。

・春の熱海ビール祭り

・春のそれ伊豆山伊勢海老磯まつり

・初島ところ天祭り

 と、三つの行事が重なっている為もあってか、どこもかしこも観光客だらけ。

 3万3558人(推計人口 2021年9月1日)の人口よりも多いかもしれない。

 そんな中、

『綺麗~♡』

『本当♡』

『魚もね♡』

 皐月、司、シャロンは、潜水を大いに楽しんでいる。

『『『……』』』

 ウルスラ、エレーナ、ライカは見慣れない魚を注意深く観察していた。

 伊豆半島近海では、あじさば等、青魚(*1)が主流だ。

 3人とも軍人として、潜水の経験はあるが、これほど平和的な事は無い。

 又、魚食の文化にそれほど馴染みが無い為、どうしても注目せざるを得ないのだろう。

 その間、俺とその他、

・オリビア

・シーラ

・ナタリー

・シャルロット

・レベッカ

・スヴェン

 は、別行動で、海釣りの真っ最中である。

「おいちゃん!」

「うん、釣れたな?」

 クーラーボックスに沢山詰まった魚に、レベッカは大興奮だ。

「師匠、これって河豚ですよね?」

「ああ、そうだよ」

「……食べれるんですか?」

 河豚には、毒がある。

 医療では、主に鎮痛剤として使用されている(*2)のだが、素人には猛毒だ。

 実際、毎年のように死者が出ている。

 ———

『【日本におけるフグによる食中毒発生状況(2001~2017年)】

 年次     :発生件数(件):患者数(人):死者数(人):死亡率(%)

 平成13(2001):31     :52      :3      :5

 平成14(2002):37     :56     :6      :10

 平成15(2003):38     :50     :3      :6

 平成16(2004):44     :61     :2      :3

 平成17(2005):40     :49     :2      :4

 平成18(2006):26     :33     :1      :3

 平成19(2007):29     :44     :3      :6

 平成20(2008):40     :56     :3      :5

 平成21(2009):24     :50     :0      :0

 平成22(2010):27     :34     :0      :0

 平成23(2011):17     :21     :1      :4

 平成24(2012):14     :18     :0      :0

 平成25(2013):16     :21     :0      :0

 平成26(2014):27     :33     :1      :3

 平成27(2015):29     :46     :1      :2

 平成28(2016):17     :31     :0      :0

 平成29(2017):19     :22      :0     :0

 2001~2017  :472      :677     :26     :3

 平均      :27      :39     :1        』(*3)

 ———

 平成14(2002)年をピークに毎年減少傾向であり、平成21(2009)年以降は、0が目立つ。

 それでも毎年約30件、患者も約40人と起きているのは、事実だ。

 有名人でも被害者が居る。

・八代目 坂東三津五郎  (1906~1975 歌舞伎俳優)

・福栁伊三郎       (1893~1926 力士)

・沖ツ海福雄       (1910~1933 力士)

・佐渡ヶ嶽部屋河豚中毒事件(1963年11月11日 患者6 死者2 *4)

 犯罪に悪用された例もある。

 トリカブト保険金殺人事件(1986年5月20日)では、犯人が現場不在証明アリバイ工作としてトリカブト毒であるアコニチンを遅効させる為に河豚毒を用いた。

 この事件は、東北大学と琉球大学が毒を検出(*5)し、完全犯罪を未然に防いだ。

 若し、両大学の貢献が無ければ、被害者の無念を晴らすことは出来なかっただろう。

 スヴェンには、そんな危ない毒を持つ河豚を好き好んで食べる日本人の神経が理解出来ない。

「河豚は適切に処理さえすれば食えるよ」

「そうらしいですが……それほど美味なんですか?」

「美味いよ。俺も好きだし」

「……」

 じーっと、河豚を見詰めるスヴェン。

「なぁ、ベニテングダケって知ってるか?」

「毒キノコですよね?」

「あれも美味いらしいぞ?」

「! そうなんですか?」

「ああ、ただ、危険だから専門家は推奨していないがな。それでも死より味を選んで食べる猛者も居るくらいだ」

 ベニテングダケには、旨味成分で有名なグルタミン酸の10倍もある、イボテン酸が含まれている(*6)。

 その為、好奇心で食べてしまう人も居るのだ。

 然し、ベニテングダケには、3種類の毒がある(*6)。

 ———

①ムスカリン

・視界暗転(副交感神経を刺激する為)

・異常発汗

・下痢

・嘔吐

 ②イボテン酸

・興奮作用

・幻覚

 ③ムシモール

・昏睡状態

 ———

 このようなことから、ベニテングダケは、美味であると同時に非常に危険な毒キノコとして有名だ。

「ベニテングダケでも食べたい人が居るんだ。その点、河豚は、適切に調理すれば、食中毒は防げる」 

「……」

「食文化だよ」

 シーラが、興味深そうに指でつつく。

 すると、河豚が水を吐いた。

「!」

 驚いたシーラは、半泣きで、俺に飛びつく。

 レベッカも驚愕していた。

「はいた?」

「そうだな」

 肯定すると、オリビア、シャルロット、ナタリーも恐れていた。

「大丈夫だよ。水だから―――」

 落ち着かせていると、再び河豚が水攻撃。

 ぴちゃ。

 それが、ナタリーの顔に直撃した。

『……』

「ぶは」

 俺が噴き出した途端、ローキック。

「やめろ、やめろって―――ぶひゃはははは!」

『死ね死ね死ね』

 呪詛の言葉と共に、ナタリーは、俺の足が赤くなっても、蹴り続けるのであった。


 司達と合流後は、昼飯だ。

 赤く腫れた足に皐月が湿布を貼る。

 医者なので、例え連休中であっても医療体制は、万全だ。

「ナタリーちゃんってキックボクサーになれるんじゃないの? このくらい蹴れるなら」

『……かもね』

 ツン、とナタリーは、そっぽを向く。

 それでも反省しているのか、時折、俺の様子をチラ見している。

 なんだかんだで気にしているようだ。

 ライカが眉を顰めた。

「少佐、反逆罪では?」

 師事する俺を暴行したナタリーを許し難いらしい。

「良いんだよ。これくらい」

「然し、部下に示しが―――」

「構わない」

 信賞必罰の下、厳正に処罰するのが、世のことわりだろうが、生憎、俺にその気はない。

「少佐~!」

 エレーナが、笑顔で飛び込んできた。

「どうした?」

「見て見て。籤引くじびき当たった!」

 子供のように大はしゃぎする彼女が抱えているのは、日本が世界に誇り、京都に本社を置く、多国籍企業の最新商品が詰まった箱であった。

 令和2(2020)年11月2日に発売されたそれは、発売から2年経った今尚、大人気のゲーム機だ。

 ゲームソフトも付いており、これで楽しめることが出来る。

 新型ウィルスでステイ・ホームの下、ゲーム需要が高まった際、俺も司と一緒に遊んだので、エレーナほどではないが、テンションが高い。

 ロシアでもそれは、大人気だ。

 日本より遅れて同年11月19日に発売されたのだが、日本でも問題視されたように転売が発覚している。

 値段も2倍と、転売屋はウハウハだ(*7)。

 流石に2年経った今は、市場に流通し、発売当時ほどの転売は見られないが、それでも未使用の新品は、発売当時よりも高額で売られている場合がある。

「どんなゲームなんだ?」

「アメリカがロシアに侵攻して占領するんだけど、それをロシアの特殊部隊が抵抗レジスタンス運動で撃退するって話」

「……よく国際問題になっていないな?」

 2008年に発売された傭兵を題材としたゲームでは、2002年にベネズエラで実際にあった政変未遂事件を基に作られているのだが、これに対し、ベネズエラは激怒。

 アメリカに抗議し、国際問題に発展した(*8)。

 2013年に発売されたFPSファーストパーソン・シューティングゲームの作品でも、ベネズエラが悪役だった為、ベネズエラの政府系団体が抗議している(*8)。

 2011年発売のFPS作品でもイラン国内で米軍とイランの民兵が戦闘する描写が、イラン政府の怒りを買い、販売が禁止された(*9)。

 多くの日本人からすると、「ゲームでしょ? そんなことで怒るの?」と思われるかもしれないが、ゲームというのは、多くの人々に影響力がある為、政治に利用され易いのだ。

 2019年には、アメリカは、追加制裁の一環として、世界中でプレイされているゲームに於いて、イランとシリアの両国からの接続アクセスをブロックした(*10)。

 海外eスポーツ関連メディアのDot Esportsは、『政治家や何かしらの権力を持った人々にダメージを与えることはありませんが、一般市民には影響を及ぼします』(*10)と報じ、実際にそのゲームのフォーラム上で、イランの利用者が『イランからの接続はブロックされてしまった』と報告している(*10)。

 その具体的な効果は分からないが、日本製アニメジャパニメーションが原因で独裁国家が倒された、とされる例(*11)もある為、一概に否定出来ないのも事実であろう。

「アメリカでも、同じような話、作っているじゃない? ほら、アメリカにロシア軍が攻めて来るの」

「あー……」

 俺もやった事がある。

 発売からもう、10年以上経つが、ロシアがベネズエラやイランのように怒っていないのが、不思議だ。

 2か国と違い、「たかがゲーム」「ファンタジー」と割り切っているのだろうか。

 冷戦期、ソ連が悪役のハリウッド映画を猛烈に抗議していた時と比べたら、不気味なほど静かである。

「これ、まずは1人でしていい?」

「良いよ」

「有難う♡」

 エレーナは、新作のゲーム機を贈られた子供のように笑顔で箱を開けるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:熱海魚市場 HP

 *2:荒川修 フグの毒テトロドトキシン 化学と教育 65巻 (2017) 5号

 *3:厚生労働省 食中毒統計調査 死亡率は小数点以下切り捨て

 *4:『世界仰天ニュース』 2015年9月2日 日本テレビ系

 *5:著・福田洋 編・石川保昌『図説 現代殺人事件史』ふくろうの本

    河出書房新社 1999年

 *6:『世界仰天ニュース』 2018年10月30日 日本テレビ系

 *7:スプートニク 日本語版 2020年11月23日

 *8:ウィキペディア

 *9:Gamepack 2011年11月29日

 *10:Gigazine  2019年6月24日

 *11:『超電磁マシーン ボルテスV』

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