第104話 courtisane

 令和3(2021)年12月20日、月曜日。

 俺達は、復学する。

 約2週間休学していた訳だが、学校が怒る事は無い。

 司の行動は国営放送で報じられており、学校も宣伝になった為、寛容なのである。

「模範市民」と区長から褒められ、テレビ出演も果たす。

『―――私は、母親の稼業を手伝っただけです』

『親孝行な娘さんですね?』

『はい。育て方が良かったのでしょう』

 ドッと、区長と記者は笑う。

 和やかな雰囲気だ。

 2人が会見に参加している間、俺は囲まれていた。

「向こうで何してたんだよ?」

「何も」

「嘘吐けよ」

 2週間も休学。

 それも婚約者と。

 更には、司がトランシルバニア王国で支援活動に従事。

 生徒達の耳も大きくなるのは、当然のことだ。

「貴様等、大概にしとけよ」

 スヴェンが威圧する。

 案の定、ここでも俺にべったりだ。

 腐女子共は、俺達の仲を同人誌にする為に忙しい。

「冬のコミケに間に合わせるのよ!」

「はい!」

「受けはどっちが良い?」

 酷い話だ。

 名誉毀損で訴えよう。

 一方、オリビアはライカを従えて、優雅に御茶会。

「向こうに一時帰国したのは、実家が、大変でしたからよ。勇者様をお連れしたのは、家族ですから当然のことですわ」

「ふむふむ。成程」

 新聞部員が、熱心に取材している。

 休み時間にも関わらず御苦労なこった。

 本職なら、残業代出るかもしれないのに、よくもまぁ、無償でやるもんだ。

「ライカさん、貴女にもご質問があります」

「はい?」

「北大路煉さんの愛人になった、と聞きましたが、本当ですか?」

「誤報です」

 きっぱりと否定した。

 公式では、これだが、ライカは、愛人だ。

 時々、オリビアを交えてだが、一緒に寝る事もある。

 ライカにもプライドがある為、スヴェンと違って、認めたくないようだ。

 スマートフォンにメッセージが来る。

『シャロン「今、帰って来れる?」』

 文面でしか想像出来ないが、切羽詰まった感じだ。

「オリビア」

「うん? ……ああ……」

 文面で何かを察して、オリビアは、頷く。

「分かった。司には、言っておくから」

「済まんな」

「良いよ」

 俺は、立ち上がって、早退の届け出を書く。

 スヴェンも一緒だ。

 この状態だと、死後、後追い自殺しそうな勢いである。

「師匠、何ですか?」

EMGエマージェンシー・コールだよ」


 帰宅すると、風呂場でシャロンが、シャルロットの肩を抱いていた。

「如何した?」

「リストカットしたの」

 スプラッター映画の様に、壁や浴槽が血で染まっていた。

「……」

 シャルロットは、俯いている。

 そして、煉を見る。

 その目は、叱られる恐怖で震えていた。

「御免なさい」

「大丈夫だよ」

 煉は、笑顔で答える。

 血は見慣れているし、自殺未遂は前世で見慣れているから。

 それにシャルロットは、元々、精神的に不安定だ。

 鬱病への人の禁句である「頑張れ」も決して言わない。

 生きている時点で頑張っているのだから、これ以上の事は、求めても意味が無い。

「じゃあ、休もうか」

「……え? 怒らないの?」

「怒る理由が無いよ」

 煉は、血塗れのシャルロットを抱っこする。

「……」

 前夫には無い優しさと力強さだ。

 トランシルバニア王国ではシャルロットを経歴から娼婦の様に蔑視する男性が多い。

 だが、この男は全然、シャルロットを嫌わない。

 むしろ、レディーファーストだ。

 女性が多い家でも、DVは見られない。

 それ所か、自身が被害者になっても、報復攻撃しないほどの徹底ぶりだ。

「スヴェン、医務室を」

「は」

「パパ、治療出来るの?」

「このくらいならな。流石に生首とかは無理だけど」

 この期に及んで冗談を言えるのは、まだまだ余裕がある証拠だろう。

 自分の制服が血で汚れるのも構わずに、お姫様抱っこに専念する煉に、

「……」

 シャルロットは、両目を見開くばかりであった。


「これでよしかな」

 水洗いした上で消毒し、軽く縫合する。

 後は、皐月に報告すればいいだけだ。

「縫合、出来るんだ?」

「軍医から習ったんだよ。前世の話だから、今は、もっと最適な方法があるかもしれないが」

 スヴェンが、俺の汗を手巾で拭う。

「師匠は、手術も出来るんですね?」

「これを手術とは言えんよ」

 皐月の手術の動画を見た事があるが、彼女と比べると、月とすっぽんだ。

 無論、医師と素人を比較するのは、無意味なのであるが。

 久々に縫合したので、勘が失われていないか、と不安になっていたが、見る分には、大丈夫そうだ。

 シャルロットも痛がっていない様なので、問題無いだろう。

「……本当に友達だと思ってくれてるのね?」

「? どういう意味だ?」

「てっきり、暴行されるのかと」

「そこまでサディストじゃないよ」

 集中し過ぎた為、俺は、そのままベッドにダウン。

「御疲れ様」

 シャロンが俺の頬にキスすると、またがる。

「午後、若し体力があれば、周辺を案内しようよ」

「歓迎会的な?」

「うん」

「シャルロット、どうだ?」

「貴方が良ければ良いけど」

「俺に配慮しなくて良いよ。大事なのは、君の気持ちだ」

「……じゃあ、御願い」

 どこまでもレディーファーストなのは、現世のアメリカ人の気質なのか。

「パパ、冬服買いたい」

「分かった。じゃあ、一旦、仮眠させてくれ。その後で良いか?」

「うん♡」

 再度、キスをし、俺の胸板を枕にする。

 どこまでも甘えたがりだ。

「じゃあ、私も♡」

 スヴェンも、俺の右腕を借りる。

 胸板と腕を枕にされた俺は、これで動けない。

 やる事が無くなったシャルロットは、おずおずと、俺の左脇へ。

「ん?」

「その……私も寝て良い?」

「良いよ」

「じゃ、じゃあ……借りるね?」

「ああ」

 てっきり枕の事かと思いきや、シャルロットが、借りたのは、俺の左腕であった。

「……枕、じゃないの?」

「人の使っているのは、抵抗感あるから」

 う~ん。

 分からないではないが、清潔にしている為、汚くはない筈だ。

 ただ、人の腕を枕にするのも抵抗あると思うが。

「……」

 疲れているのか、シャルロットは寝入ってしまう。

「……寝ちゃったね?」

「ああ。そのままにな?」

「うん」

 俺達も寝る。

 起きたら、デートだ。

 愛娘と愛人と友達と。


 仮眠後、俺達は予定通り、買物に向かう。

 シャロンの望み通り、服屋に入る。

「パパ、どんなのが好み?」

「露出が少ないの。あと、サイケデリックな感じ以外なら何でも良いよ」

「分かった♡」

 悪人面、女優並に美人、イケメン、気品溢れる美女のグループに店員と客は、注目せざるを得ない。

「(悪人面は、ボディーガードでしょ?)」

「(でも、あのイケメンと手を繋いでいるよ?)」

「(カップルって感じ?)」

「(でも、あの女優さん? とも手を握っているよ?)」

「(半グレじゃね?)」

 罪を犯していないのに、この仕打ち。

 日本は、何時から監視社会になったのか。

 まぁ、それが犯罪抑止並びに防犯に繋がっているのならば、問題無いは無いんだけどね。

「師匠、私も男装、解いて良いですか?」

「良いよ。別に強制していないから」

「じゃあ、師匠を見惚れさせますね?」

 意気揚々と店内を周り出す。

 俺は、シャルロットと店内にある長椅子に腰掛けた。

「愛娘とも将来的には、結婚する感じ?」

「かもな。シャロンが望めば俺に拒否権は無いよ」

 子の幸せを第一に考えるのが、親だ。

 検査では、俺の前世での遺伝子は、ほぼ0らしい。

 皐月によれば、「一旦、体が前世になり、その後、再び煉の体になった」との事だ。

 俄かには信じ難い話だが、論より証拠。

 結果がその様になっている以上、否定出来る根拠は無い。

「……ライカも愛人なんだよね?」

「そうなるな」

「結構、手が早い?」

「自分から手を出す事は無いよ」

「あら、自慢?」

「そういう意味じゃないよ」

 笑って否定しつつ、俺は、店内を見回す。

 買物中であっても気を抜けないのは、元傭兵の性だろう。

 アメリカでもそうだった。

 銃社会であった為、何時、銃撃事件に巻き込まれるかは分からない。

 日本でも通り魔がある。

 この世界に何処でも平和な場所は、存在しないのだ。

「……若し、私が誘惑したら、誘いに乗る?」

「妻帯者だから乗らんよ」

「独身だった場合よ」

「そりゃあ乗るだろうな」

「私の経歴を知ってても?」

「多分な。職業差別する程、暇じゃないし」

「……」

 アイルランドの詩人、オスカー・ワイルド(1854~1900)は、

『男女の間では友情は不可能だ。

 情熱と敵意と崇拝と愛はあるが、友情はない』

 と断言している。

 然し、俺達には、現状、友情が成立しているだろう。

「……分かった」

「何が?」

「貴方と知り合えたのは、良かったわ」

 そして、立ち上がると、

「第二の人生は、貴方専用の高級娼婦クルチザンヌになるわ」

 と、宣言し、俺の唇を奪う。

「!」

 直ぐに離れて、微笑む。

「殿下に悪いけど、惚れちゃった♡」

「……はぁ」

 余りの事に俺は、乾いた吐息を漏らす事しか出来なかった。


 午後1時前、俺達は退店する。

 真新しいダッフルコートを着た3人の美男美女を連れて。

「……歩きにくい」

「3人もの美女を連れて何言ってるの?」

 シャロンが、握力を強める。

 世界記録くらいありそうで、滅茶苦茶痛い。

「師匠も格好良いですよ」

 スヴェンが見繕ったコートを俺は、着ている。

 チェスターフィールドコートは、初めて来たが、自分でも言うのも何だが、似合っている。

 ニット帽は、シャロンが選んだ。

「パパ、帽子どう?」

「暖かいよ」

「でしょう?」

 左手に愛娘。

 右手に愛人と堂々と繋いでいる日本人は、俺だけかもしれない。

 高級娼婦も居る。

 2人に配慮してシャルロットは、半歩遅れで付いて来ている。

 世界一、奇妙な光景だろう。

 冬なので、日の入りが早い。

 暗くなりつつ中、俺は、シャロンの手を離す。

「え?」

 途端、捨てられた子犬の様に悲し気になる。

「そういう訳じゃないよ」

 俺は、背中を見せる。

「シャルロットと交代だ」

「!」

 勢いよく俺の背中に飛び乗る。

 これで、左手が空いた。

「私、娼婦だけど?」

「知らんよ」

 無理矢理、シャルロットの手を握る。

「シャルロットは、シャルロットだ」

「……有難うメルスィー

 両頬を真っ赤にしつつ、感謝するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る