第94話 悪魔が微笑む時

 ミャンマーの政変に国際社会はほぼ無反応だが、トランシルバニア王国は利権が絡む為、多くの国々は積極的だ。

 まるで、ミャンマーの存在が無かったかの様な位に。

 外国人記者も大勢、来島し、ミャンマーそっちのけで、報じていた。

 —-—

『新国王に即位したカリオストロ元伯爵は、各国に北海油田の利権をちらつかせて、王位継承を認める様、外交を始めました。祝電を送ったのは、以下の国々です』

 ———

 画面上に多くの国旗が表示される。

・ロシア

・中国

・フランス

・シリア

・キューバ

・ベネズエラ

 等だ。

 ———

『一方、王政復古以来、伝統的な友好国である、これらの国々は、「アドルフ前国王の生存説が払拭出来ていない」との理由から、王位継承を認めていません』

 ———

・アメリカ

・日本

・ドイツ

・イギリス

・イスラエル

・タイ

・オランダ

・カンボジア

・ブータン

・ブルネイ

・マレーシア

・ヨルダン

・オマーン

・サウジアラビア

・バーレーン

・スウェーデン

・スペイン

・デンマーク

・ノルウェー

・ベルギー

・エスワティニ

・モロッコ

・レソト

・トンガ

 等。

 綺麗に世界は、二分された。

 ———

『国民の間では、簒奪した上での王位継承説も噂され、王制打倒を訴える共和主義者による武装勢力のテロ活動も活発化で、トランシルバニア王国の治安は一気に悪くなっています』

 ———

 記者の背後を戦車が通り、軍人がカメラを睨み付けている。

 報道自由度指数は、益々下がる一方だ。

 現時点で記者に対する暴行事件は無いものの、この様な状況下では、いつ起きても不思議ではない。

 ただ、カリオストロも馬鹿ではない。

 記者を、特にアメリカ人記者を殺害すれば、アメリカの本格的な介入を招きかねない。

 現に前例がある。

 1979年6月20日、ニカラグアの首都マナグアにて、国家警備隊が白昼堂々、アメリカ人記者を射殺した。

 路上に俯せで寝かせた後、暴行を加えた末、撃つその様は、全世界で報道され、米国民を激怒させた。

 今でもその映像は、動画投稿サイトで観る事が出来る。

 当時、親米国家とされていたニカラグアの本性が露わになった事で、ソモサ王朝は、アメリカの支援を受ける事が出来なくなり、結果、独裁体制は崩壊するに至った。

 この様な前例がある以上、カリオストロはアメリカを刺激する事は無い。

 現在進行形のミャンマーも同じで、CNNの取材を受け入れている。

 尤も、取材を受けた人々は、拘束されているが。

 ———

『【ミャンマー軍、CNN取材後に拘束の11人の内、8人解放】』(*1)

 ———

 話は戻ってトランシルバニア王国に。

 王位継承以降、世界の株価は、一気に下落し、投資家達を混乱させた。

 虚偽報道に注意しつつ、彼等はトランシルバニア王国の行く末を注目している。

 道を誤れば、最悪、世界恐慌にもなりかねない。

 東京五輪が、無観客試合で行われ、来年行われる予定の北京五輪もウイグル族への人権侵害から、欧米諸国は、次々と不参加を表明。

 このままだと、1980年のモスクワ五輪、1984年のロサンゼルス五輪以来の38年振り3回目。

 冬季五輪だと初めて、不参加国多数の大会になるだろう。

・新型ウィルスによる経済不況

・東京五輪無観客試合

・トランシルバニア王国政変

・北京五輪不参加多数(予定)

 と、経済的には、マイナスな事ばかり。

 世界は、四重苦になりかねない。

 この様な状況から、世界は是が非でも、半永久な収入が見込まれる北海油田を何としても欲しがっているのだ。

 母国の報道に、オリビアは、十字を切った。

「主よ、祖国を御救い下さい」

 そして、水浴びした。

 ライカも一緒だ。

 行動を共にするのは、最早、主従関係とは言い難いかもしれないが、それ位、忠誠心に篤いのである。

「大丈夫ですよ」

 そっと囁く。

「少佐が救って下さいますから」


「御母さん、たっ君大丈夫かな?」

「大丈夫よ。御守りあるし」

 母娘も又、報道を注視していた。

 息子であり婚約者が、戦場に居るのだ。

 当然、病院は臨時休診で、学校も休んでいる。

 煉達も公欠だ。

 国会公務委員だから、成せる事だろう

「それよりも妊娠出来る?」

「多分」

 不安そうに司は自分の下腹部に触れる。

 一応、愛し合った為、妊娠する可能性は大いにある。

「御母さん、名付け親になってよ」

「良いの? 煉と相談して決めた方が良いんじゃない?」

「私は、御母さんに決めて欲しいの。駄目?」

「……分かったわ」

 小首を傾げる娘に、母は根負けする。

「司は、男の子と女の子、どっちが良い?」

「最初は男の子かな? 次は女の子」

「如何して?」

「男の子には、御父さんの名前、名付けたいから」

「!」

 えへへ、と司は笑う。

「……もう」

 皐月は、苦笑いで仏壇を見た。

 遺影の夫は、相変わらず笑っている。

 恐らく、天国で「こいつは」と照れ笑いを浮かべているのだろう。

 何だかんだで、父と娘の絆も強い。

「……分かったわ。で、女の子だったら?」

「御母さんと同じ名前だよ」

「止めてよ。紛らわしい」

「ええ~『皐月』って可愛い名前じゃん?」

 母娘は、今日も仲良しであった。


 令和3(2021)年12月3日、トランシルバニア王国国際空港に成田空港発の旅客機が着陸する。

 通常、政情不安体になった国に民間の旅客機が離発着するのは、珍しい事だ。

 近年では、

・マレーシア航空17便(2014年7月17日)

 内戦中のウクライナ上空を飛行中、何者かに撃墜され、乗員乗客298人全員死亡。

 親露派武装勢力の関与が疑われているが、ロシアは否定。

 死亡者の多くが、オランダ人であった為、オランダの対露感情が急速に悪化した。

・ウクライナ国際航空752便(2020年1月8日)

 テヘラン発キエフ行の同便が、ホメイニ国際空港離陸直後に撃墜され、乗員乗客176人全員死亡。

 死亡者は、殆どがイラン人であったが、外国人ではカナダ人が最多であった為、カナダのイランへの感情が悪化。

 イランは、当初、関与は否定したものの、11日には、一転、ミスを認めた。

 余談だが、両事件とも、イスラエルの調査報道団体『べリングキャット』が大活躍し、犯人の特定に至っている。

 ―――

 その為、万が一の事も考えられたが、流石にアメリカ人を乗せた民間機を撃墜した場合、駐留米軍が武力行使に出かねない。

 反乱軍は、一応、理性が働いている証拠だ。

 尤も、反乱軍は、入国者の身分の確認は怠らない。

 CIAが動いているのだから、当然である。

「……」

 俺は、貴族の身分を持っていた為、止められた。

「貴様、貴族なのか?」

「そうですよ」

 努めて冷静に答えた。

 係員の態度にスヴェンが、目を剥くが、俺が事前に「暴れたら破門」と釘を刺していた為、必死に自制する。

 因みにシーラ、ナタリーは、障碍者手帳を持っていた為、簡易的な検査で終わっている。

 北欧に属するだけあって、障碍者に対する社会福祉は、トランシルバニア王国も同じだ。

 一方、俺、スヴェン、シャロンは、厳しい。

 特に職員は、部長級の高位者で、何度も俺の旅券を照会している。

Type         :P旅券

 Issuuing country発行国  :USAアメリカ

 Passport旅券 No番号:666

 Surname        :KITAOJI

 Given Name名前     :REN

 Nationality国籍      :USA JAPAN

 Date of Birth誕生日    :04.19.1995

 Place of Birth出生地    :Oklahoma Oklahoma City―――

 Sex性別          :M

 Profession身分       :knight騎士

 Marital婚姻        :KITAOJI SHARON』

 これは、CIAが用意した本物の旅券だ。

 尤も、俺は好き好んで米国籍を取得した訳でもなく、ましてや、

・出生地

・生年月日

・配偶者

 が違う為、本物でありながら本物ではない、というややこしい代物だ。

「Business or pleasure?(仕事ですか、観光ですか?)」

「Sightseeing.(観光です)」

「How long will you be staying?(どれ位滞在しますか?)」

「One weeks.(1週間です)」

「Where are you staying?(何処に泊まりますか?)」

「I’m staying in villa.(別荘に泊まります)」

「How many times have you visited this country?(何回この国に来た事がありますか?)」

「I have been here a couple of times.(何度か訪問した事があります)」

「What’s your occupation?(何の仕事をしていますか?)」

「office worker.(会社員です)」

「Do you have a return ticket?(帰りの航空券は持っていますか?)」

「Yes, I do.(はい、あります)」

「Yes. Here it is.(はい、こちらです)」

「Are you traveling alone?(1人での旅行ですか?)」

「With my family.(家族とです)」

 矢継ぎ早且つ威圧的な態度だが、元軍人の俺には、一切、通じない。

 かと言って、必要以上に笑顔を見せると、「舐めている?」と疑われかねない為、必要最低限の作り笑顔だ。

「……」

 職員は、家族を見た。

 シャロン→妻役

 スヴェン→長女役

 ナタリー→次女役

 シーラ →三女役

 だ。

 女性多数派な家である。

 それも全員、美人揃い。

 欠点は、悪人面の俺だけだ。

「……」

 仕草だけで「行け」と言われる。

 余りにも無礼な行為でスヴェンは、もう我慢の限界であった。

「……」

 暗器に手を伸ばす。

「NO」

 も、強い口調でシャロンが、その手を掴んだ。

 職員は怪訝な顔で問う。

「What?(何だ?)」

「All right.(大丈夫ですよ)」

 笑顔でシャロンが答えて、スヴェンを連れて行く。

「?」

 職員は不思議そうだが、問い詰める事はしない。

 家族の内、2人が障碍者であった為、てっきり長女にも症状が出た、と勘違いしているのかもしれない。

 俺も作り笑顔で、全員分の旅券を受け取り、

「F*CK.(くたばれ)」

 と握手。

「!」

 突然の事で職員は、驚く。

 瞬間、指に痛みが走った。

「?」

 職員が痛みに気を取られている間、さっさと俺達は空港を出て行く。

 直後、職員は口から泡を吹いて倒れた。

『何したの?』

さ」

 そして俺達は、CIAの用意した送迎車に乗り込むのであった。


[参考文献・出典]

 *1:2021年4月6日 CNN.co.jp

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