第99話 永訣の朝

 12月1日に政変が起きて、最終的に鎮圧が確認されたのは、3日の事であった。

 その間、国土の広範囲で、正規軍と反乱軍の衝突が起きた為、死者は累計で1千人を数えた。

 その多くがドイツ系で、友好国は直ぐに医師や看護師を送った。

 イギリス、日本、アメリカ、ドイツ、イスラエルである。

 フランスも派遣したかったが、トランシルバニア王国から拒否されて、連合国側に入る事は出来なかった。

「寒いね」

「うん」

 北大路家の母娘も派遣されていた。

 ロシア帽を被り、全身、厚着にした上で、降り立つ。

 日本人医師団の団長に任命された為、娘と共に来たのだ。

 皐月達は寒さを感じつつ、王室が用意したバスに乗り込む。

 今から行くのは、王立病院だ。

 医師団が診察するのは、反乱軍の兵士から暴行被害に遭った女性達。

 自己申告なので、被害者の実数は分からない。

「煉が頑張ってくれたんだから、私達も頑張らないとね?」

「うん」

 皐月に白羽の矢が立ったのは、今までの篤志家としての実績と、処女膜再生手術に長けた腕が評価されての事だ。

「これから忙しくなるわよ」


 国土復興が始まる中、俺は陛下の勅令により、残党掃討作戦に参加していた。

 反乱軍の多くは撃破されたが、一部は人質を盾に北上、逃走を続けている。

 そんな中で、ある噂を耳にした。

 王室が用意したホテルの部屋にて。

「それ、本当?」

『ええ。ラングレーが確認したわ。貴方の肉体を使っているわ』

「気持ち悪い話」

 シャロンは、ドン引きである。

 CIAが入手した情報では、何と反乱軍の中に俺の前世の肉体を持った傭兵が居るんだと。

「済まんが、理解が出来ん。もう一度、説明してくれ」

『以前、拡張型超人的兵士バイオニック・ソルジャーの開発をフランスの倫理委員会が認めたじゃない?』

「あー、そんな事がったな」

 ネット記事で観ただけだったが、まさかそれが、トランシルバニア王国で拝めるとは。

「……」

 俺の膝のシーラが物凄い速さで、記事を探して見せる。

 有能な忠臣だぜ。

 御礼に、と頭を撫でつつ記事を読む。

 ―――

『【人体改造受けた「超人兵士」、仏軍倫理委が容認】』(*1)

 ―――

「何故、反乱軍にバイオニック・ソルジャーが?」

『実験台でしょ。その効果を見たかったんじゃないかね』

「……」

 ウクライナで死んだ俺の遺体が行方不明になったのは、フランスの手に渡っていたのか。

 それで俺の体から採取した細胞を兵士に移植した、と。

「師匠、行きますか?」

「行くよ。ナタリーとシーラは、御留守番だ?」

『子供扱いして』

「済まんな」

 ナタリーが抗議するが、俺は適当に受け流し、シーラの額にキス。

「……♡」

 嬉しそうにシーラは、笑う。

「じゃあ、頼んだよ?」

「……♡」

 子犬の様に、見えない尻尾を振る。

 戦闘に特化していない2人を戦場に連れて行くのは、本意ではない。

「ここで待っててくれ」

「……ん」

 もじもじされつつ、御守りを渡された。

「……有難う」

 中身は聞きたくない。

 俺の可愛い、妹が陰毛を入れている何て思いたくないから。

 名残惜しそうに何度もシーラを振り返りつつ、シャロンとスヴェンを連れて、俺は出て行くのであった。


「……」

 煉を見送った後、シーラは、彼のベッドに潜り込む。

 そして、毛布を被った。

「♪ ♪ ♪」

『貴方も好きね?』

「少佐の為なら死ねます」

 頭だけ出して、シーラは笑う。

 初めての仕事でテンションが高い。

『羨ましいわ。それ位、素直に感情表現出来て』

「先輩は、出来ないんですか?」

『そうね。貴女程は出来ないわ』

 ナタリーもベッドに座る。

「そうですねか? 先輩は少佐の前では、素直だと思いますが?」

『!』

 指摘されて初めて気付いた。

『そ、そうかな……?』

 珍しく動揺して見せる。

 思えば、確かに、煉の前では、素直な事が多い。

「そうですよ。多分、波長が合うんだと思います」

『……』

 否定は、出来ない。

 事実、煉と一緒に居るのは、楽しいから。

「先輩は、少佐とは良い相棒になるかと」

『私が?』

 鼻で笑う。

 そんな事ある訳無―――と言いかけて、止める。

 CIAでも2人の仲は、有名だ。

 ナタリーが陰とすると、煉は陽。

 シャロンと同じ位、評価されている。

『……それは嬉しいけれど、1番の相棒は、シャロンだと思うわ』

「え? そうですか?」

『だって、前世からの仲の良さよ? 今もべったりじゃない? 射撃も結構、上級者だし。多分、1から鍛え直したら凄いわよ』

「……」

 家では、風呂とトイレ以外、ほぼ一緒。

 それであのブラッドリーの娘なのだから、波長が合わない方が少ないだろう。

『それよりも、貴女は、頑張りなさいよ』

「? 何の話です?」

『司にオリビアに皐月にライカ。皆、正妻候補よ。彼がイスラム教徒ならば、これで締め切り』

「……」

『好きなんでしょ? 告白しなきゃ何時迄経っても、今のままよ?』

 シーラと過ごす事が多くなって彼女が本心から、煉に好意を抱いている事を知った。

 自分も又、好きなのだろう。

 認めたくは無いが、一緒に居ると楽しいし、退屈しない。

『(私も恋敵になるかもね)』

「え?」

『何でも無いわ。さ、帰って来るだろうし、その間に早く花嫁修業をするのよ』

 自分の想いを隠して、後輩に譲歩する。

 自分は、彼を愛する資格が無い。

 何故なら既に汚されているから。

 煉が純潔を好むかは分からないが、関係性が崩れてしまうかもしれない位なら、今の様な関係性が、丁度良い。

 後輩兼親友を失いたく気持ちもある。

 ナタリーは、シーラの手を引いて、台所に立たせる。

『あの男の心を掴むのならば、まずは、料理を得意にする事よ』

「根拠は?」

『少女漫画』

「……」

『何よ?』

「先輩も御読みになるんですね?」

『馬鹿にするなら、少佐にチクるから―――』

「御慈悲を~!」

 キャッキャウフフと百合百合しながら、2人は煉の為に料理の勉強をするのであった。


「パパ、発見したよ」

「マジかよ……」

 俺達は、双眼鏡を覗き込んでいた。

「……」

 同じ様にしているスヴェンは、一言も発せられない。

 ギリースーツの3人が、森の中から見詰めているのは、納屋に居る男。

 煙草を口に咥え、AK-47を背負っている。

「……師匠が2人も?」

「馬鹿。俺は、1人だよ」

「で、でも……」

 男―――ブラッドリーは、本当に俺の様で、一挙手一投足が、ドッペルゲンガーの様に感じられる。

「……良いから、行くぞ」

「「……はい」」

 受け入れ難そうな2人。

 報告を受けた後は、「どうぜ他人の空似でしょ?」みたいな雰囲気であったが。

・皺の深さ

・雰囲気

・体格

・毛色

 等が、本当に同一人物の様に見える。

 フランスの計画は、成功しているのだろう。

 ただ、俺に言わせれば、外見は似せられても、内面は全く違う。

 俺が成功例で、奴は失敗例だ。

 2人が怖じ気付いたので、俺は仕方なく2人を置いて、1人出て行く。

「!」

 物音がしたので向こうは、慌てて、AK-47を握って外に出て来た。

「……」

 息を殺して、周囲を伺っている。

 甘いなぁ。

 体が前世な分、複雑だが、殺るしかない。

 ちょんちょん。

「!」

 振り返った所を手首を掴み、そのまま取って返す。

 そして、発砲。

 ドン!

「が!」

 呆気ない最期だ。

 腹部を撃ち抜かれたブラッドリーは、そのまま仰向けに倒れた。

 正体不明の男にいきなり、捕まって自分の銃で撃たれたのだ。

 意識が遠のいている様だ。

 2人が慌てて追いかけて来た。

「師匠!」

「パパ!」

 スヴェンが抱き着き、シャロンは握手する。

 過去との決別に成功した訳だ。

 然し、2人も又、甘い。

 ブラッドリーが死んでいないのにも関わらず来たのだから。

「……!」

 ブラッドリーはシャロンを標的にし、何とかその足首を掴み倒す。

「きゃ!」

 そして、抱き寄せて、寝そべったまま人質にした。

「? 女か?」

 ギリースーツを剥がし、その顔を見る。

「ほぉ、可愛いな」

「……」

 前世の顔で褒められ、シャロンは嬉しそうな顔になった。

 煉の顔よりも、ブラッドリーの顔の方が、馴染みがあるかだろう。

 久し振りに見た前世のそれに涙も流し始める。

「パパ」

 と。

 泣かれるのは、分かるが、抱擁されるのは予想外だった為、偽者は戸惑っている。

「し、師匠!」

 殺気に気付いたスヴェンが、俺から飛びのく。

 シャロンを引きが剥がすと、AK-47を振る下す。

「!」

 1回目で頭蓋骨が割れる音がした。

 それで終わる俺じゃない。

 2回目、3回目と何度も何度も、殴る。

「……」

 幻想から覚めたシャロンは、複雑そうな表情だ。

 100回くらい打ち据えた後、俺はシャロンを抱き締めた。

「パパは俺1人だ」

 返り血を浴びた俺は、父親というより、快楽殺人鬼っぽいが。

 兎にも角にも、愛娘を一時的に寝取られそうになった怒りは深い。

「……パパ、御免」

 我に返ったシャロンが、俺の涙を拭く。

 俺達は、声が枯れるまで抱き合い、泣き続けるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:2020年12月10日 CNN

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る