第205話 Reincarnation
カミラは、足を組んだ。
日本では、人前では失礼と解釈される場合があるが、アメリカではそれほど問題視されることはない。
「単刀直入に言うわ。22歳までに米国籍のみにして欲しいの」
「……見返りは、
「勿論。アフガニスタン専門の
シャロンが思い切って尋ねた。
「……人手不足なんですか?」
「それもあるわ」
2021年、米軍が撤退後、アフガニスタンは、パリ解放後の
―――
『【タリバン、元米軍通訳のアフガン人を斬首 復讐におびえる協力者たち】』(*1)
『【タリバン、アフガン人通訳者の兄弟に死刑宣告 CNNが書簡入手】』(*2)
『【アフガン人協力者、これ以上の退避は絶望的? ビザを米軍が拒否、市内の暴力、空港にテロの勧告】』(*3)
―――
「貴方ほどアフガニスタンに詳しい専門家は居ないわ。
「……」
「年収は、貴方の言い値で良いわ。後は、署名するだけよ」
契約書が机上に置かれる。
シャロンが先に見た。
「……」
笑顔……ではない。
「パパ……どうするの?」
「どうもこうも無いよ」
俺は、丁重に押し戻す。
「お断りします」
「何故? 失礼だけど、今の方が安月給でしょ? 公務員だし」
「お金じゃないんですよ」
俺は、感情を抑えて続ける。
「厚遇して下さった国王陛下の御恩に報いる為に、自分は粉骨砕身、祖国に尽くすまでです。それに御調べした筈です。自分には既にアメリカへの愛国心はありません」
「……そうなの? 傭兵でも駄目?」
「陛下に御相談下さい。出張なら御受け致します。『忠臣は二君に仕えず』、古代中国の有難い御言葉ですよ」
「……そう」
分かり易く残念がるカミラ。
「調査通りの忠誠心ね? 東ドイツ生まれのコマンド部隊の大佐並ね?」
「いえいえ。映画の彼ほど強くありませんよ」
謙遜するもカミラは、引かない。
「映画は映画。でも、貴方は
「ラングレーが?」
「貴方のその特異な才能を評価した今回の黒幕よ。フランスみたいに人体実験もお好きみたいだし」
「……アメリカも人体改造を?」
「MKウルトラ計画の国だからね。私の知らない所で、あくどいこともしているでしょ?」
「……」
耳が痛い話だ。
何処の国でも同じだろうが、政権交代が行われると、その引継ぎが上手く行われる事は少ない。
それが最も顕著なのが、アメリカだろう。
共和党から民主党に代わる時(その逆も然り)、職員も殆ど交代する。
その時、ホワイトハウスで足の引っ張り合いが行われる時もある。
―――
『例
1993年 41代→42代
・ドアノブを取り外す
・41代の写真が机の上に張られていた
・鉛筆が小さく折られていた
2001年 42代→43代
・机の引き出しを接着剤で固める
・留守番電話に卑猥な言葉を吹き込む
・62台のPCのキーボードから43代のミドルネーム「W」のキーだけを取り外れ
いていた
・文房具が盗まれていた
・テレビのリモコンが15個壊されていた
・何台ものプリンターから43代をチンパンジーに例えた紙が印刷されていた』(*5)
―――
又、同じ党でも場合によっては、緘口令が敷かれ、全く、何も知らないことだってある。
例
・マンハッタン計画
ルーズベルト(民主党)→トルーマン(民主党)
―――
カミラの知らぬ間に、前任者、或いは、それ以前の政権が、あくどいことをしている可能性は否めないのだ。
「少佐は、強情ね。じゃあ、内容を変えるわ」
お茶を一口飲んだ後、
「伊藤は知り合いよね?」
「ええ」
「
「……恐らく」
「そう。じゃあ、我が国に仇名す存在?」
「それは、貴国の解釈次第では?」
「
「そうですね。日本政府とは、敵対する意味がありませんので」
トランシルバニア王国と日本は、
・島国
・立憲君主制
・帝政復古(日本は王政復古)
と共通点が多く、革命後、
北海油田開発にも日系企業が関わっており、トランシルバニア王国としては、危険を覚悟で、敵対する意味は何一つ無い。
「……白洲次郎並に飼い主の言う事を聞かない日本人ね?」
「よく言われますよ」
再三の勧誘を断った俺に対し、カミラは、予想通りなのか、余裕綽々だ。
これほど大統領命令に不忠なアメリカ人は、恐らく世界で俺1人だけだろう。
「良いわ。じゃあ、諦める」
「……随分と諦めが早いんですね?」
テレビで観る限りは、もう少し熱いイメージだったが、実際、会ってみると、クールだ。
人は見掛けによらない。
「民主主義者だからね。ただ、貴方の妻の1人がアメリカ人である以上、
「分かっています」
それから、カミラはシャロンを見た。
「御幸せにね? Mrs.シャロン?」
「は、はい……」
その迫力に押され、シャロンは、終始、苦笑いを浮かべるのみであった。
茶会は進む。
「少佐は、どちらに投票を?」
「秘密選挙ですよ。例え大統領でも教える事は出来ません」
「強情だこと」
カミラは、上機嫌だ。
周囲は平身低頭な部下ばかりなので、これほど、言う事を聞かないのは、久し振りなのだろう。
「Mrs.シャロン、楽しんでいる?」
「は、はい」
「さ、お食べ。一杯、用意したから」
パフェが用意され、シャロンは恐る恐る食べ始める。
娘を見ているかのような、優しい視線は、おおよそ、大統領とは程遠い。
「……少佐が祖国を捨てた理由は?」
「
「……銃規制推進派なの?」
「そうです。ツーソンのような悲劇は、もう二度と御免なので」
「……あの娘は、可哀想だったね」
2011年1月8日、アリゾナ州のツーソンで銃撃事件が起きた。
この事件で6人が死亡、負傷者は14人にも上った。
この死者の1人が、9・11が誕生日の9歳の少女であったことから、悲劇として伝えられた。
「銃が自己同一性なのは、分かります。ですが、発展の為には、時に英断も必要かと」
「……そうね」
カミラも銃規制を理解しているが、中々、進まないのが、現状だ。
例
ブレイディ法 1993年制定 1994年施行 2004年失効
又、銃規制すればするほど、その反動で銃が沢山売れる現状がある為、現実問題は、ほぼ不可能なのが、現状だろう。
「若し、戻るのであれば、アメリカから銃が無くなり、平和になった時でしょう」
「……じゃあ、多分、今世紀中は有り得なさそうね」
「そうですね」
満腹になったシャロンは、船を漕ぎ出す。
「zzz……zzz……」
うつらうつら、と。
「あら、子供みたい?」
「子供ですから」
シャロンの口元をティッシュで拭く。
「ん? パパ?」
「疲れたな」
「うん……」
寝惚けているのか、俺に抱き着く。
先程まで緊張していたが、もうカミラの存在を認識出来ないらしい。
時刻は、午後12時過ぎ。
午前8時過ぎから話し込んで、もう約4時間だ。
恐らく、他の女性陣は、昼食も済ましている頃だろう。
「夕食は、大広間で晩餐会よ」
「有難う御座います」
「じゃあ、忘れないでね」
カミラが手を振る。
俺は、シャロンをおんぶして、御辞儀し、退室するのであった。
「……」
煉を見送った後、カミラは、天を仰いだ。
(……
報告書の時は俄かに信じ難い話であったが、会って見ても、やはりまだ信じられない。
論より証拠、という日本の諺があるが、まさにこの状況に適当だろう。
されど、カミラは、まだ頭が混乱していた。
然も、2回の誘いも断った。
アメリカの大統領のそれを、だ。
自尊心の塊であるカミラには、内心、ショックで溜まらなかった。
(……日本は不思議な国ね。2回も原爆を落とされても復活を遂げ、未曾有の震災にも耐えているのだから……
昼食も忘れ、考え込んでいると、黒電話が鳴った。
「はい」
『大統領、御挨拶が遅くなり、申し訳御座いません』
「……伊藤?」
『はい。初めまして』
「……何故、挨拶が遅れたの?」
『時差ぼけで慣れるまで、気を遣ったのです』
(……そういうことにしてあげましょう)
元
『若し、今日の結果次第では、大統領にも会見に御出席頂きたいのですが?』
「何故?」
『日米同盟強化ですよ。改憲出来た場合、貴国にも自衛隊を駐留したいのです。是非、御理解の程を』
「……対等な関係ね? アメリカの為に日本の軍人が死ぬかもしれないのよ?」
『それが同盟でしょう? 私は、一方的な関係ではなく、対等な関係を望んでいます。アメリカに自衛隊の基地が出来れば、相互の交流も活発になるのでは?』
「……面白い考えよ」
米国内に外国の軍隊は、現在、駐留していない。
あっても演習で来る時くらいだ。
「でも、余り言いたくはないのだけれども、貴国と対等になりたくない
『それはお互い様です。我が国にも反米派は居ますから』
モーニング・コンサルトが2021年に行った国際世論調査『貴方(貴女)は、アメリカについて好ましい若しくは好ましくない見方をしていますか?』という問いで、
肯定派 55%
否定派 22%
中立派 23%
という日本の結果が出た。
戦後、半世紀以上が経ち、アメリカ人を狙ったテロは滅多に起きない日本の治安事情であるが、それでも否定派は22%も存在するのは、それだけ先の戦争やニュースで伝わるアメリカの外交、沖縄での米兵の犯罪行為が問題視されているのだろう。
因みに、日本を含めた他国の結果は、以下の通り。
肯定派 否定派 中立派
インド 79% 10% 11%
アメリカ 78% 17% 5%
ブラジル 74% 11% 15%
メキシコ 68% 18% 14%
イタリア 59% 26% 15%
日本 55% 22% 23%
スペイン 51% 31% 18%
韓国 47% 39% 14%
フランス 46% 26% 25%
イギリス 46% 37% 17%
ドイツ 46% 37% 17%
ロシア 43% 41% 16%
オーストラリア 43% 44% 13%
カナダ 40% 47% 13%
中国 17% 74% 9%
となっている。
調査対象国15か国中、日本は、肯定派ランキングで上から6番目だ。
これから、否定派の中には、強硬な反米派も居る可能性が考えられる。
又、戦後の日本政治は、基本的に親米保守で成り立っているが、反米保守も存在している。
そういった考え方からすると、伊藤は後者に分類されるだろう。
「反米派は貴方ではなくて?」
『いえ。私は親米派ですよ』
伊藤は、電話口で呵々大笑する。
『アメリカに追従する愛国者ですよ』
[参考文献・出典]
*1:CNN 2021年7月23日
*2:CNN 2021年8月24日
*3:ニューズウィーク 2021年8月26日
*4:フジテレビ系『トリビアの泉』 2005年4月13日
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