Back In The USSR

第121話 The Law of Return

 《貴族》は、トランシルバニア王国の準軍事組織だが、正確にはオリビアの私兵である。

 ただ、政変クーデター鎮圧に活躍した戦功が認められ、正規軍に昇格する流れとなった。

 これでオリビアと国家からの二重払いは、解消される。

 給料面では減額になるものの、今まで二重払いに良心の呵責を感じていた為、どちらかというと安心だ。

 もう一つ、問題がある。

 皐月から毎月貰っている小遣いだ。

「皐月、小遣いの方だが、廃止出来ないか?」

 夕食の席で、俺はそう提案した。

 味噌汁を啜っていた皐月は、一時停止。

「何故?」

 その表情は、我が子の成長を喜ぶ半面、寂しそうにも見える。

 俺も一応は、なので分からないではない。

 シャロンが若し、その様に提案したら、半分嬉しく半分寂しさを感じるだろうから。

「国家公務員だから、小遣いは必要無いよ。臨時収入もあるし」

 臨時収入は、中野学校の臨時講師の事だ。

「そう……」

 今にも皐月は泣きそうだ。

 嬉し泣き、寂しさ。

 その二つの感情がせめぎ合っているのかもしれない。

「たっ君、成長したねぇ」

 司が俺の頭を撫でる。

 因みに司は、受給中だ。

 然も看護助手のアルバイト代も。

 俺が成長しているのならば、司は未成長な感じがするが、兎にも角にも彼女も嬉しそうだ。

 司に愛でられつつ、俺は続ける。

「んで、これは相談だけど、シーラの小遣いは増額してくれないか?」

「シーラに?」

 いきなり名指しされたシーラは、びくっとした。

 フォークで突き刺していた人参を落としかける。

 可愛い♡

「何でですの?」

 ビーフステーキを頬張っていたオリビアは、尋ねる。

 口元は、肉汁でべちゃべちゃだ。

 俺の愛妻は、まだまだ子供の様だ。

 ライカが布で拭いていく。

 親衛隊の隊長を務め、夜は俺の愛人、それ以外はオリビア専属の使用人と言った所か。

「シーラには色々、御洒落して欲しいんだよ。ほら、成人式でも金かかるだろ?」

「まぁね」

 男子と比べて女子は、服や化粧でお金がかかり易い。

 性差が無くなりつつある現代だが、俺の周りではまだまだ文化面では、男女に差がある様に思える。

「一応、シーラには結構な金額、渡してるけど?」

「そうなのか?」

 シーラを見ると、「うんうん」と無言で頷いている。

 他人の小遣いの額など気にしていない為、初めて知った事だ。

「満足?」

「……」

 シーラは、俺にそっと耳打ち。

「(満足、です。その……貯めているので)」

「ほー。そうなのか。貯まると良いな?」

「♡ ♡ ♡」

 大きく頷いた後、シーラは俺の頬にキスした。

 可愛い義妹だ。


 私が貯金しているのは、少佐との結婚式の為だ。

 少佐は浪費家ではなく、どちらかというと質素倹約が好みな様で、腕時計や服も安物だ。

 唯一惜しまないのは、本だけ。

 時々、本屋に行っては、色んな本を爆買いしている。

 シャロンと複数の本屋を巡る事もある。

 彼女と同じ本を買い、同じアニメや映画を観ては、若い世代の流行りや文化、新時代を勉強している様だ。

 その為、親世代には否定的な事が多いLGBTや過度なファッションにも寛容である。

 子供と同じ目線で楽しむのは、現代的に言えば『友達親子』な感じかもしれないが、精神年齢が還暦超えなのに、若い世代に合わせていくのは素晴らしい事だろう。

 シャロンがファザコンなのは分かるし、それを通り越して、恋心を抱くのは分からないではない。

 多分、司、オリビア殿下、ライカ隊長も同じ様な理由で惹かれた一因だろう。

 最近では人前で少佐にキスする事が出来る様になった。

 皆、問題視しない。

 多分、私の恋心を分かっているんだと思う。

 ただ、正妻にはなれないだろう。

 少佐は常に司が優先され、その次に同点でオリビア殿下、シャロン、皐月だ。

 このBIG4には、敵わない。

 スヴェン、ライカ、シャルロットも分かっている様で、愛人の顔はしても本妻ほんさいづらはしない。

「師匠、読書以外に御趣味あるんですか?」

 私の代わりにスヴェンが尋ねた。

「あるよ。映画とかスポーツとか」

「旅行は御趣味ですか?」

「う~ん。前世で色んな所に赴任したからな。趣味って程ではないな。ただ、新婚旅行や家族旅行は行きたいよ」

「では、師匠、春休み、行きましょうよ」

「何処へ?」

「テルアビブです」

「!」

 私は目を剥く。

「旧市街や市場等、見所沢山ですよ?」

「モサド?」

「いやですね。本部は無関係ですよ」

「そうか……」

 少佐は、消極的な様だ。

 2021年の衝突を見たら、治安の観点から行く気にはなれないだろう。

 私も訊く。

 ―――今後は祖国に里帰りすることはありますか?

 と。

 ユダヤ系外国人移民希望者は帰還法に基づき、その権利が保護されている。  

 少佐とシャロンも又、その法律の適用範囲内だ。

「パパ、移民しちゃう?」

 シャロンは、乗り気だ。

 アメリカで銃撃事件に遭った為、もう懲り懲りなのかもしれない。

 少佐の出自を辿れば、

 イスラエル

 ↓

 イギリス

 ↓

 アメリカ

 ↓

 日本

 だ。

 イスラエルが建国した以上、祖国に戻る、というのも一つの選択肢だろう。

「それは、分からんな。弾かれるかもしれんし」

「弾かれる?」

「ランスキーの様にな」

 マイヤー・ランスキー(1902~1983)。

 アメリカの犯罪史に残るユダヤ系ロシア人のマフィアだ。

 彼は、イスラエル建国の為にユダヤ人地下組織に多数の武器を提供した、とされる(*1)。

 1970年代には、帰化申請を行った(*1)。

 当時、イスラエルは、ランスキーから多額の献金を受けてた上に、いかなるユダヤ人にも市民権を与える帰還法があったにも関わらず、アメリカの圧力により帰化を認めなかった(*2)。

 この様な前例がある以上、少佐も認められない可能性は無くは無い。

 犯罪者ではないが、帰化は結局、政府の機嫌次第だから。

 私も帰化には、否定的だ。

 若し、移住してしまえば、又、1から生活環境が変わってしまうから。

 日本でも来日当初は、時差ぼけや異文化で相当、苦労したのだ。

 イスラエル、多民族国家とはいえ、事実上のユダヤ人国家だ。

 ユダヤ教やヘブライ語を学ぶ必要が出て来るだろう。

 少佐と違って頭が良くない私は、果たして適応出来るだろうか。

 私の不安を感じ取って下さったのか、少佐は、私を撫でて下さる。

「旅行なら良いが、移住はしないよ。現状で満足だ」

 少佐は、顔が広いです。

 若しかしたら、モサドやイスラエルにお知り合いが居るのかもしれません。

 今はネットワークがあれば、世界中、何処とでも繋がる事が出来る便利な時代です。

 若し、知人と会いたい時には、SNSで満足して頂きましょう。

「♡ ♡ ♡」

 私は、少佐の胸に飛び込み、その体臭を嗅ぎます。

 匂いフェチなのでしょうか。

 少佐のそれは、私に凄く合っています。

「「むむ」」

 シャロン、スヴェンも対抗心を燃やし、抱き着きます。

 少佐は苦笑いするだけで、全員、受け止めて下さいました。

 2人が邪魔ですが、喧嘩すると、少佐が怒り、悲しみます。

 なので、我慢する事にします。

(負けないよ)

 2人に視線で宣戦布告し、私は、少佐の胸板に頬擦りするのでした。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る