第204話 Tea Party movement

 令和4(2022)年4月17日(日曜日)。

 午前6時。

 各地の投票所で投票が始まった。

 日本初の国民投票である事から、改憲派、護憲派の各過激派対策の為に警察官が動員され、投票所の警備に当たっている。

 平和な日本では、中々なかなか見られない過激な選挙妨害だが、世界では残念ながら投票所は、テロの標的になり易い。

 ―――

『【エジプト新憲法の国民投票 爆弾テロも妨害狙いか】(*1)

『【アフガニスタンで下院選投票 選挙妨害狙うテロ続出 2日間で47人死亡】(*2)

『【左翼ゲリラが16人を殺害、選挙妨害のビラも 南米ペルー】(*3)

 ―――

 アメリカの赤い州・青い州ほどではないにせよ、日本では保守王国・民主王国なる地域がある。

 それぞれ以下の通り。

 ———

【保守王国】

 衆議院選挙                    参議院選挙

・北海道  第5区                 ・栃木県選挙区

・青森県  第3区                 ・群馬県選挙区

・茨城県  第4区                 ・石川県選挙区

・栃木県  第5区                 ・福井県選挙区

・群馬県  第4区、第5区              ・奈良県選挙区

・埼玉県  第11区                 ・和歌山県選挙区

・千葉県  第11区、第12区             ・岡山県選挙区

・神奈川県 第2区、第11区、第15区         ・鳥取県島根県選挙区

・東京都  第8区、第11区、第17区、第25区     ・山口県選挙区

・富山県  第2区、第3区              ・徳島県高知県選挙区

・石川県  第2区                  ・香川県選挙区

・福井県  第2区                  ・佐賀県選挙区

・岐阜県  第2区、第4区              ・長崎県選挙区

・三重県  第4区                  ・熊本県選挙区

・京都府  第5区                  ・宮崎県選挙区

・大阪府  第13区                 ・鹿児島県選挙区

・兵庫県  第9区

・和歌山県 第3区

・鳥取県  第1区

・島根県  第1区、第2区

・岡山県  第1区、第3区、第5区

・広島県  第1区

・山口県  第1区、第3区、第4区

・香川県  第3区

・愛媛県  第1区、第2区、第4区

・福岡県  第7区、第8区、第11区

・熊本県  第3区、第4区

・宮崎県  第2区、第3区

・鹿児島県 第2区、第4区』(*4)

【民主王国】

 衆議院選挙           参議院選挙

・岩手県  第1区、第3区    ・北海道選挙区

・宮城県  第5区        ・岩手県選挙区

・神奈川県 第8区        ・山形県選挙区

・静岡県  第6区        ・東京都選挙区

・愛知県  第2区、第11区    ・愛知県選挙区

・三重県  第2区、第3区    ・新潟県選挙区

                ・長野県選挙区

                ・広島県選挙区

                ・大分県選挙区

                ・沖縄県選挙区(*4)

 ———

 これは議員定数削減前なので、当然、今は更に区割りが廃止された所もある。

 その為、民主王国とされる地域の投票所では、護憲派による活動が盛んだった。

「「「戦争反対! 戦争反対! 戦争反対!」」」

 機動隊を前に、デモ隊が、シュプレヒコールを行う。

 ラッパーや牧師、弁護士もプラカードを掲げている。

 然し、投票は粛々しゅくしゅくと進む。

 幾ら、有権者を遠回しに威圧しても、それは逆効果であった。

 デモ隊の中には、その行為自体が無党派層の神経を逆撫でにしたのである。

 威圧すればするほど、無党派層は改憲へ支持を表し、前評判では勝率70~80%代と予想されていた改憲派だが、最新の世論調査では更に支持を伸ばしていた。


 午前7時。

『―――現在、新宿にある投票所です。設置以来、恙無つつがく投票は進んでいます』

 女性のレポーターが、生中継していた。

 国民の注目度が高い以上、張り切り過ぎたのか、厚化粧だ。

 それを眺めつつ、俺達は正装に着替えていた。

「たっ君、似合うよ」

「有難う」

 燕尾服の俺に司は、メロメロだ。

 カメラ小僧のように、スマートフォンで撮影しまくる。

 その司は、黒振袖だ。

 先程、チラ見したが、皐月もそれであった。

 この家の日本人女性の既婚者は、黒振袖が基本のようだ。

 オリビアとシャルロットは、LBDリトルブラックドレス

 ライカは、軍服の礼装ver.。

 シーラ、ナタリー、スヴェン、レベッカ、シャロンはカクテルドレス。

 エレーナは、ロシアの民族衣装の一つ、サラファン。

 ウルスラは、ブルカだ。

 和装に洋装、宗教服と、非常に多種多様である。

「少佐、やっぱり、肌出した方が良いかな?」

「いや良い。若し、断れれば帰るだけ。自分を大切にしなさい」

「……は」

 不安が払拭出来たようで、ウルスラは、嬉しそうにスキップする。

 滞在時間は、午前8時半から夜9時まで。

・朝食

・昼食

・夕食

 もカミラと共にする予定だ。

 半日以上、他国の大使館で然も、大統領と一緒なのは正直、緊張するが、俺は身分上、トランシルバニア王国の外交官。

 両国の交流に貢献しなければならない。

「おいちゃん、似合う?」

「似合うよ」

「えへへへへへ♡」

 レベッカは、立ち上がって、俺と手を繋ごうとする。

 が、

「あ、あれ?」

 足がもつれ、倒れそうになるのを俺が支える。

「筋力が殆ど無いんだから無理しちゃ駄目よ」

 皐月がやってきて、レベッカを車椅子に乗せる。

「あるき、たい」

「気持ちは分かるけど、匍匐前進しか出来ないわよ? まずはリハビリから」

「うー……」

「不満ならば、外出の許可は出せないわ。後、婚約の許可も取り消す」

「……ごめ、んな、さい」

「分かれば良いのよ」

 家長・皐月の威圧感たっぷりな脅迫に、レベッカは、直ぐに謝った。

 気持ち分かる。

 俺も怖いもの。

「じゃあ、行くわよ」

 皐月は俺の右手を握った。

「じゃあ、私も~」

 司も左手を選ぶ。

「勇者様が千手観音菩薩せんじゅかんのんぼさつ様でしたら良かったのに」

 オリビアの呟きにナタリー以外の女性陣が頷くのであった。


 午前8時。

 迎車に乗り込み、大使館へと向かう。

 もう少し遅めに出ても良いのだが、長時間、待たせるのは、気が引ける。

 又、相手は大統領だ。

 何時も以上に失礼はしたくない。

 東京都港区赤坂に存在するそれは、1万3千㎡もあり、日米関係の外交を担っている。

 到着後、入館すると、

ようこそウェルカム!」

 アフタヌーン・ドレスを着たカミラが出迎える。

 まずは、家長・皐月と、身分的に高位なオリビアが挨拶する。

「北大路皐月です」

「オリビアです。今日は、御招待して下さり有難う御座います」

「いえいえ。こちらも、まさか王族を2人も来て下さるとは思わず、非常に嬉しいです」

 3人が談笑する中、俺はシャロンと手を握って待機している。

 ウルスラを見ると、彼女は、震えていた。

「……」

 大使館職員の作り笑顔が怖いのだろう。

 9・11以降、アメリカでは、反イスラム主義が盛んだ。

 例

 2010年 国際聖典コーラン焼却日

 2017年 大統領令13769号(2021年廃止)

 2019年 エスコンディードモスク放火事件

 と、イスラム教徒には受難が相次いでいる。

 姿が殆ど見えない、ブルカは見慣れない人々には、受けれ難い。

 欧州では、法律で禁じられている場所もあるほどだ。

「……」

 俺はさりげなく、ウルスラの前に立つ。

 これで視線は、閉ざされた。

「!」

 ウルスラが背後で驚くが、俺は気にしない。

 その様子に、カミラは感心した。

「初めまして、少佐。紳士だわ」

「はい?」

「そういう日本人ジャパニーズは、初めて見たわ。流石、先祖がイギリス人だけあるわ」

「?」

「皆、行って良いわよ。協力、有難う」

 カミラが手を叩くと、職員達は去っていく。

(俺の反応を探る仕掛けだったか)

 一杯食わされた事を知るも、もう遅い。

 カミラの照準は、俺に向けられていた。

「殿下、申し訳御座いませんが、少佐と御令嬢と私の3人だけで話をしたいのですが?」

「構いませんわ。皐月様は?」

「良いわよ。大統領、どうぞ」

 俺を簡単に売る皐月。

 正直、離れたくないが、腹を割って話し合う必要もあるだろう。

「ついて来て」

 シーラとレベッカの頭を撫でつつ、シャルロット、エレーナの頬にキスした後、俺はシャロンを連れて後を追うのであった。


 お茶をさかずきに注がれる。

「お茶は好きよ」

「「……」」

 俺は、シャロンをチラ見。

 がくがくと震えが止まらない。

 大統領直々にお茶を淹れられたのだから。

 失神しそうな彼女を支えつつ、俺は作り笑顔を浮かべていた。

「少佐、突然だけど、建国の父達の中で最も尊敬するのは、誰?」

「!」

 シャロンが驚いた。

 その質問は、非常に繊細な事だ。

 アラスカ州11代目(任期:2006~2009)の知事は、保守派を自称していたのだが、同じ保守派でありタカ派であるラジオパーソナリティーに同じ質問をされた際、「全員が建国の父」と答えた。

 これに保守派は、猛烈に怒った。

 何故なら、アメリカの建国の父達は、複数居るのだが、それぞれ異なる国家観を持っている為、誰を尊敬するかで、回答者の国家観が分かるからだ。

 司会者は、「フザけやがってBullcrapと吐き捨て、一気に保守派の支持層は離れた。

 因みに、彼女は2009年、州知事を辞任。

 大統領選を目指すも、2011年、ツーソン銃撃事件で不適切発言を行い、保守派以外からの支持も失い、大統領の道は事実上、絶たれた。

 政治家を目指している訳ではないが、アメリカ人には、自己同一性アイデンティティーやイデオロギーに関わるものなので、回答次第では、喧嘩になるかもしれない。

「日本人の自分に聞くんですか?」

「22歳までは、多重国籍でしょ?」

「……」

 俺は、覚悟を決めた。

「テオドール・ヘルツルですよ」

「! ……彼は、イスラエルの国父でしょ?」

「ええ。ユダヤ系ですから」

「……」

 ユダヤ系なので、別にシオン主義者シオニストの1人である、テオドール・ヘルツル(1860~1904)を挙げても何にも問題無い。

 ペイリン同様、お茶を濁した結果ではあるが、ユダヤ系を支持層としているカミラには、非難し辛い答えだ。

「……上手い逃げ方ね? 『ふざけやがって』も言えないわ」

「交渉術も大切ですから」

 俺は笑顔で、シャロンを抱き寄せる。

 同じような質問はするな、と威圧する為に。

「……旨森貞雄スパッドのような目ね」

「? 彼を御存知なので?」

「曽祖父がタスキーギ・エアメンで活躍したわ。第442連隊戦闘団を尊敬していたわ。《スパッド》とも交流があったらしいし」

 《スパッド》―――旨森貞雄サダオ・ムネモリ(1922~1945)上等兵。

 日系アメリカ人初の名誉勲章受章者になった軍人だ。

「……」

 カミラは、椅子に座った。

「毒なんか入れてないわ。それともお茶は苦手?」

「いえ。失礼します」

「失礼します」

 俺達は、着席する。

 そうして、静かな茶会ティーパーティーが始まるのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:テレ朝ニュース 2014年1月14日

*2:産経新聞 2018年10月21日

*3:CNN 2021年5月26日

*4:ウィキペディア

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