第195話 戦争花嫁

 2007年、アフガニスタン最後の国王、ザーヒルシャーは、カブールの病院にて92歳でその人生の幕を閉じた。

 それから15年後、バーラクザイ朝が復権を果たす。

 ザーヒル王、存命ならば107歳であった。

 彼の子女は、民族レジスタンス戦線が立ち上げた政府に迎え入れられる。

 国王を決めるのは、子女達のことなので、政府は介入しない。

 その間、政府は外国と新しい国境線の線引きに入る。

 アフガニスタンは、34州からなる。

 その為、丁度半分の17州で分割される事になった。

 ―――

 新政府支配下地域(王党派、親米派、親サウジアラビア派)

 州        人口(人 *1) 面積(㎢ *1)

 バダフシャーン   95万1千       4万4059・3

 バードギース    49万6千       2万590・6

 バグラーン     91万800       2万1118・4

 バルフ      132万5700       1万7248・5

 バーミヤーン   44万7200       1万4175・3

 ダーイクンディー 42万4300         8088

 ファラー     50万7400        4万8470・9

 ファーリヤーブ  99万8100        2万292・8

 ガズニー     122万8800       2万2914・6

 ゴール       69万300       3万6478・8

 ヘルマンド     92万4700       5万8583・7

 ヘラート      189万200       5万4778

 ジョウズジャーン  54万300       1万1798・3

 カブール      437万3千         4461・6

 カンダハール    122万6600      5万4022

 カーピーサー     44万1千      1842・1

 ホースト       57万4600      4151・5

  合計       1795万人       44万3074・3

 親中・親露・親イラン派勢力支配下地域

  州         人口(人 *1)  面積(㎢ *1)

 クナル        45万700      4941・5  

 クンドゥーズ     101万        8039・7

 ラグマーン      44万5600      3842・6  

 ローガル       39万2千      3879・8

 ナンガルハール    151万7400      7727・4

 ニームルーズ     16万5千     4万1055・4

 ヌーリスターン    14万8千       9225

 ウルーズガーン    38万6800     2万2696

 パクティヤー     55万2千       6431・7

 パクティーカー    43万4700     1万9482・4

 パンジシール     15万3500     3610

 パルヴァーン     66万4500      5974

 サマンガーン     38万7900     1万1261・9

 サーレポル      55万9600     1万5999・2

 タハール       98万3300     1万2333

 ヴァルダク      59万6300      8938・1

 ザーブル       30万4100     1万7343・5

  合計        915万1400     20万2754・2

 ―――

 北部地域の人口は、ザンビア(1786万1千人 *2)、面積はウズベキスタン(44万9㎢。*3)に匹敵する。

 分裂前のアフガニスタンの面積の広さランキングが65万2864㎢(*3)で世界で40位(日本は62位。*3)なので、大きく順位を下げることになった。

 南部地域は、タジキスタン(9371万人 *2)と同程度。

 面積は、ベラルーシ(20万7600㎢ *3)並だ。

 無論、欧州等に難民化したり、故郷への帰還を拒む者も居る為、数字が必ずしも正確ではない。

 又、不安視されているのは、資源を巡っての内戦の再開だ。

 スーダン内戦がその事例だろう。

 第一次(1955~1972)は、宗教対立によって起きた。

 この時はエチオピアのハイレ・セラシエ一世(1892~1975)が仲介に入り、アディス・アベバ合意の下、終戦した。

 その後、油田が発見され、それを巡って再び対立。

 更には今まであった宗教対立も加わり、スーダンは、再び内戦へと舵を切った。

 1983年に再戦し、死者約200万人を出した内戦が漸く終わったのは、2005年のこと。

 第一次は17年かけて終戦したが、第二次はそれを上回る22年かかった。

 若しも内戦が無かったら、石油を財源にし、スーダンは大きく発展を遂げていたかもしれない。

 1956年元日にエジプトとイギリスから独立を果たしたスーダンは、2005年時点で建国49年の内、39年間は内戦に明け暮れた、という訳になる。

 この時間と国民の犠牲は、計り知れないものだろう。

 アフガニスタンも道を誤れば、その可能性があった。

「正念場ですね。将軍」

「ああ。全くだ」

 王制時代の国旗を振り撒き、旧王族の帰国を大喜びする国民を前に、クラークとマスードは微笑み合うのであった。


 二つに分裂したとはいえ、平和を取り戻した旧アフガニスタン北部地域の新政府を続々と西側諸国が承認する。

 米英仏独……日本も認めた。

 一方、中露等は、慎重の姿勢だ。

 コソボが2008年に独立した時のように、一部の多民族国家は、自国の一部地域で起きている独立運動に影響が出ないように、承認を見送る場合がある。

 その為、中露等は北部地域の国家承認を見送り代わりに、自分達と親しい関係にある南部地域を国家承認する。

 南部地域には人民解放軍やロシア軍がイスラム過激派対策を目的に駐留することになった。

 対照的に北部地域には、再び米軍が駐留する。

 2021年7月2日にパルヴァーン州にあるバグラム空軍基地から撤退した米軍は、2022年4月8日、実に280日振りに戻って来る。

 北部地域の住民は星条旗の小旗を振って、歓迎した。

 パリ解放の時、連合国軍を迎え入れるパリ市民のように。

『―――これほど、米軍が歓迎されたことは、1945年以来のことでしょう』

 アメリカの国営放送の特派員は、笑顔で報じる。

 イラク戦争で大勝したものの、アフガニスタンやシリアで目立った戦果を挙げていないアメリカは、この内戦を国威発揚に利用していた。

 カミラは、大広場で演説する。

『―――独立は、皆様の御協力あってこそです。これからは、手と手を取り合って、復興していきましょう!』

 会場に集まった群衆は、笑顔で星条旗を振り、中には、指笛をする者まで居る。

 その映像を観ていた、シャロンは呆れ笑った。

宣伝プロパガンダだねぇ……」

「シャロン、まぁそう言うな」

「でも、あれって嘘だよね?」

 不快感を隠しきれない様子。

 気持ちは、分からないではない。

 俺もあの光景は、独裁国家やカルト教団にしか見えないからだ。

 彼等は、金で雇われた端役エキストラである。

 こうでもしないと彼等は、日々の生活に困窮しているおり、政治に関心を抱く暇は無い。

 解放者がイスラム過激派でなければ、正直、ロシア軍や人民解放軍でも良いのだ。

 恐らく、南部地域でも同じような手が採用されているだろう。

 違いは日給が出るかどうか、と思われる。

 俺達もルークから誘われたが、丁重に断り、バグラム空軍基地に居た。

 ここからトルコ経由で日本に帰る。

 1週間ちょっとの滞在ではあったが、その内容は濃密であった。

「シャルロット」

「うん。殿下は、大丈夫だよ」

 ベッド上のレベッカを見る。

 長旅に備えて、流動食に睡眠薬を盛り、無理矢理寝させている為、帰国するまでは起きない予定だ。

 本当はもう少し入院させたかったのだが、生憎、ここは医療が最先端ではない。

 賭けではあるが、飛行機に乗せ、日本で治療を受けさせる事となったのでああった。

「zzz……」

 眠り姫と化したレベッカは流石、王族だけあって、その寝姿でさえも気品がある。

「……ちゃん」

 寝言でも、これだ。

 夢の中でも、想っているようだ。

 俺はその頭を撫でつつ、

「ウルスラ、満足か?」

「恐らく」

 イスラム教徒ではあるが、ウルスラはドイツで育ったこともあってか、世俗主義ライクリッキの傾向がある。

 同じく世俗主義のMIT長官の忠臣でもあるのは、それが理由だろう。

 イスラム化を進めるトルコとしては、タリバンが存続して欲しかっただろうが、こうなった以上、新政府を承認するしかないだろう。

 2023年に大統領選挙を控えるトルコは、アフガニスタン政策の失敗が尾を引くかもしれない。

 武力での変化を諦めた世俗派は、今度は、この選挙で合法的な変化を狙っている。

 選挙ならば、西側諸国も納得し易い。

「報酬は、ケイマン諸島の幽霊会社ペーパーカンパニー経由で王室に振り込んでくれ」

「そのように」

 C-40に乗り込む。


 アフガニスタンの日本大使館は、2021年8月15日に一時閉鎖し、以降は、トルコのイスタンブールに臨時の事務所オフィスを設置して業務を継続していたのだが、新政府の国家承認をした事により、アフガニスタンでの業務再開が決定した。

『―――え~、本格的な再開につきましては、現地での治安の業況改善次第であり、現時点では決定しただけで、再開日は未定となっています』

 国会では、首相の伊藤が答弁に立っていた。

「……」

 休憩時間、皐月はそれを神妙な面持ちで視聴している。

 煉が出国して以降、心配で夜も眠れない。

 一応、睡眠薬で誤魔化してはいるが、それでも永遠に保つとは限らない。

「……」

 スマートフォンで位置情報を確認する。

 アフガニスタンを出国し、トルコを目指していた。

 相手の位置情報を調べるのは、束縛している感が否めないが、心配だからこそだ。

「御母さん、たっ君は?」

「もうすぐアンカラよ」

 画面を見せる。

「御土産あるかな?」

「多分、トルコでしか買えないでしょ。アフガニスタンは今、そんな悠長な事言ってられないから」

「そうだね……でも、1番の御土産は、たっ君自身だけどね」

「分かってるじゃない」

 皐月は、ニヤリ。

 同じを見送った者同士、その想いは一緒だ。

 本当は、難民支援の下、現地に行きたかったが、日本のNGO非政府組織が攻撃を受け、死亡者が出ている以上、安易に行く事は出来ない。


 例

 2008年8月26~27日 アフガニスタン日本人拉致事件 日本人男性職員

 2019年12月4日   日本人代表銃撃事件      現地日本人代表


 それに皐月は、政権に近しい人物だ。

 与党としては、幾ら人道主義に基づくものであっても、票に繋がる彼女を失うのは本意ではない。

 旅券パスポートを剥奪してでも阻止するだろう。

 それが分かっているので、皐月は動けなかったのだ。

 1週間と少しの留守であったが、留守を守る妻達には10年くらいに感じられた。

「新しい奥さんとは、仲良くやっていけるかな?」

「さぁね。でも、大丈夫よ」

「どうして?」

「煉に惚れるなら、私達と波長が合うってことよ」

「……そうだね」

 根拠の無い事ではあるが、皐月の持論には、妙な説得力があった。

「部屋を用意しなくちゃ。それと歓迎会も」

 司の笑顔に皐月も、

「そうだね」

 と同じように笑うのであった。


[参考文献・出典]

 *1: Citypopulation.de/Islamic Republic of Afghanistan

    原典はCentral Statistics Office Afghanistan

    2015年推計値

 *2:2019年時の人口 WHO 2021年世界保健統計

 *3:2021年現在 ウィキペディア

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