第96話 Donner

 王宮では、反乱軍が常駐していた。

 前国王を支持している国軍と親衛隊、突撃隊との睨み合いが続いている。

「「「……」」」

 まさに一触即発だ。

 何時、銃撃戦が起きても可笑しくは無い位、緊迫感に包まれている。

 緊急対応室で、カリオストロはそれを見ていた。

「不忠な奴等め。未だ、私を国王と認めないのか?」

 フランス人顧問が提案する。

「不敬罪で処刑しましょう」

 流石、王制を倒した国だけあって、王党派には冷たい。

「いや、そうしたいが、トルコの様に弱体化してしまうのは、面倒だ」

 憎い相手だが全員を処分した場合、国家は弱体化しかねない。

 その例がトルコだ。

 2016年、政変未遂直後、大統領は政変に関わった、とされる者を次々と処分。

 その厳罰さは兵士の一部が、トルコと仲が悪いギリシャに亡命を図る程であった。

 然し、厳罰主義は裏目に出てしまい、トルコ国内では、治安維持に関わる公務員が不足。

 その結果、イスラム過激派のテロが頻発してしまう弊害が起きた。

 ソ連も大粛清で、有能な将兵も次々と処分した。

 結果的に人手不足になり、1939年の冬戦争で赤軍は大した作戦も立てずに侵攻した結果、ゲリラ戦を取るフィンランド軍に対し、夥しい犠牲を出した。

 スターリンは、旧友であり元帥でもあるヴォロシーロフに全責任を擦り付け、夕食会の席上、衆人の前で彼を口汚く罵った(*1)。

 然し、それまで一度もスターリンに歯向かった事が無かったヴォロシーロフもこの時の侮辱には我慢出来ず、と反論し、更に食事がつけられている大皿を机上にひっくり返した(*1)。

 スターリンはすぐさまヴォロシーロフを罷免したが、流石に反省し、追放されていた軍人達を急遽呼び戻した(*1)。

 ポル・ポト政権下のカンボジアでも知識層を虐殺し過ぎた結果、彼が病で倒れた際、医者が居ない事で側近が慌てた程の逸話がある位、医者不足になった。

 アフリカでも多くの国々が、独立した際、白人憎しで彼等を追放するも、技術力は彼等が握っていた為、発展が遅れ、今尚、発展途上国が多い。

 白人に長い間、投獄されていた南アフリカのマンデラもそれは分かっていた為、憎悪の気持ちもあったかもしれないが、融和に努め、その結果、南アフリカはアフリカの中では先進国の一つになっている。

 これが、数少ない成功例だろう。

 もっとも、南アフリカの人種対立は解決した訳ではないが。

 この様な失敗例が沢山ある以上、感情論だけでの弾圧は、カリオストロも避けたい所である。

「では、いっそ、再教育させますか?」

「出来るのか?」

「簡単に人は洗脳出来ますよ。アルジェリアを何年統治していたと思っているんですか?」

 呵呵大笑かかたいしょうする顧問であった。

 

 俺達は、王宮の地下に着いていた。

 まるで本物のレジスタンスの気分だぜ。

 ただ、眩し過ぎる程の電気が点いている為、真っ暗ではないのが、彼等とは違うが。

「……師匠、よく覚えていますね?」

「そうだな。自分でも吃驚びっくりだよ」

 記憶―――というか、前世の話なのだが、それでも、まるで昨日の事の様にはっきり覚えているのは、不思議な話だ。

 記憶力も全盛期の様になっているのかもしれない。

 俺とスヴェンは、2人1組ツー・マンセルで前を。

 シャロン、シーラ、ナタリーは、3人1組スリー・マンセルで背後を固めている。

 本当は、スヴェンとシャロンを入れ替えたい気持ちもあるのだが、現在の能力から察するに、これが妥当だろう。

 双頭の鷲が刻み込まれた扉に指をかざす。

 すると、これまた。

 ガチャン。

 ロックが解除され、扉が左右に分かれた。

「パパ、指紋認証登録してたの?」

「前世でな」

「じゃあ、今の指紋は、パパって事?」

「そうみたいだな」

 一か八かだったのだが、開錠出来たのは、もう『北大路煉』が、『ルー・ブラッドリー』に精神のみならず、肉体的にも同一化を果たした証拠だろう。

 恐らく網膜スキャンや筆跡も自覚は無いが、そうなっているのかもしれない。

 奥には、非常階段があった。

 それを登っていくと、王宮の軍司令部に通じる。

 尤も、反乱軍が占拠している可能性が高い為、直ぐに行く事はしないが。

 上る前に俺は、指示を出す。

「ナタリー、電磁パルス並の攻撃出来る?」

『当たり前。世界一のハッカーだから』

 自信満々に答えると、ナタリーは、ノートパソコンを鞄から取り出し、早速、攻撃を始めた。

「……」

 シーラが、興味津々に覗いている。

 トランシルバニア王国は、電子政府で有名なエストニアと関係を深めて、対策を講じてはいる。

 然し、世界一のハッカーであるナタリーにしてみれば、油断大敵だ。

 必ず何処かに穴があり、それを突けば、後は簡単である。

『ビンゴ。何時、落とせば良い?』

「1分待て」

『じゃあ、カウントダウン。59ノインウントフュンフツィヒ58アハトウントフュンフツィヒ57ズィーベンウントフュンフツィヒ―――』

 0に近付く中、俺は、皆に軍用ナイトビジョンゴーグルを配っていく。

「凄いね。こんなの持ってたんだ?」

「死の部隊から拝借した」

「え? それって、窃盗じゃないの?」

「知らん」

 ナタリー以外、M16とベレッタ、又はグロックを携帯したのを確認後、俺は、シャロンの額にキスする。

「パパ?」

「御呪いだよ。『助かる様に』ってね?」

「……」

「ああ、怒るな。シーラにもするから」

 義妹にするのは、恥ずかしいが、求められた以上、家族なのだから、しないといけない。

 シャロンの時よりも軽くした後、今度は、ウージーを携帯したスヴェンがせがむ。

「師匠♡」

 額ではなく、唇を指差す。

 そこにして欲しい様だ。

「バーカ」

 わらって、俺は太腿にキス。

「!」

 スヴェンは、真っ赤になった。

 意表を突いての事だったのだが、

「……」

 シーラが、いたく不機嫌だ。

「あれ? どった?」

 カウントダウンをしているナタリーも冷めた目を送っている。

30ドライスィヒ29ノインウントツヴァンツィヒ馬鹿ドゥム27ズィーベンウントツヴァンツィヒ―――』

 気の所為だろうか。

 カウントダウンの中に罵倒が混ざっていた様な。

 シャロンも頭を抱えていた。

「パパって、馬鹿だね?」

「え?」

「太腿へのキスってのは、『貴方を支配したい』って意味なのよ」(*3)

「マジか」

 目から鱗だ。

 スヴェンは、俺に腰を振り、誘惑する。

「師匠、終わったら愛し合いましょう」

(……しくじった)

 意地悪した筈が、裏目に出るとは。

 微妙な空気になるが、もうすぐ0になる。

 10秒を切った所で、ナタリーもゴーグルを装着。

糞ったれF*CKやろうぜLet's roll

 カウントが0になる。

『―――3ドライ2ツヴァイ1アインス0ヌル

 直後、トンネル内が真っ暗になった。

(今頃、地上は大騒ぎだろうな)

 市街地を停電させる不良少年の様に嗤う俺であった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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