第100話 赤と白

「「「……」」」

 帰りの車内は、重苦しい雰囲気が漂っていた。

 運転手のスヴェンが、何度も後部座席の俺を見る。

「……んだよ?」

「あの良かったんですか?」

「何が?」

「御遺体を焼いて……」

 偽物を撲殺後、俺は、遺体を撮影してから焼いた。

 キリスト教やユダヤ教では、土葬が一般的なので火葬は縁遠い。

 どちらかというと、

 埋葬方法の一種 ×

 処刑方法    〇

 に感じるかもしれない。

 実際に魔女裁判では、多くの「魔女」が火刑に処されたのだから。

「良いんだよ。それとも鳥葬の方が良かったか? 動物愛護団体が来るぞ? 海上投棄は? 海の警察犬様が来るぞ?」

「……」

 スヴェンを黙らせた後、俺は、隣のシャロンの手を握る。

 一瞬、びくっとした彼女だが、俺の気持ちを察したのか、握り返してくれた。

「……パパ、御免ね。軽い女で」

「全然。多分、俺もあんな反応だと思うから」

「……」

 冷静になった今、思い返せば、あの時の俺は流石に嫉妬心が激しかった。

 ただ、愛娘を人質にされたのだから、それも理由の一つだろう。

「……私、すっごく自分に幻滅したよ。尻軽だったんだなんて」

「全然、思わない―――」

「だから、パパの愛する人になりたいの。御願い」

「愛してるよ」

「言葉だけじゃ駄目」

 シャロンは、俺の首に手を回し、抱き寄せる。

 宛がわれたのは、唇であった。

 涙の味がし、離れる事を許さない。

(……ああ、シャロンは、本当に俺の子なんだな)

 そこで、改めて実感した。

 回し方は、俺似。

 キスの仕方は、妻似だ。

 チュパンと離れ、納豆の糸の様な橋が作られる。

 シャロンは、俺の手の甲を爪で引っ掻く。

 当然、血が滲む。

「んだよ?」

「マーキングだよ。パパが私から離れられない様にね?」

「離れないよ」

「じゃあ、結婚してよ」

「……本当に俺で良いのか?」

「良いよ。だってその姿もタイプだし」

「……」

 煉に嫉妬心を抱くが、体をくれた大恩人でもある為、複雑だ。

 本人は、天国で笑っている事だろう。

『死人に鞭打つのは止めてね?』

 ほら、聞こえた。

 昔見た死んでも尚、彼女を守ろうとする映画の主人公並にべったりなのかな?

『そうだよ。守護神だからね。一緒に陶芸でもする?』

 やるか、馬鹿。

 プライバシーが侵害されているのは、不快だが、守護神ならば仕方ない。

 煉も母親や姉が心配なのだろう。

 人間は、年齢順に死ぬのが正解である。

 親よりも姉よりも先に死を選んだ煉は、とんだ親不孝者であろう。

 まぁ、本人が苦しんだ末の決断であり、大恩人でもある為、俺は中々責める事は出来ないが。

「じゃあ、パパ。帰国したら籍入れ様よ」

「早いな? 後、俺、まだ年齢的に出来ないぞ?」

「アメリカ大使館の中ですれば、アメリカの法律が適用されるよ?」

「……そうだな」

 日本の司法権が及ばない以上、俺は、日本の法律で結婚出来ない年齢にも関わらず、結婚する事が出来る。

 現にこの国―――トランシルバニア王国では、俺とオリビアは、夫婦だ。

 なし崩し的にライカとも夫婦関係にあると言え様。

「ママ、私、幸せになったよ」

 娘の幸せを何よりも願っていた妻の事だ。

 天国で大喜びしているかもしれない。

 いつか、墓参りしないといけないな。

 墓も出来れば、日本に移動させたい。

 俺達は、小指を絡め、酷道を行くのであった。


英雄ヒーロー』の言葉の語源は、ギリシャ神話に登場する最高神の女神、ヘーラーとされる(*1)。

 彼女は、ゼウスの妻であったが、嫉妬深い性格で、夫の浮気相手やその子供に罰を与える等したという。

 若しかしたら、俺は彼女並に嫉妬深いのかもしれない。

 シャロンと手を繋ぎつつ、俺はスヴェンを連れて王宮に入る。

 今日の戦果を報告する為だ。

「おお、英雄よ。帰って来たか?」

 アドルフは、大喜びで出迎える。

「今日も返り血一杯だな」

「申し訳御座いません」

「良いよ。忠義の証だからな」

 アドルフは、俺の肩に手を置く。

「疲れただろう? オリビアが待ってる。癒してもらえ」

「は」

 アドルフに背中を押され、王宮を後にする。

 もう少し、俺と話したかった雰囲気だが、国王である以上、忙しいのだろう。

「パパ、抱っこ♡」

「はいよ」

 まるで3歳児のように甘える。

「主、私も♡」

「はいはい」

 スヴェンには適当にあしらうも、キスは忘れない。

 万が一、期限を損ねられたら、作戦に支障を来す恐れがある。

 一応はプロだが、こと俺に関しては、ヴェンは子供っぽくなる。

「パパ、戦勝祝いに、デートしようよ」

「分かった。俺も欲しいものがある」

「何?」

「あれだよ」

 俺が顎で示した先を2人は、見る。

 そこにあったのは、ロシア帽販売店。

 アメリカの製造業者が、王宮に売り込みに来ていた。

 市民は、復興に忙しい為、まずは王族に向けて無償提供し、イメージアップに努めているのだ。

「パパ、ああいうの好きだね?」

 ファッションには、1mmも興味無い俺だが、ロシア帽に関しては別だ。

 レプリカを被って鏡面で確認してみる。

「……」

「主、こういうのに御興味があるんですね?」

「まぁな。これは?」

 前立てにあるべき赤いクラースナヤ・ズヴェズダーが、白い星に変わっていた。

 店員が説明する。

「反共のこの国では、赤は売れませんよ。白こそ正義です」

「成程な」

 白は王党派や反共主義を意味する色だ。

 意匠計画こそ冷戦期の感じがするが、色を変えるだけで、飛ぶ様に王族は被っている。

 SNSに投稿している様を見ると、とても政変直後は思えない光景だ。

「「……」」

 シャロン、スヴェンは、顔を見合わせ微笑むのであった。


[参考文献・出典]

*1:G・ヴィーコ『新しい学(上)』中公文庫 2018年

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