第117話 welcom to 実力至上主義

 性差別の一つに『男らしさ』『女らしさ』なるものがある。

 日本で戦後、よく言われている事と言えば、男性の場合、

・指導力

・判断力

・決断力

・落ち着いている事

・有言実行

・労働者の家庭では、汗をかいて体を動かす事

・鈍感

・喧嘩早い、暴力的

 等。

 女性だと、

・感情表現が豊か

・細やか

・母性

・感情的

・嫉妬深い

・自己中心性

・欲深い

 等が挙げられている(*1)。

 当然、トランシルバニア王国でも同じで、私も常々、「女らしくない」「女の癖にっぽい」だの、よく言われていた。

 軍隊でもだ。

 私自身、化粧をしてみたり、少女漫画を読んでみたりと、自分なりに努力したつもりであったが、生来の顔や体格は矯正は難しい。

 なので、親衛隊の隊長になった時には諦めて「恋は無縁なもの」と思っていた。

 けれども、少佐に組み伏せられ、その後、御指導を受けていく中で、恋心に気付いた。

 当初は、殿下に配慮し、隠していたのだが、ある日、私が少佐と談笑していた際の笑顔を見られて、バレてしまった。

 王族の恋路を邪魔するのは、当然、不敬罪だ。

 今まで積み上げたキャリアもそこで終わるかと思ったが、

「私と一緒に恋しよう?」

 と、殿下は仰って下さった。

 心を許して下さる事が分かり、私は更に忠誠心を高め、少佐と恋仲になった。

 以降、公私共にお世話になっている。

 この事は、部下には秘密だ。

 上官と部下が恋仲など、誰が話せるだろうか。

 更に少佐は、殿下の御夫君。

 それと恋仲なのは、殿下にも迷惑がかかる。

 なので、私は、皐月さんと一緒で事実婚だ。

 法的に夫婦にはなれないけれど、今の宙ぶらりんな関係でも私は満足している。

「zzz……」

 疲労困憊な少佐は、漫画でしか見た事が無いくらい、綺麗な鼻提灯はなちょうちんを作って眠っていた。

 右脇には、愛弟子2号のスヴェン。

 左脇には、高級娼婦のシャルロット様が横になっていらっしゃる。

 部屋にみだらな臭いが充満しているのは、恐らく愉しんだのだろう。

「……」

 ちょっと怒りが湧いた私は、シーラが行っている様に、布団に潜り込む。

「あ」

「!」

 中には、既にシーラが居た。

 私と目が合い、硬直する。

 少佐に夜這いをかけているのは知っていた事だが、まさか、出遭うとは。

「(何してるの?)」

「……」

 シーラは数瞬迷った素振りを見せた後、狸寝入りで誤魔化す。

 本当にこの娘ったら。

 義妹の癖に本当に少佐に御執心ね。

 ま、私が言えた口ではないんだけど。

「(……責めないよ)」

 シーラに言った後、私は、少佐に跨る。

 そして、胸板を枕にした。

 マッサージをしたかったのだが、もうこの熟睡ようだと、行う必要は無いだろう。

「(少佐、御傍に居させて下さいね♡)」

 殿下やスヴェンとは違って、控え目な私だが、その愛には、自信がある。

 女らしさを1mmも求めない少佐が大好きだ。

 唇にキスし、私は、永遠の愛を誓うのであった。


 明け方。

「……」

 目覚めた俺は、ライカに気付く。

 その隣には、シーラも。

 2人して、俺の胸板を勝手に枕にして熟睡していた。

 殺気を感じると、即応出来る様な体なのだが、2人の様な好意があると、中々、気付けない。

「……?」

 シーラが先に目覚めた。

 俺と目が合う。

 寝惚けているのか、俺に近付き、そっとキス。

「……!」

 まさか、義妹にされるとは思わなかった為、驚いていると、

「……」

 幸せそうにシーラは、微笑んで眠る。

 寝惚けていたのだろうか。

 それとも悪戯だったのだろうか。

 真相は、彼女にしか分からない。

(……まさか、な)

 愛されるのは嬉しいが、シーラには今の所、異性愛は感じない。

 どちらかというと庇護欲だ。

「ん……」

 その横でライカが、身じろぎする。

 胸は開け、胸部が見えた。

 流石に大事な部分迄は見えないが。

(意外と胸あるな)

 比較対象としてスヴェンも見る。

 こっちも同じくらいの胸囲だ。

 スヴェンは異性装の為。

 ライカは、威厳を保つ為に普段から晒しを巻いている。

 ただ、俺は晒しについては、否定的だ。

 体を無理に抑えるのは、余りよくない。

 中国の一部地域の文化の一つに『纏足てんそく』というものがある。

 幼児期に足を布で固定し、それ以上、成長しない様にする為の処置だ。

 流行った理由としては、

・足の小さいのが女性の魅力→女性美

・足が小さければ走る事は困難となり、そこに女性の弱々しさが求められた事

 →貴族階級では女性を外に出られない状況を作り貞節を維持し易くした事

・足が小さいが為に踏ん張らなければならず、そこに足の魅力を性的に感じさせ易く

 した

 等が挙げられている様だが、どれも決定打に欠け、今の所、本当の理由は分かっていない(*1)。

 ただ、俺はこれは、イスラム教のブルカと一緒で、女性に性的な魅力を感じさせない様にする為の処置ではないか? と思っている。

 男性と比べて弱い立場にある女性を性犯罪から守る為には、この様に行い、事前に努めているのではなかろうか。

 まぁ、イスラム教徒でも中国人でもない為、あくまでも推測にしか過ぎないが。

 それでも、ある面では、女性の自由を奪う様な真似には、文化とは雖も賛同し辛い。

 男女同権のアメリカで育った為、この思想は仕方の無い事だろう。

 なので、2人が晒しで、本当の自分を隠しているのは、不満だ。

 ただ、2人は事情があっての事なので、俺の意思を強要する事も望ましくない。

(……可愛いな)

 寝息を立てるスヴェンを抱き寄せつつ、ライカを凝視。

 すると、

「……ふえ」

 ライカが目覚めた。

「(お早う)」

「!」

 少佐、と言う前にライカは自分で自分の口を手で抑える。

 シーラ、スヴェン、シャルロットに配慮した形だ。

 そして、声を潜めた。

「(少佐、お早う御座います)」

 シーラと違って、反応が良い。

 流石、親衛隊現役の隊長だ。

「(お早う)」

 俺は微笑んで、キスする。

「(! ……少佐?)」

「(寝顔、可愛かったぞ)」

「!」

 ボッと真っ赤になった。

「(少佐……)」

 そして、恨めし気に見る。

 順位を付けるのは余りしたくない性分だが、愛人の中では最もライカが可愛いと思う。

 努力家で引き際を分かっており、積極的ではない。

 その点、スヴェンは、天才肌なのだが、

・どんな事にも積極的

・痴女

 が減点。

 シャルロットも、愛というより憐憫の方が勝っている。

 本人もそれを感じ取っている様で、俺と寝る際は、積極的だ。

 なので、夜の生活については、不満は無い。

「(少佐は狡いです)」

「(何がだよ?)」

「(優し過ぎて……もう)」

 それ以上何も言えなくなり、ライカは、俺の胸板に顔を埋める。

 俺は、スヴェンから腕を慎重に外し、ライカの頭を撫でる。

 夜が明けるまでずっと。


 ライカをたんまり愛した後、俺は彼女とシャルロットと共に部屋を出る。

 残りの2人は、熟睡中だ。

「まだ眠いだろ?」

「眠いわよ」

「じゃあ、寝てたら良いの」

「貴方と一緒に居たいのよ」

 昼間、俺が学校に行っている間、シャルロットは愛に飢えている。

 その為、俺が家に居る間は極力、一緒に居たいのだろう。

 射撃場に行くと、既にエレーナが待っていた。

「……」

 俺達に気付いた素振りを見せるが、伏せ撃ちを崩さない。

 使用しているのは、ドラグノフ狙撃銃。

 標的は、800m先のマン・ターゲットだ。

 引き金を引き、7・62x54mmR弾が飛び出す。

 数瞬後、標的の頭に風穴が開く。

 一撃必殺ワンショット・ワンキル

 確認戦果309を誇るソ連軍最強の女性狙撃手スナイパー、リュドミラ・パヴリチェンコ(1916~1974)を彷彿とさせる神業だ。

素晴らしいハラショー

 俺が賞賛すると、エレーナは耳栓を外し、頭を下げた。

有難うスパシーバ

 と。

 ロシア語を多用し、外見も黄色人種とは程遠いが、帰化している様に、心は日本人だ。

狙撃手スナイパーなのか?」

「ええ。驚いた?」

「ああ」

 予備自衛官としか聞いていなかった為、まさか狙撃手とは思わなかった。

「生きる為か?」

「そうよ。先祖が虐殺されたんだから、先手必勝よ」

「……」

 1918年に皇帝一家が処刑されて、今年で104年経つが、恨みは忘れていないらしい。

 気持ちは分からないではない。

 ナチスはニュルンベルクで裁かれたが、ソ連は、沢山の戦争犯罪や人権弾圧を重ねても尚、崩壊まで生き長らえたのだから。

 復讐する相手が居なくなり、その気持ちを何処にぶつけて良いか分からないのだろう。

「貴方は、出来る?」

 俺は、両手を上げた。

「無理だよ。その手の事は、《ホワイト・フェザー》に任せてある」

「チームに狙撃手は?」

「居るよ。でも、君程じゃない」

「なら、そのポジション、私が貰うわ」

何だってWhattttt?」

 思いもよらない言葉に、俺は、英語で聞き返す。

「このチームは、超法規的措置なんでしょ?」

「……まぁな」

 《貴族》の地位は、トランシルバニア王国準軍事組織。

 おまけに最高責任者の俺は、外交官―――正確には、駐在武官の資格を有している。

 つまり、外交特権の下、滅多に逮捕される事は無いのだ。

 もっとも、それを悪用する一部の馬鹿は居るものの、俺は「郷に入っては郷に従え」の精神だ。

 極力、現地の文化を尊重し、その規則に違反しない様に努めている。

 これは、前世からの俺のやり方で、反米感情が強い地域でも、俺の場合は、歓迎される事が多かった。

 ある地域では気に入られ過ぎて、現地人の指導者の娘と婚約されそうになった程だ。

 このやり方は、現世でも生きており、俺は、日本政府とは、上手く付き合い、関係が悪化しない様に努めている。

 臨時講師になったのもその為だ。

「なら、推薦状を書いてよ。殿下に」

 困り顔でシャルロットを見ると、

「良いんじゃない? 有能なんでしょ?」

 あの様な高等技術を目の前で見せられたら、誰だって歓迎するだろう。

 ライカも同じく頷く。

「私も賛成です」

「……俺もだよ」

「あんまり嬉しくなさそうね?」

 エレーナは、不満顔だ。

「いや、嬉しいよ。でも、狙撃手が1人居る、って言ったろ?」

「ええ」

「あいつの顔を潰すかもしれないのが、嫌なんだよ」

 シーラは、俺の指導のおかげで、日ごとに射撃術は、成長している様に見える。

 相変わらず、試験では、不合格だが。

 それでも頑張っているあいつを見ている以上、歓迎し辛いのだ。

「噂通りの優しさね。でも、甘いわよ」

「まぁな」

 軍隊は、実力主義。

 新人でも腕が良ければ、重用するのは、当然の話だ。

 仕方ない、と俺は腹を括る。

「ライカ、配置転換だ。シーラは、俺の秘書。エレーナを狙撃手に」

「は」

 臨機応変にな。

 事後報告になってしまうが、シーラにも言わなきゃいけない。

 胃に穴が開きそうで、俺は腹を抑えるのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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