第93話 Back 1989

《コマンドー・ケリー》の異名を持つ米兵を御存知だろうか。

《ザ・ワンマン・アーミー》とも呼ばれる、その本名は、チャールズ・ケリー(1920~1985)。

《白い死神》のシモ・ヘイヘ。

《不死身の分隊長》で北海道を舞台とした漫画の主人公のモデルとされる船坂弘。

 あのスターリンから《ソ連人民最大の敵》と言われた、ハンス=ウルリッヒ・ルーデル等と並ぶ、同時代を代表する最強軍人の1人だ。

 ケリーの名誉勲章の勲記には、以下の様に記されている。

 ———

『課せられた義務を凌駕する類稀なる武勇と自らの命をも顧みない勇敢に捧ぐ。

 1943年9月13日、ケリー伍長は敵機関銃陣地の捜索及び無力化を目的としたパトロールに自発的に参加した。

 この任務を終えた後、彼は約1マイル(=1・6㎞)先に位置する315高地に駐留する筈の米軍歩兵大隊との連絡を確立する任務に志願した。

 彼は敵の監視下に置かれた道を走破し、狙撃兵、迫撃砲、更に砲撃に晒されながらも、315高地が組織的な敵に占領されている旨の正確な情報を持ち帰った。

 その直後にケリー伍長は再びパトロールに志願し、高い技術と勇気が求められる状況下で二つの機関銃陣地破壊に大きく貢献した。

 この際に彼は持ちうる全ての銃弾を効果的に使い切った為、弾薬集積所で補給を受ける許可を得た。

 連隊陣地側面の倉庫に設置された弾薬集積所は、ケリー伍長が到着する頃には既にドイツ軍による激しい攻撃に直面していた。

 弾薬を確保した彼は、倉庫背面の守備を命じられる。

 彼は一晩中防衛にあたった。

 翌朝にはドイツ軍の攻撃が再開された。

 ケリー伍長は倉庫内に移り、開け放たれた窓の前に陣取って応戦した。

 彼が陣取った付近では、機関銃手が息絶えており、数人の兵士が負傷していた。

 ケリー伍長は自動小銃の銃身が焼け落ちる迄、敵兵に対して精密かつ効果的な射撃を加えた。

 更に別の自動小銃を発見した彼は、再び銃身が焼ける迄敵へ射撃を加えた。

 敵が倉庫へ殺到し始めると、ケリー伍長は60mm迫撃砲の砲弾を拾い、安全ピンを抜いて手榴弾の様に投擲し、少なくとも5人の敵兵を殺傷した。

 倉庫からの退却が不可避な状況になった際、ケリー伍長は上官たる軍曹の制止を振り切り、残りの分遣隊の撤退が完了する迄敵を足止めする殿に志願した。

 分遣隊の撤退が始まると、彼は敢えて敵に身を晒し、ロケットランチャーに砲弾を装填し窓から発射した。

 彼は部隊の撤退を援護する事に成功し、又、原隊への合流にも成功している。

 ケリー伍長がこの戦いで示した決断力と勇敢は、まさに合衆国軍が誇る最高の伝統を体現している』(*1)

 ―――

 その最期は壮絶で、《新宿の殺し屋》と称されたアマチュア棋士・小池重明(1947~1992)同様、治療用チューブを引き抜いたことによる自殺とも言われている。

 奇しくも、俺は、そのケリーの晩年を知っている。

 上官が知り合いで、彼が退役軍人病院で入院中のケリーを見舞った時に一緒に居たのだ。

 最晩年ではあったものの、現役時代を彷彿とさせる殺気が、凄かった。

 俺もああなりたい、と憧れたものだ。

 彼が死んだ時は、まるで実父が亡くなったかの様に悲しみ、《老教授》―――ケーシー・ステンゲルの時のビリー・マーチンの様に、棺の傍で寝泊まりした程だ。

「……」

《コマンドー・ケリー》の写真をスマートフォンで眺めた後、俺は立ち上がる。

 朝4時。

 まだ外は、真っ暗だ。

 親衛隊の通常勤務服に着替えていると、

 ♪

 スマートフォンが震えた。

「もしもし?」

『たっ君、お早う』

 眠そうな愛妻の声。

 俺は、苦笑した。

「御免。起こした?」

『あれだけ騒げば、ね?』

 出兵決定直後、北大路家の家の真ん前にある大使館は、真夜中なのに活発に動き、一部は、俺の家に迄来ていたから、これで気付かない奴は死んでいるだろう。

『開けて』

「はいよ」

 開錠すると、鼻ちょうちんを垂らした司が、驚く。

「出張?」

「まぁ、そんな事だ」

「オリビアちゃん?」

「ああ」

 隠し事はしない。

「こっちに来る前にライカちゃんとばったり会ってさ。詳細は聞いたよ。大変だね?」

「……」

「たっ君?」

 俺は、何時の間にか、司を抱き締めていた。

 何時も以上に愛しく感じている。

 子孫を残したい、と人間としての本能が働いてるのだろうか。

「済まん……したい」

「死なないよね?」

「勿論。新妻を残して先に逝く馬鹿が何処に居る?」

「……分かった」

 司も寝起きで辛い筈なのに、俺の我儘に付き合ってくれた。

 俺達は、キスをし、そのままベッドに転がり込んだ。

 出発ギリギリ迄何度も何度も、愛し合う。


 午前6時。

 出発の時だ。

「死んだら許さないからね?」

 皐月から拳骨を食らう。

 養母として行かせたくはないが、事情が事情なだけに止める事は出来ない。

 そこは、自衛官の元妻だけある。

 覚悟は出来ていたのだろう。

「ああ、死なないよ」

 俺は、笑って皐月を安堵させた。

「これ」

「ん?」

「御守り」

『厄除御守』を渡される。

「……?」

 触り心地に違和感を覚え、俺は中身を見た。

「!」

 縮れ毛が2本。

 思わず、皐月を見ると、妖艶に嗤って囁く。

「(陰毛よ)」

「まじか……」

 戦時中の日本であった事は知っているが、まさか、自分が当事者になるとは思わなんだ。

「一応、聞くが、これって?」

「司の分もあるわ」

 何してくれてますのん。

 ドン引きしていると、皐月の背後で、司が自分の御腹を擦りつつ、サムズアップ。

 ノリノリな様だ。

「……うん、有難う」

 感動的なのを想像していたのだが、実際は、何とも言い難い挨拶である。

 まぁ、日本文化だから、否定はせんけどね。

 この辺は、まだ俺の心は、アメリカ人なのかもしれない。

 乾いた笑みを浮かべつつ、俺は、2人の額にキスをして、別れるのであった。


 北大路家を出た後、俺は、大使館に入る。

 そこでは、既に選抜メンバーが待っていた。

・シャロン

・シーラ

・スヴェン

・ナタリー

 の4人である。

「申し訳御座いません。我が国の恥をすすいで頂いて」

「良いって事よ」

 頭を下げたオリビア。

 ライカも唇を噛んでいる。

 2人も又、メンバーだ。

 尤も、戦闘には、参加しない。

 戦闘終了後、来る予定である。

 2人は、婚約者と愛人だ。

 1年前の俺が知っていれば、卒倒していた事だろう。

 2人の為にも生きて帰ってこなければいけない。

『何で私まで……』

 不満たらたらなナタリー。

 朝早く起こされ、連れてこられたのだ。

 不機嫌になるのは、当然だろう。

「そう言うな。今回は日米独の共同作戦でもあるんだから」

 俺が出国の準備を始めていると、突如、公安から連絡があり、彼女を連れて来た。

 公安曰く、「日米独は、後方支援」だそうだ。

 その為、武器を供与され、情報も提供されている。

 北海油田が絡むだけあって、共同作戦が採用されたのだろう。

 誰も抜け駆け出来ない為の相互監視、とも言えるが。

『随分と参加国が多いわね?』

「モスクワが不穏な動きをしているからな。クリミアの二の舞は避けたいんだろ」

 北海油田を支配出来れば、欧州に多大なる影響力を持つ事が出来る。

 人権に煩い欧州連合も、トランシルバニア王国にトルコとは真逆で厳しくないのは、怒らせると、パイプラインを締められ、欧州が枯渇する恐れがあるからだ。

『ドイツも居るんだ?』

「ドイツ系の国だからな。ここで恩を売って、影響力を持ちたい、という思惑なんだろう」

 欧州連合の支配者であるドイツが、北海油田も握れば、第四帝国の完成だろう。

 ナチスは、軍事で欧州の支配を目指したが、今のドイツは経済で欧州を支配下に収めている。

「……」

 ヤル気0のナタリーと違って、シーラの鼻息は荒い。

 俺に指名されたのが、士気の高さに表れている様だ。

「師匠、準備整いました」

 スヴェンも又、やる気満々だ。

 初めて俺と組めるのが、その源らしい。

「チーム分けを行う。シャロン、シーラ、ナタリーは、3人1組スリーマンセルで俺達の援護バックアップだ」

「え? パパと組めないの?」

 軍靴の紐を結んでいたシャロンは、一瞬にして涙目に。

 相当、期待していたのだろう。

 心が痛むも、こればかりは、現状の実力を考慮すれば、仕方の無い事だろう。

「組みたいが、軍属だろう? もう少しレベルを上げてからな」

「え~」

「2人を守るのも大事な任務だよ」

 抱擁し、落ち着かせる。

「……分かった」

 何とか、安心させると、

「「……」」

『……』

 凄い視線が突き刺さる。

「んだよ?」

「師匠は、子煩悩ですね」

『近親相姦野郎』

「……」

 スヴェンは置いといて、残りの2人は、怒っている様だ。

 取り敢えず、シーラに飴をあげ、機嫌を直してもらう。

 3人に如何思われ様が、勝手だが、My sweet honeyには嫌われたくない。

 出陣前、というのに、《貴族》は和やかな雰囲気に包まれているのであった。


 成田国際空港に行くと、既にボーイング747が待ち構えていた。

 そこでロビンソンが出迎える。

「現地人協力者は、皆、捕まった。DGSE対外治安総局の所為だよ」

「分かった。CIAは?」

「我々ではないが、死の部隊が活躍しているよ」

「おお」

「それに国軍は、我々側だ」

「あれ? 向こう側かと」

「国防相がミリャだったんだよ。天安門の様にはならなくなった」

 1989年12月21日、ルーマニアの首都ブカレストで発生したチャウシェスクによる独裁を非難するデモに対し、セクリターテアが群集に向けて発砲する一方で、国防軍は兵と戦車等を出動させ集会を解散させた。

 ミリャはチャウシェスクからデモを武力で鎮圧するよう命令されたが、

「国防軍は人民を守る為の軍隊であり、人民に発砲は出来ない」

 と述べてこれを拒否した。

 翌日、ミリャは死体となって発見された。

 銃弾が動脈を貫き、ほぼ即死状態であった。

 国営放送では、「国防相が自殺した」と報じられたが、遺族は、

「チャウシェスクに処刑された」

 と主張し、その噂が将兵の間にも流れた事で、国防軍が離反する契機になる。

 軈てルーマニア共産党本部前の広場で群集と対峙していた国防軍は反体制派に回り、ルーマニア革命が事実上勃発した。

 2005年の報告書では、ミリャが拳銃自殺したと結論しているが、未だにチャウシェスクによる処刑説を主張する者も多い。

 同年6月4日に起きた中国の例とは真逆に、人道的な決断であったと言え様。

 トランシルバニア王国の国防相も、その例にならって、拒否した様だ。

「ポトマック湖畔の主は?」

「人権派だから本格的には介入せんよ」

「じゃあ、CIAの暴走?」

「言い方悪いな。先制的自衛権だよ」

 流石、世界の警察の崇高なる御考えである。

 真面目な表情で、ロビンソンは告げる。

「クリスマスまでには終わらせろ。じゃなきゃ、白熊が冬眠せずにやってくる」

「了解」

 ロビンソンと握手し、別れる。

 最後の別れになるかもしれないが。

 その時はその時だ。

 機内に入ると、士気を上げる為か『Over There』が盛んに流され、シャロンが熱唱していた。

 早起きなのに元気だな。

『zzz……』

「zzz……」

 ナタリー、シーラのコンビは、既に仮眠している。

 朝早かったからな。

 一方、スヴェンは、真面目で、トランシルバニア王国の地図を広げている。

 CIAからの提供品で、反乱軍が知らないCIA特製の秘密トンネルが書かれたそれは、万が一、トランシルバニア王国が反米化した際の為に用意されたものだ。

「師匠、これ、使います」

「使いたいな。王宮には、通じているんだろ?」

「はい。自治区にも通じています。IDFとの協力関係にあります」

「……分かった」

 今の構図は、

 トランシルバニア王国側VS.反乱軍

・ドイツ系等の王族    ・フランス系独立派

・フランス系穏健派    ・フランス軍

・駐留米軍

・駐留イスラエル軍

・CIA傘下の死の部隊

 となっている。

「クリスマスまでか」

 独り言ちた後、俺は、M16を手に取った。

 1989年以来32年振りの訪問だ。

 家族から貰った御守りを強く締めるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

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