第140話 ロシアよりлюбитьをこめて

 エレーナの特殊な眼鏡の開発者は、皐月であった。

「どう?」

「調子良いです。有難う御座います」

「そう。良かった」

 2人が居るのは、トランシルバニア王国国立ホテルの最上階にある、露天風呂であった。

 最終日。

 煉達は京都市内を巡り、修学旅行に必要なレポートを完成させ、最後の夜を楽しんでいた。

 明日は領事館からヘリコプターで出発し、帰京。

 大使館で車に乗り換えて、登校する予定だ。

 ライカはオリビアの背中を洗い、司は牛乳で満たされた浴槽に浸かっている。

 シーラ、ナタリー、シャルロット、スヴェン、シャロンは居ない。

 個室で済ませて煉の部屋に居るのだろう。

「……」

「煉が気になる?」

「……まぁ」

 皐月は、微笑んだ。

 司を産んだ母親だというのに、非常に若々しい。

 大学生、と偽っても通るかもしれない。

「あの子は、モテモテね。将来は、大家族ね」

「……反対しないんですか?」

「何故?」

「その……嫉妬とか」

「無いわよ。あの子は、英雄。色を好むのは、当然のこと」

「……」

「子供の幸せを願うのが親よ。何人、妻や愛人が居ても、不幸にさせていないのならば、親の出る幕は無いわ」

 徳利に入った日本酒を飲む。

 煉に止められているにも関わらず、こうして隠れてチビチビ飲んでいるのだ。

 もうアルコール依存症なのかもしれない。

「……少佐が悲しみますよ」

「あ、これ? ノンアルコールよ」

「え?」

「あの子の泣き顔を見たくないからね。それに孫も見たいし、運が良ければ、

「!」

 一般的に女性は、35歳を過ぎると極端に妊娠し辛くなる。

 その為、皐月ほどの年齢の女性が、子供を望むのは、ギリギリかもしれない。

 余談だが、妊娠のギネス記録は、スペイン人女性の66歳。

 国内記録だと60歳である。

 因みに非公式の世界記録は、イギリス人女性の70歳となっている(*1)。

 これらの数字は、奇跡であって殆ど有り得ないことだ。

 又、万が一、高齢で産んでも、子供が幼い時に寿命が来てしまう可能性がある為、やはり、若い時に産んでいた方が子供の為にも良いだろう。

「恋は人生を変えるわ。特に女性は、美しくなるものよ。若し、本気で煉を愛してるならどんどんアタックしなさい。私は、応援するわ」

「……有難う御座います」

 実家とは不仲なので、エレーナには、皐月が実母のように感じるのだった。


「パパ? 気持ち良い?」

「うん。有難う」

 俺の背中に跨るシャロン。

 半裸の俺の肩を揉んでいる。

「パパってさ。傷付き易い?」

「と、いうと?」

「ほら、一杯、傷あるじゃん? これ記憶転移?」

「かもな」

 背中には、

・火傷

・銃創

・切創

 等、ありとあらゆる傷が痛々しく残っている。

「皮膚移植しないの?」

「しないよ」

「そう?」

「して欲しい?」

「うん。痛々しいからね」

 シャロンの言い分は、分からないではない。

 想い人が、こんな姿だと、誰だって皮膚移植を提案するだろう。

「これはね。俺が前世を思い出すものなんだよ」

「……」

「だから、気持ちは分かるが、余り皮膚移植には、乗り気じゃないんだよ」

 振り返って、俺は仰向けになる。

 そして、シャロンを抱き締めた。

「提案有難うな?」

「……うん」

「貴方♡」

 シャルロットが、オレンジジュースを持って来た。

「お、有難う」

「私が育てた蜜柑を絞ってみたんだ」

「おお、自家製なのか?」

「うん。学校通っていない分暇だからね」

 通学していないシャルロットは、時間がある。

 今の時代、

・夜間学級

・通信制

 と、別に昼間に通学する必要性は、絶対ではない。

「学習意欲は無い?」

「向こうで、義務教育は済ませているからね。多分、日本人の中卒者よりも教養はあると思うよ」

「……分かった」

 王侯貴族相手に愛人業をしていただけにシャルロットには、教養がある。

 恐らく、勉強せずとも六大学や関関同立は、簡単に受かるかもしれない。

「将来は、どうする?」

「農家。自給自足だよ」

「それも良いかもな」

 農家には、俺も憧れたことがある。

「貴方の領地で行いたいね」

「俺の?」

「貴族様だからね。農地もあるわよ」

 そういえばそうだった。

 俺は、貴族なのだ。

 当然、領土も在るし、領民も居るらしい。

 驚くことに城もあり、年貢も献上されている、という。

 一体、いつの時代?

 とは思うが、身分制度が色濃く残っている以上、変えることは難しい。

 実際、ソ連の支配下にあった時は、廃止されていたが、王政復古後、復活し、今尚、多くの国民が身分制度に賛成派だ。

「師匠、居城ってどんな所なんですか?」

「知らん。行ったことないし」

 城は、オリビアの話では、メイドが沢山、居て管理しているらしい。

「あ、でも。写真ならあるぞ」

「見たい! 見たい!」

 シャロンが、強請る。

「シーラ」

「……」

 シーラが俺のスマートフォンを持って来た。

「有難う」

「♡ ♡ ♡」

 頭を撫でると、不可視の♡を沢山出し、俺の膝に乗る。

 俺は、彼女をあすなろ抱きしつつ、写真を開いた。

「ほら、こんな所」

「「「あ」」」

『あ』

 シャロン、シャルロット、スヴェン、最後は、ナタリーが、声を上げた。

 てか、ナタリーも興味津々だな。

 4人とシーラは、覗き込む。

「ノイシュバンシュタイン城、ですか?」

「そうみたいだね」

 スヴェンの推察にシャロンは、同意する。

 ドイツ系が支配する国だけあって、造る城もドイツっぽくなるのだろう。

『結構、大きな城だね?』

「みたいだな」

『? 興味無いの?』

「ああ。外見だと申し訳無いが、姫路城の方が好みだ」

 こればかりは、好みの問題だ。

「ああ、しまったな。姫路城も行きたかったな」

「では、春休みに御予定を―――」

「いや、願望だから」

 スヴェンを抱っこし、シーラの隣に座らせる。

 2人は、同じ愛弟子だ。

 極力、同じことをしなければ、愛弟子同士で喧嘩する可能性があるのだ。

「師匠♡ 若し、あれでしたら、お城で……♡」

「気が向いたらな」

「はい♡」

 スヴェンの顎を撫でていると、

 ♪ ♪ ♪

 スマートフォンが鳴った。

「はい?」

『少佐、今、御時間よろしいでしょうか?』

「おお、良いよ」

 直後、玄関が開く。

「「「「「「!」」」」」」

 俺達は、目を剥く。

 入って来たエレーナは、何とウエディングドレスだったのだ。

 全身を真珠で包み、胴の部分にはロマノフ家の紋章である、双頭の鷲がデザインされていた。

 眼鏡をクイッと動かした後、エレーナは、笑顔で、

貴方は私のとても大切な人ですトゥイ・ムノガ・ズナーチショ・ドゥリャ・ミニャ貴方を愛していますヤ・ティビャー・リュブリュー貴方とずっと一緒に居たいヤ・ハチュー・ブイト・スタボイ・フシェクダ結婚して下さいブハジ・ザミニャ・ザムシュ

 全部、ロシア語だ。

 シャロン達に聞かれたく為だろう。

「……」

 困惑していると、

「御苦労」

 エレーナの父親、セルゲイが顔を出す。

「少佐、クレムリンと手討ちになった。少佐と娘は、はれて夫婦だ」

「……はい?」

 意味が分からない。

「ヴィクトルから聞かなかったのかな? 少佐が、娘の保護者になったのを」

「ああ……聞きました」

ムーシには、君が相応しい。世界最高の用心棒だからな。夫だからこそ常に一緒に居れるだろう?」

「……」

 そう言うことか。

 俺は、全てを察し、嘆息した。

 ヴィクトルが、ロマノフ家の名声を利用する為に俺を売ったのだ。

 セルゲイもそれに乗っかり、両者は、約1世紀ぶりに和解。

 ロシアから贈られたのが、俺、という訳だ。

 セルゲイは、嗤う。

「クレムリンからの御命令ですので、拒否すれば……分かっていますよね?」

「……はぁ」

 殺気を感じ、振り返る。

 シャロン、シーラ、ナタリーが顔を真っ赤にさせていた。

「少佐♡」

 エレーナが、俺に抱き着く。

 そして、頬にキス。

「「「!」」」

 3人は、今にも噴火しそうだ。

 因みにスヴェンは、

「NTR♡」

 と涎を垂らし、発情中。

 シャルロットは、苦笑いだ。

 エレーナは、眼鏡を投げ捨て、俺を顔を両手で挟む。

「少佐は、ラスプーチンです。私の心を弄ぶのでしたら、毒を盛った上で、簀巻きにすて川に投げ捨てますからね」

「……それって、犯罪じゃね?」

「不敬罪には、妥当です」

 そう言って、シャロン達に見せ付ける様に、俺の唇を奪うのであった。


 その夜。

「少佐♡」

 俺のベッドにまた1人、妻が増えた。

 司、オリビアに続いて3人目だ。

「良かったね。エレーナさん」

 司は、落涙するほど喜び、

「勇者様は、艶福家ですね」

 オリビアは、不満げである。

「まぁ、そう言うなよ」

 家長・皐月の後押しの下、すんなり決まった為にオリビアがどんなに反対しようが、決定事項だ。

 エレーナは、俺の胸板に頬擦りしている。

「パパの浮気者……」

 先を越されたシャロンは、俺の手の甲を引っ掻く。

「御免ね。帰ったらもう籍を入れよう」

「本当?」

「ああ。これで夫婦だ」

 ハードルがどんどん下がっているが、今にも泣きだしそうな愛娘の姿を見ると、辛い。

 杓子定規ではなく時には、臨機応変さも大事だ。

「少佐。今日くらい私だけを見て下さいな」

 眼鏡を外し、俺の顔を無理矢理、自分に向けさせる。

「……結婚記念日?」

「そういうことです」

「分かったよ」

 頷きつつも、俺は、司達を離さない。

 平等に接する、と決めた以上、極力、特定の妻のみを優先することは出来ない。

「少佐は、イスラム教徒ムスリムなんですか?」

「よく言われるが、どっちかっていうと無神論者かな」

 余談だが、宗教色の強いサウジアラビアでは、入国カードに信仰宗教を書く欄があり、無宗教、と回答すると入国拒否に遭う、という(*2)。

 その為、世界的に信仰宗教を「無宗教」と答える場合が多い日本人は、入国拒否される可能性がある。

 なので、サウジアラビアでは、「仏教」と答える方が良いかもしれない。

「少佐が艶福家で時々、腹が立ちます」

「そう言われても……」

「でも、愛しますからね」

 エレーナは、笑顔で俺に口付けするのであった。

 

[参考文献・出典]

 *1:AII About

 *2:『池上彰の世界を見に行く 2012新春スペシャル』 2012年1月3日

    テレビ東京

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