第217話 PRIVATE TIME

 煉達が熱海を楽しんでいる頃、ERI東京大学地震研究所では、

「……ヤバいな」

「ああ」

 富士山の波形が、妙に波を打っている。

「一応、気象庁に報告した方が良いよな?」

「ああ。ただ、もう一つ、こっちも気になる」

 研究員が指差したのは、白頭山の波形であった。

「……あるな」

「ああ。両方、政府に報告しよう。万が一のことがある」

「そうだな」

 地震は、政治、経済、国民生活等に大きな悪影響をもたらす。

 日本史上、最悪の被害を出した3・11から、今年で11年目であるが、まだ人々の記憶に色濃く残っている。

 被災者の負った心の傷も深い。

 3・11ほどではないにせよ、その後、熊本や北海道でも起きている為、常に危機感を持っていた方が良いだろう。

 報告は、直ぐに官邸に回された。


脚本シナリオは、どうなっている?」

 伊藤の問いに気象庁の官僚が答える。

「はい、まず、最初に鉄道が一斉に運休します」

「うむ」

「次に火山灰が降ってきます。その被害地域は、天候次第ですが、恐らく、都内全域は覆われるかと」

「……」

「視界不良になり、交通事故が多発。又、火山灰で喘息を悪化させた方が、病院に殺到する可能性が考えられます」

「……病院がパンクするな」

「恐らく」

 新型ウィルスが最も流行っていた時期には、感染者が多かった地域の病院では、余りの多さにイタリアのような医療崩壊が起きかけた。

 都内のある病院ではその待遇の悪さに医療従事者が一斉退職したり(*1)、岡山県では、外来患者が減った為に倒産した病院もある(*2)。

(国民が再び医療体制に危機感を持つな)

 改憲成功を機に、日本国民の意識が統一されつつある今、汚点は遺したくない。

「折角、経済が快復しつつある今、噴火は、勘弁して頂きたいものだな」

「若し、噴火した場合なのですが」

「うむ」

「天明3(1783)年の浅間山の時のように、風に乗って、欧州まで火山灰が届き、フランス革命の遠因の一つになった飢饉を誘発する可能性があるかと」

「……ふむ」

 地球というのは、人間の想像以上に狭いものだ。

 天明3(1783)年7月8日、群馬県嬬恋村鎌原地区の住職が以下のように残している。

 ———

『この日、天気ことほかよき哉なり。鳴音静かなり』(*3)

 ———

 然し、午前11時頃、異変が起きる。

 浅間山が噴火し、土石流が鎌原村を襲う。

 ———

『ヒッシオ、ヒッシオ、ワチワチと異様な音を響かせて鎌原村へ押し寄せてきた』(*3)

『足の弱い老人達は遠くへ逃げられず近くの高台に登ったが、浅間押しはそちらに来ず、高い山に逃げようと遠くに走った若者達を追って家を乗り越え、木を倒した熱泥流は彼等に追いついて飲み込んでしまった』(*4)

 ———

 この結果、鎌原村は全村 93 戸が埋没(*5)。

 住民 597 人中 466 人が死亡した(*5)。

 死亡率は、約 80 %である(*5)。

 少子高齢化の日本では、足の弱い老人達が大勢居る。

 足が弱くなくても、正常バイアスの下、過小評価し、結果、巻き込まれる者も多いだろう。

 現に台風の時に畑を見に行く老人、サーフィンをする若者が報道され、死亡する事がある。

 又、この噴火の時、出た噴煙が成層圏を覆い、北半球の気温を1・3度下げた。

 この結果、冷夏となり、各地で約4年に渡り、飢饉を起こし、餓死者20万人とされる『天明の大飢饉』となった。

 これは、欧州にも及び、冷夏と極寒を繰り返し、凶作となり、欧州でも被害を出す。

 そして、フランス革命、という訳だ。

 チェルノブイリ原発事故(1986年4月26日)も世界中に影響を及ぼした。

 推定10t前後、14エクサベクレルもの放射能が放出され、北半球全域に拡散。

 5月3日 日本     雨水中から確認(*6)

 5月6日 リビア    西欧から輸入される缶詰から(*6)

 5月27日 レバノン  東欧から密輸されてきた羊200頭が盲目と判明(*6)

 6月21日 イギリス  羊からセシウム検出、事故現場から2千㎞超(*6)

 9月6日 フィリピン 蘭製粉ミルクから(*6)

 アイルランドの噴火でも噴煙が高く舞い、航空機の経路を邪魔し、その結果、世界的に遅延や運休が多発。

 物資が遅れることになった。

 世界化グローバリゼーションが進む反面、この手に人類は、非常に弱い。

 富士山が噴火すれば、日本が発火点になるだろう。

「……被害想定地域の関係各所に、念の為、警戒をさせろ」

「は」

 伊藤は、富士山を見た。

 高層ビルが邪魔して、その様子を見る事は出来ない。

(神が怒らないことを祈るしか……ないか)


 入浴後、俺達は大宴会を楽しみ、皐月とシャロンは程々に飲む。

 少量なので酔い潰れる事は無いが、それでも美味しいお酒を飲めて、上機嫌だ。

「煉、もっと寄って♡」

「はいよ」

 頬を赤くさせた皐月は、夜着の姿で俺を抱き締める。

 ベッドの上なので、今から始まっても可笑しくは無い。

「少佐♡」

 エレーナも上機嫌だ。

「ここ、座っても良いですか?」

「勿論」

「えへへへ♡」

 俺の膝に座り、抱き着く。

 そして、眼鏡を光らせた。

「少佐は、眼鏡女子、好きです?」

「嫌いじゃないよ」

「曖昧な御答えですね」

「そこまで深く考えたことないから」

 好みは当然ある。

・長身

・ポニーテール

・筋肉

 ……

 ただ、あくまでも好みなので、

・低身長

・スキンヘッド

・ぽっちゃり

 でも、嫌いではない。

「クレムリンで少佐を招聘する動きがありますよ?」

「有難う。でも、俺は、行かないよ」

「勿体無いですね。防壁ザスローン部隊も御興味があるようなのに」

「まじ?」

 防壁部隊は、ロシアの特殊部隊の中で、最も機密性が高く、その内容は殆ど知られていない。

 分かっているのは、

・1998年創設

・隊員数約300人で24時間待機状態

・元KGB職員曰く、『彼等の作戦が成功したならば、世界はその成果についてすら知ることが出来ないだろう』

 ということくらいだ。

 然も、これらも出典が分かっていない為、真偽は不明である。

 これほど機密性が高い為、恐らく、日本でも活動していても可笑しくは無いと思われる。

「こら、勇者様は、我が国の忠臣ですわ」

 危機感を抱いたオリビアが、俺を抱き寄せる。

 ロシアとトランシルバニア王国との間で、俺を巡っての争いだ。

「殿下、冗談ですよ」

「冗談でも言って良い事と悪い事がありますのよ」

 プリプリと怒っている。

 アメリカに続いて、ロシアが勧誘しているのだから、オリビアとしては、心配なのだろう。

「まぁ、そう怒るな。何処にも行かないから」

「……本当ですの?」

「じゃあ、何でレベッカと婚約したんだよ? 俺が『卒業』みたいに逃げると思うか?」

「……」

 シャルロットがレベッカを抱っこして、連れて来た。

「婚約者です」

「おいちゃん!」

「おお、来たか。有難う」

 頬を緩ませて、その顎を猫のように撫でる。

「にゃはははは♡」

 くすぐったくて、身をよじるが、嬉しそうだ。

 レベッカを抱えたまま、シャルロットも膝に座る。

「失礼します」

 2人分の体重で重いが、当然、禁句なので、そんな事は口が裂けても言えない。

「……おいちゃん! 見て見て」

「ん~? ―――おお」

 見せられた足には、少し筋肉が。

「よく頑張ったな?」

「うん! 褒めて褒めて」

「良い子だ」

 婚約者より娘感が強いが、婚約者である事は変わりない。

 レベッカが、自分の唇を指差す。

「ちゅー♡」

「へいへい」

 注文通り、キスすると、レベッカは、破顔一笑。

「だいすき♡」

 何度も頬にキスを送る。

 女性陣の中で、最も情熱的であるのが彼女だ。

 シーラやシャロン等もその類だが、レベッカは、その比ではない。

 俺の懐に潜り込み、俺の胸元に顔を埋める。

 どうやら、今晩(下手したら連休中ずっと)の寝床をここに決めたようだ。

「おいちゃん、せっけんのにおいがする」

「さっき入ったばっかりだからな」

「ううん。ふぇろもんもすき♡」

「? 分かるの?」

「わからない♡」

 涎を垂らさんばかりの勢いで、犬のような口呼吸であった。


 その夜は、ナタリー、レベッカ、シーラ以外、全員を抱いた後、2人と過ごす。

『……何でお姫様と一緒なのよ?』

「仕方ないだろ? 興奮して不眠なんだから」

 俺は苦笑いでそう答えると、左手をしっかり握るレベッカを見る。

「zzz……―――! ……zzz……!」

 眠そうなのに、必死に意識を保とうと必死だ。

 ジャーキングで何度も起きる。

「眠たいならば寝たら良いのに」

「おいちゃん、と」

「うん?」

 目を擦って、レベッカは、はっきりと告げる。

「いっしょに、いた、いから」

「……人生は、短いから?」

「う、ん……」

「……」

 健気な子だ。

 俺は、レベッカの頭を撫で、近くのソファに座る。

「睡眠は重要だ。寝なさい」

「いや―――」

「じゃあ、別れるか?」

「……いや」

「二つに一つだ」

「……うん」

 嫌々、頷きつつ、レベッカは俺の腹部に跨り、胸板を枕にする。

 この様子だと、このまま朝までだろう。

「シーラ、毛布頼む」

「……」

 シーラが毛布をかけてくれた。

 そして、自分も隣に座る。

「有難う。ここで寝る?」

「……?」

「駄目じゃないよ。ただ、ベッドより寝辛いかもよ?」

「……」

 それでも良い、と頷く。

「……分かった」

 俺達は、あくまでも義理の兄妹。

 肉体関係は必要ない。

 あるとしても、俺がもう少し、彼女に好意を抱いてからだ。

 中途半端な気持ちでは、傷付けてはいけない。

 無論、ナタリーもだ。

『……少佐には、管理者が必要ね』

「……」

 管理者は私、とシーラは無言で反論する。

 この2人は、相性が悪い。

 特に、俺が告白されて負傷した時は、目を合わさないほどであった。

 今は、時間が経過し、多少は大丈夫だが、友好とは言い難い。

「喧嘩するなよ。さぁ、寝よう」

 2人を抱き寄せて、俺は目を閉じる。

 2人は終始、険悪な空気を出していたが、睡魔には勝てずに暫くしたら、寝息を立て始めるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:東洋経済オンライン 2021年4月20日

 *2:読売新聞オンライン 2020年7月27日

 *3:『無量院住職手記』

 *4:『天明浅獄砂降記』

 *5:企業実務オンライン 2015年6月1日

 *6:ウィキペディア 一部改定

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