Happy Holidays
第101話 壊れる心、壊れた愛
私、シャルルはフランス系の王族であった。
過去形なのは、今は違うからよ。
今の職業?
そうね。
和訳すると、『愛人業』と言った事かしら。
仕事内容は単純明快で、権力者の愛人として24時間365日過ごす事よ。
衣食住は全て権力者が用意してくれるから、契約すれば何不自由無い暮らしが送れるわよ。
要は売春婦の上位者と言った事かしら。
売春はこの国では、合法なのよ。
勿論、審査はあるものの、実家が貴族だと賄賂次第では簡単になれるわ。
いつからかの文化なのかは知らないけれど、少なくとも冷戦期にはあったそうよ。
白系ロシア人や元貴族が生きる為に、自分の体を売ったのが始まりなんじゃないかな?
ベルリン陥落前後、ベルリンに居た女性の実に3人に1人がソ連兵の暴行被害に遭ったらしいし、それはそれは大変な時代だったと思うわ。
私の家系も当時は貴族だったんだけれども、冷戦以来、代々、権力者の高級娼婦になったわ。
「……」
私は、散々殴られ腫れ上がった顔を擦る。
鏡が無い為、分からないけれど、多分、今の私は、試合直後のボクサーのようになっている事だろう。
昔、読んだ日本のお岩さんが、1番表現に適しているかもしれない。
私の夫は、私に暴力的に愛す事を好む。
ロシアでは、
―――
『ロシアでは、
「女は殴られる事で男の愛を感じる」
という趣旨の格言がある程、男性中心の価値観が根強い。
2017年 DVの罰則が一部軽減。
2019年 露紙「国連の統計等を基に、ロシアでは年間1万~1万4千人の女性が家族の手で殺害されている」
国際社会「女性の人権状況を改善するように」
露政府「DVは大きな問題ではない。問題が誇張されている」
革新派議員など→DVから女性を守る法案を準備
保守派の議員や市民団体「伝統的価値観の破壊に繋がる」』(*1)
―――
無論、日本も他人事ではない。
DV被害者支援団体によれば、日本では、3日に1人、妻が殺されているのだから(*2)。
トルコでは、保守派の脱退論を下に保守政権は、DV防止条約=イスタンブール条約から脱退を表明。
欧米との軋轢を更に深めている。
夫もロシア系であった。
酒を飲んでは暴れ、私と目が合えば、暴力的を振るう。
で、翌日には、涙ながらに謝罪し、
私も馬鹿だが、夫は精神的に不安定なのだろう。
今でこそ、この国はドイツ系、フランス系、イギリス系等が仲良く暮らしてはいるが、冷戦期、抑圧的に支配していたロシアに対する悪感情は未だに根強い。
なので、ロシア系に対する人種差別が無い訳ではない。
多分、夫もロシア系だから外では辛い思いをしているのだろう。
それが、DVの理由なのだろう。
だからといって、DVを肯定する訳ではないが。
ギギギ……
重厚な扉が開く。
ああ、夫が帰って来たんだな。
又、殴られるんだろうな。
今度も生きているかな?
ぎこちない笑みを浮かべて、
「お帰りなさい」
が、訪問者は夫では無かった。
「酷い怪我だな」
目出し帽を被った男。
M16を携え、灰色のヘルメットと野戦服を着ている。
映画で観た米兵の様だ。
男はM16を床に置くと、手を差し出す。
「戦争は終わったよ」
はて。
この男は、何を言っているのだろう。
然し、私は、笑っていた。
「はい」
後々、思い返せば、数年振りの様に思える。
2021年12月8日。
日米では、開戦日であるこの日であるが、私の人生の教科書には、こう記されている。
『解放記念日』
と。
その後、私は、他の解放された人々と共に貨物自動車の荷台に乗り、国立病院に搬送された。
外のポールには何故か自国の国旗以外に、星条旗や日の丸、ドイツの三色旗、そしてイスラエルの六芒星旗が翻っていた。
私の顔を見た日本人医者は、驚き、
「辛かったろうに」
と、同情し、すぐさま手術をしてくれた。
医学のプロではない為、手術の事は分からないが、その腕は素晴らしく、破壊されていた私の顔は見事、修復し、他に根性焼きの跡等も全て治療して頂いた。
「御代は?」
と問うと、日本人は笑い、
「既に陛下から頂いているよ」
権力者の愛人なので、お金はあるのだが、まさか陛下が支払って下さるとは。
それから、日本人はこうも問うた。
「失礼かとは思ったが、暴行被害に遭っているわね? 貴女次第だけど、その……処再生手術も受けれるよ?」
と提案して下さった。
初めて聞く事で詳しい話を聞いたが、これは、結構、有り触れた手術らしい。
特にイスラム圏では、婚前交際が禁止されている女性が結婚前に慌てて手術を受け、「処女」である事を証明する様に利用しているそうな。
「……お願いします」
体が修復されたとて、心の傷が癒える訳ではない。
私は、終生、闘病しなければならないだろう。
親身な医者は、10代くらいの看護助手に指示を出す。
「向精神薬を」
「はい」
よくよく見れば、2人は、よく似ている。
母娘なのかもしれない。
「あの……」
「はい?」
看護助手は、向精神薬を用意しながら、私を見た。
そのアルカイックスマイルは、菩薩の様に温かい。
「若いね?」
「はい。17です」
「あら、同い年。ドイツ語上手だね?」
「医学を学ぶには、ドイツ語は、基本ですから」
彼女によれば、日本は、昔、ドイツ語で診断書を書いていたという。
流石に今では少なくなった様だが、ドイツ語を学ぶのは、別段悪い事は無い。
「司、
「うん。大丈夫だよ。御母さんは?」
「煉が心配だから見てくる」
「分かった」
2人は、やっぱり母娘だった。
女医・皐月は、私の名前等を黒塗りにした診断書の複写を持って、出て行く。
陛下か人権機関に提出するのだろう。
個人情報が伏せられているのは、正直、嬉しい。
それはそうと、先程の会話で気になる事があった。
「レン?」
「ああ、私の婚約者だよ」
「婚約者? 17で?」
はて。
日本では、晩婚化が進んでいる、と聞いていたが。
「どんな人なの?」
「優しくて働き者だよ。こっちで国家公務員しているから、最近は、忙しくてあんまり交流出来てないけどね」
「……」
その表情は、本当に純粋に恋する乙女の様だ。
だが、それよりも又、気になる事が増えた。
「国家公務員? 相手は、トランシルバニア人なの?」
「いや、日本人だよ」
「? 日本人が国家公務員?」
本来、公務員は、その国の国籍が無いと、就く事は出来ない。
出来ても地方公務員位だ。
ALTの外国人教員は、ここに含まれるだろう。
だが、トランシルバニア王国では、地方公務員ですら、外国人はなれない。
なので、日本人が、国家公務員になる事は、不可能だ。
「この国の王室と縁が深くてね。陛下ともお知り合いで、特別になったんだよ。騎士の称号も頂いているし」
「え? じゃあ、貴族なの?」
「そうだよ。本人は、『自分は、平民』と言い張っているけどね」
「……」
益々訳が分からない。
難民条約すら入らず、欧州難民危機でも、「我が国は、発展途上国であって、難民を受け入れる環境が整備されていないし、する予算も無い」と国連で言い放った世界屈指の排他的な自国が、外国人を貴族にする何て、聞いた事が無い。
「携帯電話、貸してくれる?」
「如何して?」
「官報を見たいの。それだけ」
「分かった」
司が携帯電話を渡す。
私は、画面を見せつつ、官報を検索した。
そして、最近の昇格者を見る。
すると、
「ああ、これだよ」
司が見付けてくれた。
その指の先を追う。
———
『【REN KITAOJI】
National(国籍):JAPAN(日本)』
———
とある。
顔写真は、無い。
官報に掲載されている以上、司の語った事は真実だ。
そこで、私は、ある事を思い出す。
最近、訪日し、日本人と結婚した王族の事を。
「若しかして……」
「何?」
「殿下の婚約者?」
ホテルに戻ると、オリビアが出迎えた。
「寒かったでしょう? どうぞ」
「有難う」
暖炉の近くに座る。
一応、防寒着はしていたが、極寒のこの国はナチスでさえ弱体化させた。
冬将軍さえなければ、ここは、ナチスの支配下で、戦後は、そのままソ連の手に渡ることは無かったかもしれない。
冬将軍は、悪魔を弱体化させることに成功したのは良いが、もう一つの悪魔には、敵うことがなかった。
まさに諸刃の剣だ。
「へっくし」
「風邪か? お休み」
「うん。葛根湯ある?」
「あいよ」
風邪の引き始めには、葛根湯が1番だ。
俺から貰うと、シャロンは、嬉しそうに俺の頬にキスすると、ベッドに横になる。
「勇者様、改めてお疲れ様でした」
「全くだよ。危険手当請求するからな?」
「はい♡」
オリビアは、俺のコートの中に入り、一緒に羽織る。
「密だな?」
「ですわ。私が居ながら、御息女や愛人を優先させた罰です」
「……そうだな」
色々、言いたいことはあれど、疲れていたので、反論する気も無い。
「……寝ちゃいましてね」
「ですわね。相当、お疲れなのでしょう? 電気、消して」
「はい」
スヴェンが電気を消すと、彼女もまた、コートに入る。
そして、眠る俺の頬に左右からそれぞれ、キスするのであった。
「寝ても逃がさないですわ」
「何処までもついていきます」
残党は大方、片付けられ、今度は国際連合の調査団が、介入してくる。
世界経済の大部分を占める北海油田の産油国なのだ。
強権を使ってでも美味しい所を探すのは、まるでハイエナの様な、がめつさだ。
米英は元々の友好国である為、主導権を有している。
一方、フランスは政変の黒幕説でトランシルバニア王国からの印象が非常に悪い。
断交論も出ているほどだ。
一方、国際連合設立以来、
復興援助を理由に軍港の租借を要求したり、国内に国営企業を推したりと、トランシルバニア王国に対し、あの手この手で誘惑する。
トランシルバニア王国は、米英VS.中露の代理戦争と化していた。
「陛下、中国の国家主席とロシアの大統領が、会談を希望していますが」
「体調不良を理由に拒否して下さい」
「は」
ソ連時代を経験している為、アドルフは、ロシアに対し、好感を持っていない。
ソ連崩壊後、旧構成国であるジョージア(露名:グルジア)やウクライナを攻撃しているのだから、明日は我が身と危機感を持つのは当然だろう。
一方、中国も心証が悪い。
共産国だから君主制とは不適合、という考え方だ。
「大変ですね」
アメリカの大使が同情する。
アフリカ系のジャクソンだ。
着任以来、アドルフと私的にも交流を続けている。
「大変ですねwww」
他人事の様に笑うのは、茶髪で赤髭と一度見たら忘れない、癖の強いイギリス人男性―――ヘンリー。
元々は王族であったが、自由な生活を望み、臣籍降下し、外交官に転身した異色の経歴の持ち主だ。
王族ではなくなったが、絶縁という訳では無い為、他の王族とは私的に交流を続け、この国ではトランシルバニア王室とイギリス王室の仲介人の様な役割を果たしている。
「大変だよ」
胃痛を感じるアドルフであった。
[参考文献・出典]
*1:産経新聞電子版 2019年12月7日 一部改定
*2:東洋経済 2015年7月8日
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