第95話 émigré
瞬く間にトランシルバニア王国全土が、独立派の手に落ちたのは、トランシルバニア王国にある反共和主義が原因の一つであった。
現在のフランスは知っての通り、共和制を採用している。
今でこそ、
・自由
・平等
・博愛
を謳っているが、革命の際には、当時の国王と王妃を断頭台に送り、その上、皇太子も筆舌に尽くし難い程の最期を遂げた。
王党派が多数派を占めるトランシルバニア王国は、王殺しが理解し辛い。
その為、
その結果がこれなのだ。
ハワイ王国の様に外国人に参政権を与えてしまった事で侵略されてしまった事や、ドイツの様に約100万人もの難民を受け入れた結果、難民の中に居たテロリストや犯罪者の所為で治安が急速に悪化。
今では、難民排斥を訴える右派政党が支持を集める等、弊害が出ている。
トランシルバニア王国も又、フランス系に同情から権利を与え過ぎた結果、簡単に制圧されてしまったのである。
王宮の一室では、人質の王族が震えていた。
「「「……」」」
多数派のドイツ系を筆頭にイギリス系やロシア系、少数ながら、独立派とは距離を置くフランス系の穏健派までもが、タコ部屋の様に押し込まれていた。
人質の中には、緊張感を持った者も居る。
「「「……」」」
穏健派の一挙手一投足を見逃さない、と監視するドイツ系と。
「「「……」」」
襲撃に備えて、『振り飛車穴熊』の様に、防御の陣形を採る穏健派。
ドイツ系は、「恩を仇で返された」感がから、穏健派も独立派も同じ穴の狢にしか見えない。
一方、穏健派は「悪いのは、独立派。恨まれるのは筋違い」だ。
両派が衝突しないのは、間に国王のアドルフと、ルイ大公が居るからだ。
アドルフはドイツ系の長であり、ルイはフランス系の長老的存在だ。
膝くらいまで伸びたその長い髭と、全てを見透かした様な遠い目が、特徴的なルイは、驚く勿れ。
ルイ17世(1785~1795)を先祖に持つ。
8歳で性病持ちの売春婦に強姦されたり、不衛生な場所に監禁され続けた結果、早逝した皇太子は影武者であり、ブルボン朝の血統は密かに続いていたのだ。
ルイは、問う。
「陛下、
「動いているそうだよ」
「勝率はどの位なのでしょうか?」
「それは、神のみぞ知る事です。ですが」
アドルフは、天を仰いだ。
「策謀次第ですよ」
俺達は、アメリカ大使館に居た。
そこでは、現地のCIA工作員が待っていた。
「24時間以内に死の部隊が、王宮に突入する」
「随分、急なんですね?」
「白熊に上陸の気配があるからな。それに本格的に基地を造ろうとしている。
工作員達は、皆、殺気だっていた。
アメリカは、20世紀以降、政変等で様々な友好国を無くしている。
・キューバ
・イラン
等が、その良い例だ。
なので、手塩にかけて育てた我が子が、フランスに靡くのは、当然、受け入れ難いのだろう。
「君達は、どうするんだ?」
「我々、《貴族》は、地下道を使います」
「ほう? その心は?」
「
「成程な」
アメリカ人達は笑う。
「ナタリー、ここは頼んだ」
『了解』
「シーラは補助な?」
「……」
嫌そうだが、頷く。
「パパ、私の出番は?」
「うう~ん、今の所ないな」
「え~……」
「まぁ、観るのも勉強だよ」
「分かった」
俺の米神にシャロンは、ボディカメラを装着する。
これは、
・ホワイトハウスの
・首相官邸の内閣情報調査室
・大統領府(ドイツ)
に生中継されている。
・アメリカ
・日本
・ドイツ
だからである。
「「「……」」」
一部のアメリカ人が、シャロンを邪な目で見る。
まぁ、そうだろうな。
これ位、美人なのは、残念ながら米軍には居ないから(偏見&親馬鹿)。
でも、許さない。
「ああ、皆。ちょっと良いか?」
「うん?」
皆の注目を集めた後、俺はベレッタを抜き、天井に撃った。
「「「!」」」
皆、即応し、銃を抜く。
流石、死の部隊。
中南米でやりたい放題していただけあるぜ。
俺は、シャロンを抱き寄せてた。
「家族に色目を使うなら、無理ですね。共闘は」
「は?」
「支局長、済みません。我々は我々で行います」
「何だと?」
困惑する支局長。
然し、女性陣は、好色な視線に晒される事が嫌だった様で、俺の発言に同意するかの様に、さっさと撤収を始めた。
今から一緒に頑張ろう、という前に下心の時点で程度が知れる。
「おい、長官に何て説明すればいいんだ?」
「俺の身勝手で良いですよ。では」
俺は、シャロン達を連れてさっさと大使館を出て行く。
大使館内で発砲した事で、俺が殺される危険性があったものの、何も無かったのは、幸運だろう。
大使館を出ると、ライターを出し、旅券を燃やす。
「皆も燃やせ」
シャロン達も一斉に燃やす。
そして、ボディカメラも大使館の前に投げ捨てるのであった。
「で、これからどうするの?」
アメリカの協力を得られくなった今、俺達は孤立無援だ。
たった5人で、反乱軍を相手にしないといけない。
シャロンの質問に、俺は、余裕綽々に答えた。
「『敵を欺くならまずは味方から』。孫子万歳だよ」
「はぁ?」
俺は、記憶を頼りに、雪の中を歩く。
そして、目印を見付けた。
「……ここだな」
立ち止まった場所は、旧日本大使館。
菊の御紋が眩しい。
両国の国交は、明治時代から続き、冷戦時代を除き、その関係は、深い。
ここは、明治時代からWWII後まで使用されていたもので、冷戦期、トランシルバニア王国が共産化すると、両国の国交は絶たれ、放棄された。
「ええっと……」
覚えている暗証番号を押す。
すると、ガチャン。
開錠され、ギイッと、黒板を爪で引っ掻く様な不快な音と共に、重厚な扉が開く。
中は意外と綺麗で、家具もそのままだ。
神棚もある。
これ程、綺麗な廃墟は、世界でも珍しいだろう。
『何故、こんなに綺麗なの?』
「ナタリーって呪い、信じる?」
『と、言うと?』
「ここを赤軍が、接収し様とした時、当時の外交官や駐在武官が、家族と一緒に切腹して死んでたんだよ」
「「「……」」」
『……』
4人は、息を飲む。
皆、同じ事を考えている筈だ。
『戦陣訓』恐るべし、と。
―――
『恥を知る者は強し。
常に
―――
アッツ島、サイパン島、沖縄等で多くの将兵が、これで死んだ。
外国人には、理解し辛い死生観だ。
されど、それでも国の為に散ったのは、敬意を表している。
東郷平八郎のファンであり、日本軍を苦しめた名将、チェスター・ニミッツも、
———
『諸国から訪れる旅人たちよ、この島を守るため日本軍がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕したかを伝えられよ』
———
とペリリュー島に墓碑を残している。
「それで、赤軍は、ドン引きしたんだけど、宣伝の舞台に利用とした。そしたら、色々な事が起きたんだよ」
『例えば?』
「簡単に言えば、心霊現象だよ。神仏の類は勿論の事、悪魔さえ否定する超現実主義者の共産主義者も驚いた。何せ、高官が次々と事故死するんだからな」
『……』
「「「……」」」
日本でも有名な事例が、将門の首塚だ。
昭和の時代に祟りが続き、平成や令和の時代でも、崇敬を受け続けている。
「それでここは、手付かずになったんだよ」
俺は、神棚に、
・生米
・器の8分目位の水
・御神酒
・天然塩
を御供え。
仏壇にも、
・線香
・生花
・蝋燭
・水
・御飯
を供える。
暗証番号が変わっていない以上、所有者は、昔のままの様だ。
「……」
神棚と仏壇に其々、一礼後、俺は、床に座った。
家具は、当時、住んでいた家族の物であり、使わないのが、信条だ。
「パパが所有者なの?」
「民主派だよ。ほら」
壁には、シルヴィアの肖像画が。
冷戦期、共産党に対する地下運動の拠点になったのが、この場所だ。
共産党はここが拠点になっていたのは、分かっていた様だが、呪いを怖がり、総攻撃出来なかったのである。
「民主派には、呪いが来なかったの?」
「そうみたいだよ。イギリス経由で日本から宮司を呼んで、御祓いしてもらったり、こうして、整備しているから今の所、何も無いよ」
「パパって信心深いんだね?」
「『郷に入っては郷に従え』だよ。他人様の家に邪魔している以上、敬意は当然だ」
「……」
アフガニスタンやイラクでも現地人から親しまれていたのは、この精神が1番の理由だろう。
俺が、絨毯を捲ると、マンホール蓋がそこにはあった。
『これは?』
「地下道だよ。淑女の皆様、どうぞ」
『バーカ』
シャロンが持ち上げる。
中は、まるで北京地下城の様に広がっていた。
「凄いね? 核シェルター?」
「そういうこったな。食糧庫には、100万人が100年、飢餓に苦しむ事無く食べれる保存食があるよ」
「……!」
凄い凄い! と、シーラは、大興奮だ。
映画の様な世界を目にしているのだから、当然だろう。
『よくそんなお金、あったね?』
「日本の支援の御蔭だよ」
『ODA?』
「そういう事。1980年代、日本がバブル経済だった時の援助で造ったんだ。ほら、『
『……』
「じゃあ、皆、入るぞ」
俺達は、ジャンプして降り立つ。
地下トンネルは、外の寒さと比べ、温度調節してあるのか、非常に温かい。
目隠しされて連れて来られたら、南国と勘違いするかもしれない程だ。
「師匠、これから何処へ?」
「王宮だ。まずは、陛下を救出せねば元も子もない」
国王は、自分の命よりも国民を最優先させたい所だろうが、生憎、それは難しい。
国王を失った国民は、フランス系を更に恨み、民族対立の火種になりかねないからだ。
そうなったら、ここは、戦国時代だ。
北海油田が絡んでいる為、
・アメリカ
・ロシア
・イギリス
・フランス
・ドイツ
が、兵隊を送り、代理戦争に発展しかねない。
最悪、分割統治になるかも。
色々な事が考えられるが、まずは国王を救って、体制を整えるのが、最優先だ。
[参考文献・出典]
*1:『戦陣訓』「本訓 其の二」「第八 名を惜しむ」
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