第118話 傷と恋

 エレーナの加入は、直ぐに承認された。

 これで、《貴族》の構成員は、

 指揮官 :煉

 副指揮官:スヴェン

 将校  :シャロン、シーラ、エレーナ、ナタリー

 の6人となった。

 分隊が10人程度なので、分隊に成るには、残り4人は必要だろう。

 ただ、煉は少数精鋭を重んじている為、人数にこだわりは無い。

 シーラもどちらかというと、少数精鋭派だ。

 大所帯になれば成る程、恋敵が増える可能性がある為、少人数の方が良い―――という個人的な理由からもあった。

「……」

 シーラは、自室で膝を抱えて落ち込んでいた。

 少し前に煉からエレーナの事を紹介されたのだが、自分の居場所が剥奪された様な感じだ。

 秘書官という立ち位置は守られてはいるが、実力主義を重んじる煉が、新たに有能な者を居れば採用するかもしれない。

 極論だが、最悪、義妹も誰かに奪われる事も考えられる。

 落ち込んだまま、煉から貰った任命状を指でなぞる。

 大恩人であり人格者でもある為、煉がシーラを解雇する事はまず考え難い。

 それでも、やっぱり不安であった。

「……」

 深い溜息を吐いていると、スマホが鳴った。

 着信相手は、

「……」

『シーラ、今、大丈夫か?』

 先程、部屋に来た煉であった。

 涙を拭う。

 想い人に泣いている事は悟られたくない。

『付き合ってくれないか?』

「……へ?」

 思わず、声が出た。


 数時間後、私は少佐と一緒に家の近くの飲食店に居た。

 メンバーは私達以外に、

・殿下

・ライカ

・シャロン

・シャルロット様

 も一緒だ。

「勇者様とデート♡ デート♡」

 パスタをフォークで巻き取りつつ、オリビアは、上機嫌だ。

(エレーナが居ないのは嬉しいけれど……デートなら2人きりが良かったな)

 現在、エレーナの護衛はスヴェンが務めている。

 デートに不参加なのは、正式な手続きの為にトランシルバニア王国大使館に行っている為だ。

「はい、勇者様♡ あーん♡」

「うむ」

「パパ、はい♡」

「有難う」

 相変わらず両手に花だ。

 日頃、家事等している分、癒してあげたいのかもしれない。

 少佐は、2人からキスをせがまれても、拒否はせず、受け入れる。

 個室なので、他人の目を気にする事は無い。

「シャロン、頬についてるぞ?」

「パパ、キスして」

「あいよ」

 むず痒くなる位の熱々振りだ。

 ライカ隊長も少佐が飲み物を飲み終わる度に注いでいる。

 意外と尽くすタイプの様だ。

「……」

 私の嬉しくなさそうな感じを悟ったらしく、少佐は、

「シーラ、体調悪い?」

「! ……」

 首を振る。

 気を遣わせてしまった。

 作り笑顔で誤魔化しつつ、更に項垂れる。

「……」

 少佐は、大きな溜息を吐いた後、

「狙撃手の件は済まないと思っている」

「!」

 頭を下げられた。

 以前、説明を受けた時よりも深く。

「でも、秘書官は、そのままだ。今後も俺の右腕として居て欲しい」

 まるで求婚プロポーズの様な言葉だ。

 真剣な眼差しに殿下達は、鼻血を出している。

「よっと」

 私の両脇に手を入れ、抱き抱え、定位置の膝に置く。

「俺の寝込みを襲いあまつさえ、キスした罪は秘書官として働いて償ってもらうからな?」

「……え?」

 聞き捨てならない言葉だ。

 少佐は、スマートフォンを取り出し、スクリーンショットを見せる。

「!」

 私は、時が止まりそうになるくらい驚き、

 殿下、シャロン、ライカ、シャルロットもそれぞれ、

「わぉ♡」

「まぁ♡」

「ほぉ♡」

「おぉ♡」

 と感心する。

 少佐が見せて下さったそれには、私が少佐の唇を奪う決定的瞬間であった。

「責任取ってもらうからな?」

 赤くなった少佐は、私を強く抱き締める。

 そして、囁く。

「(養わせてくれ。ニートでも良いよ。大事な大事な義妹を手放す訳にはいかないだろう?)」

「……」

 あくまでも家族愛なのは、恋心にはきつい。

 されど、その横顔は以前、シャロンに向けてのそれであった。

「……」

 少佐、と。

 何とか告げる。

 声は出ないものの、少佐は、笑顔のままだ。

「……」

 ―――大好きです。

 思い切って告白した。

 今しかない、と。

 当然、言葉は出ない。

 されど、少佐には伝わった様で、

「俺もだよ」

 そして、熱く抱き締めて下さるのであった。

 ―――ぷつん。

「は?」

 私は、飛び起きた。

 寝汗びっしょりで。

 髪の毛が汗でべたついて気持ち悪い。

(あれは……夢?)

 レストランに入った所までははっきりと覚えている。

 だとしたら、何時寝てしまったのだろうか。

「?」

 混乱しつつ、ベッドから下りようとしたと時。

 ふにゅんと。

 何かに触れる。

「?」

 真っ暗の為、その正体は分からない。

 でも、何か柔らかく、又、身近に触れているものと言う事だけは分かった。

「……」

 目を凝らし、凝視する。

 念の為、軍用ナイフを所持して。

 暗闇に目が慣れて来た頃、その正体が判明した。

「!」

 少佐だった。

 私は、思わず、ナイフを投げ捨てて正座する。

 怒られる、と本能的に想ったのだ。

 然し、少佐は反応しない。

「……」

 寝返りし、私を抱き締める。

「きゃ!」

 思わず声を出すも、直ぐに口元を抑える。

 少佐の熟睡している姿に、無意識にしてしまったのだ。

「zzz」

 可愛いいびきに萌える。

 寝惚けているのか、少佐は囁く。

「(好きだよ、シーラ)」

「!」

 はっきりと、聞いた。

 思わず二度見する。

 少佐は、更に力を込め私を抱き締める。

 骨が折れそうだが、痛みより幸福感が上だ。

「(私もですよ)」

 狙撃手の座は、事実上、潰えたが、

・秘書官

・義妹

 のポジションはまだある。

 義妹の方は、家族関係なので、少佐は、絶縁しない限り、遵守するだろう。

 私は、少佐の頬にキスをする。

 そして、自分の汗を塗りたくる。

 マーキングの為に。

 愛の為に。


 レストランで食事をして以降、シーラの愛情が激しい。

「……」

 ―――肩もみしましょうか?

「……」

 ―――紅茶淹れますね?

「……」

 ――朝刊、代読しましょうか?

 まるで侍女の様だ。

「有難う。自分で読めるよ」

 苦笑いしつつ、朝刊を受け取る。

 シーラは笑顔で、俺の膝に座った。

 今更だが、世間の兄妹関係ってこんなんだっけ?

 まぁ、いいや。

「ぐぬぬ……」

 リアルでそんな事言っているのは、スヴェンだ。

 俺が興奮すると思ったのか、絶対領域が眩しいメイド服だ。

 因みにオリビア、シャロンも一緒。

 皐月、司は、秋葉原で買った桃色のナース服だ。

 余談だが、看護師や歯科助手の制服の色についての法律及び法令が無い為、極論、何色を着ても問題無い。

 院長の方針(性癖?)で、看護師の制服が桃色、という場合もある位だ。

 北大路病院では、患者に威圧感を与えない様に、看護師は桃色を採用されている。

 白だと医師と誤認される可能性もある為、その対策も兼ねているのかもしれない。

「たっ君、どう?」

「うん。綺麗だよ」

「私は?」

「皐月もな」

「うふふふふ♡」

「えへへへへ♡」

 母娘は、微笑み合う。

 因みにシャルロットは、司からのプレゼントなのか、セーラー服だ。

 正直、萌える。

 転生当初、萌え文化に理解が出来なかったが、仮装コスプレ日本製アニメーションジャパニメーション等をシャロンと一緒に楽しむ様になってから、を理解する様になった。

 シャルロットは、俺の隣に座る。

「おお、化粧したんだな?」

「《貴族》の高級娼婦だからね。それ位させてよ?」

 俺の手を握る。

 すると、

「ぐぬぬぬ」

 再びスヴェンが唸り、

「……」

 シーラも不満顔だ。

 空いていたもう一つの手を握る。

 これで朝刊が読めなくなった。

「煉、モテモテだね?」

「ああ、全くだよ」

 皐月にいじられ、俺は苦笑するばかりだ。

「たっ君、浮気は駄目だよ?」

「勇者様、宦官って知っています?」

 正妻2人が乾いた笑みを見せる。

 シャロンに至っては、背後から俺の首を軽く締める。

 爪が食い込み、跡がつく。

「絞め殺したら、今日のデート、出来なくなるわよ?」

「あ、そうだね」

 パッと、手を放した。

 皐月の助言が無ければ、今頃、お陀仏だったよ。

「何? 今日、何処か行くの?」

 それまで沈黙を保っていたエレーナが尋ねた。

「ああ、言ってなかったわね」

 家長の皐月が、俺にキスした後、答える。

「煉の部下なんでしょ? 新人歓迎会よ」

 オリビアやシーラが慕うだけあって、聖母の様な雰囲気の皐月だ。

(アレクサンドラ様みたい)

 会った事が無いが、エレーナは、そう感じた。

 ニコライ2世の皇后、アレクサンドラ・フョードロヴナ(1872~1918)は、迷信深く非社交的で且つヒステリックな性格から当時のロシア国民から余り評判が無かったとされるが、WWIの際には看護師資格を取得し、従軍看護婦として活躍した慈善家の顔も持ち合わせていた(*1)。

 少し考えた後、エレーナは答えた。

「有難う御座います」

 視覚障碍者の狙撃手は、深々と頭を下げるのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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