第109話 蕎麦と傍

 令和3(2021)年12月31日。

 今年最後の日。

 国営放送では、歌合戦を。

 民放では、毎年恒例の尻叩き番組か、格闘技を放送している。

 ワクチンと免疫力の為、徐々に感染者は減ってきてはいるものの、まだまだ収束とは言い難い状況なので、今年も去年同様、ステイホームな年の瀬だ。

 世界的には、

・アメリカ

・インド

・中国

・ブラジル

 が犠牲者を多く出した。

 日本では感染者は多いものの、死者は少ない、依然、「世界と比べてマシ」な状況と言えるだろう。

 その理由は、

・元々、多くの日本人がほぼ毎日、入浴する潔癖症的な国民性

・日本語が英語などと比べると、そこまで大きく口を開かない言語

・マスク着用率の高さ

 などがが、+に働いた、と思われる。

 北大路家もステイホームを遵守だ。

 医師会の大幹部な皐月だけあって、路上飲みや不要不急な外出は勿論、大人数の会食もしていないので、家族が感染者になる事も、濃厚接触者になる事すら無い。

「御母さん、医師会から御歳暮届いているよ」

「わぁ、カニ鍋だって。作りましょ」

「はーい」

 母娘は、作り出す。

「あ、私も参加しますわ」

「私も」

 オリビア、ライカも加わる。

「母さん、俺、要る?」

「大丈夫。1年間、家事してくれたから、今日くらい私にさせて」

「分かった。有難う」

「どういたしまして」

 皐月は、俺の頬にキスをして、台所から追い出す。

 愛されているのか、嫌われているのか分からない行為だ。

「パパ、何観る?」

 居間では、シャロンが、リモコンを剣の様に高々と掲げていた。

 その前では、シーラ、スヴェン、シャルロットが項垂うなだれている。

 チャンネル権争いに敗れたらしい。

 テレビ離れが進む世間だが、我が家はまだまだ保守派だ。

 朝から晩まで点けている事が多い。

 ニュースは流し見。

 バラエティ番組は、本気見と言った所か。

「シャロンの観たいので良いよ」

「分かった」

 俺の答えを推測していたのか、シャロンがテレビを点けると、

『♪』

 丁度、彼女が好きな番組が始まった。

 関西の放送局が制作している、視聴者参加型の番組だ。

 視聴者から送られて来た依頼を、探偵役の芸人がこなしていくそれは、俺も結構観ている。

「……」

 不貞腐れたシーラが、俺の膝に座り込む。

「シーラは、何が見たかった?」

「……」

 俺の耳に近付き、

「(アニメ)」

 とささやく。

 場面緘黙ばめんかんもくなので公の場で殆ど喋る事は無いが、時々、天文学的な確率で俺にだけ話す事がある。

 久々に聴いた可愛い声だ。

「そうか」

 俺は、新聞のテレビ欄を確認する。

 すると、アニメ専門チャンネルで、シーラのお気に入りのアニメが、一挙放送を予定していた。

 放映開始まで少し時間がある。

「じゃあ、録画するよ?」

「!」

 良いの? とシーラは両目を瞬く。

「(良いの?)」

「良いよ」

 俺はシーラを抱っこして、自分の部屋に行く。

 プレハブ小屋はもう無い。

 増改築の為、今では大工の休憩所になっている。

 新たに出来る病棟は、無症状の感染者を隔離する為の指定施設になる予定だ。

 なので、本宅の居住スペースの部屋が、唯一の私室だ。

 元部屋同様、質素な内装で、あるのは、ベッドと本棚のテレビのみ。

 俺はテレビを点けて、シーラの好きなアニメを録画する。

 お昼から明日のお昼まで2クール24話分一挙放送だ。

「師匠ってアニメに御理解あるんですね?」

 付いてきたスヴェンが意外そうに言う。

 シャルロットも頷く。

「中身はおじさんなのに?」

 2人がそう思うのも無理は無い。

 俺くらいの年代だと、アニメは、「子供が観る番組」という思い込みが強い人が多いだろうから。

「おじさんでも良い物は認めるよ」

 俺は、ベッドに座り、寝転がる。

「師匠、お昼寝ですか?」

「ああ。昼が出来たら起こしてくれ」

 休日の惰眠は、健康に悪い、とされているが、眠たい時に寝るのが、俺の信条だ。

「御供します」

「私も」

 愛人と娼婦も一緒に寝転ぶ。

 2人は、それぞれ右脇、左脇だ。

「……」

 私も、とシーラは毛布代わりに俺のお腹へ。

 義妹も加わって、仲良く昼寝である。

 

 昼寝後、カニ鍋を食べて、満腹していた時、

 ♪

 皐月のスマートフォンが鳴った。

「はい、もしもし?」

 次の瞬間、緊張した面持ちになる。

「はい……はい……」

 それから、俺に渡された。

「はい?」

「貴方によ?」

「誰から?」

「自分で聞いた方が良いかも」

「?」

 頭上に沢山の? を思い浮かべつつ、俺は出る。

「はい?」

『久し振りだな?』

「その声は……」

 日本国総理大臣・伊藤である。

『君が説得した所為で人事は、破談になったよ。全く』

 と言いつつ、笑っている。

 本気で、怒っている様子ではなさそうだ。

『破談を許す代わりに君に御願いがある』

「随分と上から目線ですね?」

『決まっていた事を覆したんだから、この位の物言い、許してくれ』

「……それで何ですか?」

 シャロンとシーラの髪の毛を触りつつ、俺は、少し怒った声を出す。

 大晦日に総理大臣と喋る程、お人好しではない。

『君に学校を用意した。そこの臨時教員になって欲しい』

「教員?」

『ああ、日本版ウエストポイントだよ』

 伊藤は、まだ笑っている。

 酒でも飲んでいるのかもしれない。

 ほぼ年中無休な首相も飲酒したい時だってあるだろう。

『トランシルバニア王国での活動を黙認しているんだ。次は、我が国に尽くして頂きたい。勿論、報酬は、出す』

「……詳細次第ですね」

『分かった。色好い回答を期待しているぞ?』

 ガハハハッ、と大笑いと共に電話が切れた。

 高校生なのに学校の教員とは。

 まぁ、その前に外国の特別国家公務員をしているのだから、無茶苦茶ではあるが。

 俺は、2人を抱き締める。

「パパ?」

「(少佐?)」

「何でもないよ」

 と、言いつつ、2人の温もりを感じるのであった。


 大晦日は、年越しそばを食べるのが、日本の風習だ。

 郷に入っては郷に従え。

 前世でアメリカ出身の俺だが、転生後は、日本文化に敬意を払い、アメリカに無い文化でも俺は、積極的に受け入れている。

「たっ君、蕎麦、何丁くらい食べる?」

「2丁くらい?」

「じゃあ、5丁で」

 おいおい、食品ロスすな。

 でも、食べれるから良いけど。

 反食品浪費法があれば処罰されるが、ここは生憎、日本だ。

「勇者様、卵入れます?」

「有難う」

「じゃあ、頼むよ」

「はい♡」

 オリビアは、額で割る。

 意外とワイルドだ。

「少佐、年賀状です」

「おお」

 ライカから受け取る。

 陛下にロビンソン、ナタリー、FSB長官……

 王族からスパイまで、幅広い。

「陛下のは、祐筆ゆうひつ?」

「いえ。直筆ですよ」

「マジか」

 三筆さんぴつ並に達筆過ぎて震える。

 高位者ほど祐筆のイメージだから、まさか、直筆とは。

「皇室と交流がありますから、日本語を習得されているんですよ。公では、通訳を介して皇族と会談しますが」

 成程な。

 MLBで成功した日本人野球選手も、現役時代、英語、スペイン語が流暢にも関わらず、会見等では、「誤訳を防ぐ為」を理由に通訳を帯同させていた。

 通訳の仕事を奪わない、というのもあるのかもしれないが、通訳にも自尊心がある為、居る以上、利用しなければならないだろう。

「それと、少佐には、多数の招待状が届いています」

「招待状?」

「はい。少佐は既に王室中の御噂ですから」

「? 何の話だ?」

「今回の戦功が、女性の王侯貴族の間で評判となり、縁談の依頼が相次いでいるんです」

 俺の前に段ボールが置かれる。

 山の様に盛られたそれは、全部で数千通はあるだろうか。

「うわ……」

 どれも高貴なものばかりで、次期女王候補まで居る。

「ライカ、勇者様に何てものを見せますの?」

 オリビアが慌てて、段ボール箱を奪い取った。

「申し訳御座いません。陛下から『見せるように』と厳命された為」

「? 陛下が?」

「陛下は、少佐を高く評価され、側室を多数御用意されたいようです」

「まぁ!」

 オリビアが、俺をヘッドロック。

 大晦日に何て事を聞かされたんだ? と、ライカを睨む。

 気持ちは分からないではないが、全ての黒幕は、アドルフだ。

「勇者様はこれ以上、側室は不要ですわ」

 正妻:司、オリビア、シャロン(?)、皐月(?)

 愛人:ライカ、シャルロット、スヴェン(?)

 もう十分だろう。

「陛下に御認めになられるのは、嬉しいことではありますが、それとこれとは別ですわ」

「たっ君~♡ 出来たよ~♡」

 そうこうする内に年越しそばが出来た。

 司が、ふうふうしてくれる。

「有難う」

「パパ、除夜の鐘、後で撞きに行こうよ」

「分かった。啜れる?」

「その前にあちゅい」

「猫舌」

「あ、ひっど~い」

 シャロンが、俺の頭に噛み付く。

 有事でもないのに流血だ。

 2021年最後の日も、俺は血だらけになるのであった。

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