第142話 国民投票

 2017年8月11日。

 アメリカ、バージニア州シャーロッツビルにて、白人至上主義者と反対派が、衝突した。

 所謂、『ユナイト・ザ・ライト・ラリー』である。

 両派が衝突したのは、解放公園にある南軍の将軍、ロバート・E・リー将軍の像撤去を巡ってのことであった。

 リー将軍は、アメリカの歴史上、最も評価が二分される人物の1人だろう。

 南軍の将軍時代、北軍を大いに苦しめた名将である一方、奴隷制を「必要悪」として擁護していたのが、理由だ。

 ———

『この啓蒙の時代に、奴隷制が制度として道徳的また政治的悪であることを認めようとしない人は殆ど居ないと、私は信じる。

 その短所を長々と述べるのはつまらない。

 私は有色人種よりも白人にとって大きな悪だと思う。

 私の感覚が有色人種の為に強く働く一方で、私の同情は白人の方に深く向かっている。

 黒人は、道徳的、肉体的及び社会的にアフリカよりもここの方が遙かに良い暮らしをしている。

 彼らが経験している苦痛を伴う規律は人種として更に教導する為に必要であり、より良い状態に進む為の準備だと私は願う。

 彼らの奉仕がどのくらい長く必要かは、慈愛深い神意によって知らされ告げられるであろう』(*1)

 ———

 このようなことから、人権派や反人種差別主義者からは、敵視される所以なのである。

 両派の衝突は、小競り合い程度であったが、翌日、遂に本格的にぶつかる。

 これ以上の悪化を防ぐ為に州知事は、非常事態宣言を発令。

 州警察が動員され、群衆に催涙スプレーに使用し解散を迫った。

 この最中、暴走した自動車が群衆に突入。

 沢山の人々をねた。

 これにより、1人が死亡。

 19人が怪我をする。

 犯人は逃走するもその後、逮捕され、2019年に終身刑と懲役419年が宣告された。

 事件直後、州知事は、緊急会見を開く。

 ———

『今日、シャーロッツビルに集まった、全ての白人至上主義者とネオナチに伝えたいことがある。

 私達のメッセージはごく単純なものだ。

 帰れ。

 君達はこの偉大な州に必要ない。

 恥を知れ。

 君達は愛国者を気取っているようだが、愛国者なんかではまったくない。

 ……

 君達は今日人々を傷つける為にここに集まり、そして実際に傷つけた。

 私のメッセージは明確だ。

 ……

 私達の多様性、様々な出自をもった移民が、アメリカを独自の国にしている。

 私達は、誰かがここに来て多様性を破壊することを許さない。

 だからお願いだ、帰ってくれ。

 そして二度と戻ってくるな。憎しみも偏見も、ここには要らない』

 ———

 と。

 あれから5年。

 アメリカは、変わっていない。

『『『ブラック・パワー!』』』

『『『ホワイト・パワー!』』』

 各地でKKKとBLMの衝突は、内戦一歩手前の状況にまでなっていた。

 このくらいまで問題が悪化したのは、政府が積極的に動かないのが原因だ。

 人権派を自称する大統領は、対応を地元の州政府に任せ、自分は、

・ミャンマー(2021年のクーデターにより内戦中)

・イスラエル(2021年に新政権が誕生)

・イラン(核開発問題)

・北朝鮮(同上)

・ロシア(新冷戦)

・中国(同上)

 等と、世界各国を飛び回っている。

 特に中国とは、非常に仲が悪い。

 ウイグル族の人権問題を発端とする北京冬季五輪にアメリカを始め、西側諸国が一斉に不参加したからだ。

 面子を潰された中国は、断交を検討するほど、アメリカを敵視し、南シナ海や台湾海峡、尖閣諸島周辺に潜水艦や軍艦を送り、アメリカ等の国々もそれに負けじと海軍を派兵。

 両軍は、まさに一触即発の状況だ。

 キューバ危機以来の『東洋危機』と言えるだろう。

 一応、全面衝突は、ホワイトハウスと中南海との間に2008年に設けられた直通電話ホットラインにより、防げているが、両国とも核保有国だ。

 万が一のことは当然あるだろう。

 この状況下で暗躍しているのが、ロシアだ。

 3・11直後、日本を心配するような素振りを見せつつ、偵察機等を送り、防空識別圏を侵犯。

 この時は、人民解放軍も一緒であった。

 航空自衛隊もスクランブル発進し、万が一に備えた(*2)。

 両国の侵犯は、その後もあり、特にロシアは「放射能測定」を理由に何度も飛行させている。

 同年3月12日、アメリカは、トモダチ作戦オペレーション・トモダチを開始した。

 表向きには、被災地の復興支援ではあったものの、時機的にロシアへの牽制もあったことは確かだろう。

 火事場泥棒は、残念ながらロシアの伝統芸と言え様。

 昭和20(1945)年8月9日。

 大日本帝国が敗色濃厚だった時、ソ連は、中立条約を反故し、満州に侵攻。

 北方領土を不法に占拠した。

 若し日米同盟が無ければ、平成23(2011)年3月11日は、下手したらそれ以来のことが起きていたかもしれない。

 3・11から10年後の令和3(2021)年3月11日、ロシアは、再び領空侵犯。

 日付からして日本への挑発行為と見てまず間違いないだろう。

 このような状況下で支持を集めているのが、与党・旭日党だ。

『日本を再び偉大な国に』

 を合言葉に選挙で連戦連勝。

 令和3(2021)年6月11日、第204回国会にて改正国民投票法案成立に伴い、一気に改憲に動き出した。

 改正点は、以下の通り。

『[投票人名簿等の縦覧]

 現行:縦覧可能。

 改正:廃止。

    本人の事前同意等が条件の閲覧制度に。

 [共通投票所]

 現行:―――

 改正:新設。

    市町村内のどの投票区の人も投票可能。

 [期日前投票の理由]

 現行:・仕事

    ・病気

    ・妊娠

    等に限定。

 改正:・天災

    ・悪天候

    ・投票時間の繰り上げ、繰り下げ

    を追加。

[洋上投票]

 現行:対象者→海外を航行する船員。

 改正:同上 →実習学生等も追加。

[投票所への子供の同行]

 現行:幼児等。

 改正:18歳未満に拡大。

[CM規制の強化]   →施行後、3年を目途に必要な法制上の措置等を講ずる。

[外資規制]      →同上。

[インターネットの適正利用]→同上』(*3)

 原案を提出して3年かかっての成立だ。

 提案者の喜びも一入ひとしおだろう。

 そして、同年11月に開会した第205回国会にて、改憲案が提出された。

 衆議院(232人。議員定数削減前は、465人)での改憲の手続きの場合は、以下の通り。

①改憲案提出

 →50人(議員定数削減前は100人)以上の賛成が必要。

  参議院からでも可能。

②憲法審査会で改正案を審議し、採決

 →過半数の賛成で可決。

③本会議へ

 →総議員の3分の2以上の賛成で可決。

  155人(議員定数削減前は、310人)以上の賛成が必要。

④参議院(121人。議員定数削減前は、242人)の憲法審査会で審議し、採決

 →過半数の賛成で可決。

⑤本会議へ

 →総議員の3分の2以上の賛成で可決。

  81人(議員定数削減前は、162人)以上の賛成が必要。

⑥国会発議

⑦60~180日の間に国民投票

・有効投票の過半数の賛成で承認

・有権者は、18歳以上

⑧天皇陛下が公布

⑨施行

(*4)

 現在の国会での勢力図は、以下の通り。

    衆議院(232) 参議院(121)

旭日党  180        62

民自党   45        30

公民党   12        11

日本党   50        11

太陽党   25         4

社会労働党 0          2

緑の党   0          1

 これらから、衆議院では極論、旭日党以外、反対でも旭日党単独で通過させることが出来るくらい、その勢いが分かるだろう。

 参議院では、81人に19人足りないが、民自党、日本党も改憲勢力の為、合計103人が賛成票を投じた。

 121人中103人は、目標である3分の2(約66・67%)を大きく上回った。

 国会発議されたのは、会期最終日の12月1日。

 これにより、国民投票は、翌年に持ち越された。

 60~180日の間に国民投票が実施される為、最速だと2022年1月30日(日曜日)が丁度、60日後。

 最も遅くで5月30日(月曜日)がタイムリミットだ。

 首相の伊藤は、国民投票日の時期を探っていた。

 当初、1月30日が有力視されていたが、その5日後に北京五輪が控え、更に当時は、参加or不参加の議論がされていた為、「時期としては不適当」と判断され、この日は流れた。

 次に出されたのが、4月1日以降だ。

 4月1日は、成人年齢が引き下げられ、18歳以上が成人扱いになる。

 若者の政治参加を望む伊藤には、またとない好機だ。

「皆は、何時が良いと思う?」

 閣僚が集まった会議にて、伊藤は問う。

「はい。やはりB案の4月1日以降が良いかと」

 官房長官が答える。

 総務大臣が付け加えた。

「4月17日は、如何でしょうか? その日は、日清戦争戦勝記念日ですし、丁度、日曜日です。国威発揚になるかと」

 明治28(1895)年4月17日水曜日、この日、山口県下関市の料亭・春帆楼にて、講和条約が締結された。

 もっとも、「講和」といえども、内容的には、

 ———

『第1条

 清国は朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。

 

 第2~3条

 清国は遼東半島、台湾、澎湖諸島等、付属諸島嶼の主権並びに該地方にある城塁、兵器製造所及び官有物を永遠に日本に割与する。


 第4条

 清国は賠償金2億テール(日本円で約3億1100万円。*5)を日本に支払う。


 第5条

 割与された土地の住人は自由に所有不動産を売却して居住地を選択する事が出き、条約批准2年後も割与地に住んでいる住人は日本の都合で日本国民と見なす事が出来る。


 第6条

 清国は沙市、重慶、蘇州、杭州を日本に開放する。

 日本国臣民は清国の各開市・開港場において自由に製造業に従事することができる。

 また清国は、日本に最恵国待遇を認める。

 

 第7条 

 日本は3か月以内に清国領土内の日本軍を引き揚げる。


 第8条

 清国は日本軍による山東省威海衛の一時占領を認める。

 賠償金の支払いに不備があれば日本軍は引き揚げない。


 第9条

 清国にいる日本人俘虜を返還し、虐待もしくは処刑してはいけない。

 日本軍に協力した清国人にいかなる処刑もしてはいけないし、させてはいけない。

 

 第10条

 条約批准の日から戦闘を停止する。


 第11条

 条約は大日本国皇帝及び大清国皇帝が批准し、批准は山東省芝罘で明治28年5月8日、即ち光緒21年4月14日に交換される』

 ———

 とあるように事実上は、大日本帝国に極めて有利なものであった。

 旭日党は、

・日清戦争

・日露戦争

 の戦勝記念日を制定し、国威発揚に利用しようとしている。

 その為、4月17日は、丁度良いだろう。

 戦勝記念日に改憲も成功させる。

 旭日党が描く適当なシナリオである。

「それで行こう」

 4月17日が、国民投票実施日に設定されたのであった。


[参考文献・出典]

 *1:『奴隷制に関するロバート・E・リーの意見』ピアース大統領への手紙。

    1856年12月27日付

 *2:防衛省の発表

 *3:日本経済新聞 2021年6月11日

 *4:総務省 HP

 *5:猪木正道『軍国日本の興亡』中央公論社〈中公新書〉1995年3月

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