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第141話 横恋慕

 煉達が修学旅行をしている間、世界は、大きく変わろうとしていた。

 新型ウィルスの影響で、アジア系への憎悪犯罪ヘイトクライムが、急増。

 ———

『【アメリカでアジア系へのヘイトクライム 1年間で約3800件】』(*1)

 ———

 被害は、星条旗を背負って戦う、日系アメリカ人空手家にまで及んでいる。

 彼女は、東京五輪のアメリカ代表に決まっていたのだが、トレーニング中に被害を受け、その様子をSNSに投稿。

 大きな反響を呼んだ。

 WWIIでも、日系人部隊である第442連隊戦闘団が米国籍にも関わらず、憎悪犯罪の被害を受けていた例があるのだが、戦後、半世紀以上経った今でも、アメリカの人種差別は、無くなっていないことが如実に示された事例、と言えるだろう。

 白人とアフリカ系との対立も根深い。

 白人警官によるアフリカ系住民への暴行殺人事件により、一気に両者の対立は激化。

 ミネアポリスでは、ロサンゼルス暴動以来となるであろう、大規模な暴動まで起きた。

BLMブラック・ライヴズ・マターの過激派扇動家が叫ぶ。

 マルコムXの言葉を引用して。

『ハーレムの住宅環境が悪いのは、政府の責任だ。

 子供をかじる鼠、人間の食料を横取りするゴキブリ、皆、政府の責任だ。

 不味い食料が物凄く高いのは、政府の責任だ。

 全てはアメリカ政府が悪いのだ。

 我が教祖は「黒人至上主義者」と呼ばれている。

 我々が白人と同等どころか、白人より優れていると説くからだ。

 そう、白人より優れているのだ。

 言うまでもないことだが、我々は白人より優れているのだ。

 肌の色を比較してみよ。

 貴方達の肌は黄金のように輝いて見える』(*2)

 一方、KKKやネオナチも活発だ。

 ミネアポリスの暴動を見て、更に人種差別意識を強める。

 そして、暴動の白人被害者を煽り、勧誘し、勢力を拡大させた。

 キング牧師の非暴力主義の精神は、薄れつつあった。

「……」

 両者の対立をテレビで観つつ、シャロンは、キング牧師の言葉を思い出していた。 

 ———

『「何故直接行動を?

  何故座り込みやデモ行進等をするのか?

  交渉というもっと良い手段があるのではないか?」

 と、貴方方が問われるのは最もです。

 実に、話し合いこそが直接行動の目的なのです。

 非暴力直接行動の狙いは、話し合いを絶えず拒んできた地域社会に、争点と対決せざるをえないような危機感と緊張を作りだそうとするものです。

 苦しい体験を通して我々は、自由は決して迫害者の側から自発的に与えられることはなく、迫害に虐げられている側が、自ら要求しなければならない、と悟ったのです』(*3)

 ———

 プツンと、テレビが消える。

「……パパ?」

「観るな」

 煉が、リモコンを放り投げ、隣に座った。

「あの国はもう祖国じゃない。気にするな」

「……うん」

 煉は、シャロンを抱き締め、落ち着かせる。

「俺達の祖国は、日本だ」

「……うん」

 シャロンは日本国籍取得を検討するほど、日本に骨を埋めることを考えていた。

 アメリカとは仕事上の関係だけにし、純粋に日本人として、生きる予定だ。

「あと、シャロン」

「ん?」

「遅くなって済まんな」

 片膝をついて、煉は指輪ケースを取り出す。

「……パパ?」

「これで夫婦だ」

 釈迦のような柔和な笑みを浮かべた煉が、シャロンの左手の薬指に嵌める。

 司、オリビア、エレーナに続く4人目となる。

「パパ……」

「覚悟が決まらなかったんだよ」

 これで愛娘は、妻だ。

 複婚が合法すると、自動的に正妻になる。

「……うん」

 涙ぐんでシャロンは、煉を抱擁する。

 そして、その衣服を鼻水や涙で汚す。

 これは、復讐だ。

 今まで遅かった分、これくらいどうってことも無い。

 2人は、今までの時間を取り返すように、その夜、思いっ切り、愛し合うのであった。


「パパ……」

「うん」

「……」

 シャロンが寝返りを打つ。

 俺は、彼女に毛布をかけて、部屋を出た。

 深夜2時。

 皆、寝静まっている頃だ。

「……」

 射撃場に立ち、銃架からUZIを取り出す。

 不眠の時は、無理に寝ることはない。

 焦りは逆効果だ。

 その為、俺は、落ち着く為に射撃するのである。

「……」

 鍵十字のあしらった標的を撃つ。

 9x19mmパラベラム弾が発射され、鍵十字にどんどん風穴を開けていく。

 パチパチパチパチ……

「!」

 拍手に思わず俺は、UZIを向ける。

『私よ』

 両手を上げて、降参のポーズ。

「不眠症?」

『貴方に言われたくないわ。

「有難う」

 棘がある言い方だ。

「……怒ってる?」

『別に』

 ナタリーは、俺からUZIを奪うと、残りの弾を全て撃ち込む。

 鍵十字は、ボロボロの布切れになった。

『……』

「……」

 無言でナタリーは、銃架にUZIを戻す。

『少佐、誰もが、貴方の能力は認めているわ』

「……有難う」

『でも、女癖の悪さは、直した方が良いわよ? 女は、嫉妬で蛇になるんだから』

 安珍・清姫伝説を引き合いに、ナタリーは睨む。

 その時、

「……ん?」

『何よ?』

「酒、飲んでる?」

 疑いつつ、俺は近付いては嗅ぐ。

『な!? 変態!』

 体を捻じらせて、ナタリーは、ドン引きした。

「イエーガーマイスター? よくそんな強い酒飲めるな?」

『!』

 バレた、と分かり易く顔を真っ赤にさせる。

 今まで気付かなったのは、化粧の所為だろう。

 最近、ナタリーを始め、女性陣の多くは、皐月から化粧を学んでいる。

 薄化粧でもなく、かと言って厚化粧でもない。

 程々だ。

『……ひっく』

 我慢していた酔いが一気に出て来たのか、ナタリーは、しゃっくりをした後、

『……御免、吐く』

 宣戦布告後、思いっ切り嘔吐するのであった。


 医務室に運ばれた私を、少佐は介抱している。

 ベッドメーキングしたベッドに乗せ、横向きに寝かせる。

 吐瀉物を溜めるバケツも忘れていない。

 急性アルコール中毒を疑われる人に対する救護方法として推奨されている、

 ———

『1、絶対に1人にしない。

 2、衣服を緩めて楽にする。

 3、体温低下を防ぐ為、毛布等をかけて暖かくする。

 4、吐物による窒息を防ぐ為、横向きに寝かせる。

 5、吐きそうになったら、抱き起こさずに横向きの状態で吐かせる』(*5)

 ———

 それを少佐は、忠実に実行していた。

『その……御免なさい』

「何が?」

『その……服』

「あー……」

 少佐が着ていた寝間着は、アドルフから贈られた超高級品だ。

 その着心地、触り心地は、とてもよく、少佐が愛用しているのも頷ける。

 それをナタリーは、吐瀉物で汚してしまったのだ。

 世が世なら、貴族に対する不敬罪で処刑されてもおかしくない。

「気にするな。代わりはある」

 汚れた寝間着をそのままゴミ袋に入れる。

 再使用する気は、更々無いようだ。

 上半身裸に、ナタリーは目を逸らす。

「……陛下からの贈り物だけど?」

「そうだけど?」

「……洗わないの?」

「丁度、替え時だったから。これを機に、買い替えようかと」

 気を遣っているのは確かだ。

(全然、気を遣わせてくれない……私の方が悪いのに)

 思えば、この男は、騎士道精神の塊だ。

 ———

『[第9の戒律]

 汝、寛大たれ、そして誰に対しても施しを為すべし』(*6)

 ———

 と、まさにそれ通りに生きている。

 戦場では、人を殺害することがが多い分、平時では、寛大になるのかもしれない。

「それよりも、大丈夫か?」

『へ?』

「そんな強い酒を飲む何て……何か悩み事でも?」

『……』

 貴方の所為、と言いたい所だが、自尊心がそれを許さない。

 御絞りを持って来ては、煉は、上半身を拭く。

『……シャワー、浴びないの?』

「そうしたいけど、心配だからな。離れる事は出来んよ」

『!』

 狡い。

 余りにも優し過ぎる。

 こう言う所が、女性の心を盗む所以なのだろう。

 シャツを着た後、煉は、隣のベッドに寝転がる。

『……そこで寝るの?』

「そうだよ」

『……その、有難う』

「何が?」

『心配してくれて』

「救護義務違反になりかねんからな。当然のことだ」

『……有難う』

 素っ気無い態度だが、私は、怒らない。

 何故なら煉の耳が赤いから。

 何だかんだで彼も気恥ずかしいのだろう。

「お休み」

『お休み』

 暫くすると、寝息が聞こえる。

 眠たかったのを無理していたのだろう。

『……』

 私は、抜き足差し足忍び足で近付く。

 そして、彼に口付けする。

 唇に。

 一緒になって以降、彼の弱点を見付けた。

・殺意

・悪意

 が無ければ、起きないのだ。

『馬鹿……』

 私の心を無自覚にもてあそび、その上、妻帯者にまでなってる。

 それが無性に腹立たしく、切ない。

 だからこそ、夜這いするのだ。

 自分の行いを正当化した後、私は、同衾するのであった。


[参考文献・出典]

*1:nippon.com 2021年3月19日 一部改定

*2:『映像の世紀』 マルコムXの演説

*3:同上 キング牧師の獄中からの手紙

*4:外科医のアル研

*5:厚生労働省 HP e-ヘルスネット

*6:レオン・ゴーティエ 『騎士道精神』(1884)

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