第196話 invidia

 アフガニスタンの国名の変遷は、以下の通りである。


 アフガニスタン首長国     (1834~1926  王制)

     ↓

 アフガニスタン王国      (1926~1973   王制)

     ↓

 アフガニスタン共和国     (1973~1978   共和制 一党大統領)

     ↓

 アフガニスタン民主共和国   (1978~1987 社会主義政権)

     ↓

 アフガニスタン共和国     (1987~1992 イスラム教社会主義)

     ↓

 アフガニスタン・イスラム国  (1992~1996 単一イスラム国家臨時政府)

     ↓

 アフガニスタン・イスラム国  (=北部同盟政権 1996~2001)

 アフガニスタン・イスラム首長国(=タリバン政権 1996~2001)

     ↓

 アフガニスタン        (2001~2002)

     ↓

 アフガニスタン・イスラム移行国(2002~2004)

     ↓

 アフガニスタン・イスラム共和国(2004~2021)

     ↓

 アフガニスタン・イスラム首長国(2021~2022)(*1)

 ……

 2022年4月。

 アフガニスタンは南北に分裂した為、新たに国号を使用する必要性に迫られた。

 当然、北部はタリバンが使用していたのは継続出来ない。

 生まれ変わったことをアピールするには尚更、新しい名前が必要なのだ。

 北部地域は、王政復古したので、『アフガニスタン王国』。

 南部地域は、形だけの共和制を採用した事実上の独裁国家であり、国号もの『民主』付きだ。

 正式名称は、『アフガニスタン民主共和国』。

 ワハーン回廊を緩衝地帯に、北部が王制。

 南部が社会主義体制と綺麗に分かれた形である。

 日本は、当然、同じ君主制の北側―――アフガニスタン王国を承認し、南部は日本古来の伝家の宝刀、「検討する」で曖昧ににごし、未承認である。


 令和4(2022)年4月10日(日曜日)。

 日本は、正式にアフガニスタン王国を国家承認した。

 この1週間後は、日本史上初の国民投票が行われる日だ。

 外交もしっかりしている、という与党のアピールでもあることは言うまでもない。

 日本の記者やボランティアも続々とアフガニスタン王国に入り、国交が再開される。

 俺達は彼らとは行き違いで帰国を果たす。

 外交特権を利用し、ほぼ無審査で通る。

 現役の王族であるレベッカも。

 俺達は、疲れた様子で、外交官ナンバーの車に乗り込む。

 レベッカは、東京消防庁が用意した救急車での移動だ。

 外務省による圧力プレッシャーか、トランシルバニア王国大使館からの要請からか。

 兎にも角にも、上級国民らしい厚遇である。

 今回の報酬は、

・トランシルバニア王国

・協力者のトルコ

・アメリカの軍需産業

 から支払われた為、財布は分厚い。

 言わずもがな、全額、皐月の口座に振り込んだ為、俺の手元には1銭も残らないが。

 道楽者になる予定は無い為、信頼出来る人に預けるのが筋だ。

 その点、皐月には、入用いりようだ。

 建築費用は保険で全額賄えるとして、医療機器は最新にしたがっている。

 経営難等の理由から、経費を極力、抑えたい個人事業主は居るが、皐月は純粋に患者を救いたい医者だ。

「……」 

 ぐったりとした状態で、後部座席に居ると、

「少佐、御疲れ様です」

 隣席のエレーナが、しな垂れかかる。

「お、おう」

「あと、有難う御座います」

「何が?」

アフガン帰還兵アフガンツィの仇を討ったので」

「……」

 モスクワ五輪オリンピック(1980年)不参加ボイコットの引き金にもなったアフガニスタン紛争(1978~1989)で、ソ連軍は、約1万4千人もの死者を出した。

 死者数は、ベトナム戦争(1955~1975)の時の米軍の4万7434人(1964年8月4日~1973年1月27日 *2)よりも少ないが、「ソ連のベトナム戦争」(*3)とも称されたその戦争は、ソ連に深いトラウマを植え付けた。

 この経験からか、ソ連の継承国・ロシアは、アフガン難民について次のような方針を採用している。

 ―――

『【イスラム過激派侵入警告 「アフガン難民偽装の恐れ」―ロ大統領】』(*4)

 ―――

 チェチェン紛争(1994~1996、1999~2009)でイスラム過激派の危険性を知るロシアだ。

 難民に偽装カモフラージュしたテロリストの侵入は、絶対に避けたい。

 エレーナは、上目遣いで見た。

「あの戦争での死者数は、本当はもっと多いんです」

「だろうな」

 独裁国家では、数字を誤魔化すのは、よくある話だ。

 ソ連軍の死者は、約1万4千人となっているが、実数は、もっと多いだろう。

 徹底した秘密主義で成り立っている国家であるから。

 日本やアメリカのような詳細な統計はしていない、と思われる。

「あの戦争では、旧白軍に属していた兵士達の御子息が多数、前線に投入され、犠牲になりました」

「……」

「白軍が今尚、復活出来ないのは、大祖国戦争とアフガン戦争の所為せいです。その点、王政復古が出来た日本やアフガニスタンが、羨ましいです」

 一つ、間を置いた後、

「少佐には、英霊の無念を晴らして下さいました。有難う御座います」

「気にするな。仕事だから」

 謙遜しつつも、抱き寄せる。

愛してるヤ・ティビャー・リュブリュー

 すると、エレーナは、笑顔で返す。

私を離さないでニェ・ブラサイ・ミーニャずっと傍に居てねブーチュ フシェクダ・サムノイ?」

勿論カニェーシュナ

 疲れていても、夫婦の意思疎通コミュニケーションは、盛んなのであった。


 帰宅すると、玄関先で皐月、司、オリビアが待っていた。

 真っ先に皐月が抱き締める。

「御帰り」

只今ただいま

 胸で窒息死しそうだが、何とか最敬礼で応える。

「たっ君、御帰り。御土産は?」

 二言目がそれなのは、司らしい。

トルコ・アイスドンドゥルマ

「やった。たっ君、大好き♡」

 頬にキスされた後、司はシーラと共にクーラーボックスの運搬を手伝う。

 新妻なのに、心配性を一切見せないのは凄い。

 皐月がささやく。

「(後でたっぷり愛するのよ?)」

「(分かってるよ)」

「勇者様!」

「ぐえ!」

 背後からタックルを受け、俺は腰を痛める。

 振り返ると、オリビアが背中に顔を埋めていた。

 相当、心配していたのだろう。

 泣きじゃくり、鼻水が服につく。

「オリビア?」

「勇者様。御無事で良かった……」

「……ああ」

 オリビアの頭を撫でる。

 前後にそれぞれ美女と美少女に挟まれつつ、俺は帰宅を果たすのであった。


 疲れていたので一旦、仮眠し、夕方起床する。

「……」

 周りには、美女に美人に美少女……

 皐月、司、オリビア、シャロン、シャルロット、エレーナ、ライカ、シーラ、スヴェンが添い寝していた。

『お早う御座います』

「お早う御座います、少佐」

 ギョッとし見ると、ナタリー、ウルスラが、枕元で立っていた。

 ウルスラは、通常運転だが、ナタリーからは若干に怒りを感じる。

 惰眠を貪っているように見えたのか。

「お早う、ウルスラは、寝なくて大丈夫か?」

「機内で寝たので」

「分かった。ええっと、ナタリーは?」

『心配して来たのよ。でも、楽園だったようね?』

「……まぁな」

 否定は出来ない。

 これほどの美しい女性達と添い寝出来るのは、漢の夢ではなかろうか。

「レベッカ殿下は?」

『隣よ。起きたら貴方を呼んでいたわ』

「マジか。喋れるようになったのか?」

『ある程度ね』

 気になった為、俺は、皐月達を起こさないように、ベッドから出る。

 廊下に立つと、ナタリーがそれまでの怒り顔から一転、泣きそうな顔で抱き着いてきた。

「……ナタリー?」

『心配させて……馬鹿』

 彼女なりに心配していたようだ。

 人前で出さないのは、恥ずかしかったのだろう。

「……済まん」

『馬鹿』

 それから、俺の手を握った。

「……?」

『誘導よ』

 普段、ツンツンしている癖に、今は相当、優しい。

 自宅なので間取りは分かっているが、今はこの優しさに甘えても良いだろう。

 握り返すと、

『……』

 ふにゃり、とナタリーの表情が崩れる。

 意外に可愛い所あるじゃないか。

 そのギャップにキュンとしたことは、内緒だ。


 隣室に行くと、

「……」

 ベッド上で、レベッカが胡坐あぐらをかいて座っていた。

 ムスッとした顔で。

 俺がナタリーと手を繋いでいることに、更に怒りを増幅させたようで、

「……」

 王族なので舌打ちはしないが、露骨に嫌悪感剥き出しだ。

「ちゃん」

 ベッドを叩き、「座れ」と命じる。

「はい」

 俺は震えつつ、指示通り、座る。

 ナタリー、ウルスラも一緒だ。

「ちゃん」

「はい」

「や」

 俺の膝の上に乗った。

「おに、い、ちゃん」

「はい」

「すき」

 明確な告白だ。

「有難う御座います」

 謝意を示すと、レベッカは、嬉しくなさそうだ。

「けっこ、ん、した、い」

「……」

 困っていると、レベッカは、泣きそうになる。

「す、き」

 途端、ナタリーの握力が強くなる。

「ナタリー?」

『少佐、これ以上、奥方を増やすのは、勤務に響くかと』

「……」

 俺は無言で肯定した。

 それは重々、承知だ。

 どうしたものか、と悩む。

 そんな俺をウルスラは、ニヤニヤしながらメモっていた。

 MITへの報告書なのだろうが、こうも公然と書かれると、ムカつくな。

「しゅき、すき……」

 俺の戸惑いを他所に、レベッカは何度も告白する。

 涙を流しながら。

 

[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

 *2:The World Almanac and Book of Facts 2014

 *3:ワシントンポスト 1988年4月22日

 *4:JIJI.COM 2021年8月23日 一部改定

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