第203話 WRATH

 2022年4月16日(土曜日)。

 午前9時。

 カミラがエアフォース・ワンから降り立つ。

 成田国際空港には、多くの報道陣が集まっていた。

 遠い場所から、質問する。

「大統領! 今回の訪日の目的については?」

「全ての予定を解約するほどの事だったのでしょうか?」

「大統領! 説明責任を!」

 日本人の記者よりも外国人特派員の方が多い。

 日本人記者は、こっちよりも改憲の方に行っているのだ。

 大統領訪日も大ニュースではあるにせよ、日本初の国民投票と比べると、弱さは否めない。

 集まっているのは、記者だけでない。

『カミラ大統領訪日阻止』のプラカードを掲げたデモ隊も居る。

 昭和35(1960)年6月10日のハガティ事件を彷彿ほうふつとさせる。

 但し、高齢化の波が来ているらしく、デモ隊の多くは沢山のしわがあり、入れ歯でめ、足取りが重い。

 新左翼ニュー・レフト全体が退潮気味で、その人数を激減させ、昭和程の注目度は無い。

 平成20(2008)年1月に長野県で行われた反皇室運動での集会が僅か10人以下であった(*1)事もあるように。

 社会的関心になる事は少ない。

 その為、記者達も基本的にスルーだ。

 カミラは作り笑顔で、手を振って迎車に乗り込む。

 そして、直ぐに大使館に向かうのであった。


 同じ頃、俺はレベッカと過ごしていた。

「おい、ちゃん」

「うん?」

「あむあむ」

 目を閉じて、キスをせがむ。

「はいはい」

 適当に受け流し、頭を撫でると、

「おばか」

 と怒られた。

 うーむ。

 好意は嬉しいが今の所、その想いに応えるのは、難しい。

「有難いだがね。まずは、体を治す事が最優先だ」

「……」

 睨まれるが、もう1千回くらい、経験があるので慣れた。

 今日は昼まで、

・皐月、司         →仕事

・オリビア、ライカ、エレーナ→買物

 なので、女性陣の大多数が外出している。

 その為、武家屋敷は、何時もの賑やかさは無く、非常に静かだ。

 俺も買物に付き添う予定だったが、それを知ったレベッカがギャン泣きした為、泣く泣く、留守を預かる事になった次第である。

「……」

 スッとレベッカは、俺に手を伸ばし、てのひらを包み込む。

 筋肉質でゴツゴツとしている俺のそれは当然、痩せ細ったレベッカの手には、収納出来ない。

 それでも想いは、伝わる。

「おい、ちゃん」

「うん」

「あめりか、いく?」

「行かないよ。オリビアから聞いた?」

「うん」

「行く気は無いよ」

「ほんと?」

「ああ」

「えへへへ♡」

 笑って、俺にしな垂れかかる。

 少し肉が付き始めたとはいえ、まだまだ痩せている。

 半年以上、植物状態だったのだから、無理も無い。

「わたし、おいちゃん、しゅき」

「有難う」

 スマートフォンが震えた。

 ビー!

 ビー!

 と。

 画面には、午前9時半を指していた。

「御薬の時間だね?」

「にがいの、いや」

 ブンブンと首を激しく振るも、

「失礼します」

 ナース服を着たシャルロットが入って来た。

「殿下、どうぞ」

「きらい」

「ですが、お体、よくなりませんよ?」

「……」

 ふん、と薬から目を逸らす。

 シャルロットが視線で助けを求めた。

「あーあー、レベッカが快復しないと、デートに行けないなぁ。残念だなぁ」

「!」

 御盆に載せられた、粉薬と水の入ったコップを引っ手繰る。

 そして、目にもとまらぬ早業で服用した。

「……うぇ」

「吐いちゃ駄目ですよ?」

 シャルロットが隣に座って、圧力をかける。

「ちゃん……」

 レベッカは、涙目だ。

「じゃないと、婚約解消も―――」

「うう……」

 嫌々、飲み込む。

「よく出来た」

 頭を撫でると、それまで苦渋に満ちた顔は、一転、笑顔に。

「♡」

 頬擦りし、不可視の尻尾を大いに振る。

「つぎもがんばる」

「ああ、その意気だ」

「えへへへ♡」

 笑顔で俺の膝に乗る。

 その分、シャルロットが寄って来た。

「旦那様、明日ですね?」

「そうだな」

 明日は、アメリカ大使館に行く。

 折角の日曜日なのだが、招待された以上、行かなければならない。

「わたしも、いき、たい」

「レベッカも?」

「うん……だめ?」

 可愛く小首を傾げる。

「良いんじゃないかな? 招待者は俺とシャロンだけだけど、『家族も可』って書いてあるし」

「愛人も行ける?」

「大丈夫だろう? 出来なきゃ帰るし」

「! 私の為にそこまで―――」

「人を大切に出来ない国とは、付き合う必要は無い」

「……」

 シャルロットは、一瞬、目を見開くと、

「……有難う♡」

 顔を真っ赤にして抱き着いた。

 DV家庭内暴力を受けていた身としては、これほど大切にしてくれるのは嬉しいことだろう。

 俺も笑顔が見れて、大満足だ。

 シャルロットを抱き寄せて、見詰め合う。

「……」

「……旦那様♡」

 今にも始まりそうな空気だが、残念ながら婚約者がお怒りムードである。

「うー……」

 それから俺の手を噛んだ。

「ぎゃあ!」

 手の甲に大きな歯形がついたことはいうまでもない。


みますか?」

「ああ、済まんな」

 手の甲をシャルロットが、消毒液を含んだ紙で拭く。

 もう少し、咬合力こうごうりょくが強ければ、もっと悲惨なことになっていたかもしれない。

「ふんだ」

 機嫌を損なったレベッカだが、相変わらず、俺をベッドから追い出さない。

 それ所か、凄まじい握力で手を握り離すことさえ許さない。

 相当な嫉妬心である。

 オリビアも強かったが、レベッカはその比ではないだろう。

 清姫並の嫉妬深さだ。

 若しかすると、四肢を切断した上で監禁するくらいの嫉妬心があるかもしれない。

「パパ~。こんなのどう~?」

 ドタバタガッシャンと、シャロンがナタリーを抱っこして、現れた。

 襟ぐり線ネックラインが深く大きくカットされ、肩、背中、胸の上部が露出したノースリーブのドレスである、ローブ・デコルテを着て。

「却下」

「え~。似合っているでしょ?」

「似合っているよ。でも露出し過ぎ」

 ローブ・デコルテは、夜会服イブニングドレスの一種であり、女性の最も正装として扱われている(*1)。

「そう?」

『嫉妬心の塊ね?』

「そうだよ」

 シャロンを引っ手繰る様に抱き寄せ、隣に座らせる。

初心者デビュタントなのは分かるけど、それは却下」

「……パパって結構、その辺、厳しいんだね?」

「そうだよ。親でもあるし、夫でもあるからね」

「う~ん……分かった」

 渋々、シャロンは、納得した。

 ナタリーを抱っこし、出て行こうとする。

「あ、2人共」

「うん?」

『何?』

「似合っているからな」

「!」

『!』

 2人は、真っ赤になる。

「おいちゃん」

「うん?」

「せくはら」

 そして、先程とは逆の手の甲を噛みつかれる。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」

 その後、シャルロットに再び消毒されました。


「褒めれちゃったね?」

 シャロンは、嬉しそうだ。

 束縛を感じるものの、大切にされているのは、私でも分かる。

(……似合っているんだ)

 姿見で確認する。

 シャロンほどスタイルは良くは無いが、それでも、彼は褒めてくれた。

 狂犬に噛まれる事は分かっている癖に、それでも褒めたのだから本心だろう。

『……』

「もう、そんなに想っているなら告白しちゃえば良いのに」

『!』

「多分、パパ以外、皆気付いていると思うよ?」

『そんな……』

 秘め事だった為、私は死ぬほどショックを受ける。

「まぁまぁ、パパの事だから受け入れてくれると思うよ」

『……』

「一緒になりたい?」

『……まぁ』

 私は、肯定する。

 シャロンは、実子なだけあって、彼同様、話し易い空気だ。

「私が、仲介しようか?」

『……いえ』

「まあた強情張って」

 私の頬を指でプニプニ。

 正直、面倒臭い。

 でも、上官の娘だから、強く言えない。

『……その』

「う~ん?」

 再び、私をテディベアのように抱き締める。

 母親のような温かさを感じる。

『……良いんですか? 恋敵が増えても?』

「今更だよ」

 苦笑いしつつ、私を強く抱き締める。

「もう事実婚だし、明日の結果次第では、正妻になる。パパはモテるけど、ちゃんと私も大事にしてくれるから、恋敵が増えても、別に興味無いかな。それよりも」

 化粧品を選び出すシャロン。

「明日、いっそのこと、惚れさせたら? 美人だし」

『……私は―――』

「良いの。私は、貴女にも家族になって欲しいし」

『……有難う御座います』

 現時点で、家族や愛人、婚約者以外なのは、私とウルスラのみ。

 後は、恐らくだけど、全員、少佐と肉体関係、若しくは恋愛関係にあるだろう。

 ……シーラは、分からないけれど。

(告白か)

 その勇気は無い。

 今までも。

 そして、多分、今後も無いだろう。

 その為には、シャロンのような良き理解者、協力者が必要不可欠だ。

(変われるかな?)

 本音では、変わりたい。

 少佐と居ると、愉しい。

 過去の出来事を一時でも良いから忘れることも出来る。

「じゃあ、家族になろ?」

 そう言ってシャロンは、私に化粧を施すのであった。 

 

[参考文献・出典]

 *1:『治安フォーラム』2009年2月

 *2:ウエディングドレス用語辞典

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