第97話 三日天下

 一瞬にして全ての通信網が遮断された王宮は、大混乱であった。

「糞! 何がどうやってやがる!」

「非常電源はまだか!」

「探せ探せ!」

 混乱した一部の兵士は発砲を始め、同士討ちが相次ぐ。

「ぎゃあ!」

「馬鹿野郎、仲間だ!」

「誰だ、今、殴った奴は!」

 そんな廊下を俺とスヴェンは、眺めていた。

 声を潜めて、意思疎通を行う。

「(8時の方向に2人)」

「(了解)」

 静かに歩き、

「ぐべ!」

「がば!」

 スヴェンが首の骨を圧し折ると、俺はもう1人の喉にナイフを突き刺す。

「!」

 気付いた正面の兵士がM16を向けるも、俺がナイフを投げ、見事、額に的中。

 異変に気付いた兵士達は、今度はスヴェンのUZIの餌食になる。

「ぎゃあ!」

「ぐわ!」

「ひぃ!」

 突然の被弾に、彼等は意味が分からない。

 応戦し様にも、真っ暗の為、相手の位置さえ掴めない。

「! 発火炎マズルフラッシュだ! それが目印だ」

 誰かの叫びに兵士達は、呼応する。

 発火炎目掛けて、発砲する。

 然し、

「馬鹿野郎! 俺は味方だ!」

「おい、撃つな!」

 これも又、同士討ち。

「(師匠、これも計算していたんですか?)」

「(そうだよ)」

 俺達は、その様子を通気口ダクトから文字通り高見の見物だ。

 俺のM16、スヴェンのウージーには、其々、消火器フラッシュサプレッサーを装着しており、発火炎を抑えていた。

「(師匠って合理主義者なんですね?)」

「(そうなるな)」

 勝手に散っていく兵士達を尻目に俺達は、人質が居るであろう部屋を探す。


「落雷か?」

 カリオストロは、首を傾げた。

 停電が起きた時、丁度、落雷が激しかった為、人工的とは思わなかったのだ。

「かもしれませんね。今、非常用電源を探している所です」

 こんな感じで緩い時点で、為政者の器ではないだろう。

 暗くてやる事が無いカリオストロは、取り敢えず、ベッドに入る。

 ねちゃり。

「ん?」

 何か濡れた物に触れ、カリオストロは掌を見た。

「陛下、どうぞ」

「うむ」

 懐中電灯で照らす。

「ひい!」

 瞬間、カリオストロは、腰が抜けた。

 掌にべったり付着していたのは、赤い液体。

 臭いを嗅ぐと、鉄のそれがする。

 血だ。

「な……」

 言葉を失っていると、秘書が、ベッドを照らす。

「うわ!」

 秘書も又、懐中電灯を落とした。

 ベッドに横たわっていたのは、人間の生首。

 再教育を促していたフランス人顧問であった。

「お、おぇえええええええ!」

 秘書は、思わず嘔吐してしまう。

 カリオストロも又、吐き気が止まらない。

「な、何故……?」

 つい数時間前まで一緒に居た筈なのに。

『陛下』

 ボイスチェンジャーの低い声が、耳元を襲う。

「な?」

 振り返ると、全身黒づくめの人間が2人立っていた。

「ひ」

 秘書が逃げ様とするも、UZIで撃たれる。

 背後から銃撃し、後頭部を1発で仕留める辺り、相当な訓練を積んでいる事は間違いない。

『人質は、何処ですか?』

 丁寧な言葉だが、殺気が凄い。

「き、貴様は?」

『そうですね。《白い羽毛の戦士ホワイト・フェザー・ウォリアー》とでも申しますか?』

 男は、白い羽毛を見せる。

「……分かった。殺すな」

『陛下。勘違いしないで頂きたい。命令権は、私にあるんですから』

「……分かりました」

 もう1人の男が、秘書の頭をナイフで斬り落とす。

 そして、顧問の隣に置いた。

『陛下は、真ん中が良いですか?』

「……」

 カリオストロは、恐怖の余り失禁する。

 その様は王位を簒奪さんだつした反逆者ではなく、1人の中年男性であった。


 カリオストロ案内の下、人質の部屋へ案内される。

 反乱軍の抵抗は殆ど無い。

 結局、同士討ちで数を減らしたり、生存者もこの機に乗じて逃げたのだ。

 私利私欲で、カリオストロの下に集っただけなので、こういうのには、脆い。

 王宮がハッキング攻撃を受けた後に、死の部隊が蜂起し、それに国軍、親衛隊、突撃隊も呼応。

 更に、条約を結んでいた駐留米軍と駐留イスラエル軍も国軍と共に動き、一気に形勢は逆転した。

 各地では、反乱軍が次々と敗れ、残党狩りが始まっている。

 政変は、三日天下になりつつあった。

 部屋を開けると、人質達は疲れた顔で、俺達を見た。

 安心出来ない時間を送っていたのだろう。

 中には、げっそりと痩せたり、分かり易いくまを作っている者も居る。

 俺は、そこでマスクを脱いだ。

「陛下、救出に参りました」

「おお」

 スッと、アドルフは立ち上がった。

 そして、満面の笑みで走って来ては、抱き着く。

「流石、忠臣だ!」

 人質が確認出来た所で、カリオストロは用済みだ。

「スヴェン」

「は」

 俺の意図を瞬時に理解した忠臣は、カリオストロの首筋に注射する。

「ぐへ」

 一瞬にして、昏倒したカリオストロを、人質達が取り囲む。

 そして、一斉に蹴り出した。

「糞が!」

「死ね!」

「売国奴め!」

 険悪だったドイツ系とフランス系穏健派の王族が一緒になって、蹴り続ける。

 それだけ、憎悪が溜まっていたのだろう。

 アドルフも止めはしない。

 法治国家として、法律で裁かないといけない所だろうが、今回に限って言えば、自分も被害者なので感情を優先させたのだろう。

 アドルフと握手していると、

「もしもし?」

 ルイが話しかけて来た。

 ブルボン朝の末裔である為、俺は何時も以上に敬意を払う。

「これは、殿下」

 マスクを脱いでいたスヴェンも跪く。

「貴殿が、英雄か?」

「それ程偉くはありませんが」

 身分証を呈示すると、ルイは微笑んだ。

「貴殿が、トランシルバニア公妃プリンセス・オブ。トランシルバニアの」

「はい?」

「私は、彼女の後見人だったんだよ」

「!」

 ルイは、俺の手に刀剣を握らせる。

「『勝利の刀』だ。君に下賜し様」

「有難う御座います」

 軈て、通信網が、復活し王宮は明るくなる。

 シャロン達も合流する。

「パパ、御疲れ様」

「勉強出来た?」

「勿論、ばっちりよ」

 シャロンは、俺に抱き着き、頬にキスの嵐を送る。

 御前でも無関係なのは、不敬であるが、アドルフは、苦笑いを浮かべるだけで何も言わない。

 俺の顔中を真っ赤にした後、シャロンは気付く。

「! 陛下、御見苦しい姿を見せてしまいまして申し訳御座いません」

 スヴェンの横で跪く。

 何だかんだで、教育はちゃんとしている為、王族の前で不敬を働く事も、御真影を焼く事もしない。

 それが、ブラッドリー家だ。

 シーラ、ナタリーも同じ様にする。

 直属の上官は、オリビアだが、その上に、アドルフやルイが居る。

 そういう意味でも敬意を表すのは、当然だろう。

 アドルフが、口を開く。

「少佐、貴殿の今回の戦功を賞して、階級を上げたい。勿論、チーム全員のも」

「有難う御座います」

 戦闘らしい戦闘はしてはいないのだが、一応は、政変に対する戦果なので、信賞必罰の観点から、昇進も考えられるだろう。

 跪き直した俺は、アドルフの足元を見つつ、提案する。

「ただ、陛下。お気持ちは有難いのですが、自分はこの地位に満足しています。部下のみ昇進させて頂ければ幸いです」

「ほぉ、無欲なのか?」

「昇進すればする程、現場に出難くなるからです」

「現役一筋か」

 アドルフは笑った。

 高貴な人は、時に正直者を好む。

 明治天皇は、自分の前でも飾らない人柄であった西郷隆盛を大層気に入り、彼が亡くなった際は、「朕は『殺せ』と命じなかった」と仰り、落涙したとされる。

 又、モロッコの国王、ハサン2世(1929~1999)もマッサージ師に日本人女性を雇用していた事があったが、彼女が賃上げ要望をはっきりと表明すると、陛下は正直だという事で逆に信頼を深めたそうな。

 アドルフも又、敬意を表しつつ、はっきり自分の意見を主張する俺の事を気に入っている様で、怒った所を見た事が無い。

 身分不相応である事は承知の上だが、忠臣というより、親友として見ているのかもしれない。

「分かった。ただ、貴殿には、賞金を贈りたい。国を救った英雄なんだからな。それ位はさせてくれ」

「では、陛下。御相談なんですが―――」

 俺は今、1番の悩みを話した。

「……そうか。まぁ、貴殿らしいな」

 アドルフは、苦笑いだが、快諾するのであった。


 数時間後、

 ♪

「はい?」

『母さん? 俺だよ』

「あら、オレオレ詐欺?」

 皐月は訝しみ、問う。

「私から見て、祖父の兄の娘のいとこの叔父の孫は誰?」

『俺だろ?』

「ちょっと違うけれど、まぁ良いわ。無事だったのね?」

 皐月の目尻に涙が浮かぶ。

 煉が出発してから廃人の様に落ち込んでいたからだ。

 ずーっと国営放送の生中継を観ていたのだが、漸く安堵する。

『無事だよ。皆ね』

「声が聞きたい」

『分かるけど、寝てないだろ? 寝とき』

「そう?」

 息子の声を聴いて安心したのか、一気に疲れが出て来た様で、滅茶苦茶眠たい。

『ああ、あと手土産が出来た』

「何?」

『借金がチャラになった』

「!」

『親孝行出来たよ。これで終わりじゃないけどな。お休み』

 照れ臭いのか、直ぐに煉は、電話を切った。

「……」

 皐月は茫然と立ち尽くす。

 北海油田の経営者になった事で、莫大な借金があったのだが、それが無くなった、というのだ。

 完済するつもりだった為、まさに青天の霹靂だ。

「……もう~」

 無事だった事。

 そして、借金が完済(?)した事の二重の喜びで眠気が吹っ飛んだ。

 煉の部屋に行き、眠っていた司を起こす。

「司、無事だったらしいわよ!」

「本当!」

 飛び起きて、母娘は抱き合う。

 眠っていたオリビア、ライカもその騒ぎに覚醒した。

「何ですの?」

「少佐ですか?」

「そうよ! 無事だったの!」

「本当ですの!」

「少佐が?」

 4人は、煉の部屋にも関わらず、踊り狂う。

 結局、その日もそれほど熟睡出来なかった事は言う迄も無かった。


 反乱軍が鎮圧された事で、フランス軍は撤退していく。

・国際世論の反仏感情の高まり

・アメリカによる経済制裁によるフランスの国内経済の悪化

 が理由だ。

 ボナパルトは、国営放送のフランス24フランス・ヴァン・カトルで釈明する。

『―――今回の政変未遂には、我が国は一切、関知していません。あくまでも、トランシルバニア王国の同胞の身の安全を確保する為であり、侵略の意図はありません。我が国は、「自由・平等・博愛」を国是としており、決して、ナチスの様に他国を侵略する事はありません』

 ここに来て、急に弱腰になったのは、支持率の低下だ。

 当初は、「強いフランス」を掲げて、派兵したのだが、直後、SNSでは、ボナパルトとカリオストロの友好関係を疑うものが多数拡散され、彼の支持率を脅かす程、悪影響を与えた。

 これは、米独の情報機関が講じた情報戦であり、フランスの防諜機関が対抗する時機は与えられなかった。

 カリオストロと心中する気は更々無いボナパルトは、形勢逆転と見るや早々に彼と手を切り、交流していた証拠を隠滅。

 フランスの本格的な武力行使が無かったのは、これらが理由であった。

 まさに蜥蜴の尻尾切りと言えるだろう。

 政変未遂事件は文字通り、三日天下となるのであった。

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