第103話 愛、哀、逢
夜。
ベッドの上で俺達は、語り合う。
「たっ君、友達を助けて欲しい」
蕩けた顔で司が願う。
「友達、ねぇ」
俺は、オリビアを見た。
俺の胸筋を枕にしている。
「シャルロットは、フランス系の王族ですの」
「だろうな」
・ルイ11世の2度目の妃
・ルイ16世の娘
・アンリ4世の愛妾
等、王侯貴族の女性には、その名前が多い。
なので、予想は出来ていた。
「彼女とは、遠縁ですわ」
「だろうな」
王族だから、身内であるのは、自明の理だ。
「余り、親しくは無かったのですけれども、それでも家族ですからね」
「……まぁ、良いんだけどさ」
「良いの?」
司が目を輝かせる。
「良いよ。でも、住まいはどうするんだ ?」
「その点は、私が用意しますわ。身内ですからね」
オリビアは、思いっ切り抱き締めるのであった。
『―――「今回の政変に関わっていた王族は、断腸の思いで処分しました。主犯グループは、全員死罪。経済援助をしていた王族は全財産没収の上、それぞれの祖国に強制送還しました』
翌日、王宮でアドルフが、会見を行っていた。
横には、大公のルイも居る。
『フランスの関与が、疑われていますが、その辺については、どう思われます?』
『その辺については、エリゼ宮殿に御聞き下さい』
その様子を俺達は、機内で観ていた。
王室が用意した専用機は、流石、産油国だけあって、非常に豪華だ。
高価な酒に、御菓子。
昨日と変わらない食べ放題まで用意されている。
「師匠、御茶です」
「ああ」
時差ぼけ対策に俺とスヴェン、シャロン以外は皆、寝ている。
いや、もう1人居たな。
目の前に居る。
「本当に……殿下の夫なんですね」
緊張した面持ちで、シャルロットが座っていた。
「そうですよ」
政変に関わっていない彼女は、処分対象外だ。
然し、本人が亡命を希望した為、認められた形である。
俺の事は事前にオリビアから説明された為、ある程度は知っている筈だ。
「パパ、眠い」
「寝たら?」
「でも、パパと居たい」
「じゃあ、はい」
腕を差し出すと、枕にする。
「パパ、大好き♡」
「俺もだよ。お休み」
口付けすると、シャロンは、微笑んで目を閉じた。
「……本当に父子なのね?」
「前世の話ですよ? 今は、恋人同士ですよ」
「……」
目の前にしても理解し難い様だ。
初見で100人が100人納得出来ない話だろう。
「私は、これからどうなるの?」
「そうですね」
シャロンの安眠の為にテレビを消す。
人生約10回分もの総資産を持つシャルロットは、ぶっちゃけ日本以外でも余裕に住める。
だから、リヒテンシュタインやモナコが、最適な場所だとは思うが。
それでも日本を選んだのはオリビア以外、頼める人が居ない、という事だろう。
「殿下―――」
「御免。止めてくれる。その尊称」
「では、何と呼べば?」
「呼び捨てで良い。後、敬語もされる程の器じゃないし」
愛人業をしていた為、自分を低く見ているのだろう。
皐月と司も心配そうに「自殺するかも」と言っていた。
「……分かった。じゃあ、シャルロット。貴女には住まいは、オリビアが、用意してくれる」
「殿下の家?」
「家って言うか別宅だな」
通い妻であったオリビアだが、最近は、北大路家で寝泊まりする事が多くなっている。
「本当に同棲しているのね?」
「そうだよ」
片方の手をスヴェンに預ける。
すると、彼女は、マッサージを始めた。
「師匠の手、相変わらず大きいです♡」
「熊みたい?」
「そうは言っていませんよ。でも、好きですよ」
頬擦り。
手フェチの女性は、意外と多い。
2017年のある意識調査では、約半分の女性が、自分が手フェチである事を自覚している。
―――
『Q.自分が男性の手に魅力を感じる、所謂「手フェチ」だと思いますか?
・はい ……47・5%
・いいえ……52・5%
※有効回答数402件 22~34歳の未婚女性』(*1)
―――
スヴェンが自覚しているかどうかは、定かではないが、この状態を見れば、手フェチであると言わざるを得ないだろう。
「その子は、愛人?」
「弟子だよ」
「でも、洗脳されている目だよ」
洗脳、か。
俺が洗脳した訳じゃないんだけどな。
「スヴェン」
「何?」
話しかけられて、スヴェンは、睨む。
俺以外の人間を認めていないのは、中々、直らない。
「スヴェン、その悪癖、直せ」
「は」
返事だけは、一人前だ。
「貴女達は、肉体関係あるの?」
「無いです。ただ、愛人です♡」
スヴェンは、俺の膝に跨った。
誘惑するが、俺は乗らない。
あくまでも、抱き締めるだけだ。
「騎士なのに、愛人を抱えているのね?」
「師匠は、師匠ですから」
意味が分からない答えである。
俺が困った顔をすると、スヴェンが唇に口付け。
「おいおい、熱いな?」
「師匠と寝たいですからね。今晩、どうです?」
「遠慮しておくよ」
肘に痛みが走る。
シャロンが
「パパ……」
目尻から涙が零れ落ちる。
夢の中の俺は、前世か現世か。
この状態の娘を前には、抱く気にはならない。
スヴェンも流石に理性が働いた様で、
「貸しですよ?」
俺の
誘惑したのは、スヴェンが先なんだけどな。
それから背後に回って、あすなろ抱き。
結局、俺からは、1歩も離れる事は嫌な様だ。
「本当に、
「そうだよ。自分でもびっくりだよ」
シャルロットは、体育座り。
下着を俺が見ても気にはしない。
自分の価値には、もうどうでも良いらしい。
王族だった女性の末路がこれだ。
自暴自棄になっているのかもしれない。
「私を未だ女として見れる?」
「見れるよ」
「……本心?」
「ええ」
「私が迫っても?」
「それは、妻帯者に言う台詞じゃないな」
「魔性の女だからよ」
漸く表情が、和らぐ。
彼女がそうなのかどうかは、分からない。
それでも、王族らしい気品さを感じるのであった。
令和(2021)3年12月18日、土曜日。
午前3時。
王室の特別機が、成田国際空港に着陸する。
オリビアの
約2週間ではあったものの、クリスマスまでに帰国出来たのは、良かった。
オリビア達は、帰宅するなり、泥の様に眠る。
家に帰れた事で緊張の糸が切れたのかもしれない。
一方、タフなのは、とスヴェン、そして意外な事にシーラ、ナタリー、シャルロットである。
シーラは北大路家の人間なので問題無いのだが、他の3人は部外者なので、流石に無断で屋内で過ごすのは気が引けるらしく、結局、俺の部屋で過ごす。
『相変わらずの潔癖症ね』
ナタリーは、
お前は、姑か。
「家を空けている時も、相棒が掃除してくれるからな」
日本製ロボット掃除機がくるくる回っている。
本宅と外の別宅では俺が居ない間、常に稼働させている。
「……」
箒を持っている我が優秀な秘書官は、不満気。
自分でしたかったらしい。
「……」
くいくい、と俺の袖を引っ張り、無言で抗議。
私に仕事を下さい、と。
「自分でしたかった?」
「……」
頷く。
「分かった。じゃあ、次からは頼むよ。お願いな」
「♡ ♡ ♡」
俺の手を取り、激しく握手。
「ハハハハハ。可愛いな」
逆の手で頭を撫でると、シーラは、微笑む。
可愛いなぁ、我が天使。
義妹じゃなくて、娘に出来ないかな?
シャロンが激怒しそうだけど。
俺が愛でている間、ナタリーは俺のベッドの下や本棚の奥を家宅捜索の様に、見回る。
『エロ本は?』
「本当に探すの好きだな?」
『当たり前でしょ。上司の性癖は確認しないと、いつ襲われるか分からないんだから』
「合意じゃないとしないよ」
俺は、シーラを抱っこする。
彼女が嫌がれば別だが、彼女はこの手には、常に乗り気だ。
案の定、今も。
「……♡」
「師匠、私は、何時でもOKですからね。都合の良い女ですから」
「はいはい」
スヴェンは、枕を抱いて、クンカクンカ。
俺を感じて、涎を垂らしている。
まさか、モサドきってのエリート工作員が、こうまで俺に心酔しているとは。
テルアビブが知れば、卒倒しているかもしれない。
いや、もう見限っているからどうでも良いのかもしれないが。
「貴女、何処の信者?」
唐突にシャルロットが尋ねた。
「急に何だ?」
「いや、多妻だから
多妻を認める宗教は、世界的には、イスラム教とモルモン教が有名だろう。
尤も、後者は、1890年に当時の指導者が、神の啓示を受け、一夫多妻を廃止した、とされる為、広義では、それに含まれないかもしれない。
「それとも最近の
「残念だけど、無神論者だよ」
「え……」
絶句するシャルロット。
まぁ、この反応は、想定の範囲内だ。
トランシルバニア王国では、無神論者=
ソ連に支配された歴史を持つが故の偏見だろう。
「
「……そう」
冷戦期、世界各国で共産主義者と戦ってきた俺が、共産主義を信奉する事は無い。
思想の自由には、肯定的だが、共産主義に関しては、歴史的な事実からは、常に否定的だ。
俺は、シーラを抱き枕の様に抱擁する。
「俺が信じているのは、お金、愛、祖国だ。神様は、今の所、いらっしゃらない」
「……愛ってのは?」
「家族だよ。司にオリビア、シャロン、皐月、シーラ。皆、家族だ」
「……! ……! ……!」
シーラの耳が、見る見る内に真っ赤に。
「前世では、幸せになれなかった分、現世では、幸せになりたい。これが、俺の愛だ」
「……殿下が惚れる位、熱い男ね」
シャルロットは、腹を見せる。
『う』
ナタリーは呻いて、目を逸らし、
「……」
シーラも俯く。
臍には、大きな手術痕があった。
執刀医は、皐月だ。
同居しているだけあって、その癖は、見抜ける様になった。
「……」
「貴方が初めてよ。私に常に敬意を払ってくれる男性は」
重い言葉だ。
それだけ、DVの傷が深いと思われる。
「友達になってくれる?」
「良いよ」
「有難う」
シャルロットは微笑んで、俺の部屋でリラックスして過ごすのであった。
[参考文献・出典]
*1:マイナビウーマン 2017年6月 Webアンケート
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