第108話 REVOLUTION or EVOLUTION?
『―――エルゼ宮殿前の広場では、大統領派と反大統領派のデモ隊が衝突が起こり、多数の死傷者が出ています。一部の都市では、暴徒が放火を行い、混乱が見られます』
ヘルメットを被った国営放送の現地特派員が、鬼気迫った表情で、様子を伝えている。
画面が切り替わり、横転した自動車が映る。
頭から出血した状態の市民が、怒りを滲ませた。
『走っていたらいきなり、停車させられ、車から出て来たら袋叩きだ。畜生、いつ、パリは、ヨハネスブルクになったんだ?』
市民はアラブ系で、
『一連の暴動により、パリは、全土で戒厳令が検討されています。不祥事で支持率が低下中のボナパルト大統領への野党からの退陣要求は強まり―――』
「ざまーみろですわ」
オリビアは、
祖国を侵した大統領の末路に嗤いが止まらないのだ。
普仏戦争以来、確定していた国境線を今更、覆した侵略者を誰が好むか。
俺もトランシルバニア人ならば、同じ感情だろう。
ボナパルトの経済的に国民を救いたい気持ちは分からないではない。
然し、方法が極論過ぎた。
「パパは、今後、どうなると思う?」
俺の肩に顎を乗せていたシャロンが尋ねた。
「次期大統領?」
「あ、やっぱり、
「経済制裁を受けているんだ。責任は当然、派兵を決断した大統領にあるよ。退陣後、戦争犯罪人として裁かれるか、亡命するか」
「許しませんわ」
オリビアが、握り拳を作る。
前者の方を希望している様だ。
トランシルバニア王国は、これで民族対立が作られた。
フランス系によるドイツ系大虐殺。
その報復措置による、ドイツ系が行ったフランス系追放。
追放刑は政変に関与した者達に留まったが、民間人は今後、「フランス系」というだけで、差別や偏見に遭うだろう。
今回の件は、今まで両民族が仲良くしてきたのだが、ボナパルトによってその絆は粉砕された。
今後、両者の関係が修復されるのは、長時間かかるだろう。
否、エルサレムの様に半永久的に改善不可能かもしれない。
『映像の世紀』で観たが、今では険悪な仲のユダヤ人とパレスチナ人であるが、イギリスが介入する前の時代は、一緒に結婚式をする程、仲が良かった。
今では、考えられない様な関係性が、当時あったのだ。
もう憎悪に憎悪が上書きされて、あの様な関係性になる事は、ほぼ不可能だろう。
極論、トランシルバニア王国もその様になるかもしれない。
一緒に観ていたライカも問う。
「少佐は、次期大統領に心当たりがあるんですか?」
「2人な。決めるのは、国民だから、当たるかどうか分からないけれど」
「誰?」
シャルロットも興味津々だ。
フランス系なので、一応は気になるのだろう。
「イスラム教徒と極右だよ。まぁ、予言書通りならば、イスラム教徒がなる可能性が高いが」
フランスの作家が書いた小説『服従』というのがある。
その内容は、こうだ。
大統領選に極右派が出馬し、支持を集める、
危機感を募らせた多くの国民は、対抗馬のイスラム教徒の候補に投票する。
その結果、フランス史上初めてイスラム教徒の大統領が誕生する、という物語だ。
販売当初、フランスでは大ベストセラーになり、日本でもフランスの移民問題を扱う際に紹介されることがある。
「でも、今の反イスラム主義でなるかな?」
フランスでは、イスラム過激派のテロが多発した為、反イスラム主義が高まっている。
その為、イスラム教徒排斥を訴える極右派に票が集まってもおかしくはない。
ナチスの侵略を受けたフランスに極右派の大統領が誕生した場合は、それこそ世界的なビッグニュースであろう。
「分からん。それを決めるのは、国民だからな」
「そうだよね」
シャルロットは、フランスパンを
年末年始は、何かと入用だ。
「パパとデート♡」
「師匠とデート♡」
「……♡」
シャロン、スヴェン、シーラを連れて、俺は買物に来ていた。
司も最初は来る予定であったが、皐月の仕事納めに駆り出され、代わりにシーラが派遣された形だ。
当然、俺の手は2本しかない為、3人だと1人余る。
そこで俺はシーラを肩車し、キャットファイトを事前に避けた。
俺達の行先は、ショッピングモールだ。
・映画館
・レストラン
・ゲームセンター
・アパレルショップ
等が入った大きな商業施設だ。
パンデミックの下では自粛を強いられ、一時は廃業も噂されていたが、何とか持ち堪えている。
「パパ、この服、可愛くない?」
マネキンが来た冬服にシャロンは、大興奮。
「うわ、高い!」
1着8千円。
これを高いか安いか判断するのは、人によりけりだろうが、財布の紐が中々緩まない倹約家な我が家では、高い値段だ。
「御年玉とプレゼント、どっちがいい?」
「う~ん……両方?」
「欲張りだな」
俺は笑って、商品を買物かごに入れる。
「良いの?」
「良いよ。プレゼントだ」
「じゃあ、宝石も買って良い?」
「そればかりは、値段によるな」
良いんだ、と珍しくスヴェンが突っ込む。
「結婚指輪でも良い?」
「そういうのは、専門店が良いな」
「パパは、ちゃんとムードを重視するんだね?」
「そうだよ」
シャロンが、「パパ」「パパ」と連呼する為、店員や客はパパ活を疑い、今にも通報されそうな勢いだ。
更に容疑は、上乗せされている。
スヴェンの首には、チョーカーが装着されてある。
俺が送った物ではないが、勝手に俺の名前を掘り、『貴方専用の奴隷です』と書いているのだから始末が悪い。
その上、シーラを肩車しているのだから悪目立ちし易い。
強面が1人の美男子を奴隷にし、1人にはパパ活を、もう1人を誘拐している絵面だ。
保安要員が来ては、俺をチラ見。
1人では手が負えない、と判断したのか、ワイヤレスのイヤホンで応援を要請している。
「師匠、このスカート、どうですか?」
下着が見える超ミニスカートだ。
「短いな」
「師匠の前だけで穿きますよ」
「にしても限度があるだろう? 痴女は、好みじゃないよ」
「絶対領域。これ以外認めん」
「師匠は、拘り強めですね」
スヴェンは、苦笑いしつつ、選び直す。
「……」
「シーラも選ぶか?」
「……」
こくり。
「じゃあ、下ろすよ?」
こくり。
相変わらず、可愛い義妹だ。
女性物のファッションは、正直、分からない。
ブームも種類もサイズも。
なので、この手は、本人に任すのが1番良いだろう。
聞かれたら、答える。
これが、最善手かもしれない。
商品を観察せず、向かいの書店を眺めていると、
「……ん?」
見知った顔が四つ。
オリビア、ライカ、シャルロット、ナタリーである。
意外な顔合わせだ。
覗き見は趣味ではないが、気にならない訳が無い。
4人は、小説の区画に居た。
買物かごには、4人合わせての量なのだろうか。
100冊以上もの商品が積まれていた。
ブラックカードを持っている為、金額的には問題ないだろう。
ただ、あれだと会計が大変だ。
店員も苦労するし、何より、他の客に迷惑がかかる。
「シャロン、ちょっと、本屋行って来るよ」
「分かった」
本屋に入ると、4人は直ぐに気付いた。
「勇者様?」
「少佐?」
「煉?」
『ストーカー?』
若干1名、罵倒が含まれているが、まぁ、良いだろう。
「勇者様もここに御用ですか?」
「いや、シャロン達の買物に付き合っているだけだよ。向かいの店でな?」
「じゃあ、後で私の服も見繕ってくれる?」
積極的にシャルロットは、頼む。
日本語も堪能だ。
来日して1週間くらいでこのレベルである。
高級娼婦ではあるものの、知能は高いのだろう。
王族の相手をするだけあって、それ相応の教養が求められる為、外国語も直ぐに習得出来る能力があるのかもしれない。
「良いよ。その前にこれ、全部、持って帰るの?」
「はい♡」
「これ位の量ならば、宅配してくれると思うよ」
「そうですか?」
今の時代、電子書籍も選択肢にある筈だが、それを選ばない所を見るに拘り《こだわ》があるのだろう。
俺もどちらかというと紙派だ。
電子書籍だと、スマートフォンの容量を食う為、余り乗り気ではないのだ。
「精算する時、大変だから、別で払った方が良い」
「分かりましたわ」
感染対策の為、人手が少ない事から、オリビアはレジでの注文を選んだのだろうが、店員への配慮がちょっと足りなかった感が否めない。
キラキラした目でシャルロットが尋ねる。
「煉って帝王学身に着けているの?」
「何で?」
「人心掌握術に
「習ってはいないし、自分から学んだ事は無いよ」
『じゃあ、生まれながら?』
「今のが帝王学がどうか分からないから何とも言えないよ」
出自がイギリスなので、もしかしたら、先祖に王侯貴族が居るのかもしれないが
心は、平民だ。
(少佐が遠く感じる)
ライカは内心、溜息を吐いた。
平民を自称しているが、その仕草や考え方は、王侯貴族の様に思える。
(若しかして、御先祖様は、殿下と同じなのかな?)
北大路という名字も気になる。
漢字は違うが、発音は「王子(又は皇子)」に通じているのは、注目せざるを得ない。
その由来は、京都府京都市の一条通付近(旧:一条大路(別名:北大路・北極大路))からだ。
全国的にも珍しい名字で、全国的には、約80人しか居ない。
都道府県別でも、関西に集中している。
―――
『1位、京都府 約40人
2位、滋賀県、愛知県、埼玉県 約10人
5位、静岡県、長野県、岐阜県、兵庫県 ごく少数』(*1)
―――
1千万人以上を誇る東京でも、まず見られない名字だ。
(若しかしたら、先祖に王族がいらっしゃるのかも)
平民の煉と王族のオリビアの結婚を反対する保守派は多い。
その為にも煉の出自をはっきりしておく必要がある。
[参考文献・出典]
*1:日本姓氏姓氏語源辞典
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